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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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85.「崖っぷちの料理部(後編)」

 そんなわけでその日の放課後。

 料理部としての成果を残せるか。そして、芦原のおうちでコラボメニューを作れるか。その2つを相談するべく、わたしたちは芦原のおうちにおじゃますることになった。

 ちなみに眞子と1年生ズは今回はお留守番。あんまり人が多くても話がややこしいことになるだろうし、眞子に至ってはきっと芦原とケンカしそうだし……。

『おじゃまします』

 そんなわけで、結衣から順番に芦原のおうちに。というよりも、正確に言えば芦原のご家族が経営しているパン屋さんに入っていくことになった。

 芦原は鞄を下ろしたいと一旦カウンターの後ろにある母屋へと行ってしまい、代わりにわたしたちは、イートインコーナーのような場所に座ることになった。

「それにしても、芦原の家がパン屋さんだっただなんてね」

 あんまり人の家をジロジロ見るべきでは無いとは分かってるけど、やっぱり周囲をついつい見てしまう。一方で結衣は落ち着いた様子で、ノートを開いていつでも話し合える状態に。あれ、もしかしてこの状況で妙にはしゃいでるのって――わたしだけ?

「そっか、ハルちゃんは初めてだもんね」

「結衣は芦原の家のこと知ってたの?」

「まあ、わたしと俊ちゃん。正ちゃんもだけど、わたしたち3人は幼馴染みだからね。何回かお邪魔することはあったかな」

「そっか」

 なるほど。だからさっき芦原の家がパン屋さんだってことが明らかになった時も、落ち着いていたんだ。まあ眞子とわたしは元々芦原とそんなに関わりが無かったからっていうのも多少はあるんだろうけどね。

「でも芦原ベーカリーって、この街では結構有名なんだよ?」

「そうなの?」

「少なくとも私の家では、というか私の周辺はそうだったかな。おばあちゃんは、ここのあんぱんを結構気に入ってるみたいだし」

 それって、結衣の家で有名ってオチなのでは? ……とはいえ、冷静に考えればここ商店街の真ん中だからなぁ。

 そう。さっき言い忘れてたけど実は芦原の家。正確に言えば芦原ベーカリーなんだけど、それは駅からお城まで続く商店街のど真ん中にあるのだ。しかも商店街のお店紹介のポスターも、ひときわ大きいスペースを持っていたっけ。

 そう考えると、こういうお店でコラボメニューを出せるかもしれないだなんて――すごいことなんじゃないだろうか。そんなことを考えていると。

「お待たせ」

「いらっしゃい。みんな学校終わりなのに来てくれてありがとうね」

 鞄を下ろしてジャージ姿になった芦原――だけではなく、意外なことに彼のお母さんもわたしたちの前に姿を現したのだ。ちなみにイケメンで名高い芦原の親ということもあってか、超美人さん。まるでモデルがテレビから飛び出てきたみたい。

 ってそうじゃなくて。

『こちらこそよろしくお願いします』

 わたしたちは慌てて立ち上がって挨拶する。相手はこの店の責任者なんだし、コラボメニューを作って欲しいという無茶なお願いをしているのだから誠意は尽くさないといけない。だけども二人は、特に芦原のお母さんはわたしたちの様子に一瞬だけきょとんとしつつも。

「あらあら、良いのよそんなにかしこまらないで」

 そう言いつつ、抱えていたバスケットをテーブルに置いてくれた。バスケットの覆いを取ると、中にはおいしそうなパンがたくさん。

「今日はお店が休みだから焼き立てじゃないけど、良かったら食べてね」

 なんと、事前のアポなしだというのにわたしたちのためにパンを用意してくれたのである。

 本当ならわたしたちのほうが菓子折りの一つでも持っていくべきなのに、こうやっておもてなしをしていただくだなんて……本当にありがたいやら申し訳ないやらである。

「ありがとうございます。いただきます」

 そう言いながら、手元にあったあんぱんををほおばる。味のほうは――なるほど、これはほっぺたが落ちるって言葉の通りだ。というか、語彙力が貧相すぎてそれ以外の言葉が見つからない。

「美味しいね」

「うん。初めてだけど、毎週でも通いたくなっちゃうよ」

「あら、嬉しいことを言ってくれるわね」

 そう言ってにっこりと笑顔を浮かべる芦原のお母さん。やっぱり美人さんということもあって、笑っている姿もかなり絵になる。正直、女のわたしでも見惚れちゃうほどの笑顔だ。そしてそんな笑顔で……。

「それにしても結衣ちゃんも大きくなったわね。そしてすっごい美人さんになったね」

「いえいえ……そんなことは……」

 そう言いながら、遠慮がちに謙遜する結衣。気持ちは分かるよ。何というか、ちょっと高嶺の花って感じがするもんね。

「そしてお隣の子は……確か春奈ちゃん! だったかしら?」

「あっ、はい。安藤春奈といいます。俊吾くんにはいつもお世話になっていて……」

「あらあら、お世話されているのはうちの子のほうじゃなくて? 体育祭での応援っぷり、見てたわよ? それに俊吾ったら、いつも春奈ちゃんの家では話ばっかりで――」

「ちょっと母ちゃんやめてくれよ!」

 そう言って芦原が慌てて彼のお母さんの口をふさぐ。その仕草が、何だか子供っぽくて不覚にもちょっと可愛いって感じてしまった。そういえば、学校でもやんちゃというかちょっと子供っぽい一面があったし――つくづく家のカラーが性格にも影響するんだなって思う。結衣が穏やかなのも、結衣のご家族がのんびり屋さんな性格もあるだろうし。わたし? ……お母さんや秋奈の性格からしてお察しでしょ。

「……ところで、既に俊吾くんから聞いてるとは思うんですけど」

 いけないいけない。なんか芦原家のことばっかり話の主題になってて、本題がおざなりになってた。結衣が慌てて軌道修正を図ってくれる。

「ああ。いけない、俊吾が家に女の子を連れてきたことに驚いてすっかり忘れてたわ」

 いやいやいや、どう考えてもコラボメニューの件>芦原の女の子事情でしょうが! ……って言いたくもなったけどそれは、わたしたちの理屈か。やっぱり親としては、子どものほうが大切だろうし。

 いや、そんなことは考えている場合じゃなくて。

「いきなり来て失礼なお願いごとだとは重々承知なのですが――わたしたちの部活動の一環としてこのお店で新メニューを出していただきたく、そのお願いをしに……」

 無茶なお願いをしに来ているんだ。さっきも言ったけど、やっぱり誠意をもってお願いするのが道理だ。だからこそ、結衣共々深く頭を下げてお願いをするわけなんだけど。 

「良いわよ?」

『えっ……』

 二つ返事というか、あっさりと許可が出てしまって結衣と二人して言葉を失ってしまう。

「いや、えっと……良いんですか?」

 つい疑うようなことを訊ねてしまうけど。

「俊吾の同級生のお願いだもの。ダメっていう理由も無いし、お勉強の一環ならうちでもぜひ手伝わせて」

『ありがとうございます!』

 本当にありがたい話だ。まさかこんなにあっさりと交渉が成立するとは思ってなかったし、もしも上手く行かなかったらそこですべてが終わってしまう。だから、一番の負担が無くなっただけでもかなりの前進だし、安心要素だ。

「じゃあ私は戻るから。俊吾はちゃんと二人と話し合って新メニューについてお父さんに伝えるのよ?」

「分かった。じゃあ、考えるぞ」

『うん!』

 そんなわけで、わたしたちの新しい挑戦が始まった。


 ◇


 とはいえ、すぐにメニューがポンって生まれるってことも無くて。

「んで、まずはどこから手を付ければ良いんだろうね」

 コーヒーをからんと言わせながらそうつぶやく。

「まずは部活動報告書だろ?」

「それは、眞子にお願いして何とかなってる……はず!」

 芦原の言う通り第一関門は部活動報告書なんだけど、とりあえずお店側の許可を取れたから新メニューを開発します的なことを書いてくれれば急場はしのげるとは思う。さすがに眞子もこういう時はしっかりやってくれるさ。親友なんだし、そこはわたしも眞子を信じている。のだけど――。

「そこはあんまり心配してないのよ。ただね、活動の柱になる新メニューを考えないことには動けないでしょ? そしてそれを考えるためにどうするかってのが一番の問題」

 結衣はそう言いながら、スマートフォンを取り出して画面を見せる。画面の中には、全国のご当地パンを紹介するWEBサイトが開かれていた。

「ご当地パン?」

 芦原が怪訝な声で問いかける。

「あくまで方向性の一つよ」

 そう言いながら彼女は画面をスクロールして続けた。

「正直、ゼロから全く新しいパンを作るなんて素人の私たちには厳しいと思うの。かといって、個々のパン屋さんに置いて無さそうなパンも無いわけだし」

 確かに、さっきちらっとメニューは見たけど有名どころはきっちりと抑えているラインナップだったしおまけにあんぱんという不動の看板メニューさえある。そんな状況でゼロから開発して、かつ人目を引けるパンなんてとても思いつけない。

「おまけに、期間も限られているわ。詳しくは後で相談することになるけど、開発できる期間は長くても3週間くらいかしら」

「何でだよ。うちは別にいつでも対応できると思うぞ? 何なら父ちゃんにも相談して……」

「クリスマスがあるのよ」

『あっ……』

 慌てて手帳を開く。確かに今は11月の終わりで、1か月後にはクリスマスが控えている。

「クリスマスってことは、たぶんこの店の書き入れ時でもある。そんな時期に迷惑は掛けれない」

「なるほどね。結衣の言う通りだよ」

 きっと芦原のご両親は、そういうことはあんまり気にしないとは思う。けども、せっかく手伝ってもらっているのに相手の迷惑を考えずにってのはさすがにどうかと思う。それは、一番いけないやつだ。

「じゃあ、何かをベースにして考えないとだね」

 そう言って、考え込む。でも、安藤家は普段あんまりパンを食べないからすぐに思いつくわけでも無く。

「あのさぁ、うちあんまりパンを食べなくて。結衣はどう?」

「うちのお米ばっかりよ」

「お前ら……たまにはうちのパンを食べてくれよ?」

「だって知らなかったんだもん! 次からは月に1回は買いますぅ」

「月一って少ないな!」

 知るかそんなもん。こっちは新メニュー開発で精一杯なんじゃ。

「お米のメニューならいくらでも考えつくんだけどね」

「うちパン屋なんだけど。パン屋でお米を使うことを考えるなよ……」

「って言われても、お米を使ったお菓子しか思いつかないよ。お団子とか白玉団子とか」

「おはぎとかも良いよね。つぶあんをたっぷり使って」

 そう言いながら結衣がスマホで検索したおはぎを見せてくれる。なるほど、これは美味しそう――って。

「いやいやお前ら、話が脱線してるぞ?」

『はっ!』

 ダメだ。あんまりパンを食べない分、ついそっちのほうにばっかり発想が行ってしまう。

「固定概念を捨てないと、だよ」

「結衣が捨てなさい、だよ!」

 しかも結衣さん、おはぎに続いてきな粉をまぶしたお団子を見始めてるし。というかこの子、本当に今どきのJCなの? おばあちゃんって言った方が正しくないかな。

「はぁ……いっそお米の粉でパンが焼けないかなぁ」

 ついついつぶやく。

 んでもって、中身にはたくさんあんこを入れて洋風お団子って感じで。……まあ、お米の粉で作ったただのあんぱんな訳なんだけど。我ながら発想力の低さである。

「いやまあ、無理な話なんだけどね?」

 というかお米の粉でパンを焼くことはたぶん不可能だ。そもそもなぜパンの原料が小麦粉かっていうと、小麦粉を水と合わせてこねたときに出るグルテンっていう素材がパンのもちもちとした食感を生み出す源になるから。

 残念なことにお米の粉にはグルテンは入ってないし水を加えてこねても出てくるわけもなくて。そうなると、おそらくぼそっとした仕上がりになってしまう。家で食べるならともかく、お客様の口にこれを入れるわけには……。

「ねえ、それじゃない?」

「えっ?」

「あのさ、お米であんぱんを作っちゃわない?」

「いやいや無理でしょ!」

 まさか結衣がグルテンとか知らないわけないよね? ちょっとそれは難しいと思うんだけど……。

「いや、たぶん行ける。親父が昔米粉パンは試作してた」

「えっ、いけちゃうの?」

「詳しい話は忘れたけど、確か米粉にある加工をすれば行けたと思う」

「お米の粉は、うちの田んぼで取れたものをおじいちゃんからもらって来れば」

「よし、これで話がまとまったな!」

「そうね、あとは俊ちゃんのお父さんに相談してみよっか!」

 そう言って結衣と芦原が固い握手をする。

「えっ……大丈夫なのこれ?」

 思わずそうつぶやくけど、すでに話は雰囲気的に止められそうにないところまで進んでいて。そしてさらに言えば。

「おう、出来ると思うぞ」

『やった!』

 そう言ってハイタッチする結衣と芦原。

 なんとこの二人、明らかに無理そうな米粉あんぱん計画を芦原のお父さんに相談してしまったのだ。しかも彼もあっさり出来ると言ってのけてしまうし。……いや、プロが言うんだからきっとできるとは思うんだけどさ。

 ともかく、そんなわけで1週間は掛かってもおかしくは無いであろうコラボメニューの計画がたった1日で決まってしまい、こうして料理部創部以来初めての――本格的なコラボ企画が動き出してしまったのである。

 ……何でだろう。この前の体育祭と違って何から何まで順調すぎるがゆえに超不安になってきたんだけど。


 ◇


 そんなわけで、コラボ企画が本格的に動き出した。

 レシピ開発係のわたしと結衣は、あの日から何度か芦原の家に通って彼のお父さん監修のもとパンの試作を行った。彼のお父さんが昔米粉パンの試作をやっていたこともあってか、形になるのは割と早くて……。

「ここまで順調だと、何だか拍子抜けよね」

「うん、まあそうなんだけど……」

 出来上がったパンを口に含みながら、それでも頭の中にはクエスチョンマークが浮かぶ。

 確かに、ここまでの流れはとても順調で今の試作したパンだってこのまま出したところで充分売れるとは思う。そもそも芦原ベーカリー秘伝のレシピをベースにちょっとアレンジしただけなんだから、失敗のしようがない。

 でも――。

「でも、本当にこれで良いのかな?」

「どうして? ハルちゃんの味覚には合わないの?」

「いや、はっきり言っておいしい。黙ってても売れること間違いないと思う。けどさ――」

 

「これって、本当に料理部の活動っていえるのかな?」


 そもそも、料理部の本来の目的は料理をすること。でもだからって、芦原ベーカリーのパンをただ作って売るだけならば、ただのアルバイトと同じじゃないだろうか?

 わたしたちで考えたものを出すから、コラボメニューっていえるわけじゃないのだろうか?

「……そりゃ春奈ちゃんが言うことがもちろんあるべき姿だとは思うよ? でもさ……」


「ちょっとは、このお店の負担も考えようね?」


 結衣は静かに、だけどもいつも以上に真剣な瞳でわたしに訴えかけてきた。

 このお店の負担。そう、芦原ベーカリーは慈善事業ではない。彼は表立っては言わないけど、パンを売ることで日々の暮らしを立てている。

 それを妨害してまで味の追求をするってのは――エゴではないか。彼女はそう言いたいんだと思う。

「分かってるよ。でも、わたしは中途半端で終わらせたくない」

「……そう。でも、どうにもならないときは私は無理やりにでも止めさせるからね」

 だから負担にならないように、窯だけはお借りしつつなるべく自力でパンの試作品を作り続けた。

 せっかくのコラボメニューだから。妥協はしたくないから。そして、芦原ベーカリーの看板を傷つけないクオリティのパンを焼きあげたかったから。

 だけども学生である以上、平日はわたしたちも学校に行かないといけない。かといって協力をしていただいている芦原ベーカリーも、土日とかは特に忙しくてわたしたちの活動に時間を割けるわけもなくて……。

 そうしている間にも、時は着々と迫ってきてしまい。

「春奈ちゃん。夜遅いし、これ飲んだら帰った方が良いよ」

 芦原が温かいココアを入れてきてくれた。時計を見れば、既に夜の9時を指していた。いつもなら家でお風呂を入っている時間だというのに。

「ありがとう。でも、もうちょっとだけ粘りたくてさ」

 そう言いながら、視線を中に詰めるあんこへと向ける。あんことバターの比率をどうするか。あるいは、生どら焼きのテイスト参考にした生クリーム仕立てにするか。未だにあんこの中身が固まっていない。

「ここだけ決まれば――何とかなりそうなの」

「そっか……」

 そう言って彼は、私の隣に座る。そして座るなり。

「でもさ」

 あごを優しくつままれて。

「春奈ちゃん。目の下、クマ出来てるよ?」

「うそっ?」

 わたしと彼の顔の距離がぎゅっと縮まり一瞬どぎまぎしたけど、続く彼の言葉は優しくも女として気づかれたくないところをチクリと刺してきたのである。

「さては寝不足だな? 授業中もちょくちょく寝落ちしたろ?」

「そんなこと……」

 無いとは言えなかった。事実、授業の記憶がところどころ抜けている。

「結衣も心配してたぞ? 春奈ちゃんは時々無理しすぎて、どこかで限界迎えちゃうからその前に止めてやれって」

「それが今ってこと?」

「おう。だから、倒れる前に帰ること。いいな?」


 ――時には、諦める勇気も必要だぜ?


 夜道を歩きながら、芦原の別れ際の言葉が頭から抜けなかった。

 そう、コラボメニューをしっかりとしたものにしたいって気持ちは結衣にだって。全員に共有された気持ちなんだ。でもそこには、制約ってものがある。何にだってそうだ。テストだって仕事だって、制約が無いものなんて、この世には無いのだから。

 ……諦めるか。最初の試作品で充分製品として出せるのだから。何もわたしだけ張り切って、無理やり問題になんてしなきゃ順調に進むのだろうから。

 そう、考えていた。その瞬間――携帯に着信が。

「もしもし?」

 誰だろうと思いつつ電話を取ると……。

『あっ、春奈? 今大丈夫?』

 電話の主は、部活動としてはしばらくやりとりが出来なかった眞子だったのである。

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