73.「がんばりすぎて」
◇第5章までのあらすじ◇
ひょんなことから体育祭の応援団に任命された春奈。今まで学校行事の表舞台に立つことが無かった春奈だが、慣例ということで未経験にもかかわらずいきなり副団長という役職についてしまう。
分からないなりに何とかして体育祭を盛り上げようと奮闘する春奈だったが、彼女が引っ張ることになった白団には、春奈の言うことを全く聞かない1年生にその1年生を敵視する3年生。団長になったにも関わらず全く団をまとめない芦原と問題児ばっかりだった。
それでも秋奈や眞子の手伝い。生徒会長の協力もあって何とか応援団の活動は軌道に乗りつつあったのだが――最初で最後の要となる人集めの段階でどうしても詰まってしまう。八方塞がりで諦めつつあった彼女たちの前に現れたのは――夏休みに春奈と色々あった宮川だった。
いろいろあった体育祭は、白団の優勝ということで無事に幕を引いた。
間に二日間の休みがあったとはいえ、優勝まで体験したこのクラスでは体育祭の余韻が未だ冷めやらない様子で、教室を包む雰囲気もどことなく浮足立ったもの。それだけでなく……。
「安藤さん、この応援すっごくカッコ良かったよね」
「ここも、すごかったよ」
「この写真のとこ、可愛いよね」
「あ、うん……。ありがとうね」
体育祭の写真が教室の後ろに張り出されるなり、さっそくわたしが話題の中心となって色々な人に話しかけられる。確かに応援団の副団長をやっていたこともあって目立つ立場ではあったのは事実だが、今まで教室の陰でひとりぼっちだったはずなのに、応援団をやり切ったことを境にわたしを取り巻く環境は激変してしまい……。
――何だか、嬉しいけど疲れちゃうな。
正直、そんな気持ちが日々大きくなっていた。
そりゃもちろん、最初の頃みたいに集団で無視されたり仲間外れにされることと比べればぜいたくな悩みだとは思う。だけども、こればっかりはわたし自身の性格ってものも大きなわけで。それに、これだけ期待を掛けてもらっているのに無碍には出来ない。
そんなわけで日々日々できる限り明るく振る舞ってはいたのだが……。
「すまないが、お前ら二人で新聞の取材を受けてくれないか?」
「俺がっ!?」「わたしがですかっ!?」
ある日の昼休み。岡野先生に突然そんなことを切り出された。
話を詳しく聞くと、どうやらわたしたちのパフォーマンスが動画サイト「We Tube」で人気になっているらしくて、そのことを聞きつけた地元の新聞社から取材が来るのだという。
「ああ。最初は生徒会長の千歳を出すってことで先方とも話がまとまったんだが、話題の動画はお前らのパフォーマンスの内容が中心のようだし」
そう言って先生が、パソコンで動画サイトの画面を開く。確かに、わたしたちのパフォーマンスが集中的に写されており、これだけ見れば千種一中の体育祭というよりはわたしたちのパフォーマンスが中心であることは否めない。
「うお、俺カッコ良くない?」
「そう言ってられるのはアンタだけだよ……」
こんな状況でよくナルシストなこと言えるよこの人は。
しかも画面をよく見れば再生回数を見れば軽く6桁は行ってる。あの時は自分たちに出来る精一杯を披露していただけでそこまで考える余裕が無かったのだが、冷静に考えればこれが全世界に見られているのは、結構恥ずかしい。
「うぅ、町内ご近所どころか全国デビューしちゃったよ」
しかもコメント欄には衣装のこととか結構いろいろ書きこみがされている。怖くてそこから下は見れなかったけど……もしもわたしのことが書かれていたらどうしようか……。恥ずかしくて生きていられないよ。
そしておまけに、新聞で再度顔が写ったり記事が乗せられるわけでしょ? もう、どれだけ目立つことになるのよわたし。
「ともかくだ。そんなわけで、上手いことやってほしいってわけだ」
「はぁ。まあ事情は分かりました……」
どっちみち取材を断ることも出来なさそうだし、そんなわけでしぶしぶ取材を受けることを了承したのだ。だけどもこれがみんなに知られれば、当然大騒ぎになるわけで……。
「ハルちゃんすっかり人気者ね」
「今だけは元の日陰者に戻りたいよ……」
結衣はいつものようにのほほんとそんなことを言うけど、当事者からすれば本当にたまったものではないのだ。まして元から何かと注目を浴びがちの芦原はともかく、本当に地味だったわたしからすればこの環境は結構なストレスなわけで。
「適当に流せば良いじゃない。取材なんてそんな、記者からの質問に答えるだけじゃない」
「眞子さんそうやって簡単に言ってくれるけどねぇ……」
適当にやり過ごすべき。それは確かにそうだとは思うけど、なんかそれを素直に出来る気がしなかったのである。
◇
そうして、取材の日はあっという間に訪れて。
「取材はここまでね。ご協力ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
クラスのみんなが見守る中、何とか取材は無事に終わったのだった。
ちなみに取材の内容は、応援団の出来事とか体育祭に向けて何を頑張ったのかといった至極一般的なもの。当然だけどわたしのパーソナリティとかに触れられることも無かったし、事前に芦原と何度も練習した甲斐あって、何とか取材をしっかりと受けることができたのである。
ところが。
「それじゃ、職員室まで送りますよ。ほら、春奈ちゃん」
「ええ、そうね」
取材も終わり、記者の人たちを職員室まで送ろうと立ち上がろうとしたまさにその時だった。
「あれっ――!?」
脚に力を入れて。いや、そんなことをしなくても普段なら立ち上がれるはずなのに身体が言うことを聞かない。脚に掛けたはずの力がすっと抜けてしまってそのまま床へと膝が吸い込まれていく。
『春奈ちゃんっ!?』
周囲から心配や戸惑いの声が上がる。何事かと周囲を見つめれば、目の前にはさっきまで座っていた椅子の座面広がっていた。いわゆる、立ちくらみってやつである。
「大丈夫ですか?」
記者の人たちも慌てて駆け寄ってくる。芦原しか居ないのならば別に良いけど、今はお客さんを招いている状況。迷惑は掛けたくない。頑張って自力で起きようと試みたが、立ちくらみにしては珍しく身体が言うことを聞かない。
「大丈夫です。気にしないで……」
生理前だからだろうか。いやそういうのは確か当分先なはずだし――。
ともかく、頑張って立ち上がろうとするが。
「こら、無理するなよ」
そう言うなり、隣に座っていた芦原がすぐにわたしのおでこに手を当てた。芦原の手が冷たくて気持ち良かったが、彼の表情はちょっとだけ険しくなって。
「熱があるぞ。あとは先生方に任せて、春奈ちゃんは休んだほうがいい」
そう言いながら、腕を掴まれる。何とか身体は立ち上げることができたけどすぐに視界がぼやけてしまい……。
「あっ、ダメかもこれは」
情けない話ではあるけども、身体が言うことを聞かないのだからもうどうにもならない。
結局わたしは、立ち上がるなり身体を支えきれなくなって、そのまま宮川に抱き付くように倒れかかってしまったのである。
◇
「芦原、ゴメン……」
「気にするな。つか春奈ちゃんはここ最近無理し過ぎだってんの」
「そんなこと……そうかもね」
芦原におぶわれて、保健室へと運ばれる。
いつもだったら、ついついツンツンした口調になってしまうのだろうけど、今日ばかりはそんなゆとりも無く……芦原の背中でぐったりする他無かった。
「重いよね。休み休みでいいよ」
わたしのほうがぐったりなのに、ついつい芦原の心配をしてしまう。
わたしも昔秋奈をおんぶしたことがあるから分かるけど、人間っておんぶすると意外と重かったりする。芦原は男子だから大丈夫だとは思うけど、やっぱりわたしが重いことで無理をさせたら忍びないし。
だけどもそこは芦原も男子ってことなのか。
「心配するな、重かねえよ」
思っていた以上に頼もしい声が返ってきた。その声につい安心して、ますます身体を預けてしまう。
そう言えば、あんまり考えたことは無いけど芦原の背中は意外に大きい。もともと身長も高くてがっしりとした体格ではあるけど、いざおんぶされると想像している以上に安心感が生まれる。それに何というか……。
「芦原さ」
「何だよ?」
「なんか、良い匂いがする……かも?」
何というか男子特有の匂いというか。普段はクサいって鼻をつまむはずなのに、頼もしくて……ってわたしは何を言ってるのだろうか。
「ゴメン今の無し!」
「分かってるって。熱のせいだろ?」
「……うん」
相手はあの芦原だぞ? クラスの3大バカの一員だぞ!? と色々言い訳めいたことを頭に浮かべては一人悶々とする。
確かにこいつは、わたしが弱っているときは悩むこと無く手を差し伸べてくれる。そういうとこはカッコいいし、良いヤツだなとは思うけれども。だからといってそれでこいつに恋愛感情なんか生まれるわけ無いし、というかそもそもわたしは元々男だったわけで、間違っても男に惚れることなんてありえないはずなんだ。
だけどもこの男はそんなわたしの悶々とした気持ちに気づけるほど繊細なわけも無くて。
「おーい、春奈さん? 着いたぞ?」
わたしが1人で自爆しかけている間にも、いつの間にか保健室へとたどり着いていた。
「よし、ベッドに下ろすぞ?」
「えっ!? ……あぁ、ありがとね」
ベッドって言葉に一瞬だけ過剰反応しかけるが、彼にその声は届かずさっさと枕元に座らされる。体温を測ると、すぐに体温が出てきた。37度台後半――地味にそこそこの高熱だ。
「マジか……どうする? 岡野には俺から言っとくから、少し休んだらどうだ?」
「うん、そうする」
そう言うと彼は引き出しから熱を冷ますためにおでこに貼るあのシートを取ってきた。そして、ちょっと乱暴にぺたっとおでこに貼ってくれる。
「ちょっと、病人には優しく貼ってよ」
「あっ、悪い。痛かったか?」
「別にいいけど……女の子にはもっと優しくするものだよ」
「悪かったって。あとは……あぁ、布団だ」
そう言って、動けないわたしの代わりに戸棚にしまってある掛け布団を取ってきてくれる。ついでに枕、掛け布団。果ては予備のジャージまで。そしてさらにカーテンまで閉めてくれていつでも寝れるように布団をセットしてくれた。
何から何まで親切に、本当に申し訳なくてありがたいことではあるのだけど……。
「よし、これで寝れるだろ。……ん、どうした? 寝るまで見守っててやろうか」
「うん、それはありがたいんだけど」
「いつまでそこにいるの?」
「……あっ」
この人、わたしのことを子どもかなにかと勘違いしてるけどね、一応わたしたち異性なんですよ。そんな感じでいつまでもベッドの周囲で侍っていられますと。
「あんたがいるせいでスカート脱げないじゃない」
着替えるに着替えられないのだよ。
「ああっ! 悪い!」
慌てて後ろに振り返る芦原。その様子が、これまでものすごい頼りがいがあったのに急に年相応に戻ってしまったようで。そんな様子を見ると、ついいじわるの一つでもしたくなっちゃうのである。
「それとも何ぃ? わたしのぱんつ、見てみる?」
わざと肩に抱きついて、耳元でそうささやいてやる。
もちろん本気で見せるつもりはさらさらだけど、普段から女にモテモテなはずの彼がこんな初心な反応を見せるとついついからかいたくなってしまうのだ。
「やめろ! 見たくないから!」
そうやって彼は肩と首を一生懸命横に揺らしていた。……ダメだ、ちょっと可愛くてもうちょっとだけいじりたくなる。
「それはそれで傷つくなー。それとも何? 男にしか興味ない系?」
「いや違くて! いやまあ見てみたいけど、そうじゃなくて!」
気持ちは分かるよ。そりゃわたしも、元は男の子だ。人並みよりはちょっと少なかったかもだけど、やっぱり異性に興味があったというのは事実だし、なんなら男性が読むえっちな本やサイトだって見たことあるくらい。
ただそうはいっても、素直に胸とか下着を見たいですと言ったらやっぱり変態扱いされてしまうのが現代の社会なわけで。となったら、本心はともかくこういう回答をする他ない。男子って存外難しいさじ加減のなかで生きている生き物なのである。
「なーんてね、冗談だから」
ただ、今のわたしは女の子で彼は一応男の子なわけだからそこはちゃんと線を引かないといけない。それに、芦原に限ってないとは思うけどもし本当に力づくで襲われたらそこに勝ち目は無いわけだし……ほどほどにしておかないと。
「だいたいスパッツ履いてるし。だから見られても平気だっての」
そう言って種明かし。まあ上もブラの上にキャミソール着てるから最悪直接下着が見られるということは無いんだけど。ただ芦原にとっては納得いかなかったのか何なのか……。
「もう、そういうとこだってんの! 良いから、寝た寝たっ!」
そう言って、無理やりにベッドに寝かせられた。
「ちょっと、上はまだブラウスのままなんだけど」
「うっせ。気になるなら俺が出てから着てくれ。早退できるかどうか、岡野に相談してくるからちゃんと寝てろよ?」
「……はいはい」
ちょっと芦原で遊びすぎたかな? 彼はちょっとだけお怒りモードらしい。
だがそんな彼が居なくなってしまうと保健室は急に静かになってしまい、おまけに今までの疲労がよっぽど溜まっていたのか。
「あっ、ジャージ……」
芦原に渡されたジャージを着ないと、と思ってはいたものの瞳を閉じると意識はすぐに消えてしまった。




