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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
7. 若葉ガールに春が来た⁉
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93.「母と娘のブルース(前編)」

 ――前から約束してたじゃない。お母さんとお買い物行くって。


 それはハル姉が家に男を連れ込んで。いや正確に言えばハル姉の彼氏さんのことなんだけど、そんな人がうちに来ていた時にお母さんに言われた言葉だった。

 はっきり言えば、そんな約束をした覚えは無かった。念のためスマホで予定をパッと見たけど、スマホのカレンダーにそんなことも書いてないし。まあ普段からスケジュールに何かを埋めるほどの大した用事もあんまり無いけどさ。

 けどわざわざ正しいことを言って断るのも変な雰囲気になるし、目の前で広がる光景をずっと見ているのもなんかシャクで。だから今回は、お母さんのよく分からない提案に乗ることにした。

 適当に着替えを済ませて、先に玄関の隣に停まっている車に乗り込む。ちょっと待つとお母さんも用意が終わったみたいで、後ろの座席に荷物を投げて運転席に乗り込んだ。

 お互いにシートベルトを締めると、エンジンが動き出す。彼女がハンドルを握ると、やがて車が静かに動き始めた。

「秋ちゃんの行きたい場所は?」

 細い路地をそろりそろりと運転しながら、彼女が尋ねる。

「今は別に……」

 我ながら素っ気ない回答だとは思う。でも行先なんて考えてなかったのは本当の話だし、欲しいものがあるわけでも無い。ハル姉のように欲しいものが青天井って訳でも無いし。

「そっか、じゃあお母さんの行きたい場所で良い?」

「うん」

 特に異論も無いので、「お母さんが行きたい場所で良いよ」って返す。そもそも家でのあの光景を見ないで済むなら、別に行先なんてどこでもいいしね。まあ、彼女が行きたい場所のイメージが全く思い浮かばないってのはあるけど。

 いつも仕事のことばっかり考えていて物欲なんて無さそうだし、若くあろうってことにこだわってはいるみたいだけど、かといって服装にそこまで気を遣っているイメージは無いし。

 だからあたしも、どこに行くんだろってぼけーっと考えながら目の前を過ぎ去っていく景色をただ見つめていた。

 最初は通学でよく使う大通り。普段も良く渡る横断歩道。友達とよく行くファーストフード店といった感じで見慣れた景色が続く。でもそれも15分ほど経つと見慣れた光景からは離れてしまい、みしらぬ土地へと景色が移り変わってしまった。

「買い物行くんじゃなかったの?」

 さすがに街をこれ以上離れたら、お買い物どころではなくなる。まあ、東京や仙台のような大きな街って言うなら話は変わってくるだろうけど。

「秋ちゃんがそうしたいなら、街に戻るけど」

 目線を前に向けながら、お母さんはそう言う。まさかとは思うけどこの人――行先を決めていない?

「さっき買い物って言ったじゃない」

「あれは建前」

「やっぱり」

 おかしいとは思ったんだ。そもそもそんな約束してないし、お母さんが買い物なんてキャラでも無いんだから。お母さんが買い物って理由を上げること自体が、そもそもの間違いだったんだ。

「何となく、雪が見たかったのよ。だから行先も決めてないし、適当に北に進んでいるってだけで」

「そっか」

「それとも、お母さんとのドライブは嫌だった?」

「そう言うわけじゃないんだけど」

 別に嫌って訳では無かった。良いとも言ってはいないけど、でもどことなく甘酸っぱいあの空間から逃げ出せればあとは何でもいいっていうのが正直大きくて。

「正直ね、何でも良かった。家を出れる口実があるなら」

 つい、そんなことを口にしてしまう。言ってすぐに後悔した。

 ただでさえハル姉が女の子になって色々と家族の中で揉めてから、お母さんはあたしたちに寄り添おうと色々頑張っている。普段から仕事で忙しいお母さんに、これ以上余計な負担を掛けさせたくは無かった。

 そういえば、車に乗っているってことは今はお母さんとあたしの二人きりってこと。今の今まで全く気付かなかったけどこれって、あたしのこのモヤモヤに気づいてどうにかしなきゃって考えたからだよね?

 それなのにこの言い方……気づいてなかったとはいっても、あんまりだ。

「いや、でもあたしも雪が見たいかな。せっかく冬なんだしっ!」

 お母さんだってやっとのお休みなのに、こうやって頑張ってくれてるんだ。なのにあたしが嫌々ムードを出すのはさすがにあんまりだと思う。あたしもワガママだって自覚はあるけど、そこに気をはらえないほど子供じゃないのだから。

「雪が見れるって、どこなんだろうね?」

 そう言うなり、スマホを広げて調べる。関東から一番近くて大雪が降る場所ってなると、やっぱり東北地方か信越地方みたい。特に近いのは、今いる地域から「会津」って場所みたいで。

「これ漢字読めないんだけど、会津(あいづ)っていうのかな? 雪も降るし温泉とか美味しい食べ物がたくさんあるみたいっ!」

 読み方はあってたみたい。ちなみにここから1時間もかからないで着くくらいの距離にあるみたい。だったらドライブに都合がいいねって、お母さんに言おうとしたんだけど。

「そっか……やっぱりあなたも、私の娘ね」

 彼女はそう言いながら、急に手を抑えて笑い出したのだ。何かおかしなことを言ったのかなって一瞬思ったけど、彼女はすぐにあたしの頭に手をのせて一言。

「今、ちょっとだけ無理したでしょ? あたしに気を遣わなきゃって」

「別にそんなことは……。ほらっ! って今は見せれないけど、馬刺しとか赤べことか。本当はダメだけどおいしいお酒も多いみたいだし」

 お母さん、お酒とか好きだし運転中はダメだけどこれを買って帰るくらいならバチなんて当たらないような気がして。だったらこの場所に行く理由は十分にできるんじゃ……。

「それはそうだけど、でも今秋ちゃん。すっごい無理してるでしょ?」

「そんなこと……」

「ありがとうね。あたしをこれ以上心配させないように、気を遣ってくれているんだよね?」

 見抜かれていた。お母さんに全部。あたしの本当の気持ちが。

 お母さんなんだからそれは当然なんだろうけど――でも、何だか悔しかった。

「……だったら、気づいてほしくなかった」

「そっか」

「これ以上、お母さんに頑張ってもらうのは……あたしが辛いもん。お姉ちゃんのことでモヤモヤしてることも、きっとお見通しなんだろうけど」

 もしあたしがもうちょっと大人だったら、もうちょっとうまく気持ちの整理を出来たんだろうか。怒らず、悲しまずにハル姉の背中を押せたのだろうか。こうやって、お母さんに気を遣わせないで済んだんだろうか?

 だけども、今のあたしは背伸びが出来ない。それが歯がゆくて、やりきれなかった。

「まあ、娘なら私と同じようなこと考えるかなって。母親のカンだよ」

「だったらなおのこと」

「そうだからこそ、親としてワガママを言わせてもらうね」


「辛いときは、親に甘えて良いんだからね? 秋奈のその顔は、見ている私だって辛いんだから」


 意味が分からなくて、ついあたしのほうがお母さんを見つめる。だけどもすぐに、彼女の言葉の意味が理解できた。

 だって、窓ガラスに映る彼女の瞳は、さっきまでの明るい口調とは裏腹にどこか悲しそうな表情だったのだから。

「でもそれを言ったら、もっと悲しくなっちゃう。お母さんが」

「しょうがないよ。でもそれも、お母さんの役目だから」

「そう」

 だったら、話した方が良いんだろう。確かにこの気持ちは、あたしのなかでコントロールできそうなものじゃないから。

 でもだからって、すぐには言葉が出ないよ、だってまさか妹が、お姉ちゃんを――。


 好きになっちゃった(・・・・・・・・・)、ってこと。言えるわけが無いじゃない。


 ◇


 結局、打ち明けようって思い悩んだけど……できなかった。

 もちろん、とりとめのない普段の話とかこれから行くであろう場所の話はたくさんしたよ? お母さんと、美味しいご飯を食べて温泉に入りたいって。本当に普通でありふれた話かもだけど、でもなるべくお互いに楽しめるような話をするようにしていたし、楽しかったのは事実。

 でも、肝心のあたしの悩みは……やっぱり言えない。

 ハル姉が女の子になって家族で衝突して大ゲンカしてから、お母さんは家族のだんらんを大切にしてくれている。あたしたちとの生活を守るために、打ち込んできた仕事に距離も置いているようだ。出世することを周りに期待されていたというのに。

 それだけ、お母さんは色々なことを犠牲にして頑張ってくれていたのだ。それなのに、これ以上彼女に何を望むのか。

 間違えても、妹が姉のことを好きになっただなんて……とても言うことができなかった。

 そしてそんなことに悩みつつも、あたしたちのドライブはどんどん進んでいき。あたしたちの街から、高速道路を使って2時間。牡丹雪がしんしんと降り積むとある温泉旅館にあたしたちはたどり着いていた。

「ってここ旅館じゃない。ドライブって言うから日帰りのつもりだったんだけど?」

「あら? 私は最初からお泊りのつもりよ」

 いやいや、お泊りは良いけどハル姉どうするの。そしてあたしは着替えを持ってきてないんだけど。ついでに化粧品も携帯の充電器も持ってないんだけど。それに……。

「まあ色々ツッコミどころが多すぎるってのもあるけど、それじゃハル姉がさすがに心配だよ。今は顔も見たくないけど」

 怒っているのは事実だけど、かといってハル姉をあの野獣と一緒に置いておくのはかなーり心配。あたしよりもよっぽど頭のいいハル姉が、一線を越えることは絶対無いって断言はできるけど……かといって彼が強引にしたら力じゃ勝ち目は無いし……。

「だったら家に残れば良かったのよ。まあ私は家出のつもりでここに来たんだけどね」

「それを先に言ってよ! というか、親が家出なんて聞いたこと無いよ?」

 お母さんが家出って……ダメだ。ツッコミどころだけどここにツッコミ入れたら、あたしのほうが処理できなくなっちゃう。ただでさえ抱えているものが多すぎて、今にもあふれそうなのに。

「だって私だって、娘のラブシーンなんて見たくないよ。気まずいし」

「なんてことを! それじゃ誰も止める人居ないじゃない」

 ラブシーンって言葉自体、年頃の娘の前で言うなと言いたいがそれ自体がナンセンスか。おまけにお母さん、いつの間にか浴衣に着替えてお茶を入れ始めているし。あぁこれ、今日は本当にお泊りコースが決まったな。

「大丈夫よ。俊吾くんのお母さんに連絡はしてあるし、本人にもお泊りは禁止って伝えたからね。仮に破ったらどんな目に合うかも、それとなく伝えたし」

「……一応聞いとくけど、それとなくって?」

「あなたも、『女の子』にしちゃうからねって」

「あぁ、それなら……」

 良かった。お母さん超有能だった。彼のお母さんにもやんわりとことわっているし彼自身にも釘を打っているから、さすがにハル姉には手は出さないだろう。本人としては本当に嫌な気分だろうけど。

 ただ、お母さんの「女の子にする」っていうのは――これ罰として女装させるとかそういう意味だよね? まさかだけどちょん切ったりとかは……考えすぎか。

「ともかく、それなら一安心だよ」

 緊張の糸が切れて、ついへたり込んでしまう。

 そうだよ。ハル姉への気持ちでむしゃくしゃしてたってのもあったけど、それ以前にヤツがハル姉に手を出さないかってのも気がかりだったんだよ。

「はあ、心配して損した。あたしも浴衣きてぐうたらしよ」

 そう言うなり、押入から浴衣を取り出して着る。この間、ほんとに数分程度の話。それなのに、浴衣を着て部屋に戻ると、お母さんはどこか浮かない表情で。

「どうしたの。せっかく旅館まで来たのに……」

「いや、家出したことがやっぱり引っかかってね」

「あんた、自分でしたことでしょ」

 あたしは巻き込まれた立場だけど、お母さんは主犯じゃん。だいたいその大きなボストンバック見れば、最初から計画的犯行って分かるし。

「まあ、一晩だけだし大丈夫でしょ。あたしからも眞子ちゃんに連絡入れるから」

 そう言いつつ、スマホで眞子ちゃんにメッセを飛ばす。眞子ちゃんなら、しっかり面倒を見てくれるはずだからね。それなのに……。

「それはありがとう。でも、やっぱり親失格だなって思って」

「何言ってるの。あたしもハル姉も、しっかり見てくれてるじゃない」

 確かに今はあたしばっかり構っている感はあるけど、冷静に考えてハル姉のもとにはちゃんと味方が居る。眞子ちゃんも居るし、ハル姉を見捨てているって訳でも無いのに。

 だけども……。

「あなたと同じ。私も、見ていられなかった」


「春奈が、彼氏を連れてきたことに」


「……えっ?」

前回、家に彼氏を連れてきた春奈。 

この話では、そこから先の秋奈と佳奈の様子を描いています。あまり描いてこなかった、母娘の本心が明らかになります。

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