71.「姉妹対決! 各団対抗リレー!」
応援合戦が終わった。
わたしたちなりに、出来ることはすべてやったとは思う。とにかく笑顔で、とにかく楽しく。元気いっぱいにバトンでパフォーマンスを見せて。完璧かどうかなんて考えないで、白団全員で今できるベストなパフォーマンスをしたと思う。もちろん、出来なんかよりもまず自分たちが楽しむことを優先して。
そしてその結果がいよいよ発表される。
「それでは、応援合戦の結果を発表いたします」
今回のプレゼンターである生徒会長が、お立ち台に上がって結果の書かれた紙を広げた。
白団が魅せたパフォーマンス、その結果は……。
「第1位、白団。100点」
「っしゃ! 白団1位だっ!」
「先輩、トップですよ!」
1位だった。
1位――つまりこの応援合戦を制したってこと。得点板が速やかに更新されて、ついに白団が二番手から一番手にのし上がった。
応援団のみならず白団の面々が喜んでいて、特に応援団の中での喜びようは相当なもので。
「やったね、やったね!」
「ああ、俺らやってのけたんだ!」
みんなしてハイタッチをしたり肩を抱き寄せたり、思い思いに喜びの感情を爆発させていた。芦原と葉月さんなんて、抱き合って喜びの気持ちを共有している。それだけ、嬉しいって気持ちが強いってことなのだろう。
だけどもわたしは、どういうわけかその輪の中に入ることが出来なかった。
「お前は、喜ばないのか?」
ふいに宮川が声を掛けてくる。
「アンタこそ、相も変わらず仏頂面じゃない」
輪の中に入れなかった宮川にそんなこと言われたくないって思いつつ、そんな言葉を返した。
「うっせ、俺は生まれつきこういう顔なんだっての」
「わたしもですぅー!」
何が生まれつきだ。
「ホントは素直になるのが恥ずかしいだけなんじゃないの? 番長様が喜んでたらそれこそイメージ崩壊もいいとこだもの」
「同じこと、そっくりそのまま返してやるよ。お前だって本当は、素直になるのが怖いだけだろ?」
「別に? そんなことは……」
無いと言いたいところだったけど、言われてみればそうだった。
「心配なのよ。応援合戦のポイント分があるリードしてるけど、今後のことを考えればあぐらをかいていられないなって」
とっさに言い訳をする。実際にそこを気に掛けているのは事実ではある。だけども何というか……。
「お前、言い訳ヘタクソだろ?」
「……っ、確かに今のは言い訳だけどさ!」
嬉しいって感情を、どうやって表現すればいいのかが分からなかったのだ。何というか、嬉しいことを素直に嬉しいっていうのが何だか気恥ずかしくて。
「でもそれ言ったら、アンタもそうなんじゃない?」
「……ッ。お前本当に嫌なとこばっかり目が付く女だよな」
何だよ、お前だってそうじゃないか。
要するにわたしたち、素直になり切れない人間だってこと。
「ああそうさ。俺だってこういうの、どうすればいいか分からないんだよ」
「カッコつけて生きてるからね」
「うっせ」
でも、宮川の気持ち。似た者同士のわたしならば分かる。
こいつだってまた、あの事件以来嬉しいって感情の表し方をきっと忘れちゃったんだ。大切な人を守るために、感情を封じた男。弱い自身を守るために、感情に鍵を掛けた女。経緯は違うけど、やってることは全く同じ。
だけども、どうしてだろう。
「じゃあさ、腕と腕をこう合わせる感じはどう?」
「はっ? 何を言って……」
「難しいことじゃないって。こうやって――」
お互いに軽く結んだ拳をコツンと当て合う。そしてわたしは、彼に笑った。
「これなら、お互い恥ずかしくないだろ?」
嬉しくないってわけじゃない。嬉しいって気持ちを面に出すのが得意でないってだけの話。でもこうやって拳を当て合うのならば、恥ずかしくは無いはず。
「お前ってホントに――」
「ヘンな奴」
そう言って、今度は宮川のほうから拳を当てられた。
初めて見た、彼の笑顔と共に。
「あっ、宮川先輩が笑ってる!」
「ちょっと葉月さん! そういうの言っちゃダメ!」
「別に笑ってねーし」
「てかさっきから見てましたけど、安藤先輩と宮川先輩って何だか男友達みたいな雰囲気ですよね」
「うるせえよ!」「うっさいよ!」
わたしは女だよ、って。そして宮川は、別に嬉しいとか思ってねえしと二人してムキになって言い返してしまう。だけどもその様子がまた変だったのか、白団のテントが笑いに包まれる。
「息ぴったりだ」
「お似合いですね」
「あーあー! 違うからね? 違うからねっ!?」「お前らまじシメるぞ?」
二人してそうやって必死に言い返す。けど、その時は気づかなかったけど後になって分かったんだ。
――いつの間にか、うちら二人とも素直になっていたってことに。
◇
そして、応援合戦の余韻もそこそこに午後のプログラムが本格的に始まった。今回の応援合戦で紅白の立場が逆転した――とはいえ、赤団の実力はやはり相当なもので。
「やばいね。追い詰められてるよ」
「大丈夫、まだ逃げられる」
紅白だけじゃなくて、各団ともに一進一退のまま、勝負が続いていく。そして、あっという間に時間は進んでいき――。
「今年の体育祭もいよいよ大詰め。次のプログラムは、各団代表者による、各団対抗リレーですっ!」
ついに、この体育祭最後のプログラムとなる各団対抗リレーの瞬間がやってきた。
「春奈ちゃん、芦原、ガツンと決めてやってよ!」
「有終の美ってやつだね」
白団のテントにクラスメイトたちが押しかけては、そうやって励まして? くれる。励ますというよりは、なんだか煽られているような気もするんだけど。
「そうね。……なんか素直に受け取れないのは、後ろのおバカさんがニヤニヤ顔だからかしらね?」
「誰がおバカよ。素直に励ましてるのに」
「眞子が言うとただの煽りにしか聞こえねーんだよ!」
「出た出た。2組恒例の夫婦喧嘩」
『誰が夫婦よっ!』
クラスメイトにまでいじられて、すぐに反論するがそのタイミングまで一緒だったということもありますます煽られることに。
ただいつもはそれでわいのわいのはしゃいでいればそれで終わりなんだけど今回ばかりはそういう気持ちにも慣れなくて、意識しないうちに緊張のあまり心臓がバクバクとしてくる。それもさっきの応援の時に比べてより強く、はっきりとした状態で。
「どした春奈ちゃん? なんか急に表情が険しくなって」
「あっ、いや何でもないよ? ちょっと緊張するなぁって考えてただけで」
そうやって笑顔を作って何事も無いように振る舞うが、他の団のテントを見ればぼちぼちと各団の精鋭が準備を始めているようで。そして特に赤団のほうを見れば、そこにはみんなに囲まれながら準備運動をする秋奈の姿があったのだ。
今回の仮想敵となる赤団。ただでさえ精鋭揃いなのに、そのうえ陸上で県大会にまで行った秋奈が居るという。その一方でわたしの運動神経はお察し状態。それなのに応援団ということでリレーに選ばれてしまっているのが現状。
正直にいえば、プレッシャーで今にも押しつぶされそうなのだ。
「大丈夫、ハルちゃんが遅くてもみんなフォローしてくれるから」
「それはそれで傷つくよ!?」
「大丈夫よ、春奈は昔から追い詰められたときこそ強いから。火事場の馬鹿力ってやつ?」
「そうだけどテメェの言い方はいつも悪意があるようにしか聞こえないのは何でだろうね?」
そして親友二人はここぞとばかりにけっこう酷い言い方をしてくる。いや、そうやって冗談めかした方がわたしも気楽に居られるっていう二人なりの配慮なのかもしれないけど。それでも、今回ばかりは緊張がほぐれるわけではなくて。
「まずもって秋奈をどう攻略するかだよ」
秋奈を見つめながら、そうつぶやく。
「姉妹対決ってやつだね」
「スポーツみたいだよね」
「いやまぁスポーツなんだけどさ……」
みんなは楽しそうに話をしているけど、当事者たるわたしからすれば全然楽しくはないしむしろ危機感が半端ない。
あいつはわたしの妹。年だって、当たり前だけどわたしのほうが年上だ。だけども、本当に血を分けた姉妹なのかと言いたくなるくらい、運動能力には差が開いてしまっている。さらに言えば、あの子は陸上の県大会で優勝しているくらい。勝ち目なんて、あるわけが……。
だけどもそんな弱気になってるときに限って。
「安心しろ、どうせ最後は俺が何とかする」
急に肩に手を当てられて、何事かと思って振り返ると頬にあいつの指が当たった。
こういう時ばっかり、二枚目なことを平然とやってのける芦原に腹が立ってついそう言ってしまう。他の子はこういうのが好きなのかもしれないけど、同じ男だったわたしにとってはなんだから腹が立って仕方ないのだ。
「……何だよ、急にキザなこと言い出して」
それなのに。
「キザでも何でもないさ。団長なんだから当たり前だろ?」
変に力を入れているわけでも何でもない。いたって自然に、そんなキザなことを平然と言ってのけてしまうのである。そんな芦原を見ていると……何だか変に緊張して固まっていた自分のほうがバカらしいことに気がついた。
「……そうだね。団長なんだもんね? じゃあ任せようかな?」
そうだ。今までのわたしはいつも自分が頑張らなきゃっていつも気負っていた。それは、応援団を立ち上げたばかりのときも、人を増やさないといけないってときもそう。
でも本当はそんなことなんて全く無くて、もっとありのまま気楽に振る舞っても良かったんだ。
「おうよ。だから、春奈ちゃんは春奈ちゃんでできるベストを尽くせばいいさ」
「だね」
そう考えると、ちょっとだけ気が楽になったというか――ちょっとだけ楽しく思えてきたような気がした。
◇
そして、リレーに参加する選手は入場門に集まるようにという放送が掛かった。
白団からは、わたし、芦原、葉月さんと、各学年の代表の人の合計6人が出場することになったので、全員で移動することにした。だけども入場時は、5つの団でそれぞれ走者順に並ぶことになっているらしく入場門の前でさっそく走者順に並びなおすことになった。
わたしは、第5走者なので同じ順番に並ぶ人と競争することになるのだが……。
「そっか、ハル姉とあたしは同じ順番か」
唐突に背中を指で突かれる。慌てて振り返るとそこには、秋奈が立っていた。
「うっそ」
「あたしも驚いたよ」
まさか本当に秋奈と対決するだなんて思わなかったから。ただこうやって二人が並ぶってことは、きっと神さまのイタズラでも何でもなく運命なんだろうって思った。この1ヶ月、色々支えてもらって。だけども
ここで彼女に勝たないと、白団は優勝できない。
いわばこれは、白団を勝ちに導くためにわたしに課された試練なのだ。
「でも、あたしは負けないよ? 少なくとも走りに関しては」
「だろうね。でも今回は、わたしが勝つからね」
「おっ、ハル姉からそんな言葉が聞けるとは」
そうやってお互いに穏やかな笑みを浮かべて、だけどもいつまでもそんな調子で居られるわけも無くて。
入場門が開くころには、お互いに自然と顔が険しいものになっていた。
「春奈ー! 秋奈ー! お互い頑張るのよーっ!」
入場と同時に、母さんがビデオカメラを回しながら声を掛けてくる。
「母さん……恥ずかしいから止めて欲しいよ」
「そうね」
緊張をほぐそうと軽口をたたく。だけども秋奈の口調は、いつも以上に硬い。普段は明るく猪突猛進元気ガールって感じな彼女も、こういう時は緊張するのか。口を一文字に結んでいた。
やがて第1走者以外は順番が来るまでの待機場所に通される。そして程なくして――レースが始まった。
スタートラインから最初のコーナーまでは全員が互角だったけど、最初のコーナーでやはり赤のバトンを持った子が一番最初へと躍り出た。続いて白のバトン、青、緑、黄と続く。
「マジか……」
周囲に聞こえないように気を付けていたけど、やっぱり本音が独り言として漏れ出てしまう。というのも、やっぱり最初の勢いは大切だし最初から追いかけるということになるとどうしてもプレッシャーに感じてしまうからだ。
何よりこの状況でバトンが回ってきたとき、秋奈に勝てる自信がない……。
白団側のテントからは、みんなの必死の声援が聞こえてくる。せめてここで流れが変われば、と手を結んで願ったその時だった。
――嘘っ。
カーブということで走者はみんな身体を少し内側に傾ける。だけどもその傾け方が急すぎたのか、赤いバトンを持った子がバランスが崩したのだ。そしてその気に乗じて白いバトンの子が赤いバトンの子を抜き去った。
赤いバトンの子はよろけたもののすぐにバランスを取りなおす。だけども抜き去られたものを挽回できず、白赤共にそのまま第二走者へとバトンが渡った。
第二走者は、白団は葉月さんで、赤団はたぶん1年生の女の子。ただ、今度の赤団の子はそこまで速くはないようで。というより、単純に葉月さんが速いのだろう。もの凄い勢いで、一度開けた差をさらにあけはじめたのだ。
そして第三、第四とその差は縮まらないままついに次はわたしが走る番となってしまった。
わたしが走る番ということは、必然的に競争相手は秋奈ということであり。
「……いよいよだね」
「あぁ」
誘導係に連れられて、姉妹揃って、スタートラインに立つ。
「言っとくけど、手加減しないよ?」
「ええ」
そう軽口を叩いてる間にも、白団第4走者の子がコーナーを抜けて最後のストレートに入ってきた。
第4走者の子と目が合う。その瞬間にも、身体は前に動き出してすぐに右手にバトンが手渡された。
「任せたからねッ」
バトンを受け取り、すぐに目線を前に向ける。目の前には誰も居なくて、それは今まで経験したことのない光景だった。だがいつまでもそんなことに考えを寄せれるほどのゆとりはなく。
――秋奈はどこだ。
後ろは振り返れない。だがここである程度距離を稼がないと、すぐに追いつかれてしまう。
ストレートを抜けて、コーナーへと入る。身体を内側に倒して、出来る限り減速をしないようにトップスピードを維持する。だけどもカーブを全速で走ったことなんて無いし、わたし自身でも体験したことのない速度に酔ってしまう。
そしてそう思った刹那――。
「……うっ!?」
今までずっと後ろで、スタートすらしていなかったはずの秋奈の姿が現れたのだ。
「……っ」
秋奈は本気だった。だからこそこっちなんか振り向くことなんてなく、一歩一歩足が回るたびに、ますます距離が開いてしまう。
「くっそ、ゴールは……」
本音はもう止めたかった。あれだけ距離を開けていてもらったのに、妹にあっという間に距離を詰められてあまつさえ抜かれてしまった。それだけでも恥ずかしいのに、その上距離がさらに開いてしまう。
――もっと……速くッ。
足をより速く動かす。でもこれ以上は、速くは進めない。
嫌だ……このままじゃ負けてしまう。それは――嫌だ。そんなことは、プライドが許さないのだ。
「負けたくないッ!」
諦めの気持ちを吹っ飛ばし、目線を再び前に向けると。
「春奈、何やってんのっ!」
「ハルちゃんっ、お姉ちゃんの意地を見せるのよっ!」
カーブの終わりには、わたしの親友が立っている。そしてさらに先には。
「秋奈ッ! ラストよ! 春奈はお姉ちゃんの意地を見せなさいッ!」
よりによって母さんまでもが。3人して、わたしのことを叱咤するのだ。こんな状況で、妹相手に負けていられるか。
カーブを抜けて、歯を食いしばる。開きかけていた秋奈との距離が徐々に縮まっていく。そして目の前には、わたしを信じて待っていてくれた『相棒』が立っていた。
「走れ春奈っ! 最後までっ!」
「くっ……間に合えっ……」
そう言って、バトンを真っ直ぐ差し出す。最後はもう、目の前の光景すら見えなかった。
バトンを手渡して、芦原はどんどん小さくなっていって。疲れて、もう呼吸することもまばたくすることさえも忘れていて、それでも芦原の姿を最後まで見つめていて――。
クーリスマスが今年もやーってきた♪
……という例のCM曲が頭から離れません。




