91.「揺れるココロ」
「――俺と、付き合ってください」
付き合ってください。この言葉が何を意味するか。
考えないようにしていたこと。でも、それは現実になりつつあって。
「付き合うって言うのは……わたしとその。恋人として、お付き合いしたいって」
つまり、そういうことだよね。その確認の言葉が、上手く言葉にならない。
だけども、わたしの言いかけた言葉に彼はコクンと静かにうなづく。
いつもならば、続けて軽口を叩くであろう彼も、この時ばかりは何も言わなくて。だからこそその真剣さがなおのこと、わたしの余裕というか落ち着きを壊してしまい。
「そっか。そっか……」
なんて言葉を返せば良いのか。いつもだったら、すぐに反論の言葉を言い返せる位頭の回転は速いって自負していたくせに――こんなときに限って自慢の頭脳はまったく役に立たなくて。そして、頭は真っ白なくせに心臓はさっきからバクバクしてて。
全身に血が回っているからなのか、身体はカッと熱くなって今にも全身がオーバーヒート。なんて言葉を紡げばいいのか……全く分からず。
言葉を返せず固まったことを、心配されたのだろうか。
「……驚かせちゃった、かな?」
芦原のほうから、再び声を掛けられた。
「うん、まあ――驚くよね」
彼には、そう言った。でも、本当は違った。
もちろん驚いてるのは事実ではあるけど――こうなることは薄々予想はしていた。来るであろうその時が、早いか遅いか。わたしが思っていたよりもそれはちょっとだけ早かったけど。でも、分かっていたのだ。分かっていながら……わたしはその未来に向き合うことが出来なかったのだ。
「そっか。じゃあ、困らせるようなことを……」
「そんなこと、言わないでっ!」
初めてかもしれない。芦原の弱気を聞いたのも、それを封じたのも。立場が逆なら、きっとわたしも不安になるだろうから。でもね……立場を逆にしなくとも……わたしだって怖いの。
だってこんなこと聞いたら、嫌でもこいつとの関係性が変わっちゃうから。例えどっちの返事を返したとしても、今までの関係には戻れないから。
「あのね……。わたし、告白されたの初めてなの」
「えっ? でも春奈ちゃん……」
「信じられないって、言いたいんだよね? でもさ」
いつだったか、宮川も同じことを口にしていた。東京出身で、そこそこ美人らしいわたしはこういうのに慣れてるって。でもそんなのがとんだ誤解なことは、身を守るための嘘として使ったわたしが一番よく知っていること。
だから、いざこんなことを言われたときの対応法なんて知るわけも無くて。
「本当は、わたしこういうのに縁が無くて。だから、どう返事を返せば頭がまとまらなくて……」
モテる人ならば、変化を恐れずに居られたのだろうか。わたしが偽りで接いだ人間じゃ無ければ、前に一歩進めたのか。
でも僕は、そのどちらでもない。
たとえ誰でもあっても、変わってしまうのが怖い。
せっかく作った楽しい日常が壊れるなんて、考えたくないから。
「だからごめんけど」
「3日だけ、考える時間をちょうだい」
そう言いきる前に、わたしは踵を返した。いや、逃げだしたと言った方が正しいと思う。
だって、これ以上その場に居るのが。現実を突きつけられるのが、怖かったから……。
◇
芦原からの告白から逃げ出すなり、向かった場所がある。
「……で、どうして急に来るのかなぁ?」
インターフォンから、ちょっと不機嫌そうな声。せめて連絡くらい寄越しなさいよ、とインターフォン越しでたしなめられる。
正直、ぐうの音も出ない正論ではある。正論ではあるんだけど……。
「でもまあ、あんたが連絡も寄越さず急に来るなんてね。何かあったんでしょ?」
察しの良い幼馴染みだ。
そう、芦原の告白から逃げ出したは良いんだけど――そのまま家に帰ることが出来なくて。そのままあてどもなく歩いた先にあったのがここだったってわけで。
「あっ、いやさ。ちょっと眞子の顔が見たくてさ」
いや、あてども無くって言い方は変か。だって最初から、眞子の顔が見たくてここまで歩いてきたんだから。
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。しょうがない、ちょっと待ってて」
そう言うなり、彼女は玄関を開けて中に入るようにうながす。だからお言葉に甘えて、家の中に入ってそのまま眞子の部屋へ。
子供の頃から数えてもう何度もここには来てるから、特段目新しさも無いお部屋だけど――当たり前だけど眞子が普段過ごしている部屋なだけあって、見慣れた光景とかぎ慣れた匂いがして何だかちょっと安心した。……別に匂いフェチって訳じゃないよ? ただ、大きな変化のあとで変わらない日常に戻ってこれて安心したって。ただそれだけの話。
「今おこたの電源入れたから、あったかくなるまでちょっと待っててね」
って言いつつ眞子のほうはのん気にベッドへ向かってごろりと寝転がる。せっかくこたつに電源入れたのに。そして、なんでベッドに直行したのか。
「ありがとう。……だけど今まで何してたの? こたつに入ってたんじゃなくて」
別に深い意味は無いけど、ついそう尋ねると。
「うーん。ベッドでゴロゴロしてたかな? 雑誌とか見たりスマホ見たり……」
「だ、だらしない……」
わたしが言うのもどうかと思うけど眞子ちゃんよ、それは女子としてどうなのさ。仮にも彼氏さんだって居るんだろうし、デートでも行けばよかっただろうに。っていうのは、余計なお世話だろうか。
それに彼女の服装も、小学校の頃のジャージだし。いつもオシャレな彼女が家ではこんな服装だなんて……イメージ崩壊も良いところだろうって思う。
「だらしないって、別に良いじゃない。クリスマスだからって、気取って出かける必要も無いわけだし」
両親はいい年こいてデートに行ったけど、とため息をつきながら彼女は言う。だとしたら、眞子のやつまさか一人で過ごしてたってこと? それは……芦原の誘いを別の日にずらして誘うべきだったかって思ったりもするけど。
「それはまあそうだけど……でも眞子には彼氏さんが居るしなぁって」
冷静に考えればこの人彼氏さん居たんだっけ。だったら彼氏さんを誘えば良いのかと、妙に納得したりもするんだけど――そう納得しつつあるすぐ隣で。
「ああ、そういえばねえ」
「そういえば、ってそんなノリで良いの?」
「別に良いのよ。そこまで好きじゃなかったし」
「えぇ……」
別に悪びれる様子も無く、平然と彼女はそう言ってのけてしまった。もちろん、別れることが悪いって言っている意味では無いけど……告白されただけであたふたしてるわたしとはえらい違い。こういうところに、モテる人とそうでない人の差が出るってことなんだろうか。
って、ちょっと考えていると。
「ってかね、あんたのほうこそ人の世話焼いてる場合? 何か相談事があって来たんじゃないの?」
さっきまでのだらしない様子から一転。眞子は急にベッドから飛び起きるなり、さっとわたしとの距離を詰めて問いかける。
「えっ、だからそれは……何となく眞子の顔が見たいって」
「それだけでわたしの家に来るような性格でも無いでしょうに。それにその服、何かあったってことくらいはわたしも分かるよ?」
「それは……」
言葉に詰まる。だって眞子のやつ、わたしの言おうとしたこと全部先回りして言ったのだから。
もちろん、ただ会いに来たくてこんなとこに来たって――そんな訳はない。普段なら、電話で済ませちゃうから。ただ今は……。
「帰りたくないの。家に」
「おうちに、帰りたくない?」
どういうこと、って尋ねられる。だからわたしは、素直に打ち明けた。芦原から告白されたことも、その告白から逃げ出しちゃったことも。ついでに言えば今この状況で家に帰ったとして、秋奈や母さんを前に平然に振る舞える自信が無いってことも。
要は、眞子と話すことで気持ちを落ち着けようってしていることに。
「あぁ……なるほどね……」
眞子をわたしの精神安定剤に使っているみたいで罪悪感が出てくるけど、実際パニックになってそのままここに来ちゃったのだ。こんな状況で、どうやって眞子に説明できるのか。
だけども彼女は――。
「そうだね……分からないけど。まずは、おめでとうなのかな」
そう言うなり、わたしのことをぎゅって抱きしめた。
「ちょっと、恥ずかしいし……迷惑掛けてるのにこんなことされちゃっても」
そう言ったけど。
「って言いつつ、あんたもわたしの背中に手を回してるよ?」
「そんなこと……」
無いって、口で言ったけどやってることは真逆。今のわたしは、明らかに眞子の温もりを本能で求めていた。そう、かつて眞子とわたしが大喧嘩をしたときと同じように。でも今度は立場が変わって、彼女のほうがわたしを受け止めてくれて。
「……ごめんだけど、ちょっとだけ泣いていいかな?」
悲しくもつらくも無いのに、どうして涙が出るんだろう。それを理屈で説明することなんか出来ないけど。
「まったく……今だけよ?」
普段はとんでもないことを平気で言いくさったりでわたしを振り回してばっかりのくせに、こういうときばっかりカッコいいんだもんなあ。だから今は……甘えさせてもらうことにした。ちょっと罪悪感はあったけど、やっぱり気持ちの整理がつかなかったから。
◇
泣いた時間は、そんなに長くはなかったと思う。
けど、しっかり泣いてしっかり眞子に甘えた分だけ気持ちの整理はしっかりついたの……かな?
「その立ち直りが早いとこは、男の子譲りなのかなあ?」
「まあ、一応は元男の子だからね」
そう、いつもの調子で言ってのける。もう大丈夫。眞子に甘えなくても、何とかなりそうだったから。眞子を安心させたかったから。なんだけど……。
「へぇー? だったら、眞子ちゃんの大人の魅力にドキッとしたんじゃないの?」
そう言いながら今度は後ろから抱きしめてくる。おまけに背中に彼女の胸元が。こいつ……わたしが立ち直ったことをいい気に煽って来やがって。さっきまでの優しさはどこに行きやがった。
「あっ、全く何も感じないです」
「嘘でもドキッとしたとか言いなさいよこの鈍感!」
「それはやつ当たりって言うんじゃないかな?」
ったく、マッチポンプも良いとこだよ。せっかくきれいな流れで話が進んでたんだから、きれいなままで終えて欲しかった。
「良かった、それだけ言えるなら、本当に大丈夫みたいね」
「そのからかったときの反応で人の気持ち見るの、やめてくれないかなぁ?」
まあ、ちょっと悪ふざけが酷い気もするけどそれも彼女なりの励まし方って思えば悪くないって思っちゃうのは……うーん、複雑な気持ち。
ただ、いつまでも彼女がふざけているわけも無く。
「で、返事の件とかは結局どうするの?」
後ろから抱き付かれたまま、真面目なトーンで聞かれる。
「あーぁ、せっかく気分が上向いたのに……」
聞かれたくは無かったけど、やっぱりいつかは答えないといけない。芦原からの告白について、尋ねてきたのだ。
「まあ、あんたが困るってところは分かるよ。あんた、元男なのにそれでいて芦原に告白されるなんて」
「まあ、そこも悩みどころではあるけど」
眞子の言うことも当たらずとも遠からず。
そう、ただ告白されただけならなにもここまでこじれはしないと思うんだ。もちろん告白されたことは戸惑うだろうし、受け入れるにせよそうでないにせよ相手を傷つけないようにするにはどうしたら良いかって悩むとは思う。
でもそれ以上に、わたしのもとの性別と彼の性別。いくら今のわたしが女だとしても、心の奥底に男のわたしが眠っていて男の気持ちを受け入れることなんて……果たしてできるのかってところはあった。
「なんかさ、悩みどころが多すぎてっもうぐちゃぐちゃってのが本音なんだよ。もちろん、告白されたことは……嬉しい。性別とかそういうの抜きにしても、やっぱり人から『好き』って言われるのは嬉しいものだから」
今まで、わたしはずっと嫌われ者だった。眞子とか秋奈とか、わたしを見捨てないで守ってくれる人も居たけど、大多数からは理由も無く避けられ嫌われて。そう言う経験を持っている分だけ、人からの純粋な好意は嬉しいって気持ちは大きい。
「だから、わたしは出来る限りあいつの気持ちには応えてあげたい」
答えは決まっている――告白されたときに、自分で自分にそう言った。あの時点で、わたしのなかに既に解答は出ていたのだ。今だってその気持ちは変わらないし、そうしてあげたいって思ってる。
でも……。
「たださ。自信が無いんだよ」
そう。嫌われて疎まれた経験があるからこそ――気持ちに応える術を。愛ってものをわたしは知らない。
「人を愛するって何だろうって。好きになるって何だろうって。だったら、普通に友達で良くないかな、って」
そしてそれを考えれば考えるほど、もう何をどうすればいいのか全く整理がつかなくて。
「なるほど……要するにフリーズして、逃げ出しちゃったわけだ」
その通りです。まったく、面目ない。って言おうとしたその時だった。
「ちょっと難しく考えすぎじゃない?」
いきなり頬をつままれて、彼女はさらに話を続けた。
「色々出来ない理由を並べてるけど、それって要するに芦原と付き合いたくないってことじゃない?」
「そうは言ってないでしょ!」
「だったら、とりあえず付き合ってみてダメだったら別れる。それで良いじゃん」
「そんな無茶苦茶な!」
思わず立ち上がって言い返す。
「別れることが前提だなんて、そんな失礼なことあってたまるか!」
確かに芦原の告白に頭を痛めているのは事実だけど、だからって別れるつもりで付き合うってのはさすがに誠意がないんじゃないかな? そんななあなあは、さすがに芦原に申し訳が立たなさすぎる。
でも、かといってせっかくの好意を振るなんてこと――出来ないし。
「じゃあ聞くけど、芦原は本気であんたに告白したのよ? なのにあんたは、それに向き合わないだなんて――それこそ失礼にならない?」
「うっ……」
「逃げ出したこともそう。本当はわたしも、そこはあんたを叱るべきだと思ってる。同じことをあんたがされて、あんたはどう思うの?」
「……」
「これ以上は説教になるから、言わないけど。あんたが本気で悩んでるのも知ってるから、あえてこれ以上は言わないけどさ」
確かに、眞子の言う通りだ。
いろいろ言い訳をしてるけど、結局今のわたしは逃げているだけだ。男だったときと同じで、嫌なことに蓋をしてみなかったことにして。
前回は、わたしが逃げ出したところで傷つく人が居なかったからまだ良かった。それなのに実際はどうだ。誰も傷つかない、せいせいするはずって思っていたはずなのに眞子と秋奈。母さんまでも傷つけた。
今度同じことをしたら――今度は芦原を傷つけてしまう。
わたしのことを本気で好きでいてくれた人を、わたしは手に掛けてしまうことになる。
「そんなこと、できないよ」
「……でしょ?」
「当たり前じゃん! そりゃあいつとは酷い思い出ばっかりだけど」
あいつとの思い出を振り返れば、改めて酷い思い出ばかり出てくる。体育祭の時は、わたしが人見知りなことを知りつつ応援団の副団長に巻き込みやがって。勉強会の時はわたしの気持ちを大混乱させて、料理部廃部危機の時だってパン作りって形で巻き込んでくれて。挙句――今日のデートさえ散々振り回してくれちゃって。
「おまけにデリカシーの無いし、人を振り回すし。本当に、わたしでも怒ってやりたいこと。まだまだたくさんあるよ!」
実際、結果が上手く転がったから良かったけどそうでなかったらどうなっちゃうんだ。わたしに胃潰瘍が出来たらどうしてくれるんだって文句の一つや二つ、言ってのけたいさ。そんな酷い男だって言うのに。
「……でもさ、そのくせあいつ優しいんだよ。わたしが弱ってるときは、絶対に見捨てないし助けてくれる。もちろんその結果がろくでもない結果になることも多いけど」
「……」
「でもさ、そんな目に合っても……嫌いになれない。むしろ逆。わたしが手綱を引かないと。わたしがそばに居てあげないと……。」
「あいつが私を支えてくれたように、私もあいつを隣で支えてあげなくちゃダメなんだよ!」
そうか。口に出しちゃえば――案外答えは簡単なものだったんだ。
「良かったじゃない。答えが出て」
「……うん」
そう言うなり、眞子は再びぎゅっと抱きしめて背中を優しくさすってくれる。
「だったら、それを伝えてあげなさい。今度は、出来るよね?」
「うん。大丈夫」
眞子のエールを胸に。私は決めた。
芦原に、しっかり向き合うってことに。
◇
そして次の日。眞子に見送られて、私は告白を受けた公園へと向かった。芦原に向き合うために。返事を返すために――。
公園にたどり着くなり、周囲を見渡す。約束の彼はすでに公園に来ていたようで、昨日告白を受けた場所と全く同じところに立っていた。
「春奈ちゃん」
「芦原……くん……」
昨日ぶり。なんなら、あの時から24時間も経っていないのにものすごく時間が開いたような感覚を抱いた。だけども彼にとっては、そこまで前の出来事だとは思わなかったのか。
「というか春奈ちゃん。昨日と同じ服で……あの後色々大丈夫だった?」
あぁ、やっぱりそこ気になっちゃうか。私もあのまま眞子の家に一晩を明かしちゃったから、昨日と同じ服で来るしかなかったんだよね。
「うん。ちょっと眞子の家に泊めてもらってね」
「そっか、なら一安心かな……。まさか野宿したとか言い出すかもって思ってたから」
「いやいや、さすがにそれは……」
それは、女の子としてアウトでしょ。
「例え逃げ出したとしても、野宿する勇気は無いよ。風邪引くしね。むしろあなたよ」
私がたずねるようなことではないとは思うけどさ。でもさ、冷静に考えて私は良いの。逃げるだけなんだから。むしろ置き去りにした芦原のほうが、心配になってしまう。
「あははは……。あれは、さすがに堪えたよ」
「だよね。混乱してたとはいえ、本当にゴメン」
「いや、そこは気にするなよ。しかも、ああ振られたって思ったらその数時間後に春奈ちゃんからメール来たんだもん。何事って、思ったよね?」
「いや、本当に申し訳ないっ!」
それを言われたら、もう平謝りするしかなかった。
いや、そりゃそうだよ。スパってフラれたらまだしも、回答は濁されて逃げ出されて――この時点で嫌われたって普通なら思うよね。かと思ったらその数時間後に明日会いたいって。いくら気持ちが強くても、これだけで心が折れちゃうだろうさ。うん、私なら間違いなくショック死してるね。
「いや良いって良いって。それより今日こそ聞かせてくれるんだろう?」
「返事を」
その言葉を境に、さっきまでのおふざけモードが一転した。私も彼も、一気に表情が締まる。
分かってる。結果がどうであれ、彼はその答えを知りたくて私は答えを打ち明けなくちゃいけない。そのために、彼も私もここに来たのだから。
「もちろん」
そう言い、息を飲む。答えは、すでに私の心の中にあって、あとは口にするだけ。そうだと分かっていても、心臓はバクバクと音を立てていて。
いや、もう悩んでるだけ時間の無駄だ。私は決めたんだ。彼を――
「結論から言うね」
受け入れることに。
「私で良ければ、よろしくお願いします」
そう言って頭を下げる。
正直、未来がどうなるかなんて分からない。これが正解なんか、全く分からない。
「……えっ、良いのか? 本当に、俺と付き合ってくれるのか?」
私がどれだけ取り繕ったとしても元男なのは変わらないし、行きつく先が破滅ってこともあるのかもしれない。その時、私はともかく彼の心を壊してしまうことだってあるかもしれない。
「何で自分から告白しておいて疑うの? あなたが告白して、私が受け入れた。だからあんたと私は恋人関係ってこと。そうでしょ?」
でもその逆に、私が男だったって過去さえ上書きしちゃうくらいに上手く行っちゃって。もしかしたら芦原を旦那さまって呼ぶ未来もあることだってあるかもしれない。
「そ、そうだけど……いや、まだ実感が湧かなくて」
「そりゃそうでしょ。まだ恋人になって1分も経ってないのよ?」
妄想が過ぎるかもだけど、もしかしてこいつとの間に幸せな家庭が出来ちゃうってこともあるのかもしれない。男の子が生まれるのか女の子か……全く分からないけど、きっと生まれる子はこいつに似て明るくて素敵な子なんだろうな、なんて。
「そっか。それもそうだな……」
そういう未来が、この瞬間から始まるってこともあるのかな。なんて。
そう思っていると……。
「それじゃ、帰ろっか。春奈」
そう言うなり、彼は手を差し出してにっこりと笑いかける。
「まったく。いきなり呼び捨てなんて、気が早いって」
だけども、彼の呼び捨ては存外嫌でも無くて。だから私も、彼の手を掴んで名前を呼んでやった。
お互いにまだまだぎこちないけど、いつかは自然にできるようになるのかな。そうだったら、いいな。そう思いながら、私は彼と共に歩き始めた。
73話から足掛け20話弱続いた第6章ですが、この話を持っておしまいです。
前章で触れられた芦原の恋心、春奈自身が持つセクシャリティ、眞子や結衣の将来に触れられることが出来たという意味では、正直一番書いていて楽しい章だったかな。シリアスもほとんどなかったし。
そして次の章はついに完結編。若葉ガール・安藤春奈はどのように未来と向き合うのでしょうか。




