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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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86.「みんなの思いをのせて」

 夜の通学路を歩いていると、突然スマホに着信音が鳴った。

「もしもし?」

 考え事に夢中だったせいか、誰からなのかもまったく確認しないで電話を取ったんだけども。

『あ、春奈? 今、大丈夫?』

 電話の主は、部活関係ではあんまり話の無い眞子だったのである。

「良いけど……」

『良いって言う割に声が死にかけじゃない。というか、電話口の音を聞く限りあんたまだ外を歩いているって感じ?』

「うん。さっきまで芦原の家でパン作りを」

『あんたねぇ。ちょっとは自分の身体を大事にしなさいよ?』

 ついに親友にまで、説教されてしまった。

『結衣もあんたのこと心配してたし、こんな時間に外歩いてたら、変な人に遭っちゃうわよ? あんた仮にも女の子なんだから、そこは大切にしなさいね?』

 人さらいって言い方が何というか。でも夏休みに酷い目にあった眞子だからこその心配っていうのもあるんだろう。

「分かった。今からちょっと急ぎ足で帰りますぅ」

『うん、そうしてね。宿題もやらないで寝ちゃっていいから。明日結衣とわたしの見せてあげるから、ちゃっちゃと休むのよ?』

「そこまで心配しなくても良いんだよ!?」

 それはさすがに……心配掛け過ぎではないだろうか。それとも自覚が無いのって、わたしだけ?

 でもここまで言われてしまうと、さすがにもう味にこだわっている場合でも無いってことかなぁ。このペースを維持しないと、たぶん本番までに間に合わないと思うけど。やっぱり潮時ってやつなのだろうか。

「でもさ――そこまで心配掛けてるなら。わたし、もう止めちゃった方が良いのかな?」

 心の中で、わたし自身に問いかけた言葉だった。そのつもりだった。だけども、意図せずそれが口に出て、おそらく眞子の耳に届いてしまった。

「あっ、いや嘘だ嘘。ちゃんと、ベストな味を作り出すから……」

 そうやって取り繕ったけど、眞子からは何の言葉も返ってはこない。これでは、みんなに心配をかけているのを踏みにじって、それでもまだ諦め悪く言い訳をしているみたいじゃないか。いや、実際にそういう行動に出ているわけで。

「……これで、良かったのかな」

 これって、わたしのワガママじゃないのかな。

 すでに完成形は出来ているのに、わたしが変にこだわっているばかりに色んな人に迷惑を掛けて。これで本当に良いのだろうか。

「やっぱり、ワガママなのかなぁ」

 何だかわたしも訳が分からなくなって、つい親友にそんなことを訊ねてしまった。

 答えなんて、とっくに見えているはずなのに。

『何を言ってるの? あんたが納得しなきゃ、後々後悔するだけだと思うよ』

 なのに眞子は、ワガママを否定するわけでも肯定するわけでも無く。


『悩んで悩んで、あんたが今やれるベストを出さないと。それこそが、料理部に居る人の務めじゃないかな?』


「……そうだったね」

 眞子の言う通りだ。

 コラボメニューだから。売り物だから。でもお店の都合。〆切――いろいろなしがらみにがんじがらめになっていて。一番重要なことを、忘れてたじゃないか。

 あくまで、コラボメニューは手段であって目的じゃない。料理部の活動の一環としてコラボメニューを作ることにしたんだ。

『もちろん、結衣の言うことも正論よ。でも、中途半端なものを作って納得できないものを売るってのは、部活動として良いの? って、わたしは思う』

「だよね。確かにこだわりすぎてるかもだけど……中途半端なものよりはね」

『そうね。でもだからって根詰めすぎて良いって意味では無いからね? そこは履き違えちゃダメ』

「分かってるって」

 そしてお互い寝る前のあいさつをして、電話を切る。

 もちろん、根詰めすぎて倒れて良いってわけじゃない。でもだからって、中途半端で納得できないものを売って良いって訳でもない。ちゃんとみんなが納得する物を作らないといけない。もちろんその「みんな」の中には私も含まれているわけで。

「よし。しっかり休んで、明日再チャレンジ!」

 ちょっと心が折れかけていたけど、もうひと踏ん張り。もちろん無理しない程度に。そう意気込んで、わたしは夜道を再び歩くことにしたのだった。


 ◇


 そして翌日の午後。

 学校が終わるなり、芦原と二人で芦原ベーカリーへ直行。すでに窯に火は入れてくれていたようで、さっそく芦原と一緒にパンをこねることに。

「おっ、慣れてきたんじゃないの?」

「さすがにもう一週間、毎日毎日やってるからね」

 もちろん芦原のお父さんにはとてもかなわないだろうけど。でもまあ、これだけやれば家でパンを焼けるくらいにはなっているんじゃないだろうか。とはいえ、一般のご家庭ではパンを焼くための機械が無いからどのみち宝の持ち腐れな気もするけど。

「いやいや、それでも一週間でこれってすごいと思うな。親父も春奈ちゃんすごいって言ってたし」

「うそっ、あんたのお父さんがそんなことを?」

 それは驚きだ。プロのパン職人である芦原のお父さんから認められるだなんて。もちろん、多少はお世辞も入ってはいるとは思うけど、ただその点を抜いても――わたし、結構いけるクチなんじゃないだろうか? 

 と思ってたんだけど。

「ああ。女子にしては、びっくりするくらい器用だって」

「……なんか素直に喜べない」

 なんだろう。芦原の口が軽いところって、たぶんお父さん似なんだろうね。女子にしては、って一言余計なのである。まあ、これでも一応は元男子だし小学生の頃はプラモとかも作っていたからね。自分でもある程度は器用なほうだとは思うけどさ……。

「あれっ? 褒めているはずなのに春奈ちゃんむくれてるのは何で?」

「誰かさんのデリカシーの無い言葉のせいです」

「ゴメンゴメンっ! 春奈ちゃんって時々男っぽいからつい」

「男っぽくても一応女子なんですケドね」

「あぁー! これ窯に入れたら、お菓子とココアあげるから機嫌直してくれ!」

「もう、しょうがないなぁ」

 ちなみに芦原の入れてくれるココアは結構な本格派。パン屋さんっていうこともあって、結構お高いココアパウダーや牛乳を使っていることもあるんだろうけど――うちで入れるココアよりもずっと美味しい。

 正直普段はあんまり誘惑には負けないタイプだとはわたしも自負してるけど……。

「うわ、一瞬で機嫌が直った。春奈ちゃんって、意外に甘いのに弱いよな」

「みんなして忘れてるけど、わたしも一応女子だからね。甘いものは別腹なの」

「なんか納得いかねぇ……」

 そうやって二人で会話しつつも、作業のほうは淡々と進んでいく。

 そして――。

「どう、何か掴めそうか?」

「――5番のやつ。これが、あんまりくどくなくて良いと思う」

 昨日しっかり休んだこともあって、今日のわたしはいつも異常に舌の感覚が冴えていた。だからこそ、というのかついにわたし自身納得できる配合を作り出すことが出来たのだ。

「そっか、どれどれ――」

 そう言って、芦原もあんを口に含む。少し迷うようなしぐさを顔に浮かべつつ。

「良いんじゃねえか?」

 そう言いながら、既に焼き上がっている中には何も入っていないパンと共にもう一口。再び神妙な顔をしたかと思えば、すぐに親指をサムズアップして一言。

「これで売り出そう!」

 パン屋さんの息子直々のお墨付き。こうして、コラボメニューの米粉あんぱんが何とか完成したのである。


 ◇


 そして、製品が完成がしたという報告と写真を料理部のチャットへ載せると……。

「ハルちゃん先輩! パンが出来たって本当ですか?」

「ちょっと桜子。料理場に土足で踏み入れないの」

 すぐに、わたし以外の料理部メンバーが芦原ベーカリーに乗り込んできた。それにしても桜子ちゃんのこの飛びつき具合。文乃ちゃんがまるで手綱を取るように腕を掴んで止めているけど、その文乃ちゃんもちょっと前のめりなあたり、やっぱり今か今かって待ちわびていたのだろう。

「そんなに前のめりにならなくても、試作品はたくさんあるからね」

 そう言って、みんなの前で完成品のパンを披露する。

「美味しそうね」

「食べてもいい?」

「どうぞ、召し上がれ」

 そう言うなり、みんながコラボメニューの米粉あんぱんを食べ始める。

 反応は――どうだろう。生みの親としての、緊張の瞬間だ。

「……どう、かな?」

 わたしとしては、これが最高傑作のつもり。芦原のお墨付きもある。とはいえやっぱりどこかで不安を捨てることが出来なくて。でも……。

「良いじゃない。さすが春奈、決めるとこは決めるじゃない!」

「うん、本当に。ここまでブラッシュアップするとは思わなかった」

 食べるなり、眞子と結衣がすぐにそんな言葉をわたしに掛けてくれた。1年生のみんなからも大好評で、これならば本当に製品として出すことが出来そうだ。

「良かったな、春奈ちゃん」

「うん、あんたのおかげよ」

 ひょっこりと厨房から顔を出す芦原とハイタッチした。何だかんだ料理部の活動とは言いつつも、実際はこいつにもたくさん助けてもらったのは確かなわけで。

「本当にありがとね」

「良いって。あとは、本番を待つだけだな。当日どうするか、そこはちゃんと料理部で話し合えよー?」

「うん!」

 そう言って、すぐにみんなのもとへもお礼を伝えようとすると……。

「そうそう。1年生ズが作ってくれたポスターなんだけど」

 お礼を言う前に、眞子から話題が切り出された。そして、すぐに桜子ちゃんが段ボールに刺さっていたポスターを1枚とって広げる。そこに書かれていたのは……。

「どう、出来栄えは?」

「最高に、かわいい! これ、誰がデザインしてくれたの?」

「……うち、です」

 そう言って、文乃ちゃんのうしろからひょこり顔を出す双葉ちゃん。そっか、わたしが知らないうちに宣伝ポスターを作ってくれたんだ。しかもその内容がこれまた可愛らしくて、動物たちがパンをおいしそうに食べている様子が描かれていた。

 これなら、きっと色んな人がポスターを見て集まってくれるに違いない。

「桜子も手伝ったぞー?」

「あなたは印刷機の操作をしただけでしょうが」

「桜子ちゃんもありがとう。というより、1年生のみんなが頑張って作ってくれたんだよね?」

「うん! 文乃も実は作るの手伝ってくれたんだぞ?」

「ちょっとだけ、ですけどね」

「そっか。文乃ちゃん、いつもありがとうね」

 どういう作業をしたかはわたしには知らないけど、きっと1年生が一生懸命頑張ってくれたのことは間違いなくて。だとしたらこれをむげにはさせられないよね。

 そしてポスターの件が片付くと、次は……。

「あと、部活動報告書の件なんだけど――」

 そう言って、眞子が鞄からファイルに綴じた書類を出して見せてくれる。

 そこには、わたしが商品開発をしている間に眞子と結衣が書いたであろう部活動報告書が綴じられていた。あの真面目でお堅い会長のことだ。提出にあたっては数多くの苦労があっただろうけど……。

「大丈夫だった?」

「うん。むしろめっちゃ褒められた!」

「驚いたわよね。まさかあんなに褒められるなんて」

「そっか。それは良かった!」

 そう言って胸を撫でおろす。確かに、改めて書類に目を通せば会長からのめっちゃ細かい文字の書きこみが。でもそこには、わたしたちへの活動への激励や注意点について事細かに書かれていた。

「……なんか、いろんな人の期待を背負っている気がしてきて逆に緊張するね」

「良いじゃない! 期待を背負ってる分、期待を超える成果を出せば良いんだから!」

「眞子さんいつになく強気だねぇ」

「今のわたしは無敵だからね? あの会長に褒められたくらいなんだから」

「確かに、それは自信になるよね」

 そうだよね。あの厳しい会長に褒められるってことは、それだけすごい成果を打ち立てかけているってことなんだから。

 だとしたら、その分の成果を見せてあげようじゃないか。

「わたしが言うのも変だけど、頑張ろうね!」

「何を言ってるの。みんな同じ気持ちよ。でしょ?」

『うん!』

 こうしてわたしたちは、うちの中学校で初めてとなる外部のお店でのコラボメニューの販売に挑むことになったのである。

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