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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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81.「眞子の夢(前編)」

 地元から電車に乗ること2時間半。

 すし詰め状態の電車に乗っかって、大きく見上げてもまだてっぺんが見えないようなビル群の間を歩き、まるで地下迷宮に行っちゃいそうなエレベータを突き進み、マッチ箱のような小さな黄色の電車に乗り込んで――そんなちょっとした冒険の果てに。

「やっとついたね、東京に!」

 わたしたちは、今回のデートの舞台――東京の表参道へと降り立ったのだった。

「いやぁ……本当に遠かったね」

 周囲の街並みを見つめながら、ここまでの道のりに思いをはせる。それにしてもここまで、本当に遠かった。隣で大きく背伸びをする眞子だが、その眞子自身が駅の案内看板を無視して縦横無尽に都会を駆けまわってくれたおかげでいらない遠回りをしてしまったのだ。

 ――予定よりも30分は遅くなっちゃったか。

 スマホの時計を眺めながらそんなことを考える。ぶっちゃけ、背伸びする彼女よりもこっちのほうがよっぽど疲れたと言いたいのが本心だったりもするんだけど……。

 ただ、せっかくデートに来てまでお小言を言うのはちょっと可哀そうだなって思うところもあるし……。

「見て見て! この着こなし可愛くない?」

 眞子自身だって十分可愛らしい服を着ているくせに、そんなことも忘れて目を輝かせてマネキンが着る服を眺めているのだ。彼女の将来の目標であり、一番好きなものに囲まれている彼女を見ればそれまでの苦労もなんだか吹っ飛んでしまう。

「そうね。コートってやっぱりデザインがありきたりになっちゃうけど、こういうコートならそれだけでオシャレに見えるからいいよね」

「そうそう! あんたもだんだん分かってきたじゃない」

 そう言いながら幸せそうな目で周りの服を見ていく眞子。

 もちろん、わたしたちが住む地元にだって服屋さんはそれなりにあるし、最近はM&A(・・・)だっけ? 詳しい店名は知らないけどファストファッションのお店だって出店しつつある。それでもやっぱり片田舎の服屋をのぞくだけでは知らないものだってたくさんあるわけで。

 もちろん、服を見るだけじゃない。

 大きな通りの両脇にはケヤキの木が整然と立ち並んでおり、その歩道にはファッションショップだけでなく若者向けのお店や高級ブランド店など様々な店が軒を連ねていた。正直それらがどれだけの価値を持つかはわたしには分からなくて、なんならきっと眞子だって分かっていなくて。

 それでも……。

「次はこっちよ!」

「そんなに急がなくてもお店は逃げないよー?」

 価値が分からないなりに、二人でいろんな商品を手に取ってどうやって使うのか話したりする。そんなちょっとしたことが、地元では絶対体験できないぶんなんだか楽しかった。

「見て見て。次の@Phoneはカメラが3つもつくみたいよ?」

「3つもカメラいるのかなぁ……って12万円もするの⁉」

「うっかり落としちゃったりトイレに流しちゃったら……想像するだけで恐ろしいわね」

「前者はともかく後者はさすがに無いと思うよ?」

 そんな感じで二人でだらだら話しつつ街歩き。はやりのタピオカドリンクを飲みつつ、こうして歩いていると……。

「なんだかわたしたち、都会っ子みたいね」

「確かにね」

 そう言ってるうちは、たぶん田舎っぺ丸出しだとは思うけど……全力で東京をエンジョイしている眞子を前に黙っておく。それでもこんな目的も無いグダグダな時間の使い方を楽しいと思ってしまうあたり、わたしもだんだん眞子に似てきちゃったなって思ってしまった。

「あーあ、昔のわたしがこれを見たら絶対に呆れるんだろうなぁ」

「そうかもね。ほら、きっとこんな感じよ」

 そう言って眞子は眉間にしわを寄せて一言。

「『なんだその手に持ってる奇妙な飲み物は? それにお前たち、買い物に来たのではないのか?』」

 もしかしてそれって、わたしが男だった頃のモノマネ? いや、言いたいことはまあ分かるけど。 

「いやいや、さすがにそうは言ってないでしょ!」

「『そんなことあるものか。僕は常にこの話し方だ』」 

「やめてよその謎言葉! そこまで断定口調では無かったんですけど!」

「えぇーっ? だいたいこんな感じよ」

 マジですか……。そこまで話し方がアレな人間だったんですか、男だった頃のわたし。正直これが事実だとしたら、わたしも男だった頃のわたしにはあんまり近寄りたくないかも。

「今さら気づいたの? 男だった頃のあんたのヤバさ」

「……女になって気づくこともあるんだよ」

 遠い目をしながらついそうつぶやく。ああ神様、一度で良いので男だった頃までタイムスリップさせてはくれないだろうか。女になる前に、話し方だけでも矯正しておきたいので。

 ただ、そう考えると女になっていろいろなことが変わったんだなあとつくづく感じてしまう。

「でもこの8ヶ月? 女になってから色々あったな……とは思うかな」

「そうね。わたしもこうやって、あんたと一緒に東京をぶらぶら歩くとは思わなかったなって」

「確かに。女になる前からわたしたち、仲は良かった方だけど」

「なんかより関係が深まったってのはあるよね」

 そう言って眞子は、わたしの頭を撫でる。

「ヤメテ、なんか子ども扱いされてる気がするから」

「親愛の証だよ。わたし、これでも結構奥手なんだからね?」

 まったく、彼氏持ちがどの口からそんなことを言うのか。

 だけども眞子の暖かい手で頭を撫でられるのは、なんだかちょっと気持ち良くてつい眞子のほうに身体を寄せてしまう。もこもことしたコートのせいか、つい頬をすりすりしたくなってきちゃった。とはいえそれはさすがに眞子に優しくなだめられて。

「まったく、人前でそゆことしないの」

「良いじゃん、寒いんだし」

「じゃあ、休憩がてらあそこで暖まろうか」

 代わりに彼女が指さした先には、今ちまたではやりの喫茶店。スターバリューコーヒーがあった。

「コーヒーショップだなんて、わたし初めてだよ」

 スタバって単語自体は一応聞いたことはあって、なんなら地元の駅前のデパートにもあったらしいけど――何気に行くのは初めてだったり。そういった意味では、ちょっとワクワクしてきた。

「わたしも初めてよ」

「じゃあ、行ってみようか」

 そう言って、眞子の手を取ってコーヒーショップへ。

 だけども、この眞子の手を取るという何気ない動作が……後々大きな意味を持つとは今のわたしは全く理解していなくて。


 ◇


 そんなわけで、田舎っ子憧れのスタバに入るなりメニューを見る。さすがに都会のコーヒーショップなだけあって、田舎では見慣れないコーヒーがたくさんあってすぐには決められなさそうだ。……と言いつつもお子様舌なのでコーヒーが飲めないぶん。

「ホットティーください」

 コーヒーショップに来たはずなのに、紅茶を注文することになってしまった。きっと店員さんは、コーヒー店なのにって思われてそうだ。ちょっと場違いで恥ずかしい気もしつつ眞子は何を頼んだのかと横を眺めると。

「キャラメルフラペチーノください」

 眞子は眞子で、隣で何だかよく分からない謎の呪文を唱えていた。

 きゃ、キャラメル? フラペ? チーノ???

 最初のキャラメルは、まあお菓子でもあるものだからまだ想像がつくにしてもそこから続く謎の外来語はまったくもってイメージがつかない。一体何が出るのかとつぶさに出来上がるまでの様子を見つめていると……。

「どうしたの春奈? そんな観察するような目で見つめて」

「いや、あんたが頼んだ飲み物というか洋菓子というか……」

「あぁ、フラペチーノのこと。もうすぐ出来上がるからそれ見ればわかるよ」

 そう言ってすぐに出されたその飲み物は、ミルクコーヒーの上に生クリームとキャラメルソースが乗っている飲み物だった。……都会、すごいな。

 そんなわけで二人で席について、外のけやきを眺めつつ注文された飲み物をいただく。

「ふぅ、暖まるね」

「わたしのは冷たいけどね」

「なんでこんな寒い日に冷たいの頼んじゃったの?」

「いやぁ、都会の味を体験して見たくて」

 そう言いつつ、眞子は太いストローでクリームとコーヒーをそのキャラメル何とかを混ぜながら飲んでいた。しかしこいつもわたしに負けず劣らずのお子様舌だったはず。コーヒー、大丈夫なのかなぁ?

「苦くないの?」

 ついそう訊ねたのだが。

「うんん、むしろ甘いよ。飲んでみたら?」

 そう言い彼女がストローを指で拭ってカップをこっちに差し出した。

「口付けていいの?」

「いいよいいよ」

「じゃあ……」

 そう言ってストローに口をつけて、一口。

「思ったよりも、甘い?」

 ストローにわずかに残る口紅を指で拭って、そう感想を漏らした。

 甘い、とは言ったものの完全に甘ったるいわけでも無くてコーヒー由来の苦みもあった。だけどもトータルでは、やっぱり甘くて、あと生クリームがしゃりしゃりとしていて――ちょっとわたしの語彙力では説明出来なさそうだが。

「とにかく美味しい」

「あんた、食レポ下手すぎでしょ……」

「うるさいよ」

 そうやって眞子の頬を突いて笑い合う。いつも眞子とは話しているけど、こうやってどことなく距離が近いのは何気に初めてで、でもそれが楽しかった。

「……それで、午後からはどうしようか?」

 一息をついて、次の予定を尋ねる。

 せっかく東京まで来たんだ。本当は浅草とか東京タワーを見てみたいという気持ちはあるのだけども、きっとこいつのことだから、やっぱり服を見るという路線からは離れないだろうし。

「ファッションの街と言えば、表参道の近くだと、原宿とか渋谷とかが有名みたいね」

 そう言いつつ、スマホでぽちぽち調べてみる。原宿とか渋谷だと、ここから歩いても行けるみたい。そして古着で有名な下北沢、おしゃれな人が集う街代官山だったら渋谷から電車で数分くらい。帰りの電車の時間を考えてれば、行けるところはここらへんまでだろう……と思ったのだが。

「実はね――午後はもう決まってるの」

「えっ? 決まってるならもっと早く言ってくれればいいのに」

 どこ行くの? と問いかけてみたけど、それに対しての眞子の口調は。というか眞子の様子はどこか元気が無いというか調子の悪そうな様子で……。

「どうしたの? 調子悪いなら、横になれそうな場所探す?」

 さすがに心配になって、眞子の前髪をかきあげて眞子のおでことわたしのおでこに手をあてようとするのだけど。

「違うわ! そう言うのじゃなくて」

 手を払われて、眞子は続けてとんでもないことを言い出したのだ。

「実はね、わたし――これからとある有名なファッションデザイナーの人と会う約束をしていてね」

 ちょっと待って。有名なファッションデザイナーと会う約束って……。

「それじゃわたしとのデートは?」

 いやそれ以前にいつからそんな有名人とコンタクトを取ってたのとか、どうしてそこにわたしが巻き込まれているのかとか色々ツッコミどころはあるのだけど。

「だから、あんたもついて来て欲しいの」

「はあぁ?」

 そう言ってこの子は、わたしが想像もつかないようなこと平然と言ってのけてしまうのである。


 ◇


「スカウトされたぁ? しかもそれを断るって――あんたそれ正気なの?」

「……うん」

 スタバの店内で興奮交じりの驚きの声を上げるわたし。

 思わず立ち上がってしまったけど、声を上げたことで思わぬ注目を浴びてしまい、わたしもバツが悪くてその場で座り込んで続けた。 

「んで、いろいろツッコミどころはあるけどどうして断ろうと思ったの?」

「それは……」 

 話しづらそうな顔をしつつ、眞子は静かに話しだした。そもそもなぜスカウトされたという話になるのか。それは、ちょっと前の体育祭の出来事にさかのぼる。

 体育祭の出来事が、WeTubeという動画サイトに上がって結構な再生数を稼いだことは記憶に新しいところだけど、わたしたちが取材を受けた裏で眞子にもとあるオファーが掛かったらしいのだ。

「九条アリスって知ってる?」

 そう言って眞子は、リュックサックからファッション誌を取り出す。

 九条アリス――ティーン向けファッションブランド「アリシア」を主宰している新進気鋭のファッションデザイナーだ。その人が例の動画を見て、うちの学校に連絡を入れたようで。

「この衣装を作ったのは誰って連絡が、学校にあったの」

「それは……デザインを作ったのはあんたでしょ?」

「まあ、そうなんだけど……」

 何でも、動画に出ている白団と赤団の衣装や小物のデザインを九条さんはたいそう気に入ったらしい。だからそれを作った生徒は誰なのかという問いかけがあったらしく、そのデザイナーが眞子であることが分かると……。

「ぜひ東京に出てうちで修行してみないって、そう声を掛けてもらったの」

 それが、眞子の言うスカウトという言葉の意味である。

「なるほどね。とりあえず事情は分かったよ。でもそれと断るってところがどうしても分からない……」

 もちろんわたしも、ファッションデザイナーという仕事に詳しくないから無責任なことは言えないけど……。でもファッションデザイナーの人にスカウトされるってすごい光栄なことでは無いのだろうか? それに最前線に立っている人のそばで修業をすれば、きっと眞子の夢に大幅に近づくはずなのだ。

「もちろん最初は舞い上がりそうな気持ちだったよ。嬉しくて仕方なくて――でもね、その夢が現実になりそうなときに『怖い』って思ったの」

 彼女は続けて、ファッションデザイナーという仕事の知られぬ負の面を打ち明けてくれた。

 いわく、ファッションデザイナーという職業は安定性に欠けること。熾烈な競争があり、常にコンペで勝ち続けなくては生活が出来ないということ。人の直感によるところが大きいぶん、感性が変わった瞬間に仕事ができなくなっちゃうかもしれないことを挙げた。

 確かにそれは事実ではあるのだろうけど……。

「親御さんには、ちゃんと相談した?」

「……まだ」

「どうしてそれを先にやらない!」

 何でそんな重要なことを親に言わずに。一人で決めようとした。だが彼女はいつにもなくきつい口調でわたしに言葉を返す。

「言ったとして、どこの親が『はい良いですよ』って言うと思う?」

「……それは」

「どうしたって否定されてお終いよ」

 そう言いたくなる気持ちは分からんでも無いけど……だったら一つか二つか詳しいことは覚えてないけども。

「だったら! ……彼氏さん」

 眞子の彼氏さんなら一応わたしよりも年上で、眞子の事情も知ってるぶんよりいい相談相手になってくれそうだけど。

「いっちばんあり得ない選択よ!」

 親御さん以上に強い否定の言葉でばっさりと切り捨てられてしまった。

「……ゴメン、これはあんたに当たることでは無かった」

「それは良いよ。わたしも昔散々あんたに当たっちゃったし……」

 とりあえず彼氏さんのことは、今後眞子にとっての地雷ワードになりそうだから控えるようにして置いておくとしても――でもせっかくの機会を眞子自らの手でつぶすって言うのは本当に良いことなのだろうか。

「でも、断るのはいいけど――本当にそれで後悔しないの?」

「うん。たぶん、後悔はしないというか後々それで良かったって安心することになるから」

「そんな……背中を押して欲しくてついて来てっていうなら話は分かるけど」

 わざわざ引き留めるために行くだなんて……それは何だか間違っている気がする。

「本当にわたしがついて行く必要があるの?」

「……もし、あんたがどうしても嫌ならば無理強いはしないけど」

「――それは」

 正直、眞子を見守ることについて断る理由は無いのだ。

 だってわたしの一番の親友なんだよ? 今まで嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、ムカつくこと――生まれたときからずっと一緒に乗り越えてきた間柄なんだ。だったら今も、眞子が羽ばたく瞬間を後押ししたいに決まってる。 

 でも、眞子がわざと羽をもごうとしてるなら――それは間違いだと思うし、その瞬間を見たいとはどうしても思えないのだ。

 それでも……わたしは納得できないことだけど、眞子が決めたことならばそれは眞子の意思であり尊重してあげるべきことなのだろう。

「分かった。ただし、本当に見守るだけだよ?」

「……ありがとう。あんたがいれば、すっごく心強い」

 そうと決まれば、さっそく行かなくてはいけない。

 スタバを出てすぐに地下鉄に乗り込む。デザイナーさんが住んでいる場所は、代官山ってところだから、ここからあっという間についてしまう。だけども、電車の時間が迫るたびに眞子は明らかに緊張していて身体を震わせていた。

 ――勝ち気な眞子でも、緊張するんだなぁ。

 ついそんなことを心の中で思っていると、眞子のほうから急に手をつつかれる。

「……どうした?」

「ごめん。今だけで良いから……」

 そう言い彼女は遠慮がちに指を1本、2本と絡めてきた。そっか……不安でしょうがないよね。その気持ちは、今のわたしなら痛いほど分かる。

「今だけなんて遠慮しないでも、いいって」

 そう言い、全ての指を絡めて手をつなぐ。

「……足りない?」

「……充分」

 これで眞子の気持ちがほぐれてくれればいいのだけど……そうこうしている間にも運命が決まる場所へと向かう電車はホームに滑り込んでしまって。

ついに春奈の1番の親友である眞子に踏み込んだエピソードです。

ただ彼女はせっかく掴みかけた夢を自らの手で放棄しようとしていますが――どうして?

次回に続きます。

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