75.「この恐ろしい会長にコミュ力を!(前編)」
千歳悠希は、千種第一中学校が誇る名物生徒会長である。
弱気を助け強きを挫き、決して悪に負けることは無い。常に生徒の様子を第一に考え、生徒に悩みがあるようならば進んで相談に乗り、生徒がより良い方向へと進むことが出来るように導く。
それだけでも充分だというのに、さらに彼女は学生としての役目もまた決しておろそかにはしない。
成績は常に学年トップクラスを維持し続け、さらに剣道、弓道、なぎなたなどといった武道の資格を全て足すと優に50を超えるという。
開校して以来の天才――それが、現在の我が校の生徒会長。千歳悠希のプロフィールである。
ところが、その天才とされる完璧な彼女にも人並みに「悩み」というものがあるらしく――。
「前々から思ってはいたのだけどね――やはり私とみんなの間に壁があると思うの」
いきなり生徒会室に呼ばれたかと思いきや、開口一番、会長さんはそんなことを言い出した。
「年頃の女の子らしくするには、どうすれば良いと思う?」
しかも続く言葉が、これまでの会長さんのあり方を真っ向から否定するようなもの。例えて言うなら、今まで騎士やってたけどお姫様にジョブチェンジしますと言わんばかりのものだった。
「……いや、意味分からないんですけど」
「意味分からないとまで言う? そりゃまあ、今までずっと私とみんなに壁があるなぁとか、もしかしてカタブツと思われてるのかなぁとは薄々感じてはいたけど。けどハルちゃんとこうやって仲良くなってみると、あなたのまえでは普通に振る舞えるのに他の生徒とはどうして上手く行かないのかが理解不能なのよ!」
「はぁ。……そんなことでわたし呼び出されたの?」
「今まで散々ハルちゃんにアドバイスをしてきたじゃない! 私にだってハルちゃんに人生相談をする権利がある!」
「人生相談、ねぇ」
お茶を口に含んで、ため息をついてしまう。
会長さんの悩み。それは、彼女以外の人たちからなぜか壁みたいなものを作られており、そこに女の子らしさが無いからではないかというものだった。
もちろんその件については、わたしも以前からたびたび話を聞いてはいる。わたしと会長さんは、この数ヶ月。特に先月の体育祭でまあ色々とあったもので今ではすっかり友達というか姉妹というかそんな関係性になったのだが。
「あのですね。自分のスペックというか立場を冷静に考えてください」
「会長である以外、普通の学生じゃない」
「あー、ダメだこりゃ」
どうしてわたしの周りの人たちはこうも自覚のない鈍感さんが多いのか。そうなる原因が自分にも多少はあるってことに何で気づけないのだろう。
「あのですね。前提として自分のこと『普通』っていう人間に普通な人はいません!」
自分を普通とのたまうけど、この人はハッキリ言えば「高嶺の花」という言葉以外ではもはや説明が付けられないほどの完璧人間なのだ。勉強も運動も、会長さんの役職も平然とやってのけてしまうような彼女の前で、本来の「普通」の人たちが怖気つかないほうが変な話なのだ。
それに――そもそも武道50段の人間が可愛いというのがどだい無理のある話では無いか。言っちゃ悪いけど、シンデレラよりも宮本武蔵のほうがよっぽどお似合いである。
「あなた自身が気づいてないだけで、あなたが何でも出来すぎてるから馴染みづらいんですよ」
「ハルちゃんは馴染んでるじゃない」
「それはあなたがポンコ……必ずしも完璧じゃないことを知ってるからです」
「フォローされているようで顔に泥を塗りたくられている気分なんだけど」
「褒めてるんですよ。完璧すぎる人間なんて怖いですし、会長さんは人間味あるなぁって」
「……まあ引っかかるけど、一応受け取っておきましょう」
チョロい。やっぱりこの人、肝心なところでポンコツだ。
とまあ冗談はさておくけど、実際人間っていう生き物のは自身の属性に近い者同士で集まるらしい。「類友」って言葉がこの世にあるのが何よりの証拠である。要は、会長さんにつりあう人間がうちの学校にはいない。単純にそれだけの問題なのではないだろうか。
あるいは――そもそも絶望的にクラスメイトとの会話がヘタクソなのか。
「それ以前に、会長さんのほうからみんなに歩み寄ったりしてます?」
いくら他の人と圧倒的にかけ離れた才能を持っていたとしても、それだけで彼女が言うほどの壁が出来るものなのだろうか。何となくだけどこのカタブツ、最初からクラスメイトと話題を共有したりってことに意識を向けていないのではないか。
「それはもちろんよ」
良い返事が返ってきたのでこれは期待できそうだと訊ね返したのだが。
「どんな感じで?」
「分からない問題とかは、正しい回答とそれを導くためのプロセス。そのプロセスから導き出せる新たなアプローチまで――」
「分かりましたもういいです。やっぱりあんたカタブツだよ!」
話が長くなりそうなので無理やり口を抑えて話を打ち止める。いやはやこれは予想通り――これでは壁を作られてもおかしくはない。
「……私、これでも一応乙女の端くれなんだけど。カタブツ、はさすがにちょっと傷つくわよ?」
「あんたから『乙女』って言葉を聞くことになるとは思わなかったよ。」
まあ、女らしく無い……というか女ですらなかったわたしが乙女について語るのはどうかと思うけど。それにしたって、この人の辞書の「乙女」とはいったい何をさし示すのか。間違いなくわたしや世間一般のそれとは派手にずれていることだろう。
「あのですね、こんな論理的で頭でっかちな乙女が居ると思う?」
「それはまあ……ハルちゃんの言い方から察するに居ないのかなって」
「間違いなくいないよいるわけねえだろありえないんだよそんなカタブツ乙女!」
「ガビーン!」
「反応古いよ! それたぶん死語だよ! 今どき使ってるのはオッサンくらいだよ!」
怒涛のツッコミでついつい息を切らしてしまうが――これは、想像していた以上に問題が根深い。
「……コミュ力です。会長さんには圧倒的にコミュ力が足りなさ過ぎる!」
「コミュ力!? ――って何?」
「そこからですか」
うん。思っていた以上に根深いよ。元ぼっちで、今だって一歩間違えればヒッキーかつ陰キャの代表格のようなわたしですら知っている概念だというのにこのバ会長は……。
「うん? 今さり気なくディスられた気がするのだけど」
「今はそこどうでもいいから。まずはコミュ力を鍛えましょう。全ての道はコミュ力に通じるんです! というわけでついて来てください」
そう言って、会長さんの腕を掴んで無理やりにでも引っ張り上げる。
「ちょっと、今からなの?」
「善は急げですよ!」
幸い、今日は無駄に女子力の高い連中が集まっている日だからな。会長さんの相談で今日は部活に顔を出せないかもと心配してたけど、そもそも部活のメンバーにこの人のお守りをさせれば両方ともまるっと解決するわけだし。
そんなわけで、歴代最強とほまれ高い会長さんを華麗に誘拐したわたしはそのまま彼女を家庭科室へと連行することにしたのだった。
◇
「そんなわけで、本日体験入部をすることになった千歳悠希さんです」
『生徒会長!?』
わたしの会長さんを紹介する言葉に、家庭科室がどよめく。わたしの可愛い後輩である1年生ズは、みんな口をパクパクしながら会長さんを見つめているし、いつもはあんまり物事に動じない結衣までもが信じられないと言わんばかりでこちらを見つめていた。
「え、ちょっとハルちゃん? ……聞いてないんだけど」
「だって言ってないし」
「いや、『言ってないし』じゃなくてだね? ってそんな場合じゃ無くて!」
慌てて彼女は振り返り、1年生ズに指示を出す。その指示に、フリーズしかけていた1年生ズが慌てて動き出した。
「えっと、中村結衣さん。だったかな。突然訪れたことは申し訳なかったが、そこまで気を遣うことは」
「いやいや、生徒会長にこんな汚い場所見せられませんから!」
そうやって取り繕った笑顔を見せながら、不自然に会長さんにぺこぺこする結衣。露骨なごますりといい、1年ズのテンパりようといい……。嫌な予感がするぞ、とテーブルを見渡せば。
――やっぱり、今日もこの体たらくか。
家庭科室全体を見渡して、ひっそりとため息をつく。
文乃ちゃんがやかんに火を掛けながら片方でお茶っ葉の準備をしている。これはまあ普通の行動だから良いとして、桜子ちゃんはお菓子の山をたくさん抱えてコソコソと家庭科準備室へ。双葉ちゃんに至っては、本棚からレシピ本を何冊か取り出しているけどポケットから携帯ゲーム機がこんにちは状態だよ……。これで誤魔化せると思ってるのかなぁ?
とまあこの状況。
見てもらえば察しが付くだろうけど――実はここ最近。特に体育祭の準備期間くらいから、部活らしいことなんて全くやっていないし、それどころかみんなでお菓子を持ち寄っておしゃべりするだけの集まりと化しているのだ。
当然こんなところ、会長さんに見られたらどうなるのか。最近は割かし丸くなったとはいえ、それでも一応は鬼の生徒会長。お説教どころでは話は済まないだろうし、それどころか「みんなに愛される生徒会長」って彼女の淡い妄想は二度と実現不可能になってしまうだろう。
「そうか。何だか気を遣わせてしまって申し訳ない……」
「良いですって。ほら、お茶も入りましたよ」
タイミングよくお茶の準備も整ったことと、結衣の猛プッシュもあって何とか彼女は座ってくれた。
「美味しいな。このお茶」
幸い、お茶に気を取られて会長さんはさっきの料理部の体たらくにはまったく目が行き届いていないようだ。とりあえず料理部史上ある意味最大のピンチを切り抜けられたようでとりあえずは一安心。
「ありがとうございます。お茶菓子もあるのでよかったら食べてください」
「お菓子まで出るのか? 至れり尽くせりで何だかちょっと嬉しいな」
……ごめんなさい。それ来客のためじゃなくて、うちらが普段食べてるお菓子の余りを出しただけです。
とはいえ、何とか料理部のもとにこの人を連れて来られたし計画の第一段階はひとまず達成できたようだ。……そう、これだけの苦労を伴ってまだ第一段階。何だか割に合わないような気も薄々してきけど――そう思っているさなか、さっそく次のめんどくさい出来事が起こる。
「で、ハルちゃん? そろそろ説明を」
結衣の一段と低い声。というか、結衣だけでなく料理部の皆さんの冷たい目線がわたしに向けられてしまう。
会長さんを連れてきたまでは良かったのだが、そのせいで要らぬドタバタ劇が起こってしまった。何とか最悪な展開は回避できたとはいえ、あわや修羅場になりかけたとなれば……怒らない方がおかしいか。
「はい。実は――」
そんなわけで、事情と理由を簡単に説明する。
今回会長さんをわざわざ料理部に招いたのは、一応わたしなりに考えがあってのことだ。
「……まあ事情は分かりました。要するに、会長さんの怖いイメージを取り払うためにさまざまな部活を体験入部させてイメージの撤回を図ろうと。そういう理解でいいかな?」
「まあ、そんな感じ」
若干誤解されているような気もするけど、要するに彼女には料理部で体験活動をしてもらって少しでも親睦を深めるという経験をしてもらいたいのだ。
料理部であれば、少なくともわたしの目が行き届くから他の場所よりもよっぽど安全だし周りの子とも取っつきやすい。理想を言えば少しでもコミュ力を身につけてもらえれば。そして、料理部から会長さんの誤解を払拭できる良いイメージを発信できればもうはなまる100点。
一見とんでもないことのようだけど、一応ここまでのことを念頭に入れて彼女を料理部に連れてきたわけなのである。まあ全部を伝えても仕方ないので、そこはみんなの理解力に投げてしまった側面はあるけど。
「分かりました。私たちでよければ、全力でお手伝いしますよ。会長さん」
「ありがとう! 助かるよ!」
だが、さすが結衣といったところか。わたしの意図をすぐにくみ取ってくれたのか、噂を真に受けて萎縮しっぱなしの1年生ズと鬼会長ともっぱら噂の彼女の橋渡しをするかのように、結衣はあえて笑顔で気さくに話しかけていた。
ただそうはいっても、怖いイメージが染みついた状態でここに入学した1年生ズには、なかなか誤解がほどけるわけでもまして打ち解けるってわけにもいかないようで。
「いや、そんなに怖がらなくても――私はあなたたちを食べるオオカミでは無いのだから」
そうやって冗談めかして言っているけど、1年生の3人は彼女の言葉を引きつった笑みでうなづいていた。……しまったなぁ、最初から飛ばし過ぎたかも。意外にこれで会長さんはナイーブだからなぁと頭を抱えると。
「まあ、今日が初対面なんだ。ゆっくり距離を縮めていけば良いではないか」
そう言って、お茶に口をつける会長さん。
懐かれてないことに気を病むでも無く、ゆっくりと距離を縮めればいい。そう考えて、言ってのけるだけのゆとりがある。やっぱりそう言った意味で、彼女は人格者だし生徒会長にふさわしい存在だと言えるのかもしれない。
けど、果たして目に見えることだけが真実だと言えるのか――?
「みんなも、そんなに怯えること無いんだよ? まあ会長さん、確かに見た目は厳しそうだけど本当は優しいから」
そうやって結衣がフォローをしているが……この場に居るみんなには見えないところで、会長さんは静かに動揺をあらわにしていた。
「いいのいいの。これ以上居てもみんな気が休まらないでしょ? 私も早めに撤退するね」
そうやって平然なフリをしていて、両足がかすかに震えていた。
言葉ではっきり示されなかったが、1年生からの「拒否」という感情がはっきりと伝わってきたから。それで平然とすることもできないわけではないのだが、そんなことが出来るほど彼女は強いわけでも無く――。
――私だって、本当は人並みに楽しいこと、したいさっ! だけども……許されないんだよ。
それでも彼女は、自身の立場を最後まで忘れていなかった。
忘れていなかったからこそ、わざと「撤退しよう」って言えたんだと思う。生徒会長として、生徒の活動の邪魔は出来ないって分かっているから。
そう、いつも彼女はそうなのだ。最後は、自身の立場と生徒のことばっかり考えて諦めてしまう。
今日だって、せっかく勇気を持ってわたしにわがままを言ってくれたというのに。初めて対等な「友達」として頼ってくれたのに、その場の空気を読んで自ら身を引こうとしている。それは、会長さんとして上に立つ者の美徳ってやつなのだろう。
だけどもそれじゃ――いつまで経っても会長さんが幸せになれない。そんなのは、わたしのほうが嫌なのだ。だから……わたしはお節介を焼かせてもらうよ!
「は、何言ってるの。今日は普通に部活やってもらうよ?」
お客様扱いはここまでだからと、さっそく会長さんの目の前にレシピ本をさっと並べる。その行動に、料理部の全員が、いや会長さんでさえも面食らった様子で。
「はぁ!? 何言ってるの?」
訳が分からないと言いつつ、人前での。優しくも少し厳しめな会長さんらしい言葉を返すのだ。
だけどもわたしは、意地でも会長さんに友達を作らせる。せめて普通の中学生らしい時間を過ごさせる。もう決めたのだから、何を言われても撤回する気は無い。
「何を今さらカタブツぶってるの! わたしとふたりっきりの時はもっと優しいじゃん!」
「えっ? いや、それとこれとは話が違うというか……」
この強情さんめ。まだ、本心を押し込めて自分の役割に徹するか。だったらこっちだって言わせてもらおうか。
「そんなわけあるよ! だいたいあんたはいつも自分の気持ちに蓋してばっかりで、さも理想の生徒会長気取ってるけどさ。もっと適当で良いんだよ! もっと気楽に、自分を隠さないでいいんだよ!」
「ハルちゃん。もうこのへんにして……」
これ以上はまずい、そう判断したのか結衣がわたしの前に立ちはだかって止めようとする。
だがそんなんじゃ、わたしは止まらないよ。もうこの際だ、溜めていたもの全部吐き出してやる!
「だいたい、『みんなが壁を作る』とか『怖がる』なんて言うけどさ――そりゃそうだよ! だってあんたが、生徒会長らしさにこだわってるんだもの。そりゃみんな、あんたに身構えて当然でしょ?」
みんなに原因がある、なんて会長さんは言ってたけど。あながち間違いでは無いけど、そうなるにはそうなるなりの理由があるのだ。悪意が無いことはわたしだって十分分かってるけど、それでも会長さんは生徒会長って役割に徹するばかりに『本当の彼女』の姿をどこかに置いてきちゃったのではないだろうか。
「……そんなこと、今さら言われたって分からないよ!」
「分からなくても良いんだよ! これから、一緒に探していこうよ。だから――会長さんらしさじゃない」
「いつもの会長さんらしさを。千歳悠希って女の子を出してほしい。それを変だと思うやつが居たら、わたしがぶっ飛ばすからさ」
自然と出てきた、会長さんの名前に思わず恥ずかしさが込み上げる。
だけども今言ったことは嘘じゃないし、わたしなりの本気。さあ、こっちだって恥ずかしい思いをしたんだから。
「――分かった。でも、笑わないでね」
髪をいじりながら俯きがちにつぶやく彼女。だが、意を決したのだろう。彼女は静かにその場に立ち上がり、はっきりとした意思を込めて言葉を紡いだ。
「私は、千歳悠希。最近のマイブームは可愛い消しゴム集めで……料理は得意じゃないけど。今日はよろしくね!」
顔は真っ赤で、いつもの会長さんらしい威厳なんてそれこそどこに行ったのか。
だけども彼女が紡ぎ出した自己紹介のような言葉には……上手く言えないけど。初めて彼女の気持ちがしっかりと乗っかったというか、温かな血の通った言葉のように思えた。
前のお話とは一転して、今回の主役は千歳会長です。
完璧だけど近寄りがたい――そんなイメージをほどくことができるのでしょうか。
1/24追記
本編の最後の部分を修正しました。再読の必要はありませんが、展開がちょっとだけ変わっております。




