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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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57.「恋する気持ちにご用心」

 昨日の会議から一夜明けて、今日は会議の成果を担任に報告するために職員室へと向かう。

 これまでのわたしには想像つかないことだったけど、副団長というのは意外にも忙しい。組織のトップというのは、何も組織をまとめるだけが仕事ではない。昨日みたいに今後の方針について他のメンバーへ説明しないといけないし、今日みたいに先生や上の立場の人に報告することも結構多い。 

 そういった意味で、まだ週半ばだというのに疲労もストレスもすでにマッハだった。だというのに、もう一人のリーダーである芦原は部活を理由に担任への報告を全く手伝ってくれないし。

「もうっ! 誰かリーダーを少し労わりなさいよ!」

 思わずそんな本音を口にして、慌てて周囲を見渡す。幸い、わたしの独り言は誰にも聞かれてはいないみたいだけど――。でも、周りが思っているほどリーダーは楽じゃないのだ。そして、そうこうしているうちにも職員室についてしまい、やりたくなかったけど担任を前に昨日の会議の内容を報告する。

「というわけで、現時点でははっきりと計画が決まっていないというのが正直なところでして……」

「うーん、話は分かるんだけどそうはいってももう9月の第2週だしなぁ」

 予想はしてたけど、やっぱり先生の表情は苦々しい。そもそも昨日の会議の時点で、応援のプランが決まっておりかつ備品や衣装といった細かいところまで詰めているというのが当初の予定だったのだから。

「もちろん、来週の会議までには決まりますので、そこは安心していただければと」

「いやさ、確かに安藤のいうことは分かるんだ。ただ僕としては、他の団がすでに練習を始めているのにうちだけ1週間遅れるってことを心配しているわけで」

 色々言い訳をしてみるものの、結局のところ昨日の会議は時間の浪費でしかなかったのは事実でありだからこそ居心地が悪い。

「ちなみに、何が原因で会議が遅くなったんだい?」

「それは……」

 何が原因か、っていうのは明らかだった。でもそれは正直なところ人間関係によるものでもはやわたしにはどうにもできないところであり……。

「わたしのプランに甘いところがあったんだと思います」

 先生にはそう、事実を濁した形でしか伝えることが出来なかったのである。


 ◇


 ――安藤先輩のやり方自体が疑問です!

 そう、言われたのがそもそものきっかけだっけ。どうして上手く行かなかったのか、その理由を辿ると自ずとその言葉にたどり着いてしまう。ただ、どうにかしようにもそこに絡んでいるのは理屈では無く気持ちの問題。

 彼女たちは、わたしが嫌いだから応援プランを認めたくないわけで、葉月さんたち1年生が新しい応援プランを提示するか、あるいはわたしへの憎悪の気持ちを緩めてくれなければどうにも立ちいかないのだ。

 ――芦原に気に入られている、かぁ。 

 そんなに芦原に気に入られることは、良いことなのだろうか。

 そりゃあいつに憧れている1年生からすれば、芦原からの好意は喉から手が出るほどに欲しいものだろうし、大きなアドバンテージなのかもしれない。だけども、あいつへの好意も無いわたしからすればただの呪いでしか無いし、純粋に迷惑だ。

「ほしけりゃくれてやりたいものだよ。そんなもん」

 そう吐き捨てた時だった。いきなり肩を優しく叩かれる。

「あっ……」

 何事かと振り返ると、頬に人差し指があたる。

「……会長?」

「どうした? 柄にもなく、男性言葉が漏れてたよ?」

 そう言っていたずらっぽい笑顔でわたしの顔をのぞき込んでいたのは――千歳悠希。わたしの正体を知っている人物だったのだ。


 ◇


「失礼します」

「うん。適当にくつろいで」

 そう言って、彼女は冷房を掛ける。8畳ほどの小さな部屋ということもあって、生徒会室はすぐに涼しくなった。ソファーに座ると、会長も冷蔵庫からお茶を取り出して飲んでいた。

「安藤さん、何か飲みたい?」

「じゃあお茶で」

 ほどなくして、お茶が手渡される。それと同時に、会長もまたいつも座っているであろうデスク……ではなくてわたしが座ってるソファーの真向かいに座った。

 何というか、なまじ会長の正体を知っているものだからこうやって向かい合って座るというのは何だか気まずい。

「……そういえば、他の生徒会の人は?」

 気まずさを誤魔化すかのように、全く持ってどうでも良い話を振る。

「私以外はみんな兼部で、基本的にはそれぞれの活動を優先させているのよ」

「えっ? じゃあ日頃の生徒会活動って……」

「基本的に全部私がやっているかな」

 嘘だろこの人。いろんな意味でやっぱりハイスペックすぎる。というか生徒会の活動って結構色んなことやってると思うんだけど……だとしたらこの学校って実質この人だけで全て回ってるの?

「生徒会の活動って結構多いのに人手的な意味で大丈夫なんですか?」

「まあ、所詮中学の生徒会なんてそれくらいの活動ってこと。私としては、生徒会室使えるから冷暖房費浮いて結構ありがたい立場だと考えてるが……」

「庶民派生徒会長だ……セコい」

 まさか生徒会長の口から冷暖房費って概念が出るとは。そして生徒会長やってる理由が意外にセコい。噂として流れている「武道50段完璧生徒会長」のイメージもこんな言葉の前では完全崩壊しそうな言葉だ。

「だいたい、みんなのほうが私を誤解しているのよ。武道50段とか嘘だし、確かに弓道と乗馬は教わったけど竹刀もなぎなたも握ったことないのよ? なのにどうして『泣く子も黙る』なんて言われちゃうのかなぁ? 私も一応女子だし、ちょっと傷つくんだけど」

「……意外とナイーブなんですね」

 会長から傷つくって言葉が出るとは思わなかった。でも目の前で不良をボコってみたり、わたしたちが不良に絡まれたときも後始末をしたところを見れば……やっぱり『泣く子も黙る』で正解だ。

「なんだろう、微妙に引っかかる同意の仕方だよね」

「だってそうじゃないですか。わたしでさえ、何度も会長が修羅場ってるところを見てるんですから、今さら可愛いアピールとか庶民派アピールされても……」

「ぐぬぬ……もう明日からぬいぐるみを抱っこして登校するしか無いのかな?」

「これ以上キャラ付けするとかえってキャラ崩壊するかと……」

「うっ、私ももう少しあなたみたいな人に愛される会長でありたいんだけど」

「それは……」

 一生無理でしょう、と言おうとしたがさすがに止めておく。人間、真実を突きつけられることが一番傷つくのだから。って、この人ならきっとそんなわたしの考えさえも見通すのだろうけどさ。

「まあ、しょうがないね。人間だれしも向き不向きがあるし」

 ……まあ傷ついてないならそれはそれでいっか。そう思いながら、お茶をすすると

「さて、だいぶ場が暖まったかしら」

 会長のほうから、本題への切り口を示される。自然と口調も、さっきと比べて固くなっていく気がした。

「何か悩んでるでしょ?」

「まあ、それなりには」

「無理に、とはいわない。けど、話して楽になるようなら何でも話してみて? ほら、仮にも生徒会長だし――1年は長く生きてるんだから。ヒントくらいは、ね?」

「それは……」

 正直、言うべきだろうかと悩む。真面目な話、会長はハイスペックな人間だ。それは冗談では無いし、当人自身もネタにしているものの実際のところ実務能力や人間関係も申し分ない。そんな完璧人間が、わたしなんかの悩みを理解できるのか。完璧人間だからこそ、下であがいている人の気持ちなんか分からなくて一蹴するのではないだろうか。

「……」

 でも、だったらわざわざ時間をかけて生徒会室まで用意して話を聞くだろうか。確かに彼女は完璧人間で、わたしの悩みなんか一蹴できるかもしれない。でも逆を返せば、一蹴できるようなアイデアを持っているとも言えるのだ。

 だったら、彼女の圧倒的な知識に賭けてみるのも一つの手ではないだろうか。

「……良いんですか?」

「当然よ。私たちの仲でしょ?」

「相変わらず馴れ馴れしい……」

 そう、毒を吐いてしまう。でも本音を言えば……ちょっと嬉しかった。男の時は絶対にありえない。でも辛いときに、すっと手を差し伸べてくれる人がそばに居てくれたのだから。

「ちょっとだけですよ」

 そう言い、静かに話しだした。嬉しくて、でもその表情を悟られないようにね。


 ◇


 そこからはわたしが置かれている状況を簡単に説明した。ただ、会長もそれはある程度耳に入れていたようで。

「そうか。風の噂では聞いていたんだけどね……」

 薄々会長も感づいていたらしい。白団のグラグラ具合を。そしてその原因の一つにわたしの能力不足があるのか。怖いけど、万が一を考えて確認する。

「わたしにはちょっと荷が重いですよね」

「いや、そんなことは無いわ。あそこは例年2年が団の幹部になっているはず。私も昨年、その様子を間近で見ているし、できないってことは無いはずなの」

 ということは、普通であれば2年生でも務まるということなのだろう。にもかかわらずわたしが上手く全体を導けないのは、やっぱり能力が不足だからなのだろうか。だから、おのずと弱気になってしまう。

「だったら、やっぱりわたしだから上手く行かないってことなのでしょうか……」

「なぜあなたが副団長をやることと、失敗が同じ意味になるの?」

「だってわたし……1年生に嫌われてるんです。妹が言うには、わたしが芦原を奪ったと芦原ファンの子たちに勘違いされているようで」

 どうしてこうなったのかは分からない。でも同じ1年である秋奈が言うってことは、それはかなり真実味のあるということだ。

「なるほど、だいたい状況がつかめてきた。要はあなたに対する個人的な感情が、組織を内部崩壊させつつあると」

「……なんだと思います。ただそれでは、困るんです。時間的にも、正直まずいですし。わたしが至らないというなら、それはもちろん舞台から降りますけど」

 実際に、タイムスケジュールが遅れているのは先生の言う通り事実だ。秋奈が居る赤団に至っては、すでに衣装づくりにまで取りかかっている。正直来週まで待っていては、備品の申請や衣装づくりで直前に追い込まれることが今でも予想される。

 だからできれば、すぐにでも次のステップに進みたいのだ。それを妨げる要因がわたしにあるなら、今後を思ってわたしは降りるしかない。

「そうかなあ? ……話を聞く限りでは、あなた以外のところに問題があるように見えるんだけどか」

「そこは、お世辞でも嬉しいです」

「お世辞でこんなことを言わないわ。しっかりと時間意識も持っており、リーダーとしての感覚も持ち合わせている」

 ならばどうして? 会長の言うことが真実なら、リーダーとしての感覚があるなら……。

「だったらどうして、わたしがやるとここまで上手く行かないんですか!」

 言ってから、それは会長に対する八つ当たりだと気づいた。

「……ごめんなさい」

「気にしないで。あなたの気持ちは、もっともだもの」

 八つ当たりをしたというのに、会長は全く顔色を変えなかった。むしろ、八つ当たりをしろとさえ言ってくる。それが年上のゆとりだからというのもあるのか、正直分からなかったけど……。

「だったら……」

 一つ言えるのは、今のわたしを止めるストッパーが無くなったということだった。

「どうしてわたしが、身に覚えも無いことで恨まれなくちゃいけないんですか!」

 これじゃ、結果として男だった頃と変わらない。損な役回りばっかり回されていざなって見たら梯子を外されて。あたふた様子でも見て、みんな楽しんでいるんじゃないだろうか? こんなの、ただの見世物じゃないか。

「わたしが芦原に気があるからって、そんなことあり得ないじゃないですか! むしろどっちかと言うと苦手なほうで……それでも仕事の都合上で仕方なく無理して接してるのにっ」

「うん、そうだよね。辛くて、しんどいよね」

「……えぇ。正直芦原に気は無いけど、同じ応援団で同じクラスだから連絡は取り合わないといけない。それなのになぜか芦原からは一方的に好かれて、しかもそれを恋愛感情と勘違いされるんじゃ、じゃあどうしろと?」

 一通り気持ちを吐き出したからなのか、言葉が出てこない。溜まっていた毒気のようなものがすべて抜けたこともあってか、続く言葉がすぐには出てこなかった。

 スカートの太もも部分に黒いシミがぽつんと。またぽつんと、広がっていく。

「……落ち着いた?」

「すみません。見苦しい姿を……」

「安心して。ここでなら誰も聞いてないし、見ても居ない」

 ……会長が聞いてるじゃないですかっ。

 わたしは会長に何もしていないのに、どうしてあなたはそんなにわたしに優しくしてくれるんですか? そんな罪悪感や疑問がモヤモヤと湧いて来るが、それを上手く発散することもできず。

「気持ちは分かる。確かにあなたの言う通り。ただ世の中には、あなたが思うほど理屈が通じない人だって一定数いるんだ」

 会長の言葉は、静かに。でも、力を込めたものだった。

「考えてもみて? 理屈で全てが解決するなら、そもそも人との間で争いなど起こらない。そうでしょ?」

 彼女の言葉の通りだ。まして彼女もまた生徒会長として、ずっとリーダーとして生きてきたというのもあるのだろう。世の中の評論家が同じことを言うよりも、よっぽど真実味のある言葉だった。

「……そんなこと、やるだけ無駄じゃないですか」

 でもそれを素直に受け止められなかった。きっとそれだけのゆとりが、今のわたしには無いから。

「だから言っているの。世間の大多数はあなたが思うほど頭が良くない、って。そしてそれに腹を立てるということは、あなたがそのレベルに落ちてしまうということだと」

 正論だよ。だからこそ、ゆとりのないわたしにはますます刺さる言葉だった。真実は人を傷つける、まさかわたし自身に降りかかると数分前のわたしは夢にも思わなかっただろう。

 ただ、それはそれでいいとしてだったら頭が良い方の人間は下のレベルに合わせるために我慢しないといけないのだろうか?

「じゃあわたしは、我慢するしか無いんですか? 理不尽じゃないですか!」

 思わず、そう怒鳴りつけてしまう。悪いのは会長でないと重々承知しているはずなのに。

「そう言っているうちは、あなたもその人間と同じってことになっちゃう」

 だからこそ、彼女の言葉が刺さるしそこまで落ちたくないと思ってしまう。だが、落ちたくなくともどうすればいいかが分からないのだ。

「そこまでは、落ちたくない。けどわたしはどうすれば……」

 術が分からないのだ。どうすれば、会長のように強く生きていけるかが。

「難しいことじゃないよ。だったら、嫉妬(・・)の気持ちを別ベクトルに変換すればいい」

 その言葉に、わたしは思考停止する。難しい言葉でない、と言いつつやっぱり難しい。それが、会長の会長たるゆえんなんだろうと。

「……ベクトル、って?」

「要は相手の興味関心を、嫉妬から別のところにすり替えればいいってこと。平たく言えば、芦原君なんかどうでもいい、と1年にも分かるよう見せつければ良いのよ」

「と、言われても……」

 理屈としては単純な話だ。1年生が反発する理由は、芦原がわたしに気があるという素振りを見せることでわたしが芦原と恋人になるかもしれないということなのだろう。だったら、1年生から見てわたしは無害な女という立ち位置になればいいのだ。

 しかしそれを相手に思いこませるのは、結構難しい。

「でも……上手く行くようなプランが思いつきませんよ」

「だからこそ、副団長のお手並み拝見といったところかしら。そうね、私ならば応援という形で発散させるように仕向けるように工作するけど……」

 さり気に彼女は高等な人心掌握テクニックを見せてくるが、そんなことわたしにできるわけも無くて。だいたいそんなことできるなら、男だった頃からもう少しうまく立ち振る舞えていたのではないだろうか。

「応援で発散って、それが原因でわたしはストレスになっているのに……」

 大声出してもたまるのはストレス。思わずそんな皮肉めいたことを口にしてしまう。だがそういうところを、もしかしたら会長は見透かしていたのかもしれない。だからこそ……。

「そもそもあなた自身が、誰よりも応援にひたむきになれているか? 芦原君が視界に入ってないって、そう納得させられるほどに」

「……」


「口ではいろいろ言ってても、人は行動しか見てない。芦原君に興味がないって納得させられるほどのことって難しいことなんだよ」


 そんなことを口にしたのかもしれない。

57話です。体育祭編もいよいよ折り返しですが、そんな状況の中主人公再びの挫折です。

他の方が書かれている小説をときどき拝見するのですが、それに比べてもわたしが描くものはどうにも挫折や失敗ばかりが描かれているような気がします。

一話一話の文章も比較的長く、ライトに読めるかと言われるとちょっと疑問符が出てきそうです。ちょっと今後路線を変えていくか悩みどころではありますね。


PS:深夜のノリでエッセイをこしらえてみました。ついでで巡回して適当に評価していただければ幸いです。

「朝おん」はどのようにして作られるか? 

https://ncode.syosetu.com/n6611fr/

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