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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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77.「この恐ろしい会長にコミュ力を!(後編)」

 ――正直言って、やっぱりまだ『怖い』ってイメージが抜けないんです。


 そんな言葉が、頭をぐるぐる回って離れない。

 考えてみればそれは当たり前の話だ。

 今まで散々、『鬼会長』だの『泣く子も黙る』だの言われてきたんだ。会長さんの好きでやっていたことではないとはいえ、治安や風紀を守るためにならず者に手を上げることもあったのかもしれない。規則だったとはいえ、学校でも厳しい取り締まりを断行し数多くの生徒達を処断してきたこともあっただろう。

 それが会長さんの本心と繋がってるかは別としても、1年生の3人はそういう光景を何度も耳にしてきたのだ。

 それを、急に仲良くだなんて――考えずとも不可能だって分かるじゃないか。何より会長自身が、時間を置かないといけないと言っていたではないか。

 分かってる。でも、それが理屈では納得できても心情的に納得できるわけでもなく――それでもそんな気持ちを持っていることを年下の子に見せるわけにもいかなくて。

「まあ、ゆっくり行こう」

 文乃ちゃんに。いや、自分自身にそう言い聞かせる。

 そもそも今日の活動はあくまできっかけづくりのためのものなんだ。今日の活動で100パーセントの結果なんか出るわけ無いじゃないか。

「あぁ、牛乳とか卵とか重いのはわたし持つからね?」

「ありがとうございます! ハルちゃん先輩、普段はふざけてばっかりのくせにそういうさり気ないとこで優しいですよね」

「お世辞は良いって」

「本気ですって! きっとハルちゃん先輩が男だったら、相当カッコ良かったでしょうに」

「まったく、とんだ冗談を」

 そう言葉半分。考え事をしているとあっという間に家庭科室へ。

 家庭科室へと一歩ずつ近づくたびに、心臓が嫌な意味で跳ね上がる。「怖い」っていう言葉やイメージはあくまでそれは文乃ちゃんの予想ではあるけど、もしそれが文乃ちゃんの言葉通りでそれがあの空間で反映されていたら……どうしよう。会長さんが浮いてしまっていたら、どうしよう。

 いや最悪の状況は、結衣の存在で回避できるだろうけど。そう思いつつ、心臓をバクバク鳴らしながら家庭科室へ。

「ただいまー」

 だが目の前に広がっていたのは……。

「はい、桜子ちゃんの負け」

「なんでよぉぉぉぉ!」

 ――カードゲームを楽しんでいる、女子4人の姿だった。


 ◇


「ほぅ……。ホットケーキって、本当に膨らむんだぁ」

「そうだよ? ついでに言うと、文乃が作るホットケーキは絶品なんだよ!」

「文乃。お菓子作りの達人だから」

「ほらそこの3人。火を扱ってるんだから、もうちょっと離れてくれないかな? 特に桜子! 肩をつかまないの」

 目の前に映る光景は、先ほどまでとはまた違った意味で信じられないものだった。

 フライパンを持ってホットケーキを焼いているのは文乃ちゃん。そして彼女を囲む3人の女の子たち。そのうちの2人は、いつも見ている光景だからまだ分かるのだ。文乃ちゃんの周りを囲む桜子ちゃんと双葉ちゃんは、まるでお菓子を作っているお母さんに(たか)る娘たちみたい。

 が、今日はその娘がもう1人増えているのだ。それもお母さんよりもだいぶ年上の。

「ねぇ文乃、あたしもやりたい!」

「いいけど、今焼いてるのをひっくり返してからね」

「……会長さんは……どうする?」

「じゃあ、もう一つフライパンを用意して隣で焼いてもらいましょう」

「私にできるかな?」

「桜子よりは心配ないので大丈夫です!」

「そーやって桜子はわたしをバカにするけどね、舐めないでね。わたしのほうが断然うまいから!」

 そうやってわいわいはしゃぐ4人を見つめながら。

「ねえ結衣、これ……何?」

 そう、訊ねた。

「何って、料理してるだけじゃない」

「いやそうだけどそうじゃなくて! なんで会長さんがあんなに馴染んでるのさ?」

「馴染んじゃまずかったの?」

「そういうわけじゃないけどさ――」

 そう言いながら、楽しそうにホットケーキを焼く4人に目を向ける。

 もちろん馴染んでくれたことは嬉しい。嬉しいんだけど――何というか、わたしが掲げた目標というかそういうのを100パーセントどころか200パーセントでぶち抜いて来るあたりがもう、ね。

 要は、何だか解せない。そんな気分だったのだ。

「いつの間にあんなに馴染んだの?」

 特に桜子ちゃんと双葉ちゃん。わたしと一緒に買い物に行かなかったほうの1年生は、すでに会長さんに結構懐いているようだ。文乃ちゃんの予想が大ハズレだったのはある意味良かったけども。

「さっきのカードゲーム。あれに会長さんが予想外にハマったみたいで」

「あぁ。ウノね……」

 というかそもそも会長さんがカードゲームを楽しむとは思わなかった。ってか冷静に考えてあれ、アナログではあるけどゲームだよね? 遊びだよね?

 部活そっちのけで遊んでることに怒らないってことにも驚きだけど、それ以上にそれにドはまりしちゃう生徒会長も生徒会長だ……。

 あぁ、言い忘れてたけどウノとはカードゲームの一種ね。赤、黄、緑、青の4つの色と数字がカードに振っていて、同じ色か数字のカードを1枚ずつ捨てて手札を減らすというゲームである。他にもルールはいっぱいあるけど、長くなるからこれ以上は割愛!

「それで最初は1年生が会長さんに教えてって感じで、そんなこんなで二人と打ち解けたみたいで」

「なるほど……」

 もともと桜子ちゃんは料理部1年生のなかでは結構人懐っこい子だし、双葉ちゃんは無口キャラだけどゲームの話への食いつきは結構良いからなぁ。時間調整のつもりのウノだったのだろうけど、いい仕事をしてくれるじゃないか。

 なんて2年生組で相談しているうちに早くもホットケーキを焼き終えたらしい。いつの間にか二枚ある大皿にはホットケーキが2枚積み重なっていた。

 片方の大皿には、ホットケーキのてっぺんに大きなホイップクリームとチョコレート。これだけでも美味しそうなのに、さらに大皿のまわりにチョコクッキーがまるでタイルのように敷き詰められている。そんなの見てしまえば――もう「美味しそう」って以外のコメントが見つからない。

「部長ーっ! ハルちゃんせんぱーい! 出来たよー?」

「おぉー。これまた豪華だねぇ」

 桜子ちゃんの声に呼ばれて、結衣が感嘆の声を上げる。実際、今までの活動でこんなにも絵的に美味しそうなものは作ったことが無いから。もちろん見た目的にも作り方的にももっと複雑で繊細なものは何度も作ったことがある。けど今回のこれは――一言でいえばダイレクトにお腹にくるものだった。

「ハルちゃん、私も作ったよ。あっちよりは地味だけど……」

 そしてもう一つのほう。会長さんが焼いたものは、さっきのものを見ればかなりシンプル。大きなバターとはちみつ以外は何の味付けが無い。シンプル・イズ・ザ・ベストと言えば聞こえはいいのだけど、さっきのものがインスタ映えするものだとしたら、こっちのそれは何だかお母さんが作ったおやつみたい。

 正直に言えば――地味。だけども……。

「いや、こっちのほうが作りは上手い。表面がキレイなきつね色だし、形も整っている」

 本当に初めてなのか。そう言いたくなるくらい、会長さんのそれはきれいだった。

 もちろん桜子ちゃんたちが作ったものも十分においしそうではある。だけどもところどころに焼きすぎたのかムラが出来ているところはあるし、大きなホイップクリームは言い方は悪いけどそれを誤魔化すためのもの、とも取れる気がしたのだ。

 そう、このホットケーキという料理。材料も手順も超シンプルで、やり方に気を付ければ小学校低学年でも作れるほどの簡単料理。だけども簡単な分だけ、個々の腕がはっきり出る。

「そうですよね! 私も何か特別なこと教えたわけじゃないのですが……」

「いやいや、文乃さんの言ったことを忠実に守っただけだよ。桜子さんたちにも並行して焼き方を教えていたし、やっぱりすごいよね」

「別に……そんな……」

 そう言い、文乃ちゃんは顔を背ける。

 パッと見れば、やっぱり彼女は気難しいってみんな思うのかもしれない。だけどもそれはたぶん違う。だって……。

「……嬉しくなんか、ないですからね」

「……はいはい」

 そう言って、わたしにわざわざ耳打ちしてくる彼女。

 でもそれは、たぶんわたしにああ言った手前今さらやすやすと心を許せないからそうしたのだろう。何だかんだ言いつつ、しっかり者の文乃ちゃんも意外にこういったところは意地っ張りでお年頃なのである。


 ◇


 とはいえそんな文乃ちゃんも、いざ試食タイムの頃には最初ほどの緊張はほどけたようで、会長さんとそれなりに楽しそうに話していた。もちろん、1年生の残り二人はすっかり打ち解けたみたいで色々と楽しそうに話をしていた。

 実はその場で一番浮いていたのは、わたしと結衣だったりするのだが――それでも会長さんが楽しそうにその場を過ごしているのを見ているとこっちまで楽しい気分になってしまっていた。

 そして楽しい試食タイムを終えると何だかんだで完全下校時刻を迎えてしまい。

「お疲れ様です。私たち、お先に失礼しますね」

「3人ともばいばーい!」

「会長さん、ありがと……」

 そう言って1年生たちを先に帰し、残りの後片付けを年上であるわたしたちがやることになった。まあそうは言っても、完全下校時刻は過ぎているわけで最低限フライパンと皿を洗って生ごみに封をするくらいではあるが……。

「それにしても、まさか先輩が後片付けをするだなんて……変わった部活ね」

 普通の部活ではまずやらないであろう、先輩が後始末をするということに会長さんは不思議そうな様子で見つめていた。

「まあ、確かに。でも、うちに上下関係はあんまり無いですし」

 運動部は分からないけど、うちら一応文化系の部活だし。というか先輩後輩ってあんまり決めつけてガッチガチに縛るのも正直どうなんだろうか? だったら、先輩後輩はあんまり意識しないでのんびりまったりのほうがお互いにやりやすいかなって個人的には思うけど。

「何なら、文乃ちゃんはともかくそれ以外はみんな敬語すら使ってないし」

「あぁ、そういえばそうだったかも」

「昔の会長さんなら、激怒してたかもね?」

「みんな私を何だと思ってるの?」

 いじわるな笑みを浮かべながらからかうように言うと、彼女から怒ったような困ったような声が戻ってくる。

 本当に、変わったものだと思った。

 わたしが偉そうに言える立場でも無いけど、わたしがあまり意識していないところで実は会長さんは変わろうとしていたのだ。本当に少しずつ、ゆっくりとではあるけど。

 だとしたら、会長の悩みは存外早く解決しちゃうのかもしれない――そう、心の中で思ってはみたのだが。

「そうね。……でも、会長さんがこれだけ打ち解けやすい人だったら、もうちょっと早く仲良くなっていればよかったなぁって」

 せっかくいい雰囲気だったというのに、結衣のさみしそうな一言がこの場の雰囲気を変えてしまう。

「……どうしたのさ、突然」

「だって会長さんとこうやって過ごせるのは、あと4ヶ月くらいなんだよ?」

「4ヶ月って――そうか」

 今までの出来事があんまりにも濃すぎて当たり前のことさえすっかり忘れてたけど――会長さんは3年生。これから来る冬を越せば、すぐに卒業してしまう。

「うん。そういうことになるよね」

「……さびしく、なりますね」

 しみじみと、そうつぶやいてしまう。

 たった数か月の付き合いとはいえ、今まで会長さんとわたしとの間にはそれなりに色々な出来事を乗り越えてきたのだ。出会いは最悪だし、わたしの正体を勘ぐっているのかと疑ってみたり、散々な目にたくさんあった。そこまでだったら、彼女の印象なんてマイナスもマイナス。彼女のことは、最悪な人という印象で留まっていたのかもしれない。

 だけどもそれと同じくらい。いや、それを帳消しにするくらいのこともたくさんあった。夏祭りでは窮地を救ってくれて、体育祭では陰ながらわたしのことを支えてくれた。一見すれば完璧なようで、実は抜けてる面もあったり――いろいろなことを知ることが出来た。

 端的にいえば――せっかく仲良くなれたのにもう終わりだなんて、そういう気持ちが大きかったのだ。

「だけども、私は楽しかったな」

 それなのに彼女は、わたしや結衣と違って悲しそうなそぶりは見せなかった。

「確かに、こうやってみんなでわいわいする時間は純粋に短かったとは思う。けども――みんなとこうやって楽しい時間を過ごすことが出来たことには変わりないからね」


「……それにまだ4ヶ月あるからね。今まで真面目に頑張ってきたぶん、これから遊ばないと!」


 そう言って笑いかける。そこには、かつての鬼会長という雰囲気は全く残っていなかった。

 そこに居たのは、ただのわたしの友だち(・・・)だ。

「……全く。受験はどうするの?」

「……私が受験で失敗するような成績だと思う?」

 事実だけども、これはこれでなんと腹の立つ言い草なのだろうか。だいたいこんなことを言う受験生がどの世界に居るというのだ。

「いっそ落ちてしまえばいいのに」

「あらあら。そしたら私たちと同い年だ!」

「さり気に結衣ちゃんのほうが毒舌だね」

「さり気に、じゃないよ。こいつの場合は確信犯」

「てへぺろっ!」

「ったく、どこでそんな言葉覚えてきたのか」

 そんなこんなで、だらだらのんびり話しているといつの間にか後片付けも終わってしまった。

 あとは、帰るだけ。会長さんも生徒会の仕事はないみたいで、だったらあとは3人で帰るだけだ。

「……お腹空いたね」

「さっき食べたばっかりですよね?」

「甘いものは別腹」

「太りますよ」

「その時はダイエットするから」

「まったく、女子のダイエットって言葉ほどアテにならない言葉は無いね」

「あははは。そういうものなのかなぁ?」

「会長さんも後日クラスの会話をよく聞いてみた方が良いよ。絶対そんなこと、誰かしらが言ってるから」

「そっか。じゃあ聞いてみようかな?」

 何にも特別なことは無い。ただの普通の脈絡も無い女子たちのおしゃべり。

 わたしたち女子三人。今日も、夜空に浮かぶ星々の下でとことこと家路につくのだった。

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