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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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63.「リーダーの心得(後編)」

「葉月さんっ!?」

「安藤……先輩……?」


 昨日の今日で。いや、今日の今日で? というべきか。

 いや言葉の使い方はこの際どうでも良い。わたしが向き合うべきだと思っていた女の子が、わたしの想像よりもだいぶ早く目の前に現れてしまったのだ。

「久しぶりだねっ!」 

 こんなに早くその機会が訪れるとは思わず、頭が回らない。それでも何か声を掛けるのが人としての礼儀。不意打ちというのは事実だが、この状況でもっとも適切であろう言葉を探った結果がその一言だった。

 ただ、そう口にしたものの……葉月さんはわたしの存在など無視していきなり教室の机を一つ一つのぞきこみ始める。単純に聞こえなかったというのもあるけど、その一方でバツが悪くて無視したという線もあるだろう。

 そもそも女という生き物は、興味の無いものには徹底的に視線をシャットアウトするという特性がある。女になった今だからこそそういう心理が何となく分かっては来たのだが……。

「落とし物?」

 無視されて終わり、ではこっちも困ってしまうのだ。

 だから「懲りない」、といえば聞こえが悪いけどなおもわたしは彼女に話しかける。さすがに二度目は無視できなかったのか、彼女はぶっきら棒に答えた。

「……ポーチ落としちゃって」

「なるほど……」

 会長が仕向けたにしてはちょっと早すぎるとうすうす思っていたが、今回はただの偶然らしい。こんなに早く機会が訪れるとは思わなかったけど、事態が解決するのであればこれほどにいい機会はない。

 とはいえ、打算で動くという前に純粋に落とし物に困っている人を見過ごせるわけが無いというのもあって。

「手伝うよ」

 そう言い、席を立った。

「別に安藤先輩には関係ないでしょ?」

「そうだけど、困っている人を助けてバチは当たらないでしょ?」

 彼女は返事を返さなかった。いつもはわたしにつんけっどんでも、今回ばかりはきつく言う理由が無いというのもあるのだろう。そんなわけでわたしは窓から、彼女は廊下側から順番に当たる。

 だけども、被服室は大きな教室だから意外に机の数は多いし探す範囲もおのずと広くなってしまう。無言という空間に耐えられなくなったのか。

「先輩は何をしてるんですか?」

 珍しく、彼女のほうからわたしに話しかけてきた。

「応援団の活動だよ」

「……懲りませんね」

 懲りませんね、って彼女は言う。懲りないって言うのは、こんな悲惨な状況なのにそれでも動こうとしているわたしへの嫌味なのだろう。

「副団長だからね。わたしがやらなきゃ、誰がやるのさ?」 

「……まあ、確かに」

 もちろん、「元凶は誰か」と言い返すことはできた。実際に、彼女が訳の分からない誤解を持って団をひっちゃかめっちゃかにしたわけなのだから。

 でもそれを彼女のせいにだけするのはちょっと大人げないし、何より今やることではない。だいたい、彼女たちの力を引き出してあげれなかったわたしたちにも責任はあるわけなのだから。

 そしてそのまま作業を続けようとした矢先だった――。

「でも、辛くないですか? 報われない仕事なのに」

「報われない、か……」

 その言葉に、一瞬だけ手元を止めた。いや、作業を止めていたのは彼女もまたそうだった。彼女は、テーブルに広げた資料をちらっと見て再び作業を進める。

「まあぱっと見、そうかもしれないよね」

 そう言いながら、作業を進める。

 正直、上手い返しがすぐには見つからなかった。報われないというのは正直本当のこと。押し付けられたというのも事実だし、そのせいで痛い目にも何度もあってる。だけども……。

「あったよ」

 ポーチがあった場所。それは、わたしが座っていた席の机下にある収納棚の中。

 そう、先週の白団会議で葉月さんが座っていた席だった場所なのだ。

「はい」

 彼女らしい、可愛らしいキーホルダーの付いたポーチを渡す。すると彼女は、申し訳なさそうな顔をして一礼をした。

「ご迷惑をお掛けしました」

「いいよ。女の子にとってポーチは必需品だものね」

 ……ご迷惑をお掛けしました、か。

 確かに探すという手間が掛かったという意味では迷惑をかけたということになるのかもしれないけども。ただそれを手間だとわたしはそこまで思ってないし、そんな言葉よりもシンプルな「ありがとう」のほうが聞きたかったな、と思ってしまった。そこまで要求するのは、わたしの傲慢なのかもしれないけども。

「そうそう。それと……」

 あと、これだけは返しておかないといけない。

「報われないって言うけど、そんなことも存外なかったりするよ?」


「だって、人の輪が今まで以上に広がったから」


 探しながら導いた答えは、たぶん自分でも思わなかったものだ。

 でも、今なら分かる。順調に進まなかったからこそ、色々な回り道をしたからこそ色々な人の話を聞けて、色々な考え方に出会えた。

「まあ人の輪って言ったけど、人間関係に限らずいろいろなことが収穫できたかなって。もちろんそれが実を結んだってわけではまだ無いけど」

 痛い目にもあったし、今だってそれが明確な成果になっているわけでは無い。でも順調に進んだらそれは絶対に得られない――回り道したからこその収穫物なわけで、それを報われないと表現するのはちょっと早計な気がしたのだ。

 けどそういうところに、彼女は納得がいかないようで。

「実が成っていないのに、どうして収穫ができると言い切れるんですか?」

「実が成るには、色々手を掛けないといけないでしょ? 手を掛けるっていったってそこにもやり方がある。果物に応じてやり方は変わるよね? そういうことを知っておかないと、実は実らない」


「成果ばっかりが全てじゃない。過程が無くちゃ、成果は出ないって言いたいんだよ」


 秋奈の話からも何となく伺えたけど、葉月さんは本当に目標を高く設定してそれを実行しようとひたむきなタイプなんだろう。だから、最後の結果ばっかりに目が行ってしまう。それがおかしなことだとはわたしは思わないけど……。

「……意味が分からないです。どうしてそんなに甘いんですか?」

 でも、ストイックな彼女にとってはそう思っても仕方ないのかもしれない。

「結局見られるのは成果です。勉強ならば定期テスト、スポーツならばスコアやタイム。演奏であれば賞――そこに至る過程はたくさんあっても、でもその内容が評価に加味されるわけはない」


「結果の出ない応援団になんでそこまで、こだわるんですか?」


 それが、「報われない」「懲りない」という言葉に集約されるのだろう。結果主義の彼女なのだからそう言ってもおかしいことだとは思わない。

 でもだったら、こっちにも言いたいことがある。

「じゃあわたしからも言わせてもらうけど、どうして紙の上の資料をさっきからちらっと見ていたの?」

 その言葉に、わたしを責めるような口調だった彼女は急に口調を変えてしまう。

「うっ……。それは……」

 明らかにさっきまでのきつめの口調はなりを潜め、どこかでモゴモゴとするような口調に変わっていた。

 本当なら彼女の言い分をしっかり聞いてあげたいけど、わたしにとっては説得の好機と捉えた。故に優しくも、淡々と話を続けた。

「葉月さんが見ていたのは、これかな?」

 指でさし示す。そこには、わたしが立てた案。葉月さんが最初にあげていた案。そして真ん中には、会長と考えた――マーチングバンド案の3つが並んでいた。その中でも特に見ていたのは、言うまでも無い。

「気になるんじゃないかな? 真ん中の案は特に」 

 そうやって、紙をとって葉月さんへ渡す。

「読んでもいいよ。気になるだろうし、できたら意見も聞きたいし」

「……なんで私がやってきたこと、知ってるんですか?」

「風の便りで、耳に入ってね」

 その言葉には、何も返さない。彼女はずっと紙を見続けていた。そしてその間に表情が徐々に明るくなっていく。それは、今までのわたしは見ることのできなかったもので……。だけども彼女は、すぐに明るい顔を真顔に戻して続けた。

「出来はしっかりとしています。中学校の体育祭程度であれば、これだけ出来れば十分以上でしょう」

「そっか。じゃあそのプランをあなたに……」


「ですがごめんなさい。私、戻りません」


 予想は出来ていたことだ。そんなにうまくは行かないし、決裂することもあるとは思っていた。だけどもいざ言われると、やっぱりきつい。

「どうして?」

「戻る必要が無い、と判断したからです」

「そう……」

「私、安藤先輩をどこかで見くびっていたんだと思います。でも実際は本当にこんな案を作り上げてしまった」


「そんなところに私の存在意義ってあります?」


 だけどもそのきついという感情は、続く彼女の言葉の中身によって上書きされてしまう。

 彼女の問いかけは重かった。芦原をめぐっての恋のバトルとか、そんなつまらないものなんかではなく。彼女は自身の存在意義に、応援団を止める理由を見出してしまったのだ。

「……わたしなら『ある』って思うよ。だからこうして今も戻ってくれるように説得しているわけで」

「でもわたしが思いもつかなかったことを、あなたは軽々と考えだしてみせた。3年生と芦原先輩という味方まで居る」


「今さら私の居場所なんかあるわけ……」


 その言葉に、出かけた言葉が喉に引っかかってしまう。

 芦原のことが原因なら、それを取り除けば解決するって勝手に思ってた。でも真実は全く違ってて――秋奈の言うことのほうがよっぽど正解だったのだ。 

 言い換えればそれは、わたしたちの提案した何気ないことを圧力に感じたというのもあるだろうし……。

「……結局わたしが、力不足だったからじゃん」

 それなのに何が芦原のせいだ。そんなの、わたしが3年生をコントロールできなかっただけじゃないか。

「だったら、わたしが交渉する。居場所なら、わたしが作り出す。あなたにオファーを出したのはわたしだから……」


「わたしが責任を持つっ!」


 今さら信じられないていわれてもいい。口ばっかりってことも分かってる。

「でもっ。これじゃあ安藤先輩を妥協させたように周囲から写って……」

「そんなこと、どうでもいいんだよ! さっきも言ったけど、あなたの実力を買っているからこそ応援団に戻って欲しいって考えてるの。あなたが気を遣うことなんかじゃないし、文句あるやつはわたしが潰す」


「だから戻ってきてよ!」


 そう言って、頭を下げた。「ごめんなさい」という意味と、「お願い」って意味をこめて。

 前者は、葉月さんの力を出し切れなかったことへの責任を。後者は、出せていなかった葉月さんの力を生かしてほしいって願いを。

 それから一瞬とも思えるような、ずっととも思えるような沈黙の間が続いて。


「……ちょっとだけ、考えさせてください」


 その言葉と共に顔を上げる。そこには、前髪をいじりながらも会長と話し合いながら作った案を握りしめた葉月さんの姿があったのだ。

「それって……」

「勘違いしないでください。絶対やるとはまだ言ってないわけですし」

 そう言って彼女は踵を返す。言葉だけ捉えれば、上手く行かなかったようにも上手く行ったようにもどっちにでも捉えられるようで。だけども帰る彼女の足取りを眺めていれば……確定では無いけどもきっと受け入れてくれそうな。そんな気がしたのだ。

 そして、そんな彼女が教室の前方から出て行ったのと入れ替わるようにして芦原が戻ってきた。

「なんか被服室から大声が聞こえたけど、何かあったのか?」

「いや……」

 さっきの言い合いが、教室の外まで漏れていたらしい。

「何でも無い」

 そう言って、被服室の外から校庭を眺める。

 今は運動部の生徒達が闊歩するその場に、体育祭当日のわたしたちの姿が重なった。


「動くよっ。きっと――」


 校庭に思いを馳せながら、わたしはそう呟いた。


 ◇


 そして翌日。わたしと芦原が話している場に――彼女は現れた。

「先輩っ!」

 2年2組の教室に突如入ってきた1年生に黙り込むクラスメートたち。だが葉月さんは、そんな周囲の様子など意にも介さずわたしたちの前まで歩みを進める。

「言いたいことは色々ありますが……。先輩、これじゃやっぱ足りませんっ!」

 そう言い、企画書を机に叩きつける彼女。

 パッと見ればそれはただの乱暴。でも……彼女の表情を見ればその行動はただの乱暴で無いということが分かる。

 叩きつけられた企画書をぱらぱら眺める。そこには、赤ペンで書いた文字の上にさらに紫色で文字がたくさん描かれていた。そのうえ、マーチングバンド以外の情報もびっしり書きこまれている。

 わたし以上に――彼女は本気だった。

「確かに、とんでもないものを持ってきたよ」

 そう言い、資料を芦原に渡して続けた。

「これ、採用っ! だから葉月さん」

「もちろんです。私が作ったアイデアなんだから、私にやらせてくださいっ」

 そう言い切る彼女の表情は、いつも以上に挑戦的な笑顔だった。

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