第101話 闇エクレア
鬱蒼とした暗い森の中に、不似合いな騒々しさで移動する一行。
俺は含めたくないが、絡まれればツッコミ返さねば冒険者の面汚しよ。そんなことはないと思うが。
まあ、進むほどに気が滅入ってくるのを誤魔化すのには役立っている。
さすがは二級品冒険者さえやばかったと言う奥部区域が目前に迫っているのだ。
空気さえねっとりと体に絡みつくようで気分が悪くなる恐ろしい場所だが、ちょっと特殊な肉体を持つらしいとはいえ、一応は人間カテゴリの冒険者が活動している場所なのだから平気だろ多分。
などと思っていたら、半モヒが不穏なことを言う。
「っかしいっスねぇ。もう一群れくれぇは居るもんなんスが……なんも見当たらねえなぁ」
そしてクロムも辺りを見回し、ついでに背中から数本伸ばした闇イソギンチャクの先端を曲げて、背後へ向けたりしている。潜望鏡か。
「なんだか闇が深い場所ね。黒森は都の方までは来てないからよく知らないのだけど、こういうものなの?」
触手は闇濃度センサーかい。
それって、俺が全身でやってるのと変わんねぇよな?
俺と違って、確かめようとしなければ捉えられないのか。
「闇が得意なのに、こっちまで来ねぇの」
「もちろん、たまには来るけど、大きな練習する時くらいだもん。奥地まで入り込まなくても済むし。それに、冒険者が戦闘中なんかに居合わせたら、そっちのが危ないし」
「あー」
冒険者の生態は、ここの人間にとってもおかしいようだな。
その冒険者代表と言える半モヒは、ちょい先に進んで、がに股で歩きながらトサカをぶんぶん振り回すように左右を窺っている。
奇妙な行動を眺めていたら、ぐるんと上半身をこちらへ回した。怖ぇから。
「いや、普段はここまで濃くねっス」
やっぱ話は聞こえてたんかい。
その表情はいつにも増して険しく怖い。
「推測でもいいから、何か気付いたんなら教えてくれ」
「では失礼して……どうも濃度の境が広がってるような気がしやス。ほら、さっきの発泡茸。あれも、なんか多い気がしたんっスよ。とすりゃ最後の群れが、あれってことで、この辺に居ねぇのも辺り前かなーと」
「それ先に言って?」
なるほど。
タールの沼に沈んでいくような気分になるのは、当たり前ではなかったらしい。
なるべく気にせずにいた前方の違和感が、みるみる内に存在感を増していくようだ。
というか、まだ二人は気付いてないってことだよな……。
俺の目、というか闇センサーは、はっきりと、チョココーティングされたエクレアを捉えている。
なんだよあの巨大エクレア。
異常事態らしいから改めて、じっと集中して見てみると、どうも動いているような気配がある。
流体エクレアか。食いづらそう。
「半モヒ、なら、あの闇の塊は当然、普段はねぇよな」
「なっ……アニキ! まだオレにゃ見えやせん! クッソー届かねぇ!」
クロムにも目を向けると、ちょっと考え込むような顔付きで、視線を道の奥へと向けている。
「なにか、変な流れね」
クロムは言われて意識を向けれぱ気付くと。
そこそこ強い場らしいな。
「念のため聞くけど、クロムって分裂しないよな」
「そんな魔法あるか! さっさと近くで確認しましょ」
「それしかねぇっス!」
「おい先走るなよ」
「へいっス」
団体行動を乱さないように。取り残されたら俺が怖いからね。
大した距離もなく、横に長い闇棒が視認できる位置に着いた。
「思ったより、でけぇな……」
「なによあれ。壮絶ね」
闇女に、そこまで言わしめるとは相当だ。
それもそうだろう。
遠めに見たらエクレアっぽいとか思っていたが、木々の合間を縫っている一部が見えていただけで、もっと長く伸びているんだ。
いつもの、枝葉の合間に霞む闇の霧のようなもんではない。もっとはっきりとした形を持っているもんだ。そんなもの初めて……あ、あれに似てね?
「クワガタリスが、もさもさ草の上に水滴垂らして生まれそうになったときっぽくね?」
「おお……っすがアニキの岩をも穿つ鋭い視点。似てるっス!」
マジかよ。
あの水滴っぽいのって核というか、魂の欠片を作るために凝縮してたんだよな。
「まさか、上級の魔物が生まれるとか?」
「そりゃ困りやス。二級品の魔物ですら、こんな大きな欠片は持っちゃいねぇ。それに、ここらに、こんな重いもんが現れたことなんざありやせんぜ!」
つーことは誰かの仕業か、それとも。
思わずクロムを振り向く。クロムも驚き顔に緊張を滲ませて俺を見て、同時に出た声が重なる。
「またクロムが」
「やっぱあんたが」
それだけで、クロムの関与の線は消えた。
別の可能性と言えば一つ思い当たる。みんな、それが浮かんだのが、一瞬沈黙が流れる。
「これが、魔法団が言う例の原因?」
「ううん、その影響によるものだとは思うけど」
「ああ、半モヒも、虹の浮島みたいなんだったら、もっと強い何かがあるとか言ってたな」
「うっス。これが本体なら、森の一角をごっそり持っていったって、驚きゃしやせん。が、元々の黒森が変化したってところっスから」
ある程度の距離は保っているが、よく見える位置まで近寄ってみた。
攻撃などはない。
近くで見れば、ますますでかい。
黒川を、そのまま木々の間に流したようなもんが、奥部に向かって流れ込んでいるようだった。
だがな、貴様ッ、そこは空中だ!
なんで川が木立を区切ってんだよ!