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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
6. 若葉ガールは夢を見る
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Ex.「男たちのイケない話」

 体育祭という面倒な行事が終わったとある秋の日。

 せっかく気持ちよく寝ていたというのにもかかわらず、その眠りを妨害する呼び鈴の音で強制的に目覚めさせられてしまった。状況によっちゃ――特に新聞の勧誘とかだったらそのオッサンをとっちめてやろうと玄関まで立ったはいいのだが……。

「おっす。遊びに来たぞー?」

「……はっ?」

 玄関先に立っていたのは、新聞の勧誘でもはた迷惑な来客者でも無く――俺の数少ない知り合いである芦原俊吾だった。


 ◇


 俺の名前は、宮川正輝。世間で言われるところの中学生というものをやっている人間だ。もっとも、中学生のくせに授業とやらにはまともに聞いていない上にしょっちゅう喧嘩に巻き込まれているものだから、だんだん自分でも中学生なのか分からなくなっていたりするのだが。

「にしても久しぶりに来たけど、相変わらずのボロ家だな」

「そんなこと言うなら追い出すぞ?」

「悪かったって! 前よりは多少綺麗になってるって!」

「なんだよそのフォローは……」

 んでもって、こんな失礼なことをぬかすクソ野郎は芦原俊吾。何だかんだ言いつつも幼稚園の頃からの付き合いがある、世間様でいうとこのいわゆる幼馴染みとか親友ってやつなんだろう。いや、正確に言えば――腐れ縁って言った方が正しいのかもしれない。

「良いじゃないか、俺ら親友だぜ?」

「朝っぱらからホントにうぜぇな」

 と、ため息をつきつつもついついこいつの好きなスナック菓子を台所から探してしまう。もうとっくに友情のようなものというかそんな感情が無くなったはずなのに……そういう気持ちが消えて無くならない自分に嫌気が差してしまう。

 先ほど俺は、自分のことを中学生だと説明した。だが厳密にはそれは嘘というか表面上の顔。正直に言えば今の俺は、中学生にもなれない――ただ世間様に迷惑ばっかり掛けているゴロツキのようなものだ。

 もちろんゴロツキといっても、ただのゴロツキでは無い。自分で言うのもどうかと思うが、一応この地域では無敵という称号を得てはいる。変な言い方だが、いわゆる頂点をとった――そう言った意味ではただのゴロツキとは違うという自負は持っているけど。だけどもその代償はあまりに重くて、たった一つの称号のために俺は今まで築いてきた様々なものを失ってしまった。

「また、委員長――結衣ちゃんの写真を見ているのか?」

「うっせぇ」

 俺と二人でいるときだけは、ヤツは彼女を「結衣ちゃん」という昔の名で呼ぶ。俺の普段の立場を考えてくれてるのか、気を遣っているのか。テレビの上に飾っている、かつての彼女との写真を見つめながら、再びため息をつく。

「良いから食べろよ」

 それは失ってしまった過去の話だ。そうやって話を切りあげるかのように乱暴にスナック菓子の封を破ってヤツに差し出す。

「おう、ありがとな」

「良いよ。俺も飯を食べるから」

 カップ麺に沸かしておいたお湯を注ぐ。すぐに出来上がったカップ麺をすする。

 無言の間が部屋をつつむが、それは昔から全然変わらないこと。だがその空間が、数少ない俺にとっての安心する空間。ゴロツキになってしまった俺を責めるでも矯正させるでもない。ありのままで居れる、たった一つの空間だった。

「飯食ったら、ゲームでもするか?」

 いつも通り、ゲームをするかと尋ねる。こいつと遊ぶときの定番は格ゲーだ。別に格ゲーが好きって訳では無いが、外に出てサッカーをやっても変な奴ら絡まれてしまうのが関の山だろうし。だが今日の彼は珍しくその提案には乗ってこず。

「それもいいんだが宮川さ」

「ん? どうした?」

 いつもへらへらとした表情のこいつが、今日に限っては珍しく真剣な表情をしている。

「なんだよ。来る途中に道に落ちたモンでも食ったか?」

「いや、それはあり得ないんだが……」

 そんなことは分かってるわ。じゃなくて、お前がそんな表情をすることはそれくらい珍しいって言いたかったんだよ。

「じゃあ何だよ?」

「良いか? 俺とお前の付き合って結構長いだろ?」

「あぁ」

 何というか、本題までのこの無駄なやりとりがいい加減めんどくさくなっていたぞ。元々俺は短気だし、これ以上引くようならイライラのあまりビンタでも食らわせてやるかもしれない。

「だからさ、お前にしか出来ないことなんだよ」

「良いから話せよ」

 これ以上だと口より先に手が出そうだと思いつつも、必死に感情を抑える。だが続く彼の言葉は。


「頼む、人生相談に乗ってくれ」


「はっ?」

 ――こいつとは結構長い付き合いになるとは俺も自負しているが、それでも彼の衝撃的な言葉の破壊力は相当なもので。

「お、おぅ。俺で良ければ……」

 イライラした感情が一瞬にして消えるどころか、間の抜けた返事しか出来なかったのである。


 ◇


「んで? 人生相談って何だよ」

 気を取り直して、カップ麺をすすり始める。

 正直、芦原のことだ。最初は普段は言わない言葉にちょっと驚いてしまったが、冷静に考えてこいつの話なんかそんなに重要度が高いようには思えない。これ以上はまずくなるばかりだしと、食べながら話を聞くつもりではあったのだが……。

「まあ、ゆうてもカップ麺喰いながらでも聞ける程度だろうが」

「安藤ちゃんが好きです結婚したいですぶちこみたいです」

「ぶっ!」

 ヤツのあまりに訳わからない言葉に、思わず噴き出してしまう。いや、驚きのあまり麺を噴き出したけど麺が口からは出ていないしワンチャンギリセーフってやつだろう。つまり正確に言えば噴き出しかけたが何とか抑えられたというやつである。良かった、読者の皆さまに惨事を見せることを回避できて。

 ……いや、鼻に麺が入って気持ち悪いから決して良くは無いのだが。

「……っ。おめえの訳わからん言葉のせいで麺が鼻に入ったが――まあ良い。理由を聞いておこうか」

 だいたい、なぜこの場で安藤が話題に上るのだ。好きってことは芦原が安藤を恋愛的な意味で好きになったってことだろう。続く結婚って言葉からもそれはまあ分かるのだが。……最後のぶっこむについてはあえてここでは触れないでおこうか。朝っぱらからそっちの話題は良くない。

「つかな、お前が安藤を好きだっていうこと自体ちょっとした事件なんだよ」

「事件って何だよ! 俺だって好きな女の子が居たっていいだろうが。お前だって結衣ちゃんのこと大好きなのと同じで」

「好きじゃねえよ! 幼馴染みだから特別気にしてるってだけで」

「さて、どうだか?」

 そうやってババアが噂話をするようなそぶりを見せるこいつ。絶対にあとでとっちめてやる。

 ただそんなことはさておくとして――この女に。特に下級生女子キラーなこいつがどうして安藤を好きになってしまったのか。正直そっちの方が気になってしまう。今までさんざん年下の女の子に告白されてきたってくらいにはモテてるというのに。

 要するに、あまた手を引く女を全シカトしてきたはずがなぜ安藤春奈に固執するのか――それが俺にはよく理解できなかったのである。

「まあ良い。どうして安藤なんだ?」

 正直、俺の知る安藤春奈という女は、お世辞にも男ウケをする女ではないのだ。

 そりゃもちろん、転校当初は見た目のかわいらしさで骨抜きにされた男が多かった……というのは事実だ。実際、あいつの見てくれはなかなかに可愛らしいし小動物系の雰囲気を醸し出している点が好きな人間には好きなんだろう。

 しかし実際に関わると、あの女はかなりロクでもない女だ。見てくれに騙されてるだけで、口を開けばかなり口調やガラは悪いし腹黒さだってなかなかのもの。おまけに女らしい可愛げの一つでもあればまだ良いものを、そんなのだって皆無。口が悪ければ性格もなかなかに素敵(・・)なものときたら……。

 このような裏面を知っているからこそ、俺にはどうしても芦原が彼女を好きになる理由が見いだせないのだがなあ。

 だがこの問いかけに対する彼の回答もまた、俺の想像をあっさりとぶち抜くような爆弾発言なわけで。

「なんだろう。恋する気持ちに理由など無いのさ」 

 その言葉に、口の中に抑え込んでいた麺を今度こそ吹き出してしまう。

「汚ったねえよ!」

「ゴホッ……ゴホッ……。おめえのほうだよ!」

 芦原の驚きの声が耳に入るが……すまねぇ。今回ばかりは本当にダメだったのだ。

 むせてしまい、慌ててティッシュに咳き込む。10秒ほどですぐ落ち着いたとはいえ、ついに鼻から麺が出てしまった。くっそ、何時から俺は芸人になったというのか。しかし俺の苦しみなどつゆ知らずと言わんばかりにあの男は爽やかスマイルを浮かべているし。

 くっそ、やっぱりむしゃくしゃするし帰る前に1発殴ろう。いや1発じゃ気が済まねえ、3発くらいかましとくか。

「……何が『理由など無い』だ気持ち悪い」

「うるせぇ! 俺にも分からねえんだからしょうがねえじゃないか!」

 もう安藤ちゃんのことばかり妄想して夜も眠れないんだ、と続けた。ったくこの野郎……ただの思春期じゃねえか。

「大げさに言うもんだから驚いたが、ただの思春期だそれは」

 モテまくりなこの男がまさかこんなウブなことを言い出すとは……正直思わなかった。

 ただ、普段からロクでもないようなくっだらないことばっかり考えているこいつが、いっちょ前に恋愛で真剣に悩むとは思わなかった。普段人から追いかけられてばかりだからこそ、逆に鈍感になっちゃってこういうふうに思ったりするものなのだろうか。

 ただ、もう恋愛をしないと決めた俺がこんなことを言うのもどうかと思うが――こいつが本気で安藤をのことを好きだというのならば、俺としても何とかして応援はしてあげたい。こいつが人生相談をするってことは相当なことなのだ。

 正直俺はゴロツキだし、人様に何かできるほどの大した人間だができることはやってあげたい。それが人として……いや、仲間としてその恋を応援するのが当然なのだから。

「まあ分かった。正直俺のアドバイス? が戦力になるかは分からんが……」

 まあ、安藤春奈が良い女だとは今も思えないけど。とはいえ、体育祭での様子を見る限り二人は妙なところでお似合いだったことは確かなわけで。それに俺だってあいつとは結衣の件で色々貸し借りがある。結果として安藤も幸せになるのだとしたら、その件をもって貸し借りをチャラにしたいしな。

「まあ、応……」

 応援するよ――そう切り出している間に。

「あぁ。だから最近は春奈ちゃんをおかずに毎日二回はシコってる」

「……」

 前言撤回。

 開いた口がふさがらない。

 やっぱり、アドバイスは止めておこう。

 俺は黙って回れ右をして、居間の隣にある俺の部屋に帰ろうとした。


 ◇


「ちょっと待ってくれ! 今のは俺のあふれんばかりのパッションが」

 ……うわぁ。一応ガキの頃から知ってる身だから言わせてもらうが、率直に言ってかなりキモい。

 そのうえ黙って回れ右をした俺の肩をヤツが掴んでくる。あくまで、このロクでも無い人生相談に付き合わせようとする腹づもりなのだろう。

「あのさ。パッションだかなんだか言ってるが、要するに安藤をオナネタにしてるってだけだろうが?」

 いやまあ、気持ちは決して分からんでは無いのだ。一応俺も男だし、そういう感情が決して湧かないとは言わない。言わないが……。

「頼むからクラスメイトでシコってることは、言わないでくれ」

 じゃないと、俺までそいつをそういう目線で見てしまうじゃないか。

 ほとんど授業も聞いてないし、クラスの人間ともまともに接点がないとはいえ己の欲望のためにそういう風な使い方というのはさすがにちょっと……気が引けてしまう。正直ゴロツキになった俺が偉そうなことを言えたわけではないが、それはさすがに無しにしたいのだ。

「はぁ? お前そんなこと言うけどさ」

 ところが彼は、急に俺の部屋に入って押し入れを開けて……ってちょっと待てそこは!

「おいちょっと何するんだやめろ!」

 と言ったものの時すでに遅く、足元には俺が隠していたそういう系の本が何冊か広げられてしまっていた。

 ちなみにジャンルはお下げでメガネを掛けた子のやつがなぜか(・・・)多かった。念を押して言っておくが、これらはあくまで現時点で俺の部屋に並べられた成人雑誌の表紙の傾向を淡々と述べただけで、実際に俺が読んでいるかどうかとは全く関係が……。

「お前だって人のこと言えるか? これって完全に結衣ちゃんじゃん!」

 この野郎、言ってはならないことを言いやがったな。

「うるせえ! こいつと結衣を同じにするなよ!」

 共通点なんてせいぜいメガネ掛けてるのとお下げな点くらいじゃないか!

「悪いが、うちの結衣のほうがよっぽど可愛いからな?」

「『うちの結衣』って、何だかんだで諦めきれてないじゃねーか」

「そう言うお前だって安藤をオカズにオナってんだろ? クラスメイトをオカズする時点で変態すぎて救えねーわ」

「じゃあお前は結衣ちゃんをオカズにする代わりに、限りなく似た女優で抜いてるわけだ?」

 話題の内容は極めて下品なのに、なぜかお互いに真剣な表情になる。

 そう、これはお互いの性癖と名誉を掛けた――聖なる戦いなのだ。

「……」

「……」

 互いににらみつけるが。

「……やめようか、これ以上だとお互いに傷つくだけだ」

 先に停戦を持ち掛けたのは、芦原のほうだった。

 正直に言おう、渡りに船ってやつだ。

「んだな。今の話は、無かったことにしよう」

 そう言ってお互いに握手を交わす。 

 幸い、お互いの名誉はすんでのところで守られたのだ。というかこれ以上戦っていたら、それこそ大惨事になっていただろうからな。野郎の性癖なんて知ってどうする。どう考えても地獄絵図だ。

「話を戻すぞ。で、お前はどうしたいんだ?」

 布団にあぐらをかいて問いかける。まあ答えは分かっているけど。

「安藤ちゃんに告白をする!」

「いきなり最終手段を切ったな、お前」

 答えは分かってはいたが、それにしたってもうちょっとまともなことを言うと思っていたぞダチ公よ……。

「何だよ? 恋愛の初めは告白だろ?」

 しないと恋が始まらねえだなんて言いやがるこのおバカ。

 こういう時ばっかりは、学校で恋愛のやり方について授業でもやってくれないかと思ってしまった。まああったとしても、類友でこいつもまともに授業を聞かないでやっぱりこんなことを言い出すんだろうけど。

「別にそれやっても良いけど、成功率は保証しないぞ?」

「ぶっちゃけ、どれくらいだ?」

「そうだな。白いカラスを見つけるくらいか?」

「ほぼゼロってことじゃねえか!」

「だからそう言ってるじゃないか」

 くそぉ、とうめくわがダチ公。逆に訊きたい。なぜそれで行けると思ったのか。

 恋愛経験の無い俺でもさすがにそれはまずいと考えるぞ。

「一度でいいから、恋愛を扱った漫画かドラマでも見てみろよ。何もせず告れば成功ってほうが、本来おかしいんだぞ?」

 そんなことが出来る人間って、選ばれた一部の人間。例えて言うならば、プロのサッカー選手のような人たちだけだと俺は思うのだが……。

「はっ? 普通告れば成功するもんだろ。今までもそうだったし――まあやったことは無いけど」

 そういえばそうだった。こいつ黙ってても年下女子にモテまくってて、逆に告白だってされまくっていたことに。というかここぞとばかりにさらりと自慢を織り交ぜやがって。やっぱりこいつ、俺にボコボコにされたいのだろうか。

「分かった。もういっそ告って盛大に玉砕して来い」

「待って! それって完全に失敗するやつじゃないか!」

「だからさっきも言っただろうが。そもそもあの女に恋愛感情が生まれない限り、成功するはずが無いだろうが」

「どういうことだよ」

「要するに、お前に対する『好き』って気持ちが無いとダメだって言いたいんだ」

「なるほど」

 やっと分かってくれたようで、深くうなづく芦原。まずは納得してくれて一安心……とは言ったものの。

「ただ問題は、その恋愛感情のほうだ。……正直言ってあいつに恋愛感情はあるのだろうか?」

 その言葉に、場の空気が凍ってしまう。

「ちょっと待て? それじゃ俺、一生安藤ちゃんと付き合えないってことか?」

「それは知らんけどな」

 確かこの前のふざけたダブルデートやらでの出来事で、そんな言葉を安藤から聞いた記憶があるんだよなぁ。

「この前、安藤と出かけてきたんだが」

 口にすれば思い出すかと、この前の出来事を思い出しながら話しはじめたのだが。

「待てコラ。いつの間に安藤ちゃんとデート行くだけの仲になってんだよ!」

 あぁ、これは失敗だ。いちいちこのバカがちゃちを入れてきて話が一向に進みそうにない。

「違うわ。三春と安藤にハメられたんだよ」

「仲深まり過ぎだろ! ハメハメしたのか? 中に入れたのか? 3Pかっ!」

「いちいちそっちの路線に話を持ってくんじゃねえよ」

 そう言いながら我慢していた1発をヤツの頭に落とし込む。ったくこの男はなぜ一々話をシモのほうに持っていこうとするのか。痛い痛いと泣き喚いていたが、今回ばかりはお前の自業自得だ。

「ったく。要するに三春と安藤の差し金で結衣と遊びにいくことになったんだよ。で、その時に――」

 何て言いだしたんだっけ。

 そうだ、デートとやらをするときの気持ちについてお互いに話したんだっけか。普段はツンツンとしているあの女だがその時は珍しくしおらしくて。


 ――分からないよ。わたし、好きな人とか特にいないし経験も無いし。


 あいつは、東京の出身だからそういうのの一つや二つはあるものだとてっきり思っていて。だからからかったつもりなのに、そんなことをあっさりと返されて。

 当時は意外なものだと思ってそれで終わりだったわけなのだが……今にして思い返せばそれは恋愛感情ってものがそもそも無いって取ることもできるのではないだろうか。というか東京って環境に居てそんな浮ついた話が一切無いって、逆に言えばそうとしか考えられない。

「じゃあ、勝率ゼロってやつじゃねえか?」 

 芦原ががっくりとうなだれる。まあ、気持ちは分からんでは無い。好きな女に告白する前から可能性ゼロと宣告されるのもなかなか酷なものだからだ。

「さあな。俺は安藤じゃないから、あいつの本心はさすがに分からないが……」

 とはいえそれでおしまいではさすがにこいつがかわいそうだ。

 どうにかしてまともなアドバイスを考えてやりたいのだが……。


 ――でもわたしだったら、そばにいてくれるだけで十分かも。


 これだ。

「いや、絶望するのはまだ早いぞ」

 そう言い、俺は静かに彼にこう告げた。


「あの女にとって、そばに居て安心できる。そういう男を目指すことだな」


 ◆


 芦原に看病してもらったあの日からしばらく経った秋のある日。

「っくちゅん」

 あいつの看病のおかげか、あれだけ高かった熱はあっさり下がったのだけど。 

「っくしゅん」

 どういうわけか、くしゃみだけがなかなか抜けない。というか、今日の朝からやたらと鼻水とくしゃみが止まらないときた。あまりの酷さに、ついにわたしが行くとこ全てに箱ティッシュを持っていくほどなくらいだけど……。

「……っ……っくちゅん。ひっくちゅん」

 続けて3回もくしゃみをしてしまう。というかこのペースだと、箱のティッシュを一日で潰してしまいかねない。

「……ハル姉。花粉症?」

 ソファで寝転んでいる秋奈が、何の気なしに訊ねてくる。

「それは分からないけど……でも花粉症なのかなぁ?」

 確かに、世間で言うとこの花粉症に近い気はするけども。でも安藤家は確か全員何のアレルギーも持っていないはずだし、花粉症ってのはアレルギー体質の人じゃ無いとならないって聞くからそれは違うような気もするんだよね。

 そもそも花粉症って言っても、時期が違うような気もするし。春先ならともかく、今は何か花粉が飛んでいるようには思えないしなぁ。

「……まさか誰かに噂されてたり?」

 秋奈は何だか楽しそうな顔をしてとんでもないことを言ってくるけど。

「んなバカな」

 そう切り返す。漫画ならともかく、現実的にそんなの起こるわけが無いと思うんだけどなあ。

「あらあら、春奈病院行く?」

「明日もこの調子なら、病院行ってくるよ」

「そう。じゃあくしゃみ止めを買ってこないとね」

 そう言って母さんがくしゃみ止めを買いに行った。それから程なくして、今までのくしゃみが嘘のようにおさまってしまったのだけど……まさか本当に噂をされていたとか? いやいや、そんなまさかね。

あけましておめでとうございます。

そして、新年早々下ネタ連発回になってゴメンなさい。


というわけで、思春期男子たちの不器用な恋心についてのお話です。体育祭編最終回で隠されていた彼の本心に対するアンサーを示す回でもあります。

世間では女性のほうが恋に関する話をしがちって思われていますが、実際は男子のほうが夢見がちな気がします。男子たちの妄想豊かな。いや、おバカでぶきっちょな面を優しく見守っていただければ幸いです。

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