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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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80.「みんなの進路」

 芦原に勉強を教えた週末から一週間。この間に、わたしたちの学校では定期テストが行われた。

 わたしの成績は、概ねいつも通りで順番もいつもと変わらず。あまり勉強をしなかった割に、芦原に教えた部分がテスト問題に出たこともあり、ちょっとの勉強でかなりいい成績をおさめることができた。棚ぼたとはまさにこのことである。

 ちなみに気になる芦原も、赤点回避どころか結構いい成績を取ったみたい。まるで犬みたいにルンルンとした調子で成績表を持ってきたときはさすがのわたしも苦笑いをしたものだ。

 一方でいい成績を取れば悪い成績を取った人もやっぱり居るみたいで……そんなわけで定期テストの結果で悲喜こもごも(・・・・・・)な我らが2年2組。こんな状況で、担任から1枚の紙が配られた。

「そういうわけで、進路希望調査票を来週までに提出するように。いいなー?」

 帰りのホームルームでさっと配られたその紙は、進路希望調査票。これからの将来に、みんながどういう学校に進んでどういう職業に就きたいかを訊ねる重要なものだった。

 直近で定期テストがあって、すぐ先には三者面談もあるというこの状況。さらに言えば、県立高校の推薦試験がちょうど1年後に迫っているという今この時期。だからこそこの紙には、教師と保護者。生徒との間で進路希望を共有する以上の意味合いがあるのだろうけど……。

 とはいえ、いきなりこういう紙を渡されたとしても将来の夢なんかすぐに思いついたり決まったりするわけも無くて。

「って渡されてもねぇ」

 放課後の教室。いつもの二人の前で、ついそんな言葉を漏らした。

「そんなに難しい? やりたいことをただ書けばいいだけじゃない」

「それは将来の目標があるあんただから言える話でしょ?」

「まあ、今の時点で将来を考えるって難しい話よね」

 結衣はわたしの言葉に同調してくれたけど、将来の夢って意外に難しい。

 もちろん、将来の夢が具体的に決まっている人は迷わずに書けるのだろう。だけども、全員が全員そうってわけじゃないでしょ? そんな人たちに、この紙の存在は極めて悩ましいものなわけで。

「結衣はどうするの?」

 何の気なしの質問だった。でも彼女の言葉は、わたしが思っている以上にしっかりとしたもので。

「うーん。悩んでいるんだけどね……常磐(ときわ)高校受けてみようかなって」

『えっ、常高受けるの⁉』

 結衣の言葉に二人で驚いてしまう。というのも、彼女が挙げたその高校は県内でも一番偏差値が高い高校だからだ。おまけに、日本一頭がいいとされるあの大学にも毎年たくさんの人が受かっているらしい。

 もちろん、結衣の成績を考えればその進路は当然の話ではあるのだけど――その一方でわたしの想像の及ばない世界に結衣までも行ってしまうことがちょっとだけ嬉しくなかった。

 ただ彼女の成績は、この学校でも2位以下をぐっと放していることは事実なわけで。

「待って、決定事項ってわけじゃないのよ? あくまで、さっき成績表を渡されるときに先生に勧められたからってだけで」

「まあ、結衣の成績を考えれば当然そうなるよね」

 だからこういう提案がされるのは、ある意味当然の話なのである。

「えっ! 結衣ってそんなに頭良かったの? 1位だったことは知ってたけど」

「まあね。たぶんあんたが思っている以上に、結衣は相当頭良いんじゃない?」

「そんなことは無いって。それに1年の頃はハルちゃんだってたびたび1位取ってたじゃない」

「その話は、学校ではダメだって。それに、今は凡人だから」

 まあ昔は確かに結衣ほど頭が良かったのは事実だけど、それは当時それ以外に出来ることが無かったことに対しての結果でしか無いわけだからなぁ。それに、今も男で結衣と同じ成績だったとしても将来に夢があったかと聞かれたら、それはきっと無いだろうし。

「そっか……。結衣もついに都会のオンナになっちゃうのね」

「あんたねぇ、もうちょっと別の観点で見ることはできないの?」

「わたしにそんな頭の良さそうなことは求めないで」

「何でそれを自信満々に言えるのかなぁ」

 将来の進路の話をしているはずなのに、そんな高校の場所とかでモノを見てしまう眞子に呆れてしまう。これから進む高校によっては進路だって大きく変わってくるというのに。特に結衣が行くであろう高校は、きっと有名な大学に行く人が多くいるはずだ。そしたら行く末は大きな会社に就職ってことも十分あり得る話なわけで。

 そういう意味では、将来がある程度描ける結衣がうらやましいとちょっと思ってしまった。

 そんな、結衣の前提があったからなのだろう。

「そういうハルちゃんは、どうなの?」

 彼女の問いかけに、つい言葉が詰まってしまう。

「……どうなんだろうね。イメージがつかないや」

 現時点では、おそらく行きたい高校を適当に書けばそれでこの話は終わってしまうのかもしれない。

 だけども、いざ本気でどういう高校に行くべきかって聞かれたらそれはまったくイメージがまとまらない。もちろん高校だけが進路とは限らないけど、行かないという選択をしてもやっぱり将来のイメージなんてまったく描けるわけも無くて。

「親御さんは何か言わないの?」

「それが、佳奈さん――春奈のお母さんはそういうことを言うタイプでは無いのよね」

「うん。自由放任、といえば聞こえは良いんだけどあんまり将来についてアドバイスをしてはくれないんだよね」

 そもそも母さんが何を仕事としているのかというのもよく分からないし、身近な大人がやっていることについてのイメージが無いのが、わたしの将来を決められない原因の一つなのかもしれない。

「困ったね、本当に何を書けばいいのか……」

 そうやって腕を組んで悩みかけたまさにその時だった――。

「じゃあ、先生とかどうだ?」

 そう言いながら、わたしたちの輪に割り込んできたのは……今回のテストで大幅に成績を上げて調子に乗りまくっている芦原だった。

「ちょっと! 乙女の会話に口を挟まないでくれない?」

 さっそく眞子が芦原に噛みついているけど、今日の芦原はいつもとはちょっと違う。

「まあまあ、そう言うなって。別に今の時点での将来の話なんだから、とりあえずやってみたいことを書けば良いんじゃねえか?」

 何でかは分からないけど、いつもには無いくらい真面目にそれらしい(・・・・・)アドバイスをしてくるのだ。しかも悔しいけど、彼の言うことは結構頼もしいというか説得力があるような気がして。

「……先生ね。案外、いいかもしれない」

「えっ? 芦原の言葉信じちゃうの?」

「まあ、将来なんて結局分からないし――実際そうなるかは別にしても、やってみたいことを書いてそのようにしてみればそのうちやりたいことが見つかるかなって」

 正直、先生かどうかなんて本当はどうでも良くて。

 何かやってみようって動かないと、きっと将来なんて見えてこないのかなって気がしてきたのだ。だから結衣はああ言ったわけなのだろうし。

「まあ、芦原の言う通りかもね」

「俺だってたまには良いことを言うだろ?」

「確かにね」

 そう言い、ニッと笑って彼は立ち去っていった。

 とりあえず、わたしの進路問題は何とかなりそうだ。これもまああいつのおかげだし、今度また何か適当にお礼をしてあげようか。そう考えていると……。

「……そういえば眞子ちゃんはどうするの?」

 結衣の突然の一言が、わたしたちのほのぼのとした時間を止めた。


 ◇


 それから、結衣と眞子とちょっと話して進路の話題は終わった。

 もともと下校時刻を過ぎてたというのもあるし、生徒指導の先生がさっさと帰れと教室に怒鳴り込みに来てこれ以上話題が進められなかったというのもあるからだ。

 ただ、そういう事情があったとしても眞子の進路に関する話題がそれまでと違った雰囲気で話が進んだことは間違いないことで。だからこそ帰りがけ、わたしは眞子にさっきの言葉の意図を尋ねてしまったのだ。

「……結衣にまで隠す必要ってあったの?」

「何を?」

「眞子の、将来の目標」

 眞子は黙り込んだ。まるで、どう答えればいいのかが分からないかのように。

 彼女の将来の夢は、ファッションデザイナー。いわゆる、衣服のデザインを考えることを職業とする人のことだ。わたしも、その職業のことを詳しく知っているわけでは無いけれど、それでも彼女が夢の叶えるためにしている努力についてはよく知っているつもりだ。

 だからこそ迷いなく、その夢を進路調査に書くだろうっててっきりそう思っていたのに。


 ――困ったね。実はわたしも、将来の夢が無いんだよね。


 なぜか彼女は、あの場でそう言って将来の夢を隠してしまったのだ。

 結衣はそれ以上は深くは触れなくて、だからこそ話がそれ以上深掘りできず終わったという側面が大きいのだが。

「……隠してたってわけじゃないんだ。ただ、本当にこれを目標にしていいのかなって分からなくて」

 そう言い、彼女は話を続けた。

 いわく、ファッションデザイナーという仕事は普通の会社員とかとは全く違うものだということを。才能によって左右される面もあるし、運によって左右される面もあることを。なりたいと思って、必ずしもなれる職業では無いということを。

 でも、そんなことを気にすることはあるのだろうか?

「良いじゃないか。芦原も言ってたけど、今の時点での目標ってだけなんだから……」

 それを言ったら芦原の夢だって、そう簡単に実現できるとは限らないじゃないか。

「だけども、それでも今の時点での人生のゴールなのよ? そんなにゴールって、ころころと変えて良いものなのかな?」

「それは……」

 言葉に詰まった。確かに、眞子の言う通りで目標をころころと変えるのがはたして得策なのかと言われればおいそれとはうなづけない。

 もちろん芦原の言うことだって一理あるし――正直どう答えを返すべきかわたし自身でも混乱してしまったのだ。

 ただ、眞子はわたしの回答なんか最初から求めてはいなかったようで。

「ところで春奈、今度の土日(・・)って空いてる?」

 突然、そんなことを訊ねてきたのである。

「今週末? 空いてるけど……」

 別に今週末どころか、いつだって空いているさ。なんならお互い土日によく約束も無しに遊んだりってこともしょっちゅうだし、わたしと眞子の仲だからそんなに改まることもないだろうに。

 だけども、今日の眞子はいつもとは様子が明らかに違っていて。


「そっか。じゃあさ――わたしと、デートしない?」

「で、デート!?」


 いきなり持ち掛けられたのは、ただの遊びでは無くて「デート」のお誘い。

「い、良いけど――わたしで良いの? 彼氏さんとじゃなくて?」

 というか何故にデートって言葉をチョイスしたんだろう。デートって確か異性でお出かけするときに使う言葉だよね? わたしたち、昔はどうあれ今は同性なんだけど。それにいつもは普通に遊びに来たって言ってるじゃないか。

 しかも眞子の場合、デートする相手がしっかりと男の人でいるわけだし。それなのに。

「それ、普通女の子に聞く?」

 そう言って彼女は、頬を膨らませたのだ。

 ……ダメだ。眞子の言うことはいつも訳が分からないけど、今日のそれはあまりに理解不能だ。

 だが、こんな調子のわたしに呆れたのか。答えをあっさりと明かしてくれた。

「……たまには、あんたと一緒にお出掛けしたいから誘ったの。だから、ちゃんとオシャレして来なさいね!」

 そっか。遊ぶっていう日常的なことじゃなくて、二人っきりでどこかにお出かけしたいからデートって言ったんだ。そう言われれば、何だか理由が納得できた気がする。

「何よ。そうならそうってもっと分かりやすく言ってよね!」

 わたしだって、たまには眞子と二人っきりでお出かけしてみたいし。同性ではあるけれど、たまにはデートみたいなことをやってみるのも悪くは無いって気はするしね。

 ただ……。

「デートは分かったけど、どこに行くつもりなの?」

「あぁ、その行先なんだけどね……」

 続けて眞子が、そのデートの行先を教えてくれたのだが――その場所があまりにわたしの想像を超えていて。

「嘘でしょ?」

 そう言いつつ、言葉を失う他なかったのである。

定期テストの結果を受けての進路のお話です。

春奈の将来の夢はどうなるのか。眞子の目標はどうなるのか。そして、親友二人の距離感はどう変化するのか――次回に続きます。

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