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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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58.「クラッシャーなリーダーたち」

 前回の会議から一週間。ついに、白団としての応援プランを決定する会議の日がやって来た。

 今後の方針が決まるということもあって、芦原も含めた全員が重苦しい表情をしている。特に3年生は、その傾向が強くていつも以上に険しい顔をしている。そしてたぶんベクトルは違うといえど、1年生も同じように険しい顔をしている。

 特に、葉月さんのわたしを見つめる表情はまさに仇を見るようなもの。さすがに視線にはもう慣れたとはいえ、やっぱり見られるだけでも疲れてしまう。

「それじゃ、1年生のみんなが考えたプランについて説明してください」

 団長である芦原の司会進行のもと、1年生たちが緊張した面持ちで被服室の教壇に上がる。それと同時に、わたしもまた手元にノートを広げる。黒板に模造紙が広げられて、葉月さんがマイクを掴む。

 彼女たちの案か、わたしの案か。運命が決まるプレゼンが、始まった。


 ◇


 彼女たちのプレゼンが終わった。

 時間にしては5分程度だっただろうか。内容を簡単にまとめると、今流行りのアイドルの曲を使ったポップな応援というのが彼女たちの目指すところのようだ。

 細かいところについては気になるところもあったけど、全体としてはこっちのほうがキャッチーでウケが良いのだろうか……?

「……良いと思う。確かに、この曲は最近流行ってるし」

「あたしは賛成よ。かわいいじゃない!」

 芦原も、3年の女性の先輩も好意的な反応を見せる。確かに、わたしが考えるものよりもこっちのほうが認知度も高くてかつ流行に乗っている。題材としては、これ以上に面白いものはない。それは、ダンスが苦手なわたしでも分かる話だった。

「ですよね! ……もう一つの案よりもかわいいほうが良いと思います」

 間接的とはいえ、刺さる一言だ。でも確かに、1年生の子たちが話すことも事実。そして何よりも……。

「大太鼓とかも準備しないで良いですからね」

 葉月さんの威圧するような口調が、場を包み……。

「そうだね。準備が少なくなる分、別のことが出来るね」

 芦原も、彼女の言葉に同意した。確かに葉月さんの言葉も事実で、大掛かりな準備を省略できるだけ別のところに労力を掛けれる。これは大きなメリットだ。

 そして芦原が葉月さんの案に同意したということは、それは言い換えれば方針が変わったということ。最終決定者は応援団長の芦原なのだから、わたしがいくら異論を唱えてもそこは変わらない。

 ……いや、正直に言えばこれで良いのかもしれない。

 もちろんわたしとしては、せっかくの案が流れて悔しいとは多少思うけど……でもこれで逆にわたしの案で進んで葉月さんたちのへそを曲げてしまっても仕方のないこと。ちょっと言い方はひどいけど、葉月さんたちの意見で彼女たちが納得するなら、そっちのほうがかえって都合がいいように思うのだ。

「安藤ちゃんはどう思う?」

 どうして君はそうやって炎上するようなことを無意識に訊くのかなぁ……と思いつつ。

「わたしは、葉月さんの案でもいいと思う。そっちのほうで進めていきましょう」

 なるべく葉月さんを刺激しないように気を付けつつ、葉月さん案を推した。だがそこは空気の読めない芦原。

「良いのか? 安藤ちゃんの意見が流れるんだよ」

 わたしが気を遣って葉月さんの案になるように仕向けているのに、彼の無意識かつ余計なお節介と心配が葉月さんのことをチクチクと刺激してしまうのである。

「だって葉月さんのアイデアのほうが純粋に良いでしょ? だったらそっちのほうが、良いと思うんだ」

 そもそも芦原に気に入られていると勝手に思い込まれているがゆえに、わたしと1年生は対立してしまうことになっているのだ。芦原がもう少し1年生に寄り添ってあげることが出来ればこうはならないはずなのに……。

「確かにそうだけど……もうちょっとだけ、考え直さないか?」

 なのにどうして彼は、わたしのことばっかり見つめてくるんだ。

「ああもうっ! わたしが良いって言ってるんだから、1年生案で決めなさいッ! 」

 そう叱りつける。穏便に済ませようと努力はしたけど――それはわたしの力では出来なかったということの現れだったのだ。だからこそなのか。


「バカにしてるんですかッ!」


 葉月さんもまた、感情を爆発させてしまったのだ。

 ただでさえ悪かった教室の雰囲気が、さらに悪くなる。葉月さんの顔には、大きな怒りと小さな悲しみが映し出されている。……少なくともわたしには、そう思えた。

「バカにはして……」

 明らかに芦原は戸惑っていた。

 彼としては葉月さんにもわたしにも気を遣っていた――たぶん、当人としてはそんなつもりだったのだから。でもそれが、不幸にも葉月さんの心をズッタズタに踏みつけるものだとは彼は知らない。

「……じゃあどうして芦原先輩はそこまで安藤先輩を心配するんですか?」

「それはクラスメイトだし……安藤ちゃんだって、同じアイデアを出してくれたのに一方的に葉月さんのアイデアにするのはひどいだろ?」

 確かに彼の言い分は、もっともなものだ。わたしがこんな立場だったら、きっと嬉しくて力強い言葉だったのかもしれない。でもそれが、芦原への片思いをしている葉月さんにはまさに火に油を注ぐ言葉のように思えたのだろう。

「だったら私の意見はただのダシでしかないんですか?」

「誰もそこまでは……」

「こんなの茶番じゃないですかッ! 要は、みなさん安藤先輩の考えで行きたいってことですよね?」

「ちょっと落ち着きなさい。芦原も、わたしの案でやるとは言っていないはずでしょ?」

 いよいよ収拾がつかないと考え、わたしも止めに入る。でも葉月さん自身が興奮して、とても話が通じ無い。

「……もう良いです。私の応援プランがダメなら、私の存在意義は無いようなものですし」

 ついに彼女はそう宣言して、そのまま鞄を乱暴に取って部屋を出ていってしまったのだ。

 あまりの出来事に呆気にとられる芦原と3年生。止めに入ろうと立ち上がったものの動けなかったわたし。そして出て行く葉月さんを眺める1年生。

 だけどそんな状態も長くは続かず……。

「……私たちも、ごめんなさい」

「葉月さんを見捨てられませんし」

「わたしたちが居なくても何とかなりますし」

 そう言い、1年生の女子もまた後を追うように出て行ってしまったのである。


 ◇


 そこからの白団は、まさに「内部崩壊」という言葉以外では表現できないありさまだった。

 葉月さんが去って、1年生が去って。怒った3年も立ち去ってしまい――残されたのはわたしと芦原だけ。それも、あんな険悪な雰囲気からのこれだから気まずくて仕方ない。

 無言で、1年生が広げた模造紙をたたむけどそんなことで雰囲気が柔らかくなるわけも無くて。

「……どうして、なんだろうな?」

 こんな調子に耐えられなかったのか、芦原は消え入るような声で独り言つ。

「安藤ちゃんは精一杯やっていたはずなのに、どうして1年生は怒ったんだろう?」

 あんなことがあったにもかかわらず、未だに本質を理解できていない彼。耐えかねず、やらなきゃ良いものをわたしはつい言ってしまった。

「……どうして、葉月さんの案を支持しなかったの?」

 ポーズでもいい。まずは葉月さんの案を受け入れて、そこから少しずつ変えていけば葉月さんの顔だって立ったはずだ。何より、彼女が好きな芦原がそうするように指示すれば彼女が従わないわけがないのだ。

 だけども芦原にそんなこと、分かるはずもなくて。

「俺は純粋に安藤ちゃんの案のほうが良いと思ったからさ」

「……」

「もちろん1年生ズが考えたのもいいとは思うぞ? でも、やっぱり安藤ちゃんのアイデアのほうが斬新だったっていうか」

 斬新かどうかなんて、今は関係が無い。

 どんなにいいアイデアだとしても、それを動かすのは応援団を構成している人間。その人間関係が壊れている状況で、斬新なアイデアをいくら思いついたところで……。

「……無駄なんだよ。たとえどんなに斬新でも」

「無駄ってそんな……」

「だってそうでしょ? どんなに斬新でも、動かすのは所詮人間。わたしの案がどんなに優秀でも、わたしの案が原因で人間関係が崩壊するなら意味はない」

「それじゃ、安藤ちゃんの努力は一体どうなるって……」


「それがどうでも良いって、何度言わせれば分かるのさッ!」


 芦原はわたしを庇っている。それが分かっているにも関わらず、わたしはついそう怒鳴ってしまった。

 彼は驚き、そして黙り込んでしまう。当然だ、彼はわたしを庇ったはずなのに庇っているはずの人から怒鳴られているのだから。それなのにわたしは、なおも死体蹴りをするかのように彼に怒りの声を上げ続けてしまうのだ。

「どうしてみんな気づかないの? 1年生たちの気持ちにっ!」

「気づいてるさ。1年生たちは自分の意見が通らなくて、それが嫌でだからあの場から出て行って……」「そんな単純な話なわけ、無いでしょうが!」

 芦原の考えはもっともだ。でもそれだけで、こんなことになるわけもない。

「どうして1年生があそこまでわたしにきつい当たりしてたか分かる?」

 彼女たちの不満の本質は、わたしの存在にあるわけなのだから。

「それは……。でもだいたい1年生たちが安藤ちゃんを嫌う理由が……」

「あんたのせいだよッ! この鈍感ッ!」

 だけども彼が鈍感だから。鈍感で気を効かせる相手を間違えているからこうなってしまったのだ。もちろん彼からすれば本当に覚えが無いのだろう。やっぱり口をパクパクさせながらわたしを見つめる。その様子が、さらにわたしの怒りに油を注いでしまう。

「1年生たちは、お前に憧れてここに来たんだよッ! それなのにお前はわたしに色目つかってばっかり! そりゃ気に食わないだろうさ!」

 一通り言いたいことを吐いて、少し楽になる……わけがなかった。言えども言えども、不満がこぼれてしまう。芦原の悪気の無い悪意でどれだけわたしが酷い目に遭ったか。

 もちろん副団長は。リーダーはどこかで矢面に立たないといけない仕事だ。なのに……。

「……そっか。それは、辛かったよね」

「あぁ、辛かったさ。なのに、誰か僕に手を差し伸べたか?」

 誰もわたしのことを味方してくれやしない。協力なんてもってのほか。

 出すことと言えば文句と難癖ばっかり。

 表面ではわたしのアイデアを良いっていってるけど、それって結局本当は自分で考えるのがめんどくさいからなんだろ。だからわたしに何でも押し付ける。おまけに自分で考えて動かない人にリーダーの苦労なんて分かりやしない。

 分からないから、言い放題なのだ。

「……だからさ、もう良いだろ? わたしをクビになさい。それで、丸く収まる」

 だからわたしはついに、そう宣言してしまったのだった。


 ◇


 クビにする。それは、ただでさえ内部崩壊してしまった白団において最終宣告のような言葉だ。

 もちろんわたしだって、それは言ってはいけない言葉だと思っている。でも正直……もう我慢できる気がしなかったのもまた本音だった。

「……だよな。怒って当然だ」

 重たい口調で、芦原もうなずく。こんな思いをして、応援団を続ける気になるだろうか。それにどうせわたしが1人欠けても、1年生全員が抜けるよりはダメージが小さい。

 悔しくないと言えば嘘にはなるけど、そうするのが今後のためには一番だと思ってしまったのだ。

「……でも、それは俺が嫌だ」

 それなのに芦原は、わたしをクビに。言い換えれば、応援団から逃がすことを許してはくれないのだ。

「何言ってんだよ!」

「言ってることは分かるさ。……だとしても、それが安藤ちゃんが居なくなって良いわけではないだろ?」

 居なくなって良いわけでは……その言葉に、考えが止まる。

「だいたいここで1年生に媚びを打ったところで、本当に事態が動くと思うのか?」

 続けざまに芦原が決定的な言葉を放った。

 確かに、1年生に疎まれることがわたしが居なくなることの理由になるわけではないし、それで本当に事態が動くと言えるだろうか。

「……動くに、決まってるじゃ」

 もちろんわたしだって、応援団を止めたいんだ。嘘でもこんなことを言うさ。

「確かに、この一瞬だけはね。でも、1年生たちの案で決まった後のことは?」

「……そんなこと、あの子たちが考えることだよ」

 言うまでも無いことだ。

「安藤ちゃん憎しで考えたものが、安藤ちゃんの居ない状況で上手く行くわけなんかないじゃん!」

 だけども、こういう時の芦原の言葉はわたしにも刺さる内容だった。

 どうせわたしは居なくなるから関係の無いことかもしれない。でも、わたしがいなくなって1年生の案で進めるとしても、それでコケたときにどうなる。そもそもわたし憎しの、芦原の目を引きたさで作ったものだ。

 失敗した時のフォローまで考慮されているかといわれると、たぶんそれは無いのだろう。

「……もちろん、安藤ちゃんが辛い思いをしているのに助けてあげられなかったことは謝るよ。ゴメン。

でもな、今感情的なことをして……その後にどうするの?」

「……」

 口をつぐんでしまったが、彼の言っていることは間違いなく正論。この状況で頭を冷やすべきは、間違いなくわたしのほうだ。

「って、俺がしっかりしてなかったからこうなったんだよな?」

 もちろん、こいつがしっかりしてないダメ団長なのは確かだ。でも、こいつだけが悪かったのか?

「団長、失格だな」

「……いや、わたしもだよ。辛かったのは確かだけど、もっと早くあんたに相談するべきだった」

 葉月さんにも言ったけど、こいつもまたエスパーではない。わたしがどんなに辛い目に遭っていてもそんなことをわたしは相談しなかった。そんな状況で芦原が動けるわけもないのだ。

 こいつが言った、失敗時のフォローをわたしもまた考えてはいなかった。応援のプランとしては合格点でも、人間のフォローが出来ていない。被害者ヅラしていたけど、わたしにだって落ち度はあったのだ。

「わたしだってあんたに伝えるべきことほとんど伝えられてなかった」

 そんな状況で組織が動くわけも無くて。

「いや、俺のほうこそ」

「わたしこそ、あんたに八つ当たりしちゃって。やってること、1年と同じだ」

 お互いに落ち度を晒して、謝罪しあう。そういうところからして、既に信頼関係が上手く行っていないようだった。

 

「――お互い、ここまでにしよう」


 だからなのか、芦原が無理やりにでも謝罪の応酬を止めた。

「……」

「お互いさまじゃないか。でも、もう謝ったところで過去はどうにもならない。違うか?」

 ……彼の言う通りだ。今さら謝っても、もう失敗したことは無かったことには出来ないのだ。

 それに、彼の目はこれまでと比べて随分と鋭かった。今までとは違う、精悍とした顔つき。まるでサッカーの試合に向かうかのような明らかな覇気。そんな状況で、わたしがマイナスなことを考えちゃったら……今度こそうちの団は崩壊してしまう。

「それに壊れたなら、もう一度作り直せばいい。まだ何とかなるだろ?」

 そんな単純な、と思ってしまう。でも、どんなに悩んだところで結局は彼の言う通り。壊れたものを放っておいても、直るわけが無い。作り直すしかないのだ。わたしたちの力で。

「……えぇ、そうだね」

 それが吉と出るか凶と出るかまったく予想不可能。だけども、今わたしたちに与えられたミッションはこれでしかない。もう、後には戻れないのだ。

「やるぞ!」

「うん」

 がしっと、お互いの手を強く握る。こうして、二人のリーダーによる白団復活への狼煙が静かに上がったのだった。

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