65.「優勝をめざして(前編)」
かび臭くて、この世のものとは思えないような魔境で探し物をすること1時間。苦労の末に――。
「ってわけで、これが制服」
眞子の前で、紙袋をさっと広げる。その中に入っていたのは、紙袋にたくさんの埃を被らせた詰襟とセーラーの旧制服。外観は確かにきったないけど、これからの応援団の衣装になるかもしれない。ある意味宝物になり得そうなものを見つけ出すことが出来たのだ。
ただ……。
「よく見つけられたと言いたいけど……それにしてもかび臭いな!」
「まあ、10年も倉庫に放置されてればね……」
紙袋を開けた瞬間、眞子が露骨に嫌そうな顔を浮かべた。さすがに10年もの間倉庫に押し込まれていたのだ。そりゃもちろん新品のような白さは全く期待してはいなかったけど、それにしたって生地がところどころ穴が開いていたり黄ばんでいたりするのだ。
「……ひどいわね。これは」
ため息をつきながら眞子がそう呟く。分かっているのだ、これは使い物にならないかもしれないと。ただ、わたしとしてはせっかくの素材を無駄遣いしたくはないし部分部分で補修すれば使えないことも無いと思う。
だからこそこの制服をベースに、応援の衣装にアレンジできないかと眞子のもとに相談しにきたのである。眞子であれば、ファッションというか服飾には一家言あるし赤団の衣装も彼女の監修だ。もしかしたら何とかしてくれる、と期待を掛けたわけなのであるが。
「で、これをどうしろとわたしに言うの?」
「いやいや、眞子のもとに持ってきたんだからもう分かるでしょ」
「無理です」
「リメイクをお願いした……」
「無理ですっ!」
強い語調で拒否されてしまう。
とはいえ、彼女の言葉も正直もっともだ。実際、生地はボロボロなうえに結構黄ばんでいる箇所も多い。それどころかよく見れば、黒いカビのような斑点さえある。
「あのさぁ、見ればわかると思うけどこれ。もう服としてどうにもならない状態なのよ」
「ハイターとかで漂白は?」
「出来ないことも無いけどますます服が傷むし、そこまでする価値ある?」
「……ですよねぇ」
出来ないわけでは無い、それは彼女の言う通りなのだろう。だけどもそこまでして、この服に手を加えてあげるかという問題は確かにある。
「そもそも、どうして詰襟とかセーラー服にこだわるの?」
「だってそれは……」
そう言いながら、スマホでマーチングバンドの様子を見せる。海外の軍楽隊のイベントでの様子だから、もちろん詰襟やセーラー服であるのは当然。わたしのなかの衣装のイメージもこれだし、デザインが近い旧制服があるならそれをアレンジしたほうが時間短縮が図れるかと考えた結果がこれなのである。
「あぁ、なるほどね。春奈の言いたいこと、何となく分かったわ」
「でしょ? だから旧制服を……」
わたしだって何もないまま話を進めているってわけじゃないのだ。今できることを一応考えてはいるのである。
「あのさぁ。これは軍隊というか警察だからできるというか……要はお金が無いとできないのよ」
だけども、眞子の一言が。いや、冷静に考えてみれば実にもっともなその一言がわたしの考えをボッコボコに打ち砕いてしまう。
「……マジで?」
「当たり前じゃない。これだけの大掛かりな装備、それ相応の規模とお金が無いとできないに決まってるでしょ?」
「……言われてみれば」
「むしろこういう地域イベントのほうが規模の面でもよっぽど参考になるんじゃない?」
そう言って彼女は、スマホに何かしらの文字を打ち込んで次の映像を出した。
映像の内容は、地域のイベントで小学生くらいの子どもがマーチングバンドをやっている映像。確かに、これまで見ていたものと比べて規模こそ小さくなってしまうし……着ている服だって随分とレベルダウンをしている。
「えっと、制服というかTシャツなんだけど?」
「まあ、そうね」
もちろん小学生くらいの子どもで、地域イベントなんだからそれでも問題はないとは思うけど。
「でもそれって、見た目的に足りなくない?」
さすがに帽子とか立派な服までそろえることは難しいとは思うけど……さすがにTシャツというのはいささか簡略し過ぎでは無いだろうか。さすがに服装の件で葉月さんから意見をもらったのにその返しがTシャツというのも味足りないし、というかインパクトに欠けてしまう。気がしたのだが。
「じゃあ聞くけど、見た目でしか勝負できないの?」
答えに困ってしまった。眞子の言葉は、それこそわたしが表面でしか物事を捉えていなかったことを鋭く突いていたわけなのだから。
「見た目立派でも、中身がダメならそっちのほうが悲惨じゃない?」
言われてみればそれは真実で、いくら見た目を取り繕っても中身が悲惨ならそれはメッキが剥がれたことと同じになってしまう。勝ちたいってことばっかり目が行ってしまって、大切なことを見失っていたのだ。
「言われてみれば、そうかもしれない」
もちろん見た目だって大切。だけど重要なのは、見た目は飾りにしかならないということ。中身がしっかりとしていて、はじめて飾りが生きるのだ。
「だけどもさ……」
とはいえ、中身が大切とはいえやっぱり衣装が無いといけないのは事実で。そして、わたしだけの力では衣装を作ることはやっぱり出来なくて。そういう意味では、眞子の手を借りないといけない。
「中身が大切とはいえ、衣装も用意できないというのは……さすがにダメだよ。責任者として、そんなことはさせられない! だから……」
「……あのさぁ、誰も手伝わないとは一言も言ってないでしょ?」
そう言い、彼女は大きなスケッチブックを手に取る。表紙の様子を見る限り、随分と。かなり使い込まれているようだ。
「とりあえず上がってよ。考えるんでしょ?」
「……うん。考えなくちゃ」
こうして、当初の予定とは大幅に変わってしまったけど白団も何とか衣装作りの段階まで漕ぎ着くことが出来たのである。
◇
こうして、よそのチームと比べて大幅に出だしが遅れた白団だったわけなんだけども。だがその巻き返しの速さは、自分で言うのも変な話だが相当なもので……。
「先輩! 1年生はみんな戻ってくれることになりました!」
「それと、葉月ちゃんが元居たチームから道具も借りることが出来るようになったぞ」
「うっそ! わたしの居ない間に!?」
いつもの被服室で、二人の話に思わず飛び上がってしまう。
「二人ともありがとう! 大変だったでしょ!?」
もちろん嬉しいニュースではある。だけども、わたしが思っていた以上にそれは話が順調に進み過ぎてしまっているのだ。衣装の件だって進んでいるとはいえ、完全にデザイン案が固まっているわけでは無い。にもかかわらずそれ以外のことがあまりにとんとん拍子に決まっている。
もちろん進まないより進んだ方が断然良いので、ある意味嬉しい悲鳴とも言えるのだが……。
「いや、私たちはほとんど何もやっていないんです」
「……えっ?」
葉月さんの言葉に、思わず変な声で言葉を返す。
当たり前の話だけど、何のアクションも起こさず話が進むわけが無い。にもかかわらず、そのアクションを動かせるはずの二人がやらなかったらどうして事が進むのか。
「いやいや、あなたたちが動かないと話が進まないんじゃ……」
「いえ、会長にお願いしたんです」
「えっ!?」
その言葉に二度驚く。思わず、手元のノートと彼女の表情を二度往復させたくらいだ。
「あぁ、そうか。それなら、大丈夫」
わたしの驚きが伝わってしまったのか、一瞬だけ暗い顔をした葉月さん。もちろんそれは悪いことでは無いし、むしろ良い判断であって自信を持って進めて欲しかったので慌てて笑顔で表情を返した。
表情を返したのだけども……。
「ただ、人数がどうしても足りなくて……」
「あ、あぁ。そうか……そうだよね!」
とりあえず会長の件は置いておくとして、話を進めないといけない。頭の中の引っ掛かりがすぐに抜け落ちる気はしないけど、無理やりにでも意識を先のほうへとねじ変える。
「で、具体的にどれくらい足りない?」
「出来ればあと10人くらいは欲しいかと……」
「結構な無茶ぶりだなぁ」
無茶ぶり、と思わず素の言葉遣いで返したけど現時点で、わたしたち3人と葉月さんが呼び戻してくれた5人。確かにこれでは物足りないし、わたしと芦原を除けば全員管楽器担当になってしまう。
隊列をイメージすればより分かりやすいけど、旗を振る人、打楽器を叩く人、バトンを振る人とかと比べて管楽器担当が異常に多いというのはやっぱりアンバランスだし大問題。かといって残り10人を確保するアテがすぐに出てくるのか?
……いや、あるにはある。パッと思いついたし、少なくとも3人は確実に招き入れる自信があるのだが・……だけども、残りの7人はアテがない。例の一件で抜けてしまった3年生を引き戻すことができれば、それも決して不可能では無いのだが。
「もちろん、1年生でも声は掛けてみます。ですが……」
「大丈夫だよ。2年、3年はわたしたちから声を掛けてみるから!」
アテが無いクセに、どういうわけか虚勢を張ってしまう。
「良いんですか? じゃあ、お願いします!」
「任せて!」
そうやって自信満々に胸を張る。だけどもそんなこと、すぐにできるわけも無くて。
ただでさえ、全く関係の無い人まで巻き込んだということに罪悪感を抱いているのに、さらに自身が器でないことまで安請け合いしてしまう自身の性格に嫌気が差してしまった。
◇
そしてその日の夕方。
できるわけがない、そんなことを分かりきっていたはずなのに……。
「で、今さら何の用だ?」
わたしは、ちょっと前まで応援団に入っていた3年生の先輩を被服室へと呼び出していた。
「まあまあそう言わないで。まずは話を聞いてあげましょ?」
「ふん、お人好しなことで」
3人の先輩の様子は、それこそ3人とも全く違っていた。女性の先輩は、表面的には特にわたしへの敵意を感じさせない。むしろ、他の二人を宥めすかしているくらいで、この人ならば説得次第で何とかなりそう。
だけども2人居る男性の先輩は、両方とも渋そうな顔つき。特に片方――去年の団長だったという彼の表情からは露骨なまでの嫌悪感が読み取れてしまう。
「貴重な時間を奪ったことについては申し訳なく思っています。ですがわたしも、どうしてもお願いしたいことがあってみなさんをお呼びしました」
正直言えば怖くて、逃げ出したくて。
でもわたしは、白団ってチームを預かっている立場でしかもそのチームを一度崩壊させた主犯でもあるんだ。葉月さんは、自分の力で壊しかけたチームを元通りにしようとして、実際にやってのけた。それなのにわたしがやらないで、どうするんだ?
だからわたしは、何としてでも成果を残さないといけないんだ。
「単刀直入に言います。あなたたちに、応援団に戻ってきて欲しいんです」
「……なぜだ?」
「現在の状況では、明らかに人数が不足しています。このままでは、応援団としてまともに機能しない。だから、皆さんの力をお借りしたく」
「要は数合わせ、ってわけだ?」
先代団長の言葉が刺さる。確かに言い方を変えれば、そういうわけなのだから。というか、人が足らないから人を増やそうとしているわけで、どんなに言い方を変えてもその本質からは離れられない。
「ちょっと、それは意地悪じゃない?」
「意地悪であるものか。そもそも応援のプランだって、まともに決まらず空中分解してたじゃねえか」
女性の先輩が宥めてくれるが、先代団長の言い方はなおも嫌な言い方で。
正直なことを言えば、応援プランが空中分解した要因にはアンタらもあるだろと言いたかった。あの時は、先代団長は全面的にわたしの味方だったかもしれないけど、それのせいで1年生は立場も面目も無くなってしまったわけで。
「えぇ。ですから、わたしと1年生の子とで何度も話し合いをしました。意見の衝突も数多くありましたが……」
そういって鞄から、A4用紙で綴じた書類を渡した。そこにあるのは、わたしと葉月さんが仲直りして、そこから何度も話し合って作り上げた応援プラン。
確かに白団は一度壊れた。でも今のうちらは、あの時のわたしたちとは違う。
「今は、しっかりと計画も今後の予定も固まっています。空中分解だなんて、言われたくは無いです」
わたしが手渡した資料を、先輩方はまじまじと見つめている。もちろん、最初のプランのほうが先輩たちにとっては気に入っていることは分かっている。だけどもいまのわたしは。わたしたちは。
「うんうん、面白いじゃない。私は賛成よ」
「俺も良いと思う」
このプランのほうが最高だと信じてるし、それは疑いの無いことだ。
「……俺は気に食わないなあ。一度決まった結果をひっくり返すってことに」
だけども、先代の団長にとっては気に食わない。それは、明らかだった。
「確かに先輩の意見をふいにしたことは、申し訳なく思っています。ですけどこれは、1年生と2年生の総意です。だから、わたしもこの案で進めていきたいと……」
「そう綺麗な言葉で話すけどさ、要はコレ。妥協でしょ?」
「……妥協、なんかじゃ」
表面的なところを見れば確かにそうなんだろう。でも、このプランが決まるまでの流れをまともに見ていない人に、そうやって決めつけられることは正直。いや、かなり腹が立った。
「妥協なんかじゃ無いです。それで全員が納得して、だから進めようとしていて」
それでも努めて冷静に、話を続ける。そこで逆上したら、せっかく取り付けられるかもしれない協力も水の泡になることを知っていたから。
「だったら俺は納得しないから、協力する気は無い。他の二人は協力してくれそうだから、そっちをあてにしたらどうか?」
だけども彼は、そんなわたしの心中の葛藤を踏みにじるかのようにそう吐き捨てたのだ。
「ちょっと、その言い方はあんまりじゃ!」
「言いすぎだろ?」
さすがにわたしの気持ちを案じてくれたのか、彼以外の二人がわたしのことを庇ってくれる。
だけども悔しいことにはやっぱり変わりなくて、唇を噛みしめてしまう。相手は先輩であってわたしは後輩。ましてお願いする立場なのだ、立場が弱くて当然だし強く言い切れないのも分かっていた。けど、それでも……。
「じゃあ聞くけど、君なら安藤さんよりいいアイデアを出せたというの?」
やり切れない、と思いかけたその時――。
『会長っ……』
被服室に、もう一人の人物が現れたのだった。
10月中に終える予定だった体育祭編、予想よりも長くなってしまいました。
果たして年末までに文化祭編とクリスマス編、片が付くのでしょうか……




