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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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68.「前を向いて進もう」

「それじゃ、今日はここまで」

『お疲れ様でした!』

 芦原のあいさつと共に、今日の応援団の活動が終わった。

 と言っても、終わったからすぐ解散というわけじゃなくて応援団のメンバーみんながわいわいと何かしゃべりながらそれぞれのクラスへと戻っていく。

 宮川の尽力があって、白団は総勢20名になり協力してくれる人も含めればいつの間にか他の団を圧倒するくらいの規模になっていた。その光景は、被服室で3人で細々と活動していたほんのちょっと前ではとても想像の付かないことで。

「すごいなぁ。みんなで一つのこと成し遂げるって……」

 つい、周囲の様子を眺めて独り言を言ってしまった。

「ですよね」

 一人だけのつもりでそう言っただけに、隣に人が居ると思わずつい慌ててしまう。

「葉月さんっ!?」

「良いですよ、私も同じ気持ちですし」

 そう言うと、彼女もまたわたしの隣に陣取ってみんなの様子を眺めはじめていた。

 想像が出来ないと言えば、葉月さんとの関係もまたそうである。思えば最初はあんなに仲が悪くて、お互いに言葉でやり合って。でも今は同じ目的のために一緒に活動していて……不思議なことだけども、いざ一緒に活動すると楽しいと感じて。

 もしあの時応援団をやることを拒否していたら、こんな気持ちになることは無かったのだろうか。こんな楽しいことは出来なかったのだろうか。

 そんなことを考えてると、突然葉月さんのほうから話しかけてきた。

「私、今が一番楽しいかもしれないです」

「どうして?」

「だって小学生の時は、コーチの指示に従ってればよかった。でも今は、自分たちで一から十まで全部決めなくちゃいけない」


「でもそれって言い換えれば、私たちの力で無限大のパフォーマンスが作れるってことじゃないですか?」


「……確かに、ね」

 彼女の言う通りだなと思いながら、再び校庭に目を向ける。

 もちろん、レベルとしてはずっとやってきている人たちに比べてぎこちないところもあるかもしれない。それでも、わたしにとっては白団のマーチは誰よりもずっとカッコいいと自信を持って言えるし、気持ちを伝えられると自負している。

 それだけのものをわたしは。いや、わたしたちが作り上げたのだ。そんなこと、最初のわたしならば出来ると思うだろうか? いや、きっと思わないに違いない。

 でもね、今ならば言える。

「わたしも同じ気持ち」


「今が一番楽しいよ!」

 

 ◇


 とはいえ、応援団をやっていれば大変な事態に巻き込まれることもある。

 今日は、練習をちょっとだけ抜けて衣装作りを手伝いにまわる。この前で教室でお手伝いをしてくれると立候補してくれた人たちも来てくれての針仕事。これまでと違いわたしと眞子を含めて4人も居るのだからだいぶ楽になるだろうとタカを括ってはいたのだが……。

「ちょっと待って、これ本当にあと2週間で仕上がるの?」

「仕上げるしか無いよ。じゃないとジャージでマーチングバンドすることになるから」

 眞子は淡々と言いながら針仕事を続けていたが、彼女の目にはうっすらとクマが出来ていた。

 もう言わずとも分かるだろう。4人居たとしても20人分の衣装を作るのは相当な重労働なのだ。もちろんこんな状況を見てわたしも手伝わないわけにいかないのだが……。

「ハルちゃんはぶきっちょだから戦力外」

「失礼な! ボタンくらいは縫え……痛っ」

「はい、戦力外」

「お願いだから、春奈は帰ってちょうだい」

「……はい」

 眞子の静かなるマジギレを前にわたしは何も出来なかった。

 そんなわけで針仕事では全く役に立たず。そうこうしてる間にも練習場所の手配や、葉月さんが小学生の頃に居たというバンドから道具を借りたりとあっちへこっちへ走ってばっかり。もちろんわたしだってバンドのメンバーでバトンを持ったパフォーマンスをしないとだからその練習もしないといけない。

 はっきり言えば、毎日疲労困憊でベッドに入ったら速攻寝落ちするって状態だった。

 ただ大変な中でも時に意外な一面に遭遇するのも応援団をやっているからなのか――。

「旗はもっと大きくした方が良い」

「えっ? これ以上は危ないだろ?」

「じゃあパフォーマンス用のだけ小さくするか?」

「二張りはさすがにいらないだろ……」

 教室のそばを通りがかると、突然芦原と宮川の声が聞こえた。まったくこいつらはまた練習をサボっているのか。特に宮川は、人を集めてくれたのはいいけどバンドには加わる気は無いらしくていつも監督よろしく木陰でずっと腕を組んでいるという状態。

 大きなラジカセを運んでくれるのはありがたいけど、そろそろお灸を据えようかと教室に入り込んだのだが……。

「えっ、団旗?」

 いや、団旗だけじゃない。演奏する楽器とかにつける飾りで教室があふれていた。

 わたしも全く思わなかったけど、宮川は手が驚くほど器用でだからこそ人に見えないとこで活躍してくれていたのだ。

「そっか……ありがとね、宮川」

 怒ろうと思っていたけど、これは――怒るに怒れない。しかもそのデザインが、一つ一つ凝っているときた。男の子が持つ物はカッコよく、女の子が持つ物は可愛らしい飾り付けがさりげなく施されている。強面な彼からはそんな細かいところなんて全く想像もつかなくて。

「……うっそ、その顔でこれは想像つかないわ」

「……うっせ、副団長」

 ムスッと膨れた顔をする宮川。その様子が何だか不思議と可愛いと思えてしまった。

「誰にも言うんじゃねえぞ」

「それはどうかなぁ?」

 だからこそ、つい意地悪なことを言ってしまう。

 最初は気に食わない奴だと思っていたけど、案外かわいいところもあったりするのである。

 そうして、色々な課題を一つ一つ消化しつつも体育祭への期日は一つ、また一つと減っていき応援団としてもわたしとしても体育祭への意気込みがますます昂ぶっていた……はずだった。それなのに――。

「そういえば、会長に謝れていない」

 ふとそんなことを思い出した。

 別に考えてみれば些細なことだ。会長とわたしの意見の相違ってだけ。それに会長がその程度のことで傷つくわけもなくて。だけどもいざ本番が近づくたびに、どうしても一言言っておかないとという気持ちになっていって。

 それからわたしは、普段の学校生活でもなるべく生徒会室の前を通るように心がけた。そうすれば、嫌でも会長と目を合わせることになるしそれで謝る機会を作れると思ったから。それなのに――。

「今日も、か」

 いつもは生徒会室に入り浸っているはずの彼女が、こんなときばっかり生徒会室にはいないのだ。それを確認するたびに安心をしつつ、でも後悔をして……。

 そうしてさらに時間が進んで、気づけば本番3日前にまで時間が進んでしまっていた。

「これじゃダメだよね」

 いつの間にか屋上に立って、白団の練習を眺めていた。

 仕事自体はもう無くてあとは練習だけなのだが、その練習すら身が入らない。葉月さんが気を遣って休んでいいよとは言ってくれたけど……。

 そう、ため息をついたそんな時。


「ほら、こんなとこにいたぞ。おさぼり副団長様が」

「うっさいよ!」


 こういう時に限って本当にうざったい男だなと振り返ったその瞬間――わたしは固まってしまった。 

 というのも……。


「私を、探していたんだって?」


 何度探しても見つからなかったはずの彼女が、宮川を連れてそこに立っていたわけなのだから。


 ◇


「いや、そういうわけじゃないですけど……」

 あまりにとっさのことで、本心と真逆なことをついに言ってしまった。だが宮川はこの前の仕返しとばかりに意地悪な笑いを浮かべながら続けた。

「ほう。だったら帰るぞ、会長さんよぅ」

「ちょっと待て。別に用事がないとは言ってないでしょ! てかなんであんたが話の主導権握ってるのよ」

 つくづく性格の悪い男だ。というかそれ以前に、どうして学校一の問題児と学校の番犬たる生徒会長が一緒に行動しているのか。これって例えていえば警察と犯罪者が手錠も繋がずに同時に一緒に行動しているようものだ。

 だけどもそんな世間の常識がこの男に通じるわけも無くて。

「んだよ、お前が探していたんだから手っ取り早く連れてきたんだろうが。感謝はされどもぐちぐち言われる覚えは無いぞ?」

「……っこの男は」

 言葉を放てば放つほど腹立たしいけども、だけども今回に限ってはこの男の言うことも真実だから強くは反抗できなかった。

「まあ経緯はどうでも良いんじゃない? 重要なのは、私もハルちゃんに用事があるってことだし」

 これ以上は話が進まないと判断したのか、会長が宥めるような言葉を口にする。これにはさすがの宮川も反抗できなかったのか。

「そうかい。じゃあ、後は二人で勝手に楽しんでろ。俺は忙しいんだ」

 そんな捨て台詞を残して立ち去ろうとした。だが、宮川が底意地悪い男だとしたら類は友を呼ぶようで。

「応援団に?」

 会長もまたさり気なく意地の悪いことを尋ねる。

「ああ。誰かさんたちのせいでな」

「はいはい。まあせいぜい、今までの分を取り返すことね」

「うっせ、鬼会長が」

 いつもは会長だろうが遠慮なく噛みつく宮川も、今回ばかりは捨て台詞を残して、さっさと立ち去ってしまった。

「まったく、人騒がせな子でしょ?」

「いろんな意味で、ですね」

 宮川の行動がその直前にあったのか、ついお互いに宮川の行動をネタに盛り上がる。これが良い意味で緊張をほぐしてくれて、わたしも言うべきことを言わないとと覚悟を決めたのだが……。

「でも、あの子が誰かのために動くっていう姿。私もずっとあの子と関わってきたけど、改めてすごいことだと思わない?」

 会長の問いかけが、わたしの覚悟をぶっ潰してしまう。けど彼女の言葉もまたもっともなことだった。

 確かに宮川は、ちょっと前まで暴力沙汰を何度も起こしている。彼がそうなってしまった経緯については同情の余地があるとはいえ、毎回その度に騒動を片づけることになる会長からすれば悩みの種だったかもしれない。

「良かったじゃないですか。更生に向けて大きな一歩ですね」

 それが、この応援団の活動を通して収まったのだとしたらそれはいいことじゃないだろうか。そうはわたしも思うのだけど。

「そうね。これも、あなたのおかげかな」

 まさかその矛先がわたしに向かっているとは全くも思わなくて。

「……何でですか。どうしてわたしがそんな大きなことを」

 訳の分からないまま、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 というかそもそもわたしは、自分一人では何も出来なくて。それで会長に八つ当たりまでしたくらいで。何なら今だって、会長に謝る必要があるって思っているくらいなのに。

「わたしは、会長が思うほど立派な人じゃない! 何なら、この前だってあなたを傷つけたっ!」

 そう声を上げた。本当なら、こういう時だからこそ謝らないといけないはずなのに、素直に謝罪の言葉が出て来なくて。本当に嫌な奴だ。

「……そっか。そんなことで、ハルちゃんは悩んでいたんだ」

「そんなことだなんて……」

 会長にとっては軽くても、わたしにとっては重いんだ!

 そう言ってやりたかったのに、彼女はわたしの頭に手を置いて続けた。まるで大人が子供をなだめすかすかのように。

「私は、そんなこと気にしていないよ。むしろ良かったと思っている」

「どうして?」

「だって結果として、今のあなたは宮川を受け入れてこうやって白団を大きくした」

 彼女はわたしに白団の練習光景を見るように促して、続けた。

「そりゃもちろん、最初は私も心が痛かったさ。あなたがもがく姿を見ることが辛かったし、それが成果にならないことでなおのこと」

「その時は、人を頼ることを知らなかったんです」

「そうだね。だからこそ、私も無力感で苦しかった。でもね、そんな時にあの子が私のところに来たの」

 ――安藤春奈を手伝ってやりたいって。

「……うそ、でしょ?」

「私も信じられなかった。けどその時は、それに賭けるしかないって私も思って。だからこそ出来る限りのアドバイスをした。今思えば、たぶんあの子も思っていたんだと思う。自分しか動けないって」

「どうして、そんな――だってあいつはわたしに親切をする義理なんて」

「そんなことは無い。あなたの知らないとこで、あなたは間違いなく宮川を助けていた。じゃないと、あの子がそんなこと思いつくと思う?」

「確かに、人助けってキャラでは無いでしょうけど」

 思い当たるフシが無いというわけでは無い。夏休みのあの一件、お互いに酷い目に遭って痛い目を見て。でも確かに宮川と過ごした時間の密度が高かったことは間違いなくて。

「そんな、わたしなんか大したことをして……」

「だから私はお礼を言いたいと思っていてね」


「ありがとう。そして、よく頑張ったね」


 おかしい。わたしは会長に非礼を詫びに来たはずだ。なのに実際は、励まされているんだかお礼を言われているんだか。

「……止めてください。そんなこと言われたら、ますます謝れなくなっちゃうじゃないですか」

 どうすればいいか分からなくて。

「良いのよ。白団をここまで大きくしたのだから、チャラにしてあげる」

 なのに彼女は、わたしのことをまるで包むかのように優しく笑っては頭を撫でてくるのだ。

「そんな……やめてよ。わたし、大したことできて無いのに甘やかされてばっかりで……」

「甘やかしなんかじゃないよ。よく見て、これがあなたの頑張った成果なのだから」

 目頭が熱くなって、視界が歪む。だけども目の前の校庭には白い体操服に身を包んだ彼らが勇壮な音楽と共に確かに前に進んでいた。これはわたしだけじゃできなかった光景。宮川のおかげでできた光景。でもその宮川が動くきっかけを作ったのはやっぱりわたしで。

 ……いや、違う。

「わたしだけじゃない。みんなの頑張った成果だ、これは!」

 これはわたしの成果であり、宮川の成果でもあり、みんなの成果でもあるのだ。きっと。

 そしてそれを知った時、わたしは初めて会長に対する罪悪感が消えた。

「だからわたし、もう逃げない」

 わたしは決めた。

 今できることを全力でやることに。


 ◇


 そしてそれからのわたしは、より一層応援団へ力を尽くした。

 でもそれは、わたしだけじゃない。わたしも含めた、白団の全員が自身の持てる力を尽くして応援団という活動に力を注いでいた。

「安藤先輩っ! 腰をもっと張って!」

「ここの音が、もう少し響くようにしたいんだよね」

「ただ白い旗じゃ面白くないよな。なんか飾りを付けれるだろうか」

「衣装にアクセサリーをつけたら、華やかかもしれないよね」

 そんな言葉が、活動を重ねていくたびに飛び交う。

 みんなが、今よりもさらに高みに上ろうと。今よりもさらに良いパフォーマンスをしようと、意見を出して実践を重ねてきた。それは、きっと意地を張っていたわたしだけでは出来なかったことで――たぶん今までの学校生活の中で初めて本気で「楽しい」と思える活動だった。

 だけどもそういう時間に限ってあっという間に過ぎていき――。

「じゃあ、今日の活動はこれまで。明日は本番だからゆっくり休むこと!」

『お疲れ様でした!』

 気がつけば、体育祭本番はもう目の前に迫っていた。

 白団の面々が楽しそうに談笑しながら帰って行く様子を見て、一人ため息をつく。

「はぁ、いよいよ明日で終わりなのか……」

 そう、明日でこの楽しい時間は終わってしまうのだ。

 人間ワガママなもので、最初はあんなにもめんどくさがっていたというのにこういう時ばっかり感傷に浸ってしまうのだ。

 ――って、これじゃダメだ。

 とはいえ一番重要な本番は明日なのだ。感傷に浸るのは、別に明日の今頃だって出来ることなんだからそんなこと言ってられない。

 それにやらなきゃいけないことは他にもある。買い物メモを開いて、目線をスーパーに続く道へと向ける。

 体育祭当日は給食が出ない。生徒全員が弁当持参で、というよりも親御さんたちと一緒にご飯を食べることになっている。

 ただうちは知っての通り母子家庭でおまけに母さんは多忙でまともに運動会や体育祭に来てくれたことが無い。だとしたら、お昼ご飯の準備をするのは誰になるか。秋奈にやらせるのは忍びないし、あの子一人でご飯を食べさせるわけにも行かない。となったら、お弁当の仕込みもこれからしておかないといけない。

 そんなわけでスーパーに寄り道して明日の食材を買い込んでから家に戻る。気づけば今日も太陽が沈んでの帰宅になってしまった。

「ただいま……」

 秋奈を待たせてしまったかと心配しながら扉を開けたのだが……いつもは静かなはずの家の中が今日に限ってなぜかにぎやかだ。

「何やってんだろう……」

 眞子か結衣でも来たのだろうか。だとしてもこんなに大騒ぎするってことはあるようには思えないしなあ。まあ見ればわかるか、とリビングを眺めてみれば……。

「違うよ、そこはこうして」

「こう?」

「そうそう! そこでもう一回くるんと巻いてみて?」

「巻けたっ!」

「良いじゃん! そしたらフライパンから上げてまな板に……」

 そこには、わたしも思っていない光景が広がっていた。

超難産回となった今回の話。体育祭編で溜めていたいくつものエピソードを回収できた回なのかなと感じています。

そして体育祭編は残り4回。クリスマスは特別エピソードをやりたいので何とか終えられるよう頑張りたいです。


2019/12/15

この回の最後部の内容をちょっとだけ改変しました。

内容としては、秋奈と佳奈(安藤姉妹母)が料理をめぐって喧嘩している→二人が仲良くご飯を作っているに変わっています。

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