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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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82.「眞子の夢(後編)」

 表参道から電車を乗り継いで15分ほど。

 わたしたちは、今回のデートにおける最終目的地であり――眞子をスカウトしたデザイナーの自宅があるところにたどり着いていた。

「それにしても、本当に大きいなぁ」

 これから入ることになる家を眺めながら、思わずそうつぶやく。

 彼女が住むこの代官山という街は、ファッションデザイナーの街であると同時に都内有数の高級住宅地でもあるそうだ。噂に違わず、ここまで来る間にも道の両側には大きくておしゃれな家がつらつら並んでおり……。

 こういうとこに住むデザイナーさんなのだから、きっと高名なデザイナーさんなのだろう。それだけに、そんな有名人と会うとなると……付き添いできたはずのわたしでさえも緊張のしてしまうのだけど。

「やっぱ、帰って……良いかな」

 その一方で、本来の主役であるはずの眞子は顔からして既にグロッキー状態。これからが一番の見せ所だというのに、早くも試合終了といった雰囲気を醸し出していた。

「何言ってるの。ここからが本番でしょ?」

「だってどうせ断るのよ? なのにどうして九条先生と会わなくちゃいけないのさ」

 まあ、その言い分は分からないでも無いけど。

「だったら会う前に電話で断ればよかったじゃない!」

 だったらどうして一番最初の約束のときにそれを言わなかったのかって話である。今さらなのだ。

「だってそれは……やっぱり直接お会いしてどうして断るかを伝えるのが筋ってものじゃない」

 だけども彼女は強情になってそんなことを言い始める。まったく、どうしてこういうところで頑固になっちゃうのだか。

 もちろん、こういう道理や筋を重んじるという、いわゆる昔気質なところはわたしも好きだ。でもね、だからって道理を通そうと無理をして自爆するくらいならそこは柔軟になって欲しいと思うところではある。

 もっともここまで来たのだったら、中途半端は良くないので。

「だったら、その筋を通すべきじゃないの?」

 とは言ってみるものの。

「それは無理。だって今にも心臓が飛び出て死にそうなんだもん!」

 そう言っては、やっぱり帰る! と駄々をこねる眞子。

 子供がやるなら可愛いけど、わたしたちもう中学生なんだよ? いつまでもそんなの通用するわけないのに。

「もうここまで来たんだからもうちょっと頑張りなさいって」

「待って! 絶対無理よ――あぁ、もう体調崩したってことにしてさ?」

「あぁ、もうバカなことばっか言いなさんな!」

「あっ! 今バカって言った――ってどうしてベル押しちゃうのよ!」

 もう眞子を説得してもどうにもなりそうにない。そうだと分かった瞬間にドアベルを押してみたのだがそれがこれまた眞子には気に食わなかったらしく……ついにはお互いの頬をつねっての大げんかに発展する。

「ちょっと春奈! なんでいっつも勝手なことばっか!」

「勝手はどっちよ! だいたい付き添って欲しいってここまで引っ張り出したのはあんたでしょうが。ちったあ責任とりなさいよ!」

 そう言いながらお互いに頬をつねり合いながら取っ組み合っていると……。

「あの――どちらさま?」

 いつの間にか、わたしたちの目の前に若くて綺麗な女性が現れていた。

『あっ』

 新しい人物の登場に、お互いつねっていた手を緩めて彼女を見つめた。

 ぱっと見では、わたしたちよりもちょっと背が高いくらい。だけども服の着こなしが、わたしたちの住む田舎町では絶対に見ないような着こなしで。綺麗な青い瞳と白い透き通るような青い肌。光を浴びて輝く金髪が美しい――って思わず見とれてしまっていたが。

「あっ……12時から九条先生とお会いする約束をしていた、三春です」

 本来の目的を思い出して、慌てて名乗る。眞子の代わりに。じゃないと、人の家の前でけんかをしている不審者になりかねないから。だが、わたしが名乗ったことがこれまた眞子にとっては気に食わなかったようで。

「なんであんたがわたしの名前使うのよー!」

 そういって今度は肩をポコポコ叩いてくる。――さてはこの子、緊張しすぎたかパニックになってるのか幼児退行しちゃったらしい。いや、そんなに痛くは無いから叩くのは良いんだけどさ……。そうやって幼児退行されてると、付き添いのこっちの方が恥ずかしくなっちゃうよ。

「いや、本来はあんたが名乗るべきところでしょ? それが出来ないからわたしが代わりにやっただけなのに――文句を言われる筋合いは無いんだけど」

「それができるならあんたを連れてはこないでしょ!」

 うわぁああめんどくせー! やっぱり眞子めんどくさい! だったらどうすれば良いんだよってつい声を荒げたくなるのをぐっとこらえる。だがこんな状態がなぜか面白かったのか……。

「……ぷっ。いや待って、今どきそんな取っ組み合いのけんかをする女の子初めて見た!」

 そう言って、その金髪の女性は面白いものを見たとばかりにくすくすと笑いだしたのだ。

 もちろん、ある意味本気でけんかしてたわたしたちはその女性の予想外の行動に思わずポカンとしてしまう。けど彼女はなおも笑い続けて。

「いやぁ――良いよ! そういう負けん気の強い女の子、アタシは好きよ」

 そう言って一通り笑ったのか、目じりに涙を浮かばせつつ女性は続けた。

「はぁ――で、なんだっけ。そう、眞子ちゃんとは午後から約束していたね。それで、お隣に立っている子は、お姉さん? あるいは妹さんかな?」

「いえ、わたしはこの子の友人で今回は付き添いで来ただけなのですが……」

 続けて名前も一応名乗るが、彼女はわたしのことをてっきり眞子と勘違いしていたようで。

「えっ、付き添いでここまで? というかあなたが眞子ちゃんじゃなくて?」

「いえ、眞子はわたしの後ろに隠れてるほうの女の子です」

 そう言う前からスキル人見知りを発動させる我が親友。こいつ、逃げることが出来ないと悟ったら殻に籠る作戦に出やがったか。というか今さらそんなことをしたって意味はないというのに……って、言うだけ無駄か。

「そっか。電話で話したときはもうちょっと気が強いのかなって思っていたけど――意外ね」

 そう女性はうなづきながら、家の門をカチャンと開けてわたしたちのことを手招きする。

 ということは――いや、まあこの家の前で立ち話をしていた時点で何となく察してはいたけども……。

「あのところで、失礼ですが……お名前をうかがっても」

「えっ、アタシ? ああ、言い忘れてたね」

 振り返ってイタズラな笑みを浮かべる彼女。

「アタシが、九条アリスよ」

 そう。彼女こそが、今の日本で一番影響力のあるトップデザイナーであり、今後の眞子の運命を左右することになる女性――九条アリスさんだった。


 ◇


 そんなわけで、九条さんに導かれてわたしたちはこの家のリビングへと案内された。

「ちょっと待っててね。あったかいお茶を出すから」

 そう言って女性は、やかんに火を掛ける。ついでに、手慣れた様子でスーパーで買ったであろう食材を冷蔵庫へと入れていた。豪邸に住んでいて名声をほしいままにしている割に、こういうところは庶民的なんだなとつい感じてしまった。

 そしてそうこうしている間に、あっという間に紅茶とクッキーが手元に出される。紅茶を口に含んで一息つくと、さっそく九条さんのほうから話しかけてきた。

「それにしても、ここまで遠かったでしょ。何時間くらいかかった?」

「それは……あっ、ほら。眞子、何時間掛かったっけ?」

 答え掛けようとして、慌てて答えを眞子へと譲った。ただの世間話だし、質問の内容もそんな難しい話ではない。でも、今回の主役はあくまで眞子であってわたしではない。だから、出来る限り眞子と九条さんで話ができるようにしたいって思ったのだけど。

「3時間、くらいです」

 当の眞子のほうがやっぱり緊張しているみたいで、上ずった声で本当に時間だけしか答えなかった。

 ……眞子に答えさせておいてこんなことを言うのもなんだけど、本当にこんな調子で大丈夫なのだろうかと今さらになって心配になってきた。

「そっか。それはなかなか遠いね」

「えぇ」

「ちなみにうちのファミリーにも、実家に帰るのに5時間くらい掛かる子が居てね。まあ、その子以外にもみんな実家を出てこの家で一緒に暮らしながら色々やってるんだけど……」

 と、彼女が世間話から結構重要なことを話し出したまさにその時だった。

「アリスさーん。昨日話してたデザイン、起こしてみたんですけど見てもらえます?」

 そう言ってこの空間にまた一人。新しい人物が入ってきた。

 見た目はアリスさんと違って小麦色の健康的な肌をした女性。年齢はわたしたちよりちょっと年上の高校生くらいだろうか。肩くらいまでの天然パーマが掛かった髪をシュシュでまとめているような出で立ちだった。

「おっ、ひかる! いいところに来たね」

「えっ?」

「ほら座って座って。こちら、これからうちのファミリーになる眞子ちゃんとその友達の春奈さん」

「えっ……ええっ?」

 部屋に入っただけなのに急に呼び止められて、さらにいきなり客人の相手をさせられるだなんてこの子もとんだ災難だよね。

 彼女の隠せない戸惑いの様子に同情しつつ、意外に九条さんって人遣いが荒いんだなぁと思った。

「えっと……安藤春奈です。で、隣のこの子が三春眞子で九条先生からご招待をを受けたみたいで」

「あぁ、それはうちのアリスさんが無茶ぶりを……」

 そう言い苦笑いする彼女。あれ――たった一言しか言葉を交わしていないのになんかすごいお互いにシンパシーのようなものを感じる。お互い、そばに居る人にいっつも無理難題ばっかりふっかけられて振り回されているという点で。

 ともかく、わたしの簡単な状況説明でだいたいの状況を把握したみたいで。

「なるほど、だいたい分かりました。あっ、紹介が遅れました。南風原(はえばる)ひかるといいます。パタンナーを目指して、ここで色々と勉強中です」

 そういって彼女はぺこりと頭を下げていた。しかしこれは運がいいというか、眞子にとってはやりやすい環境になったことだろう。

「眞子ちゃんも、聞きたいことがあるならひかるに色々聞いてみたら?」

 九条さんもそうおっしゃってるし、ひかるさんなら年齢が近くて色々聞きやすいはずだ。……と思ったんだけど。

「えっと……」

 とは言えどもやっぱり未だに緊張していることには変わりないようで、何かを言いかけて言葉を詰まらせてしまう。ただ眞子は意を決したのか。静かにうなずいてひかるさんを見つめて一言。

「あの……ここでの生活ってどんな感じなんですか?」

 良かった。ようやくまともな質問が出てきたよ。

 最初はどうなることかと冷や冷やしてたけど、こういうことが訊けるようになったならばわたしは見守り役に徹しても大丈夫そうかな。

「えっと、どこまで掘り下げちゃって良いか悩んじゃうんですけど……」

「ひかるが伝えたいことを思う通りに伝えれば良いんじゃないかな? 将来のシスターなわけだから」

 九条さんもそうやって後押ししてくれる。そういうところは、なんだかんだ言ってもやっぱり年長者で師匠って言われる立場の人なんだなって思った。

「えっと……」

 たぶん眞子を驚かせないように真剣に言葉を選んでいるのだろう。ゆっくりと考えるしぐさを見せながら、彼女は色々ここでの生活について説明してくれた。

 まずこの家は、九条さんだけでなく同じくファッション関係の仕事を夢見る若い子たちで共同生活をしていること。昼はみんな学校に通って一般的な勉強しつつ、放課後は九条さんの仕事の手伝いや指導を通じて服飾関係の知識や技術を身に着けていること。

「何より目の前には、最前線で活躍しているアリスさんがいる。それだけ、仕事のイメージを具体的にできるのが一番の良いところなのかなって……私は考えてます」

「そう言われると照れくさいけどね。アタシ言うほど何もしてないし。でも同じ立場で同じ夢を持った子たちが集まれるのはいい環境だとはアタシも思う」

 そうひかるさんとアリスさんが言う。この話を聞けば、いかにこれから眞子が身を置く環境が恵まれているか。わたしもファッション関係に詳しいわけじゃないけど、そこだけははっきりと分かる。

 でも、だったらこの空間に入れば必ずしも成功するかと言われればそれはもちろんなくて。

「もちろん、良いことばっかりは言えません。確かに、アリスさんのもとで。みんなが居るここでの生活は、たくさんの刺激を受けれる。だけどもそれで必ず成功するとは――」

『限らない』

 ひかるさんだけじゃない。眞子も、わたしも同じ言葉をつぶやいていた。

 いくら恵まれた環境に居るからって、それで成功するとはいえない。なぜなら、ファッションデザイナーという職業は。というよりも、この業界自体が――厳然とした実力社会だから。

 だから、例え若くとも才能があれば成功するし、逆にどれだけの英才教育を受けても才能を認められなければそれまでの話。

「だから、楽しいだけじゃない。もちろん『好き』を仕事に出来る仕事ではあるけども、だからこそ遊び気分で居たら痛い目を見る」

 ひかるさんはそう言いながら、この部屋に来るときに持っていたスケッチブックをテーブルに置く。確かにそこにあるスケッチブックは、表紙の端が擦り切れてボロボロになっていた。それだけでも、彼女がどれだけこのスケッチブックに真摯に向き合ってきたかが分かる。

「と、まあ最後には厳しいことを言っちゃいましたけど。――でも、同じ夢をみんなで追っているからこそここでの生活は楽しいですし、みんな仲が良いし」

 そう言って、ひかるさんは立ち上がって眞子のもとに近づいて続けた。

「ちなみに、眞子さんの夢は?」

「わたしは――ファッションデザイナーに。そしていつかは……」


「わたしの手でトレンド(・・・・)を生み出したい、です」


「……だったら、あなたもここで一緒に過ごした方が良いって、私は思う」

 そう言って、ひかるさんは眞子へ笑いかけていた。

 そんな様子を見て、ふと迷いが生まれる。

 ――そういえば眞子は、このスカウトを断りたいって言っていた。わたしは、本心ではその「断りたい」って眞子の意思には反対のつもりだけど、それでも眞子を見守るためにここに来た。

 でも、本当にそれで良かったのだろうか?

 話を聞く限り、眞子が夢を叶えたいのであれば――おそらくここに居るのが一番最短で一番現実的だ。現に周りには、彼女の夢を支えるたくさんの人が居る。

 もちろんこの仕事が厳しいってことはわたしにも分かる。でもそれを承知で、自分の夢を現実にしようと努力している人がここにはいる。その現実に向き合わないっていうのは――ただ「逃げ」になっちゃうのではないか。

 だったらわたしは――眞子にはここで頑張って欲しいって思った。一人の親友(・・)として、眞子の進路はここが一番ふさわしいってそう思った。

 だからこそ――。

「で、眞子ちゃん。ここまで来てくれたってことは、きっとそれなりに決心を固めてきたってことだよね?」

 場の空気を改めるように、九条さんが話し始めた。

 口調こそ穏やかで、優しい話し方。もしかしたら、一番最初に会った時よりもよっぽど丁寧な言葉の選び方でさえあるのかもしれない。だけどもその中には、やっぱり言葉だけでは表現できない凄みのようなものが感じられて。

「答えを、聞かせて欲しいな」

「……わたしは」

 ついに、眞子の未来が決まる――運命のその時が来てしまったのである。

2話完結の予定でしたが想定外に内容が多くて3話構成に仕立てています

九条アリスの問いかけに、眞子はどんな回答を返すのか――次回に続きます。


※3/9 サブタイトルを、中編から後編に変更。83話は、眞子視点の話になります。

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