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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
73/129

70.「姉妹対決! 応援合戦!」

 体育祭が始まった。

 開会式では、各団代表が他の団員――すなわち各団に所属している他の一般生徒をエスコートするように入場する。当然、団長たるわたしたちは団旗を持って入場した。

 正直、緊張してその時の状況までは深くは覚えていない。だけども、今までは「嫌だな」という気持ちを抱えながら参加していたそれが、今度は副団長としてみんなをエスコートとしないといけない。それが、何だかとても誇らしかった。

 誇らしかった、というのもそうだがそれ以上に嬉しいこともあった。

「春奈ーっ! 秋奈ーっ!」

 入場中に、どこかで聞いたことがある声がした。もちろん、立場が立場だから露骨に顔の向きを変えるわけにはいかなかったけど、でも目線を声の方向に向ければ。

「……母さん」

 母さんが、初めて(・・・)、わたしたちのために学校まで来てくれていたのだ。それが嬉しくて、穏当に嬉しくて……。

「ありがと」

 声にならない程度でつぶやいた。本当はもっといろいろなことを言いたいけど、気持ちを伝えたいけど……。それでも今は、これだけでもう十分だったのだ。


 ◇


 開会式が終わると、いよいよ本番が始まった。

 状況としては、わたしが見る限り赤と白のポイントの取り合い。他の団が弱いっていうのはちょっと嫌な言い方かもしれないけど、実際に走る系の競技とかパワー系の競技では1位を取る人が赤か白かって感じで赤白それぞれが頭一つ抜けているような感じ。

 当然、負けるわけにはいかないというか負けて欲しくないこともあって声を枯らして、身体を大きく動かして必死で応援する。プログラムごとに交代制とはいえ、立場も立場だから競技の間は休む間もなくずっと立って応援をしていた。

 最初のうちはそれでも、良いパフォーマンスが出来ているとは思った。ただそれも競技が進めば進むほど……。

「やばいね、想像以上にきついね」

 午前のプログラムもあと30分で終わる頃合い。自身が担当するプログラムが終わるなり、ついに地面にへたりこんでしまう。次は別の子の当番だから、わたしは休むことが出来るのが唯一の救いだとは思うけど。

「だろうね。春奈、あんまりこういうことしたことないだろうから」

 眞子はそう言いながら、スポーツドリンクを差し出した。熱く火照った身体にスポーツドリンクがしみわたる。

「そうだね」

 彼女にスポーツドリンクのボトルを返して、続けた。

「だけども、辛いけどすっごい楽しいよ」

 矛盾している言葉だとは思う。確かに眞子の言う通りで、今までのわたしはこういうイベント行事には無縁だったしついでにいえばこういう体育会系のノリとは無縁だった。それと関係あるかは別としても、体力的な意味でしんどいというのは確かなことで。

 でも辛いけど、その分だけやりがいがあるというか達成感があるというか。要するに、「達成感」と呼ばれるものを初めて体験することが出来たのだ。

「そう。……本当に、変わったね」

「ええ。本当に」

 そう言って再び立ち上がる。副団長がいつまでもへたっているわけにはいかないのだ。それに、得点板の状況を見れば――。

「あっ、得点板が動きましたよ」

 後ろで控えている葉月さんが声を上げた。

「うそっ、白は?」

「そりゃもちろんトップでしょ――えっ?」

 眞子と結衣がそれぞれ声を上げて、3人で得点板が更新される様子を見つめる。最初は白団が更新されて、その得点は続く他の緑、黄、青よりもずっと高かった。でもすぐに更新された赤の得点より白のそれは確かに低くて。

「負けてる?」

「うそでしょ?」

 善戦していると思っていたが、現実には赤団が圧倒的強者として君臨していた。

 落ち着いて様子を眺めれば、そもそも向かい側の赤団の応援団の勢いからして他の4つを圧倒している。わたし自身も、やる気というか熱くなっていたというかいつもの判断力では無かった分勘違いをしていたようだけど、そもそも前提としてあっちのほうが純粋に強いのだ。

 おまけに、あちらの応援団は秋奈と眞子がデザインした華やかな衣装と洗練された動きなわけで、こんなの見せられたらわたしたちのそれがお子さまのままごとのようだ。

「……安藤。衣装、出すか?」

 後ろで全体の様子を見つめていた宮川が、そうつぶやく。その様子は、普段見せる適当な様子とは全く違う、極めて真剣な表情だった。宮川の決意に、わたしもその覚悟を決めなくちゃいけないかとも思ったが。

「……いや、ダメよ。だってうちらの衣装は、砂埃で汚れちゃうから応援合戦までお蔵入りにしてるんでしょ?」

 なぜわたしたちが現時点でその衣装を着てないのか。それは、白色の衣装はすぐ汚れてしまうから。だったら一番の見どころまで使うわけにはいかない。それに今さら使ったところで、それが士気を上げることにつながるとも限らない。

「だがこのままじゃ……ジリ貧だろ?」

 応援から戻ってきた芦原の、団長の言葉は重たかった。このままでは負けてしまう――そんなことは、副団長としても許せたことではない。

「春奈、どうするの?」

 眞子が心配そうな表情で見つめる。もちろん、わたしだって今すぐにでもこの衣装を出して使いたい。だけどもそれは一番の見せどころで使いたい。となると答えは一つしかなく、そしてそれは本当に背水の陣になる覚悟をもっていくしかない選択肢なわけで。

「ええ、だから――応援合戦。そこで逆転させるしかない」

 わたしは静かに、みんなにそう告げた。 

「――勝算は?」

 根拠があるのか。眞子だけじゃない、みんながそう問いかけてきた。

 確かに、明確な根拠なんてあるわけじゃない。けどもここで負けるなんて言ったら、それこそ本当に負けてしまう気がした。それを芦原が。団長が感じたのかもしれない。

「勝つ未来しか見えない。でしょ、葉月さん?」

 そう、問いかけたのだ。

「……ええ、必ず勝てますよ」

 葉月さんは、自信を持った笑みを見せる。

「だったら自信をもって挑むしかないよ!」

 ……そうだ。葉月さんの言う通りで、わたしたちは生半可な気持ちでこの一ヶ月を過ごしてきたわけじゃないのだ。

 赤団だって、ここに至るまでに必死に練習をしてきた。それは、秋奈が衣装を作っている時点から分かっていた。でもそれは、白団だって同じことだ。だったら、赤団と面と向かって堂々と戦うほか選択肢は無い。

 負けると思うんじゃなくて、最初から勝っている。そういう心境をもってパフォーマンスすればいいってだけの話なのである。

「大丈夫。この戦い、勝てるよ!」

 だからわたしは、そう大きな声で告げたのだった。


 ◇


 そしてお昼ご飯を挟むといよいよ午後の部が始まる。

 この体育祭の運命を決めることになる――応援合戦と呼ばれる競技である。

「白団、行くぞ――ッ!」

『おぉぉぉっ!』

 真っ白の応援服に身を包んだわたしたちが、円陣を組んで士気を上げていく。周囲には、デザイナーである眞子や今回の活動に協力をしてくれた結衣。2組のクラスメイトの面々も集まっていた。

「……いよいよね、春奈」

「あぁ」

「後悔しないように、だよ? ハルちゃん」

「気が早いってば」

 そう言いながら、グラウンドを見つめる。

 わたしたちが円陣を組んでいる間にも、今回の応援合戦のトップバッターである青団は既に入場を済ませており、すぐにでもパフォーマンスが始まろうとしていた。

「はじまる……っ」

 その言葉と共に、青団のパフォーマンスが始まった。

 さて、青団がパフォーマンスを披露している間に応援合戦がどのような競技かを簡単におさらいしよう。

 応援合戦とは、各応援団が5分という限られた制限時間の中でいかに華やかに自分の団と他の団を応援できるかを競う、いわばパフォーマンス型の競技だ。当然パフォーマンスなので内容は各団によってまちまち。最終的な優劣は、校長、生徒会長、来賓の代表からなる審査員で話し合いが行われ、より優れた成果を出した団にポイントが配分されていくという競技なのである。

 と、ここまで見れば勝ち負けもあいまいなうえに1回単位でポイントが配分されるだけの、いわばイベント的な競技だと思う人も多いだろう。

 だが、あなどるなかれ。この競技の真に恐ろしいところは、その競技によって配分されるポイントの単位の大きさである。

 従来の競技では、例え団体競技だとしても1位には高くて30点しか配分されてこなかった。ところが応援

合戦に限って言えば、1位には100点が加算されて2位以降とは明確な得点差となる。

 本来ならば、午前の段階で得点をなかなか得ることが出来なかったチームに対する救済措置という側面をもった競技なのかもしれないが、昨年度に関して言えばやはり一番パフォーマンスが壮大だったチームへ配分されている。

 つまるところ――この応援合戦を制したチームこそが優勝の座を勝ち得るのである。

「青団もやるなぁ……」

 解説もそこそこに再び青団のパフォーマンスへと目を向けた。

 青団の出し物は、今流行している国民的ドラマのダンス。確か「愛ダンス」とか言うんだっけ? ドラマは見ないから詳しくは無いけど、スマホの動画アプリで目にしたことはあるからそれくらいはわたしでも分かるのだが。

「確かに似てますね。あちらの副団長さんがガッキーに似ていてカワイイです」

「うちと違ってな」

「確かに」

「悪かったね、ガッキー似の美人さんじゃなくて」

 お前ら……ここぞとばかりにディスってくるな。

「別に誰も春奈先輩とは言ってませんよ?」

「だよなぁ、葉月さん?」

 話の流れ的にどう考えてもわたしがターゲットになってることくらい分かるんだよ。

「その言い方からしてすでに悪意の塊なんだよ!」

 腹が立ったからとりあえず芦原にチョップだけして、再び目線を青団へと向ける。わたしの容姿はともかく、確かにダンスの出来が素晴らしい。よく練習したんだろうなってことは見るだけでも分かった。だがその青団のパフォーマンスを見る葉月さんの目は険しくて。

「……ただ、高評価には結びつかないと思います」

 彼女の口からは、思わぬ厳しい評価が下されていたのだ。

「まじで? 手厳しいなぁ……」

「まあ、1年生間のネットワークでお互いの出し物はある程度事前に把握していましたから」

 芦原もわたしと同じ考えだったようで、彼女の厳しい評価には驚いているようだった。でもそれ以上に下馬評のようなものが1年生の間で共有されていたということのほうが、正直驚きで。

「ってことは、白団はどれくらいの評価なの? 勝算はあるの?」

 よその様子が分かるということは、うちの様子が漏れていることもあるわけでそれによる評価が個人的には気になってしまったのである。

「落ち着いてください。ある程度っていっても、ざっくりと『愛ダンスやるよ』とか『マーチやるよ』とかそれくらいですから。評価だってあくまで私の主観によるものですから」

「そう。なら良かった……」

 一安心ではあるけど、なんだか心臓に悪い宣告だと思った。

「まったく、心臓に悪いこと言わないでよ」

 そうやって葉月さんに笑いかけるのだが……。

「いえ、本当に心臓に悪いのは……次の次にある赤団のパフォーマンスです」

 その時、わたしは初めて気が付いた。葉月さんの目が泳いでいることに。身体を震わしていることに。いや……。


 ――まだ見ぬ何かに、恐れ(・・)を抱いているということに。


 わたしは思わなかった。いつも強気な彼女が、本当は繊細で脆い人間だったということに。だけどもそれを責めることが出来ようか?

「大丈夫だよ」

 彼女の拳を握りしめて、耳打つ。

「努力は裏切らない。絶対に、勝てるから」

「本当に、ですか?」

「ああ、絶対だ」

 まだ見ぬ赤団が怖い。その気持ちは痛いほど分かる。でも……。


「やってみよう! その後に考えても、遅くないから」


 今は進むしか無いんだ。優勝を目指して、ひたすら前を見て。

 結果は後で、ついてくるはずなのだから。 


 ◇


 そして、赤団も含めたすべての団のパフォーマンスが終わり……。

「春奈ちゃん、緊張してる?」

「当たり前でしょ?」

 いよいよ、わたしたちの番が訪れた。

 入場門で隊列を組んで、いつでも入場できるように整える。前から順番に旗手の芦原、バトンのわたしと葉月さん。さらに肩にかける太鼓、管楽器と列を組む。合図さえあればあとはいつでも入れるけども、この場に居る団員全員の表情は、緊張でいつも以上に険しくなっていて。それは、わたしも葉月さんも例外では無くて。

「……先輩、バトンを持つ手が」

「あっ。ああ、硬くなってるね」

 これ以上緊張させまい、と笑って答える。だけども腕にははっきりと緊張を表すかのようにバトンが強く握りしめられていた。だけどもそういう葉月さんもまた、緊張で表情は硬い。

「葉月さんは、大丈夫?」

「大丈夫。これ位……」

 口ではそう言っているけど、目を見れば分かる。彼女もまた、緊張で押しつぶされそうなことに。

 彼女は自信家だし、実際に今までもずっと団を引っ張ってくれた。ある意味わたし以上に団に貢献してくれたとさえ思っている。だけども。

「たかが中学校の応援団です。今までやって来た舞台を考えれば……」

 そう、自信を裏打ちできるほどの経験がある彼女でも、やっぱり怖いものは怖いのだ。こういった時、わたしは一体何ができるのか?

「……二人とも、どうしてそんな固い顔をしてるんだよ?」

 その答えは、意外なことに芦原のほうが持っていた。

「あんたは緊張してないの?」

 思わず問いかけてしまう。それくらい、彼の表情はあっけらかんとしたものだったから。

 正直に言えば、緊張って言葉の意味を忘れているのではないかとさえ言えるほどだった。だがそんな問いかけがバカバカしくなるほど彼は目を輝かせていて。

「そりゃ緊張するさ。でもさ、二人とも。というかお前ら全員っ!」


「『完璧』にこだわりすぎじゃねえか?」


「俺ら応援団なんだぜ? それがみんなして難しい表情をしてどうする?」

 芦原の言うことは、とんでもないことだった。

 勝たなくちゃいけない。勝って逆転しなきゃいけない――それが我々に与えられたミッションだというのに。

 ――何を言っているの。

 思わずそんな声を上げようとしていた。同じことは、隣にいる葉月さんも抱いているようで。だって目線を見れば分かる。彼女は明らかに困惑の表情を浮かべているわけなのだから。……でも冷静になれば、今の芦原の言葉は驚くほどに本質を突いている。

「勝たなきゃいけない。そういう思いがあるのは分かるぜ? でもさ、応援団ってのは応援するための集まりだろ? そんな辛気臭い応援なんか、嫌だろ?」


「良いんだよ完璧じゃなくても。気持ちが籠ってれば、結果はついて来る。お前さんの口癖だろ?」


「……そうだね。うん、アンタの言う通り」

 そう言い、バトンを掴み直す。硬くなっていた表情がゆっくりと解けて、自然と笑顔になる。それは、わたしだけじゃなくて団員みんなにも共通することで。そしてみんなの緊張が解けた段階で。

「白団の入場です!」

 場内アナウンスが掛かり、遂に我々の出番がやってきた。

「楽しもうっ!」

『おーっ!』

 芦原の掛け声が、みんなの掛け声が場内にこだまする。そしてすぐに、管楽器隊が曲を演奏し始めた。みんなが目線を前に向けて、団長たる芦原が一歩を踏み出した。

 わたしたちの、一世一代の舞台(パフォーマンス)が始まった――。

70話です。ついに70話まで話が進んだのか、と。そしてこの作品の母体となる前作での「僕は女の子になりたい。」の評価ポイントがを上回ったことに作者としても感慨にふけるところです。

さて話としては遂に体育祭の本編に入りました。春奈、芦原が率いる白団は果たして優勝を勝ち取れるのか? 次回に続きます。

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