62.「リーダーの心得(前編)」
秋奈や会長と相談して、分かったことがある。それは、応援団を運営するということばかりに気を取られて、肝心の「人の気持ち」ってやつをおろそかにしていたことだ。
もちろん、副団長。いや、団長も含めてリーダーってものは組織を引っ張ることが仕事だし当然成功させることが一番のミッションになる。成功させるための作戦を立案するのは当然のこと。だけどもそれを動かすのは結局人であり、人の気持ちが大きな原動力になる。
その原動力を、わたしはおろそかにしていた。もっと1年生たちのやる気を引き出すように心血を注ぎ、否定してばかりの3年生を抑えるべきだったのだ。その失敗を挽回するにはどうすべきか――その答えを求めに、わたしは生徒会長に相談をしてみることにした。
「会長。わたし、色々考えてみました」
「そっか。それで、ハルちゃんはどうしたいのかな?」
続きを促す会長。昨日までと違い、今日の彼女はいつも通りのしっかりとしたオーラを漂わせている。だけどもその表情は、これまでの厳しかったそれよりも幾分穏やかになっているような気がした。
「わたしは……」
握りこぶしを強く握りしめる。緊張していない――といえば嘘にはなる。だけどもここで誰かにお願いをするというのは、わたし自身が乗り越えなくてはならない壁だと思った。
今まで全部自分でやろうと頑張って、そうして何度も失敗してきた。当たり前だ。狭い視野でしかモノを見れていなくて、モノの本質を突けていなかったのだから。そんなとき、もし人の意見を聞けたら軌道修正を図ることだってできていたことだろう。
秋奈も言っていたが、人に頼ることは逃げではない。むしろ人の意見を受け入れることが必要な時だってあるのだ。
「わたしは、1年の葉月さんを応援団に復帰させたいです。もちろん彼女の了承ありきでの話ですが」
「やっぱり、そういう結論になるだろうって思ってた」
「ですが……」
一晩悩んで出した結論は。いや、悩む前から心のどこかで結論は出ていたのかもしれない。
葉月さんを応援団に復帰してもらう。そして、1年生全員が戻りやすい環境を整える。新しい人を招くよりもそっちのほうがきっとベストな判断だとわたしは考えていた。
ただ、その鍵となる葉月さんへの接触をどうするか――それが一番の問題点だった。
「葉月さんに接触しづらい、そう言いたいんだよね?」
「そうです。話が早くて助かります。そしてその仲立ちを……お願いしたいんです」
虫のいい話だとは思う。こんな厄介ごとを、会長に押し付けることになるのだから。
でもそうするしか無いのだったら、酷い話でもこうやって頭を下げて誠意をもってお願いするしかない。
「……全く、そんな大げさに考えないでもいいのに」
きっと断られるだろう、そう思っていただけに彼女の言葉は意外なものだった。
「えっ? 会長ならきっと断るかもって」
「状況は昨日もハルちゃんの家で秋奈ちゃんと話したから分かってる。そうしないと、白団はにっちもさっちも行かないんでしょ?」
会長の言葉は事実を的確に突いていた。ただ……。
「ですけど、筋が通らないというか」
確かに生徒会長の手を借りたいというのは事実だ。でも心の奥底で、会長はみんなに平等でないといけないという気がして素直に甘えられないでいたのだ。そもそも会長はもともと性格的にも厳格なわけだし。ここでわたしにひいきをしてしまったら、会長の立場を悪くするかもしれないって。
そう考えてしまうのは、わたしが根っからのネガティヴ思考だからなのか。それなのに……。
「もう、そんなこと気にしないでいいのに。私たち」
「友達になったんじゃなかったの?」
それは、本当にズルい一言だった。
まして会長の整った顔で、優しい笑顔でそんなことを言われるのだ。そんなの見ちゃったら……。
「……ここに来てそれはズルいですよ」
「何言ってるの? 私だって人間だし、いざという時は友達を優先するに決まってるでしょ?」
見ちゃったら、ではない。生徒会長に抱きしめられて、こう優しく抱擁されると……今までの凝り固まった「あるべき論」というものが崩れていってしまうのだ。
姉として、副団長として頑張ってきた分が崩れてしまう。それが怖くて――。
「でも、一人で頑張って潰れちゃうのは誰? それが原因で、ハルちゃんは女の子になったんでしょ?」
「女になった件は関係ない! でしょうがっ。まあ、それもあるかもしれないですけど……」
「ともかく、こういうことは私が支えてあげるから。ハルちゃんは今できることを頑張ること。いいね?」
「……うん」
「ありがと」
結果として、葉月さんの件は生徒会長っていう心強い味方の力を取り付けることに成功した。でもそれ以上に、姉として振る舞うことの多かったわたしに、新しい「姉」が生まれたような。そんな気がしたのだった。
◇
白団の問題は、何も葉月さん関連だけではない。会長に添削してもらった案を片手に、被服室に芦原を呼びだして話し合いを続けることにした。
「……っていっても、人もアイデアも無いのに集まっても仕方ないだろう?」
芦原は困った顔をしていた。彼は応援団の団長である以前にサッカー部の部長もしている。そして折しもこの時期は、新人戦の季節。はっきりとは言わないけど、正直こんなことをしている場合でないというのが本音なのだろう。
半ば諦めの気持ち――それは、昨日のわたしだって抱いていた感情。
彼の気持ちも分かるからこそ、余計にこれから話すことを思って胸が痛む。
「確かに、今の白団には人も居なければアイデアも無い。はっきり言って危機的状況」
だけども――。
「八方塞がり。でも抜け出すには……進むしか無いんだよ」
それは、わたしなりの決意表明だった。
人の気持ちが原動力になるというのは、何も他の人だけの話じゃ無い。一晩じっくり考えて分かった。人の気持ちの中には、わたし自身も含まれていることに。
確かに危機的状況なのは変わらない。でもそこで止まっていたら、それこそ本当に話が進まなくなってしまう。だったら、人が居ないなりに出来ることから順番に進めるしか無い。
「あんたが太鼓を叩いてくれるなら、わたしは旗を振るのも厭わない。逆も然り」
「……本気かよ?」
「当たり前でしょ! わたしは、副団長なんだからッ!」
昨日ああ言ったくせになんて都合の良いことを、とは思う。
だけども、ゼロをゼロのままで終わらせる――それだけは絶対に避けたかった。
せめて、出来ることはやってあがけるだけあがいて。それが例え惨めな結果になったとしても、その過程が無駄ってことはないはずだから。
「……はぁ。なんか頭が痛くなってきた」
「いつも元気なあんたが珍しい」
「俺のセリフだよ。安藤ちゃんがこんなトンデモなこと言うとは……まさか思わなかったんだよ」
そういってため息をつく芦原。いつもはあいつに振り回されてばかりだが、今日ばかりは立場が変わっているみたいだ。だがそんなことを考えているゆとりがあるわけでもなくて……。
「ごちゃごちゃ言ってる場合じゃないよ。確かに最悪は二人きりのパターンだけど、それはもちろん回避しないといけない」
そう言ってわたしは、ファイルに綴じていた案を二人が座るテーブルにばっと広げた。
「……待ってくれ、何だこれは?」
「さしあたっての課題は、応援プランの練り直し。もちろんわたしの案だけじゃなくて、今まで上がった案も全部まとめてる」
全部で4案。わたしの案。1年生の葉月さんが出した案。先輩たちが去年実践していた案。そして、さっき会長と相談して考えた――切り札となる案。これまでの話し合いの過程で出た問題点やこれからのスケジューリングは全部赤ペンでチェックを入れている。
「嘘だろ? これ、全部安藤ちゃんが?」
「言ったよね? わたしは副団長で今回は『本気』ってことも」
「これくらいやらなきゃ――示しがつかないでしょ?」
そうやって笑って見せる。
今までのことは、総じて2年生であるわたしたちがこの仕事に向き合えていなかったからだ。この仕事の大変さもそうだし、1年生たちのやる気を引き出してあげることもそう。もちろん3年生を納得させるように仕向けることだってそう。
ただ受け身に回るのではなく、ここぞという時に攻められなくてはいけない。みんなを引っ張り上げるにはこれくらいしないとダメなのだ。
「……ったく、こんなことになるとは思わなかったぜ」
そう言うと、芦原もまた表情を一変させた。
「じゃあ俺は、もっと頑張らないとだな」
彼の瞳もまた、闘志が燃えていた。
やる気を失った、腐っただけのわたしたちはもう居ない。
崩壊しかけた白団だが、今ここからが復活のときだ。そうお互いにアイコンタクトをした瞬間だった。
「……ところでさ。ちょっと、トイレ行ってきていいか?」
「ちょっ、このタイミングで? まあ、行ってらっしゃい」
いや、生理現象だから仕方ないとはいえ……せっかくいい雰囲気になったのにここで水を差されるというのも何というかやるせない。おまけにこういう広い部屋に一人きりでというのも、何だか手持ち無沙汰って感じで退屈だし。
まあ、あの単純おバカにも分かるように説明できるようもう一回案を読み直さないと。そうやって資料に手を取った瞬間。
「失礼しま……っ」
ガラガラという扉の音。てっきり芦原が帰ってきたのかと思い、それにしては早いなと思いつつも男だからまあそんなもんかなんて思いながら振り返った。
「ああおかえり……ぃ?」
だがそこにいたのは芦原でも何でもない。
「葉月さんっ!?」
「安藤……先輩……」
まさに、わたしが今一番向き合うべき存在だった。




