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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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76.「この恐ろしい会長にコミュ力を!(中編)」

 会長が見せた、初めての飾らない言葉。

 それは、普段の彼女にまとわりつく完璧な。だけどもどこか人間離れした恐ろしい人というイメージをいとも簡単に壊すものだった。

『……生徒会長!?』 

 そんな言葉と共に、わたし以外の全員が固まる。特に1年生の驚きようは相当なもので。

『嘘、だ……』

 3人して、そんな本音が漏れだした。しっかり者の文乃ちゃんも、のんびり屋さんの双葉ちゃんも――いつだって元気いっぱいの桜子ちゃんまでもが口から泡を吹きだしそうな勢いであたふたとしている。それだけ、今の会長の言葉が衝撃的だったということなのだろう。

 1年生ズの反応に、他ならぬ会長自身が顔を隠して身体を震わせた。勇気を出して今まで隠し通してきた本当の「彼女」を明かしたにもかかわらず、みんなから引かれてしまう。ショックを受けて当然だ。そしてそれが予期できたはずなのに、それを阻止できなかった。

 しまった、ってそんな言葉では片づけられない。そう思った瞬間だった。

「――良いじゃないですか!」

 驚愕。後悔。羞恥。そんな負の感情で包まれてしまいそうなこの空間を、光で照らしつくすような。そんな明るい反応を見せる人が居た。

「良いじゃないですか。今の会長、すっごくかわいいです!」

 結衣はそう言い切ると、しゃがんで縮こまる彼女の目線に合わせて続けた。

「だから自信を持って! ――自信って言っても、威厳に満ちたいつもの怖いのはちょっとアレですけど、縮こまらなくてもっとのびのびとして欲しいなって」

 そう言って笑いかける。

 最初は、やらかしたわたしのことを見かねて出した助け船なのかと思った。だけどもそれは違うことに、すぐに気づく。

「あと、かわいい消しゴムならば駅前のロフトって雑貨店にいっぱいあって。あとはちょっと遠いけど電車で30分くらいのとこにグラン・マルシェって大きな店があって……」

 助け舟とか、そんなものじゃないことは目で見ればわかる。

 結衣は、目を輝かせて彼女が知る会長の好きなことを生き生きと話すのだ。

「そんなところがあるの? ぜひ行ってみたい」

「じゃあ、今度行きます?」

「え? 私が行っても……良いのかな」

「当たり前じゃ無いですか!」

 さっそく次の約束を取り付けてしまうその行動力に、けしかけたはずのわたしのほうが面喰ってしまう。

 でもちょっと考えて、何故だか不思議と納得してしまった。そういえば、中村結衣という女の子はこんな感じだったか、と。

「いつも生徒のためにって頑張ってるんですから、少なくとも私やハルちゃんの前でくらいは甘えてください。いや、甘えて!」

 敬語からタメ語になったことからも分かる。要するに彼女は、生まれながらにして天性のお人好し。世話焼きさんなのだ。

 わたしが男から生まれ変わってすぐの時もそうだった。右も左も分からなくて、正体も隠さないといけなくて。そんな時でも彼女は、わたしをこの世界に優しく、力強く引きこんでくれた。

 人一倍人懐っこくて、人一倍好奇心旺盛。だからこそ、みんなが怖気ついてしまう会長とですらこうやって話が出来る。

 彼女はきっと意図してはいないのだろうけど、それがわたしとしても。もしかしたら会長自身も救われたのかもしれない。

 いつの間にか、会長の顔からは少しずつ恥ずかしさと不安の感情が消えて、その代わりに笑顔が浮かんできていたのだ。

「私に、できるのかな。そういうの?」

「大丈夫。そんな難しく考えずとも、いつの間にかそうなってるから」

 でしょ、ハルちゃん?

 その言葉で、ハッとした。わたしは、会長の壊滅的な人間関係をどうにかしなくちゃって躍起になっていた。問題を解決しないとって、まるで計算問題を解くようなイメージで話を進めていた。

 でも難しく考えていたのは、会長では無くてわたしのほうだったのだ。人間関係ってものは、計算なんかじゃなくて勝手にできていくものであり、わたしは会長が打ち解けていく様子を見守ればそれで充分だったのだ。

「なんて呼べばいいですか? 会長さん? ユキ(・・)ちゃん? あーでも、いきなりはさすがに抵抗あるよね。うーん。まあ良いや、やりやすいように!」

「うん。じゃあ……結衣ちゃん!」

「はい。何かな?」

 自信が無さそうな、たどたどしい会長さんの呼びかけ。

 でもそれも、きっとすぐに慣れて気軽に呼びかけができるようになるのだろう。様子見状態だった1年生たちも、最初の警戒している様子が少しずつ緊張が解れているようだし。

「これから私は、何をすればいいのかな?」

「だそうですよ、ハルちゃん?」

「うん、それは……うん?」

 まずは一安心、かと肩を撫で下ろした直後。いきなり話題の矛先がこっちに飛んでくる。

「そういえばさっき、会長さんにカッコよく部活をやってもらうとは言ったけど……まさかそのための準備はしてるんでしょうね?」

 その言葉に頭が真っ白になる。そういえばあの時は口から出まかせでそんなことを言ったとは思うが――やばい。何も考えてない。

 いや待て、まだ慌てる時間じゃない。そもそも料理も何も献立をまだ決めてない。だったら、今日の活動の主目的をそれにすればいいじゃないか! 実際作るかは明日以降に先送りすればいいわけで。

「うん、だからこれから献立を決めるんだよ」

「へー。料理部なのに、料理作らないんだ?」

 献立を作るだけにすればいい。そう言い切りたかったが、今回ばかりは結衣さんの笑顔が怖かった。

 おかしいな、会長さんに向けるのと同じ笑顔なはずなのに……どうしてわたしに対するものは今回のそれは圧力に感じるのだろう。もちろん彼女の優しい笑顔(・・・・・)に逆らうことなんか出来るわけも無く。

「可及的速やかに準備してまいります!」

「よろしい。それから文乃ちゃん、この人だけだとチョイスが心配だから念のためついて行ってあげて」

「私で良いんですか? 分かりました、ハルちゃん先輩を何とかします!」

「ちょっと、わたしの扱いがだんだんと酷くなってない?」

 会長さんへの扱いと相対的にわたしへの待遇が酷くなっているような気がするけど……仕方ない。今回ばっかりは。いや、今回の厄介ごともわたしが蒔いた種なのだから。くっそ、最近はこんな損な役回りばっかりだよ。うぅ、泣きたい……。


 ◇


 そんなわけで、頼もしい助っ人――というよりかはお目付け役とも言えるのか。料理部1年ズで一番のしっかりさんである文乃ちゃんと共に、学校近くのスーパーへと向かった。

 ちなみに、普段の生活では3日に一度は来ているけど料理部の活動としては実に1ヶ月以上ぶり。だいたい、料理部を名乗っておきながら1ヶ月以上も食材を調達せず、あまつさえストックまで切らしているとは――実に情けない限りだ。

 同じことは、文乃ちゃんも考えていたようで。

「まったく。料理部を名乗っておいてこれじゃ、生徒会長に示しがつきませんよ」

「だね。それも会長さんが来てから慌てて動き出すんだもの。いつものあの人だったら普通に怒られてたよ」

「それは、ハルちゃん先輩が予告なく生徒会長を連れてきたからじゃないですか。でもまあ、そういうおおらかさも含めての料理部ってことで」

「おおらかで片づけて良いのかなぁ」

 そう言いながら、かごをカートにのせて店内を歩きはじめる。さて、可及的速やかにとは言ったものの何を調達するべきか。出来れば一通り活動の流れを抑えておきたいところではあるものの、今日だけでそれが出来るメニューってものが思いつかないし、そもそも作る料理の方針さえ固まってない以上はどうにも動くことが出来な。

「仕込み、料理、試食、片付け――それにこの買い出しも含めて、タイムリミットは1時間半ですね」

「本当に? ってそうか、日も短くなってるから下校時間が早まってるのか」

 体育祭関係でしばらく部活がお休み状態だったというのもあって、つい夏休み明けの感覚で物事を考えていた。でも実際は、冬が近づいていることもあって日が落ちるのも早くなってるし、そのせいで部活動の時間も短くなっている。

 最悪片付け自体はわたしが一人で残ってやってもいいのだけど、それを差し引いても料理時間や食べる時間とかを増やせるわけもなくて。……そんなことを悩んでいると、文乃ちゃんがいきなり陳列棚から大きな袋の商品を取り出す。

「ホットケーキにしましょう! それに双葉桜子(ふたさく)コンビのお菓子でなんちゃってお茶会みたいにすれば良いんじゃないですか? 混ぜて焼くだけなのでかなりの時短につながりますし」

「ホットケーキ⁉」

 文乃ちゃんの提案はあまりに突然で、しかもいつもの料理部ならばやらなさそうなことだった。

「ってかホットケーキって、料理って言えるの?」

 いや、料理では無いとは言っていないのだ。とはいっても粉と卵と牛乳を混ぜてフライパンで焼くだけのシンプルなこと――言っちゃ悪いけど誰でもできる気がしなくも……。

「誰のせいでこうなったと思ってるんですか?」

「それは……」

 ごめんなさい。どれもこれも、わたしのせいでした。

「すみません、何でも無いです」

「よろしい」

 そういってホットケーキミックスをカートに入れる。最初はとんでもないことを、と思ったけどこういう時のバランス感覚はやっぱり文乃ちゃんのほうが一枚ウワテだ。

「はちみつとかジャムは部室にストックがありましたし、生クリームとかは既製品を使っちゃいましょう」

「もはや料理する気ゼロだなぁ」

「良いじゃないですか。全く料理しないってわけじゃないし、考えようによっては、甘いもので会長さんへおもてなし、とも言えるわけなんですし」

 ついでに飲み物はココアにしておきましょうか。ホットケーキを作るついでに作れますしね。というか、今後私が駄弁るときのお供になりますしね。そんな、真面目モードの会長さんが聞いたら卒倒しそうなことを言いつつノリノリで商品をカゴに詰めていく文乃ちゃん。……個人で飲む気マンマンですけど、一応これを買うお金も、部費から出てるんですよ? とは言えず。

 ただ、何だかんだ言いつつこういうしたたかな面はわたしも見習うべきところではあるのだろう。だからこそ、こういうピンチを上手く乗り切れるわけで。本当に、先輩よりもよっぽどできた後輩である。

「良かったよ。文乃ちゃんが居れば、料理部も安泰だ」

「それ、先輩が言っちゃ一番ダメなやつじゃないですか?」

 と呆れ笑いを浮かべる文乃ちゃん。口ではそんなことを言いつつ、もしかして本心でそう思っていたりしているのではないだろうかなんてちょっと意地悪なことも考えてみたりするのだが……。

「それに会長さんに怒らず帰ってもらうには、こうするのが一番な気がしますから」

 続く文乃ちゃんの言葉は、さっきまでの明るくポップなものとは違い、あっさりとしているようでかなり暗く重たいものだった。

「ちょっと待って、怒るってそんな……」

 さらりと放たれた、「怒らずに帰ってもらう」という言葉。それこそが、1年生が会長さんに抱くイメージを象徴するようなものに思えたのは、わたしだけなのだろうか。

 実際のところ、ホットケーキにお菓子を出されて会長さんは怒るのか。正直言えば、怒るどころかむしろ大喜びするのではないだろうか。きっと幸せそうな笑みを浮かべて、まるでリスのようについばむ――そんな情景が今からでも目に浮かぶ。

 でもそれは、会長さんのことを知っているわたしだからイメージできるもので。

「さあ、どうでしょう。私は、ハルちゃん先輩ほどあの人のことに詳しくはないですから」

 そんな事前知識のない1年生には、やっぱり不自然に映ってしまうのかもしれない。

「正直に言っていいよ。実際、生徒会長のことをどう思ってるの?」

「それは……」

 言いづらいよね。そうでなくとも、一応わたしは1年生から見れば目上の存在だし生徒会長はさらに目上。間違っても、普通ならば本音は言えないと思う。

「良いよ。ここにはわたししか居ないから、本音を言っちゃって」

 そうは言っても、本音は出し辛いのじゃないか。そう思っていたけど……。

「分かりました。それじゃ……」


「正直言って、やっぱりまだ『怖い』ってイメージが抜けないんです」


 きっとそれは、ウチだけでなくてたぶん桜子も双葉も同じ気持ち――彼女はそう、本音を告げてくれた。

「……そっか。そうだよね! ありがとね、素直に言ってくれて」

 返事の内容はどうであれ、こうやって本音を打ち明けてくれる。言いづらかっただろうけど、勇気を持って今の1年生に映る彼女の姿を言葉にしてくれた。先輩としてしっかり信頼してくれているという意味では本当にありがたいし、嬉しかった。

 でも、それを差し引いても心に何かが突き刺さるような感触がしたのは何でだろう。胸に痛みが走ったのは、何でだろう。それはきっと、わたしが思っている以上にわたしが会長さんと仲良しになっちゃったからなのだろうか。中立な立場で考えないといけないのはずなのに――そんなことが、わたしの頭の中をぐるぐると支配していた。

前回に引き続き、会長メイン回です。

生徒会長千歳悠希という存在は、単に頭でっかちとか厳しいとか、何でもできるスーパー超人っていうかたちでは表せない、ある意味作者泣かせの人物ではあります。だけども、厳しい中に優しさがあって、何でもできるようで実は繊細でといったところでたぶん一番人間味豊かなキャラなのかもしれません。

そういうところを上手く表現できればと思います。

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