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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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64.「一難去って、また一難」

 ――私が作ったアイデアなんだから、私にやらせてくださいっ!


 こうして、葉月さんが応援団に戻ってきていよいよ本格的に動くことになったわたしたち。もちろん人数が大きく増えたというわけでは無く、2人から3人になっただけという程度だけど……。

「私としては、入場門から入って会場を一周しながらパフォーマンスをやるってイメージですがどうですか?」

「俺は、出来ればトラック内のフィールドも使ってパフォーマンスしたいかな」

「それは人数の問題次第ですね……。今の応援団の人数だと、かえってみっともなくなっちゃうかもです」

 たった1人。だけどもその1人の存在が。そして彼女の考えた応援プランが、止まっていた白団の動きを大きく加速させたのは確かだった。

「そっか……」

「そもそも演奏ができなくちゃマーチングバンドの意味も無いですし。でもその演奏ができる人の絶対数が少ないですから」

 もちろん本音を言えば……わたしが一生懸命考えたプランが全部消えてしまった。そういう意味で悲しいという気持ちが無いわけでは無いけど。

「安藤ちゃんはどう思う?」

 だけども、どのプランするかはこの際どうでも良くて。みんなが心から納得して、終わった時に後悔しないやり方ならば、わたしのプライドなんて些細なものでしかない。応援というものは、みんなのやる気を引き出すもの。その本質さえ見失わなければ、そこにやり方やルールなんてものは全く無いわけなのだ。

 だから――。

「出来ることは全部やろう! 出来なかったらそれはそれで仕方ないだけだし」

 プランへの細かいことも考えず、とにかくゴーサイン。失敗したら、それはその時に考えれば良いのだ。

「前から思ってましたけど、安藤先輩ってけっこうな無茶ぶりを平気で振ってきますよね?」

「でも、『私に任せて』っていったのはあなたでしょ?」

「うわぁ……これが『無茶ぶり』ってやつか」

 そうやって呆れたと言わんばかりの表情で返す彼女。だけどもその顔には、前までの「諦め」の感情は入っていなくて。

「でも、そういう一直線で猪突猛進なトコ、嫌いじゃないですよ」

 どこかこんな無茶ぶりさえも面白いって、そう思っているみたいで。だからこそ、そういう表情をする彼女の表情を見ているとわたしもまたエネルギーがもらえる気がした。

「言うほどだよ。それに、どうせやるならパッと派手にやりたいでしょ?」

「まあ、そりゃ……そうですけども」

「諦めろ。安藤ちゃんって、葉月さんが思ってる以上にじゃじゃ馬だから」

「ちょっと! クラスメイトなんだからもうちょっとオブラートをだねぇ」

 だからなのか、前まではちょっと不快だった芦原のわたしへのいじりも今では笑い飛ばせた気がした。わたしだけじゃない、その場にいる三人がみんな笑っていた。その空間が、これまで人が居る空間を避けてきたわたしを変えた気がしたのだ。

「ただ、まあオブラートはともかく壮大にやるのは理由があるよ?」

 笑いつつも、話の軌道を戻す。確かに芦原の言う「無茶ぶり」というのは事実なのだが、ただ面白そうだからやるってほど単純なわけでもなくて。

「まぁ、壮大にやりたいというのは面白いからというのもあるんだけど」

「何か他に理由が?」

「うん、実はこのパフォーマンスがさ」

 各団のポイントに加算されるという、いわゆる勝負の要素が入っていること。この点は、やっぱり見過ごせなかったし応援団のメンバーには頭に入れて欲しいことだった。

 そもそもこの体育祭自体が、競技ごとの順位でポイントが加算されていく各団対抗戦の要素が入ってくる。そして応援団が主導する応援合戦というパフォーマンスもまたこのポイントの対象。言い換えてしまえば――。

「ただ戦意を上げるだけではなくて、『結果が求められる』ってことですよね」

「そういうことに、なるかな」

 そう、これもまた競技の一つ。葉月さんの言い方はけっこう辛らつだけど、ただ「やれば良い」ってほど単純なものではない。

「そうと聞けば、無難にやり過ごすってだけじゃ負けちゃいますよね」

 葉月さんが最初に描いたプラン。先頭に団旗を持った人がいて、後ろに演奏者が列を作る。そして、そのまま校庭をというか会場を一周するというパフォーマンスは安定性が高くていい意味でやりやすい。

 もちろん、実行する側であるわたしたちからすれば不安定要素の少ないと言い換えることが出来るわけで、それだけにありがたい案というのが正直なところなのだが。

「そうかもしれないね」

 それでは、負けてしまうかもしれないのだ。もちろん、不安定要素の少ない案を実行して負けが決まるというわけでは無いけど、他の団がどのようなパフォーマンスを披露するか分からない以上できる限りのことをしないと負けてしまう可能性だってあるわけで。

「だからこそ、勝ちを狙わないといけない」

 応援団という看板を背負っている以上、「勝ち」を狙わないといけない。応援団が負けてしまうだなんて、それこそ白団で頑張ってくれている全ての生徒への顔が立たないのである。

「だからこそ、華やかってコンセプトは重要視したいんだ」

「それはまあ、分かりますけど……」

 そう言い、葉月さんがため息をつく。

「要するに、勝ちたいんですよね?」

「当たり前じゃん!」

「ですよね。その点は、私も同じです」

「だけども人数の問題はどうするんだよ?」

「うっ……そこだよね」

 その問題が、三人にのしかかる。

 そう、勝ちたい。勝つために、出来る限りのパフォーマンスをしたい。出来る限り華やかに、他を寄せ付けないくらい印象に残る。そして、本当の意味で白団全体の士気を上げることができるよう。

 だけどもそれをしたくても、目の前にはやっぱり人数不足という問題が大きくのしかかっていて。

「それについては、1年生については私が何とかします。もとは私のワガママのせいでもありますし」

 彼女は厳しい表情をしながらそう続けた。

 そう、彼女だって分かっているのだ。自身の軽率な行動が、予想もしない形で自身に跳ね返ってきていることに。もちろんそれを責める気は無いけど、大変なことになることは人集めに苦労している2年生組にとっては明らかなことで。

「……それで葉月さんは大変になったりは」

 芦原は心配そうな面持ちでそう訊ねた。こういう優しさが、彼を「たらし」たらしめるゆえんなんだろうけど。

「そんなこと考えるくらいなら、最初からここには居ません!」

 だけども彼女は、強い言葉でそれを打ち返す。

「だよね。事情はどうあれ、こうして集まっている以上は何かしらの覚悟は背負ってるはずだよ?」

 それは、わたしも同じだった。悪いけどわたしは、芦原のように甘くはなれない。できることは、葉月さんにミッションを与えて実行してもらうだけ。でも彼女にとっては、甘い心配なんかよりもしっかりとした目標のほうが効くと思うのだ。

 そもそも彼女には、吹奏楽部や1年生に強いネットワークがある。わたしのように、元々何もない人間とは違って、しっかりとした人脈があるはずなのだ。上手く行くという保証は無いが、わたしよりも打率は高いはずだ。

「大丈夫です。安藤先輩と違って、私は失敗しませんので」

「じゃあ、そのお手並み拝見ってとこだね」

 とはいえ、ただ彼女に全てをゆだねるだけで終えるのはそれこそ愚策。彼女が失敗した時に備えてわたしのほうでもバックアップを取っておきたいところだ。

「ちなみに、マーチングバンドに必要な人ってどんな感じかな?」

「もちろん楽器を演奏できる人のほうが良いとは思いますが……」

 そう言い、彼女は続ける。


「別に管楽器にこだわる必要は無いと思います。バトンを持つ人、太鼓を叩く人、旗を振る人。演奏ができなくても、やれることはいっぱいあるはずです」


「……おっけ。であれば、だいぶやりやすい!」

「あとは、楽器の準備とか旗の準備とか。人数にもよりますが、そういうのも当然必要になりますよね?」

「……言われてみれば」

「まあ、そういった楽器類とか小物は私が元居たバンドから借りてこようかとも考えています。旗は自作になるでしょうが」

「じゃあ、そういうものの準備とか工作は俺がやるよ」

 力仕事は、芦原が立候補してくれた。こうなると、わたしの役割は本当に準備や全体の流れをコントロールする役割になりそうだ。

 それにしても、予想以上に準備が多い。人数の問題ばっかり考えていて準備という側面を疎かにしていたけど、パフォーマンスをする以上は道具だって必要だ。こういうときは、やっぱり経験者の存在は心強い。こういって必要なものをリストにまとめてくれると、本番までにやるべきことがイメージ化できるわけだから。

「よし、じゃあできることからやってこう。今日の話し合いはここまで!」 

 こうやって、当面の課題も洗い出せたし有意義な会議だったと余韻に浸っていたまさにそのときだった。

「ところで先輩、壮大なことばっかり考えていますけど……」

「うん?」

「衣装、どうするつもりですか?」

「……あっ。やっば」

 一難去ってまた一難。全く考えていなかった重大な問題が、今ここになって突きつけられたのであった。


 ◇


 ――まさか体操服でマーチやるわけじゃないですよね?

 ――そんなわけあるか!

 と、あの場では言ったものの……代案が全く見つからず早くも手詰まりという感触を抱いてしまう。

 とりあえず、スマホで調べた限りでは、実際のマーチングバンドではセーラーの衣装とか詰襟の衣装がよく採用されているらしく、動画サイトでもその手の衣装を着た軍楽隊の人たちがトランペットを吹きながら行進していた。

「……そんなわけで、セーラー服か詰襟を探しに来たけどあてがないからここに来た、と?」

「ええ、まあ」

「まあ事情は分かったけど、果たしてまだ残ってるかしら……」

 そう言い、会長も首をかしげる。というのも、うちの学校はそもそも10年以上前に制服をセーラーや詰襟からブレザーに変更してしまっているのだ。一応昔の制服を全部処分したってことは無いだろうけど、10年も前となると職員室や生徒会室にしまわれているわけもなくて……。

 そんなこんなで。

「うわぁ……こんな不気味なとこ探すんですか?」

「文句言わないの。私も一緒に探すんだからさ」 

 事情を説明した結果、会長に連れられたのは旧校舎の奥にある小さな部屋だった。会長が言うには、ここならもしかしたらセーラー服があるかもしれないとのことだったのである。とはいえ、旧校舎っていうくらいだから普段は使っていない建物なわけで当然人の気配も無ければ……。

「うっ、かび臭い」

 一応マスクとバンダナとエプロンで防衛してるとはいえ、目の前に広がるカオスな状況には思わずため息をこぼさずにはいられなかった。

「仕方ないじゃない! この部屋、普段はなかなか開けないんだから」

 そういって会長が明かりをつけて窓を開ける。状況は少しマシになったとはいえ、こんな汚い空間でモノを探すというのは……正直やる気の失せそうな話だ。

「……探そうとしてるのはわたしですけど、やっぱりやめません?」

「あきらめ早っ! もうちょっと頑張りなさいよ」

「いやその……代案で行こうかと」

「考えても居ないくせにどの口が言うのかな?」

「なんで会長のほうが探す気マンマンなんですか!」

 依頼者のほうがやる気失せてるのにおかしいでしょと思うのだが、当の会長は何も言わずに端から一つ一つ探し始めていた。それを見て、さすがに依頼者のわたしが動かないのもひどい話なので、一つ一つ箱を開けて確認する。

 それにしても、やっぱり会長はすごい人だ。人が嫌がる仕事でも、難なくこなしてしまう。この仕事だって――わたしはやりたくないけど会長は気にせずに進めてしまう。

 言い方は変だけど、はっきり言えば聖人君主とは彼女のことを指すのかもしれない。

 けどそれがまた、人々が会長を避ける要因の一つなのだろうか。何でもできちゃうだけじゃなくて、人が嫌がることも進んでやる。欠点らしい欠点が、見つからないのだ。とどめを刺すかのように、どんなときも綺麗で堅い言葉づかいともなれば……。本人はそんな気は無いのだろうけど、それがまた周囲との壁になるから余計にタチが悪いわけで。

 そう思った矢先だった。

「……それにしてもハルちゃん、変わったわよね」

 作業を続けながら、彼女が話しかけてくる。そういうことは、普段の彼女はしないだろうからちょっと意外に感じつつ言葉を返した。

「どうしてですか?」

「いや、何というか……積極的になったというか魅力的になったというか」

「みりょく……てき?」

 魅力的という言葉が意外で、言葉が続かない。そもそもそんな言葉、わたし宛に使われることなんて無いと思っていたからなおのことどう続ければ良いのか考えつかないのである。

「そんなに魅力、あるんでしょうか?」

 はっきり言えば、会長と比べてわたしは何にも持っていない。学力、運動能力、人望、実績――どれをとっても、会長に歯が立つとは全く思えない。もちろん、男だったときに比べれば多少は良くなっていることだけは間違いないだろうけど。

「わたしはただ、日々生きることにもがいているだけで」

「それが魅力的って言いたいのよ。そうやってひたむきに頑張っている姿に心を動かされている人はきっとたくさん居るんじゃないかな?」

「それは……」

 いつもだったら、きっと否定の言葉を返していたんだと思う。だけど今日に限っては。

「ありがとう、ございます」

 心境の変化、というのも多少あるのかもしれない。

「うん、そうやって素直なところもまた魅力的というか……」

 そう言って、作業の手を止めて頭を撫でられる。普段はこういうことされないから、今も戸惑いという感情は拭えない。でも、いざ撫でられるとどこかで気を張っていたものが少しずつ緩んでいく気がして。

「だから、見守ってあげなくちゃって思うのかもね」

 いつの間にか、会長に身を委ねてしまっていた。そうか、今のわたしは――素直なんだって思いながら。

 会長が言っていた「魅力的」って、もしかしたら何でもできる人って意味じゃないのかもしれない。自分なりに出来ることをしっかりとやれる人――そういうのが魅力的っていうのかもしれない。

 だから……何でもできるようになんて思わなくて良いんだ。

 頑張り過ぎないで、良いのかもしれないんだ。

「さて、頑張って探そうか!」

「うん!」

 だから今は、いろんな人に頼って自分にできることをコツコツやっていかなくちゃ。そんなことを思いながら、わたしもまた作業の手を進めるのだった。

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