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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
7. 若葉ガールに春が来た⁉
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94.「母と娘のブルース(後編)」

「あなたと同じ。私も見ていられなかった。春奈が、彼氏を連れてきたことに」

 それは、さっきまで笑顔であたしのワガママだってを聞いてくれた人から放たれたとは思えないほどの重く冷たい言葉だった。

「えっ?」

 あたしのほうがかえって驚いて、思わず頬を叩いて彼女を見る。だってさっきまで。いや、家に居た時だって、ハル姉が彼氏を連れてきたことに驚きもせずにむしろでんと構えていたじゃない。あたしの行き過ぎた妄想だって、お母さんは隣で呆れ顔しながらそんなわけないって言っていたはずなのに。。

 だけども彼女の目が、さっきまでの笑顔ではないことはどう考えても変わらなくて。

「いや、見ていられないっていうのは言い過ぎかな。私も大人だし、娘がこうなることもいつかはあるって――そこは分かるから」

「だったらどうして?」

「理屈じゃないのよ、こういうのは。何だか昔の私を……見せつけられているような気がしてね」

 そう言いつつ、彼女はお茶を口に含んで一息つく。そして続く言葉に――。

「秋ちゃんは、春ちゃんが男の子を連れてきたとき、どう思った?」

「どうって……」

 あたしは、固まってしまった。

「……どうって言われても」

 もちろん、聞かれた言葉に戸惑ったというのもある。言いたいことだっていっぱいあるさ。

 けどそれを、今この状況で言っていいのかなって考えるとやはりためらいの気持ちはあるし。たぶん、今のあたしの気持ちはどうあがいても地雷に突っ込みそうな気がして。

 かといって言わなかったとしたら。

「……やっぱり嫌だ、って思ったよね。ハル姉が誰かと付き合うのは」

 それはそれで、やりきれない。

「もう13なんだから、いい加減に分からなきゃいけないとは思ってるけど」

 でも、やっぱり許せないでしょ? ハル姉の笑顔を、あたしの知らない誰かに奪われたことに。ハル姉の優しさを、独り占めされたことに。そしてハル姉の視界に、「あたしの姿」が全く写っていないことに。

「わがままだって、分かってる。むしろこういう時こそ、ハル姉の背中を押さなくちゃいけないってことも」

 けど、理屈では分かっててもやっぱりできないんだよ。お母さんが言ったのと同じ。それを受け入れるだけの度量が、あたしには無いのだから。

「……そっか。話してくれてありがとう」

「そんなお礼を言われるほどの……そもそもワガママなわけだし」

 ワガママ、って言って良いのかな。だってこんなの、ただの嫉妬じゃん。好きな人を奪われたことに対する、二人への。でもだからって、姉への恋愛感情を話すだなんて――絶対に許されないことでもあるし。

「でもきっと、そのうち慣れるんだろうね」

 そう言って、話を無理にでも切る。そうでもしないと、あたしのほうが押しつぶされちゃうから。そもそも近親愛だなんて、本来あってはいけないことなわけだし。ちょっときついけど、冷静に考えればこれもいい機会なんだろう。

「話せばすっきりしたかも。うん。とりあえずあたしが思うのは、こんな感じかな」

 これでおしまい。そう思っていたはずなのに。


「もしかして秋ちゃん……春ちゃんのこと、好きになったでしょ?」


 どうして彼女は、あたしが一番隠したいことの核心をこうもあっさり突いてきたのか。


 ◇


「いやいや、それはさすがに無いから」

 涼しい顔をして。本当にできているかはともかく、あたしとしてはそのつもりで言葉を返す。

 もちろん、お母さんの言うことは図星だった。けどこれは、本来であってはならないこと。下手したら、今度こそこの家族が崩壊するきっかけにもなりかねない内容なわけで。

「さすがにあり得ないよ。シスコンだとは自覚してるけど、そんな恋愛的な視線は。ねぇ?」

 そこまで言って、しまったと思った。別に『好き』って気持ちが必ずしも恋愛に結び付くわけでも無いのに。そしてそれを見落とすほど、お母さんは優しくなくて。

「そっか。前々から、薄々そうだろうって思ってたけど」

 そう彼女は静かに問いかける。そこには、怒りも悲しみも戸惑いも無い。ただ純粋に、そうかそうでないかを問いかけるような瞳には――さすがに嘘はつけない。

「うん、そう。あたしは……ハル姉を好きになっちゃった」

 あたしはそう、静かに打ち明けた。

 正直、打ち明けるのは怖かった。世間の当たり前(・・・・)から離れている。それを自覚することもそうだし、それをお母さんに知られるのが怖かったから。まして、ちょっと前にハル姉がきつく叱られているのを、目の前でみていたのもあるから。

 今これから、あたしも叱られるのだろう。でも、おかしいのはあたしだから仕方ない。好きになっちゃいけない人を好きになったのは、あたしだから。

 それなのに……。

「ごめんね。たぶん、私のせいだ」

 怒られることも覚悟していたのに、瞳を開けるとあたしは後ろからぎゅっとお母さんに抱きしめられていた。彼女の温もりが全身に伝わってくる。

「ちょっと、いきなりぎゅっとされるのは……」

 分からなくなってきた。本当はあたし、叱られるはずなのに。でも現実には、お母さんにぎゅっと抱きしめられていて。そしてさらに言えば。

「うん、びっくりだよね。秋奈にも春奈にも、生きづらい思いをたくさんさせちゃったのに。でも今はね、私がこうしていたいの。親なのにね……」

 お母さんが、泣いていた。それも、今まで以上にずっと弱々しく。あたしたち姉妹の前で、弱い姿なんか見せたことがなかったのに。 

「良いよ。ぎゅっとしても」

 そう言いつつ、頭を撫でる。正直分からないことがあまり多くて、あたしの方がオーバーヒートしそうだった。けどこんな状況……放っておけないよ。

「でもさ、どうして泣いちゃったのかは聞いてもいいでしょ?」

「良いの? たぶん、秋奈を傷つけちゃうよ?」

「今さらだよ。これ以上何に驚くの?」

 最愛の人にほぼフラれたも同然なのに何を今さら。これ以上何を言われても、今のあたしは動揺しないよ。あたしは、お母さん譲りの強い子なんだから。

 そう、心を強く持って彼女の言葉を待つ。


「じゃあさ、お母さんが……女の子が好きだったとしたら。どうする?」


 だけども、彼女から放たれた言葉は……想像以上に重たいもので。その言葉に、あたしは今度こそ思考が止まってしまった。


 ◇


 お母さんを落ち着かせつつ、コーヒー牛乳を買ってくる。まだ、温泉にすら入っていないのにね。でもそれを飲むくらいで無いと、あたしのぶっ飛びそうなほど熱くなった身体を覚ますことができなかった。

 そして、お母さんが一旦落ち着くのを待ってから……改めて彼女の話を聞くことにした。

「……秋奈ももう大人だから、お母さんのことを話しても良いよね?」

「そりゃ、もう。お母さんも、女の子を好きになっちゃったことがあるなんて聞けばね」

 ハル姉は突然女の子になって、わたしはそんな姉を好きになっちゃって。お母さんも過去に女性に恋をしたことがある? 改めて考えれば、とんでもない話だよ。安藤家のみんなが何かしらの問題を抱えているわけなんだから。

 もちろん最初にお母さんからカミングアウトされた時は驚いたよ? でも冷静にこの現実を見つめれば、今さら驚くことでもないかなって気がしてきて。

 それに話の内容自体も、落ち着いて聞けばそんなに大層な話じゃない。簡単にまとめれば、お母さんが学生の時に後輩の女の子とお付き合いをしていたってただそれだけのこと。

 もちろん、全体から見れば少数派なことは確かだし世間には嫌な顔をする人がいるだろうってことはまああると思う。でもだからって、それがあたしとハル姉に遺伝したなんて話が飛びすぎだし、思い詰めて泣くほどのことでも無いでしょ? って個人的に思った。

「……別に気にしないよ。お母さんの場合は好きな人が、たまたま同級生の女の子だった。それだけでしょ?」

 そう、単純な話。好きな人がたまたま同性だった。たまたま、自身のお姉ちゃんだった。考えてみれば、それくらいの違いじゃん。

 男女の恋愛だって、そうでしょ? 理由やきっかけはどうであれ、最後に行き着くのはお互いが愛おしいってそう言うことなんだと思うし。そこまであたしはしたことがないから、正しいかは分からないけど。

 ……うん、やっぱりそう。好きになっちゃったんだもん、だったらもう気持ちは止められないよ。

「あたしもそう。好きなったのはあたしのお姉ちゃん。でも、なっちゃったものはしょうがないじゃん。だったら、それはそれで受け入れるしかないよね」

「良いの? 私のせいで大変な目に」

「だから、気にしないって。たとえお母さんにそんな過去がなかったとしても、あたしはハル姉を好きになってだろうし」

「……そっか。そう、だよね。正直、ずっと悩んでいたの。もしかしてあたしのせいで、春奈も秋奈も――変な言い方だけど、普通の恋愛ができなくなっちゃったらって」

 そんな普通にこだわることなんて無いのに。いや、普通じゃなくて大変な思いをしたからこその、言葉なんだよねだからハル姉のときもあれだけ心配してたわけだろうし。

 でもそうだとしてもあたしたちは大丈夫だよ。

「心配してくれて、ありがとうね。でもあたしたち、お母さんの心配を素直に受け入れるほど聞き分け良い子じゃないこと、知ってるでしょ?」

 そう言って、にっと笑ってやる。

 だいたい、ハル姉もあたしもお母さん譲りの頑固な娘なんだから。良かれと思った心配も聞かないで、突き進んでいくよ。自分の気持ちに正直にね。

 もちろん、この家の人間はみんなヘンテコってことは間違いないよ。あたしは実姉の好きになって、ハル姉は性別自体が変わっちゃって。お母さんも女性が好きらしいって。世間から見れば、元凶がみんなお母さんにあるってって思われちゃうこともあるかもしれない。

 でもこれらは全部、あたしたちがそれぞれあたしたちの意思で決めたことなんだ。だからそこは、お母さんが罪の意識を被ることじゃないし、あたしもハル姉も自分で決めたことに納得をしているはずだから。

「そっか……。私が思っている以上に、秋奈も春奈も強い子だったのね」

「お母さんの子どもだからね」

 正直この1年。お母さんにはいろいろな感情が沸き起こった。ハル姉のことをどうして分かってあげないのって。どうして一緒に考えてあげないのって。今さら擦り寄ったつもりって。――色々酷いことを考えて実際に言ったと思う。

 でもこうやって話を聞くと、お母さんだって辛い目に合ってだからこその言葉だったんだなって思った。結局あたしのほうも、視野が狭かったってただそれだけの話みたい。

「最後に1つだけ」

 そう言うなり、今度はあたしのほうからお母さんに身体を預ける。お母さんの髪の匂いが懐かしくて、今まで気が張っていた分気持ちが落ち着く気がした。

「どうしたの急に甘えかぶっちゃって?」

「良いでしょ? まだまだ、お母さんに甘えたいお年頃なんです」

「あらあら。こんなにお姉さんらしくなったのに?」

「言ってもまだ13歳よ?」

「そうね、まだまだ子供よね。うん、それで?」

「ハル姉が女の子になったことの本音が、知りたいかな。お母さん、本当はどう思ってるのかなってずっと気になってて」

「あぁ。そうねぇ……」

 そう言うなり彼女は、頬をかきつつ続けた。

「親としての立場で言えば、やっぱり反対よ。だって、最後に辛い思いをするのはあの子じゃない? 世間は厳しいし、私と同じ苦労はして欲しくないからね」

「だよね」

 親ならば、そういうふうに答えるのは当然の話。だって現実には、こういう悩みを抱えている人は圧倒的に少ないから。いらない差別をされることを考えれば、そう言った方が後々楽だって思うのが普通だもん。

 少なくともあの時は、まだハル姉は心の傷を負っていたってことも考えられる時期だったし。

 だけども。

「でも、それは私のワガママだと思ってる。私が、あの子を信じきれてなくて。あと昔の私自身に重なるような気はしててね」

 それは、ちょっと前のお母さんなら言わなかったことだった。

「えっ?」

「お母さんの意地もあるから、本人には言っちゃダメよ? でも、今はこれで良かったんだなって思ってる。男の子だったときよりも、ずっと幸せそうだし。あと、正直親近感もあるからね」

「……確かに」

 そう言いながら、お母さんの太ももに頭を預ける。

 喧嘩して、酷いことを言ってばかりの我が家。それでも今は、お母さんもハル姉も愛おしかった。そうだよね、母娘は似るものって言葉の通り。結局はみんな似たもの同士なんだから。

「秋ちゃんどうしたの? 急に笑顔になって」

「んーとね。なんか、急にハル姉と話したいなーって」

「家出してきたのに?」

「家出したのはお母さんだけじゃん?」

「えぇー? 秋ちゃんに梯子外されちゃった」

「冗談。さっ、温泉入ってハル姉に電話しよっ!」

「それもそうね。せっかくここまで来たわけだし」

 これでまた、家に帰ったらまた喧嘩しちゃうんだろうなぁ。でも、それでもいっか。それくらいがむしろ、あたしたちにはちょうど良い距離感なんだろうから。


 ◇


 そして翌日。お母さんと2人で家出……。もとい、温泉旅行から戻ってくると。

「……」

 おこたからニョキっと生えている2人の女の子。2人とも髪を下ろしていて、一瞬誰かと思ったけど。

「あれ? ハル姉に眞子ちゃん?」

 そういえば昨日、あたしから連絡してたっけ。何もないと思うけど、何かありそうな時は芦原先輩を撒いてほしいって。欲を言えばハル姉のお世話もしてくれると大変助かる的な感じで。

 まあ、確かにそうはお願いしたよ。お願いしましたさ? けどさぁ……。

「あらら、私たちのいない間にこんなに散らかしちゃって」

 お母さんも言ってるけど、だからってここまで散らかしていいとは一言も言ってないんだけどなあ。おこたの上には、昨日二人で食べたであろうカップ麺やらピザやらポテトチップスやらコーラやらが所狭しと散らばっていた。おまけに、夜遅くまで2人でゲームでもしてたんだろうね。テレビもゲームの画面が映りっぱなしだし、足元にはコントローラーまで散らかってるし。

「もう! 誰が片づけるって思ってるのかしら!」

 せっかくおさまっていた怒りがまたふつふつと湧いてきたよ。でも、そんな様子を見るなりお母さんはフッと笑い始めて。

「まったく、しょうがない子たちね」

 そう言いながら、片付け始めたのだ。

「……そうだね」

 そうなんだよね。こうやってつい怒るけど、やっぱり憎めないんだよなぁ。

 なんだかんだ言いつつ、ハル姉はいつもちゃんとあたしのお姉ちゃんをやってくれてるし。それに……。

「秋ちゃんが思ったようなことにはならなかったね」

「うん。だけどねぇ……」

 何より、恋人できたくせに相変わらず眞子ちゃんと連んで遊んで。ちょっとも女の子らしくなんてないんだもん。こんな調子じゃ、きっとすぐに愛想つかされちゃうよ。

 いや待って? 愛想つかされたらあたしにもお鉢が回ってくる(・・・・・・・・)からそれはそれでラッキーなのか。ともかく……。

「本当に、しょうがないハル姉なんだから」

 そう言いつつ、あたしはお姉ちゃんの頭を撫でたのだった。

安藤姉妹のお母さんの過去に触れることになった今回のお話。

娘たちの恋愛がお母さんの遺伝かはさておくとしても、やっぱり母娘は似るものなんですよね。

だからこそ何回も対立するし、何回でも仲直りできるってことなのでしょうか?


わたしが作者だと言うのに、ちょっと安藤家がうらやましくなってきました。


追記:いつも間にか300名もの方からブックマークいただいていました。いつも応援ありがとうございます。また、誤字報告をしていただいた方にも感謝を。見切り発車的なお話が多いので、大変ありがたいです。とはいえ誤字を出すのは良いことではないので、なるべく気をつけます!

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