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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
1. 僕が……女の子?
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6.「春奈ちゃんって言わないで!(後編)」

 家族によって無理やり女性モノの服を買わされることになった僕。ところが、買ったこともない女性の服を見繕えと言われ悪戦苦闘。肝心の秋奈も、「自分で決めたほうがいいよ」と知識のない僕に丸投げときた。

 さてどうしようか。最初は、自分のセンスを信じて服を選ぼうとしたものの……。

「種類多すぎだろこれ」

 センスも知識も無い僕に、女性モノの服を選ぶのはあまりに難しすぎた。そもそも論だが、種類があまりに多すぎるからだ。

 上半身に限っても、ブラウス、セーター、キャミソール、ワンピースなどなど。下半身だってスカートとズボンだけかと思えば、どちらでもないキュロットなるものもあるし……。

 これを組み合わせて人前でも恥ずかしくない格好だなんて、女の子2日目の僕にはあまりに酷な話ではないだろうか。

 とはいえ服を買わないという選択肢は……。

「あぁ、無いよな……」

 自分の服を見つつ、チラチラとこっちを見つめてくる秋奈。間違っても買わないと言う選択肢は無さそうだ。

 となると取れる手段は自ずと限られてくる。とりあえず平均並みの服装に仕上がれば良いのだ。――そう考えると。

「あっ、これ良いな!」

 店頭にあったファッション誌を掴んで、秋奈に見せる。さすがにファッションモデルのようにきれいにはいかだろうけど、少なくともこれと同じような服を買えばハズレは引かないはず。 

 しかしそれを見た秋奈の顔は相も変わらず仏頂面。

「姉ちゃん……それ本気で言ってる?」

 ものすごい気に食わなさそうな様子だ。

「まずいのか?」

「えーっと、まあ……それでいいなら良いケド」

 女という生き物は本当にめんどくさい。けれどもまあ、それ以外にいいアイデアも思いつきそうもないからこの中からさらに自分に合いそうなものを何点か選んだ。そうして……。

「決まった?」

「これでどうだ?」

 ハンガーにかかったままだけど、選んだ服を身体の上下にかさねて見せる。トップスは白いブラウスで、恥ずかしくない程度のフリルがついたもの。下半身はネイビーのふんわりスカートだ。

 上手く着こなせるかは疑問だが、もうそこは考えないことにする。平均を取れればそれで良いのだからして。

 だが、秋奈大先生の目線は相変わらず険しくて。

「……」

「……変か?」

 しばしの沈黙が、二人を包み込む。


「……ありじゃん!」


 秋奈は、ものすごい笑顔で答えた。さっきまでのあれはなんだったのだと言いたくなるような顔で。

 ところが、僕がレジに向かおうとすると再び背中をドンと叩かれる。さらに手をつかまれて謎の個室へと連れていかれる。

「あれ、会計するんじゃないのか?」

「何言ってるの? 試着よ試着、常識でしょ?」

 いや、常識と言われても……と困惑してしまうのだが、そんなこと彼女が聞いているはずもなく、秋奈に手をつかまれ僕は試着室へと連行されていったのだった。


 ◇


 そんなわけで、無理やり姿見のある小部屋に衣服と共に押し込まれる。試着っていうわけだから服を着ろってことなのだろうか。相変わらず人使いの荒い妹だ。仕方ないから着替えるけど、気が進まない。

 そう思いながら、エプロンスカートの肩ひもを緩める。スカートがしゅるりと落ちた。黄色のトレーナーを脱ぐ。再び姿見に目を向けると、そこには上下の下着だけ着た女性が写った。

 ――これが僕、か。

 何だか妹の裸を見ているようで、そっちの趣味が無いとはいえ倒錯的な気分になりそうだ。そう、今の僕は冷静に見れば秋奈そっくり。妹の生き写しのようにしか思えないのである。兄妹だから当然だとは思うけど。

 しかし、それをのぞくと行きつく考えはただ一つ。

 ――やっぱり、信じられない。

 そんな感想しか出てこなかった。

 正直なところ、まだ現実を受け止めきれていないのだ。もちろん現実にこんな身体になっているわけだから、夢では無いのは確かなのだが……しかしそれでも、周囲に当たり前のように女扱いされてる現状がどうにも受け止めきれないのだ。

「お姉ちゃん! まだ着替えているの?」

 その瞬間、僕は我に返った。気がつけば、たぶん五分くらい悩んでいたのだろう。外からは秋奈からの催促のような声が聞こえてきた。一つ言えるのは、妹は人使いが荒い。ここは変わっていないらしい。

「ちょっと待ってろ! すぐに着るから!」

 そう言うと、僕は慌ててスカートを履いてトップスを着る。

「待たせた。どうだろうか?」

 慌てて着たこともあって服が乱れているかもしれないけど、そこは御愛嬌である。乱れた部分を直しつつ、目の前で待っているはずの秋奈に声を掛ける。ところがそこに居たのは秋奈だけでなく……なぜか店員さんまで居たのである。

「ちょっと! なんで店員さん呼んで来た?」

 思わず一言言ってしまう。確かに店員さんからのアドバイスは重要だけど……正直言うと恥ずかしい。身内に見せるならばまだしも、全く関係ない人に見せるなんて、それは心の準備が出来てからにして欲しかったのである。

 だが、秋奈と店員さんはそれを軽くスル―して続ける。

「そうですね。もともと見た感じが清楚なイメージがありますから、綺麗な形で整っていると思いますよ。そうですね、あえて言うなら……」

 店員さんは、近くの陳列棚からワインっぽい色をした帽子を取ってきて僕の頭に被せる。

「こうすれば、清楚の中にも華やかさがあると思うのですが……いかがでしょうか?」

 うーん、どうなんだろうか。変では無いのだろうけど、ファッション誌の組み合わせにはこの帽子は無かったからある意味邪道な気はするのだけれど……。

「秋奈はどう……」

 そう尋ねるが、その直後僕は人生で最も見たくないものを見てしまうことになる。

「やだ、かわいいぃぃぃ!」

 ……そこにあったのは、明らかに気持ち悪い顔をした我が妹様であった。しかもこれでもかと頭をポンポン触られる。猫撫で声がかつてなく気持ち悪い。まさか秋奈にこんなにも残念な一面があるとは。

 そういうわけで、女の子らしいあらたな装いを手に入れることが出来た。……4人の福沢先生と、僕たちの大切な何か(・・・・・)を犠牲にして。


 ◇


 安藤春奈お買い物ツアーはまだまだ続く。

 服を買った時点で僕の体力も気力もとっくに赤ゲージなのだが、そんなことで秋奈が僕を解放してくれるわけも無く。

「じゃ、次は下着ね」

「待て待て。絶対要らない! 下は百歩譲ってもまだ要るかもだけど、上は絶対要らないから!」

 そうやって説得はしてみるものの、そんなことで秋奈が納得してくれるわけも無く――まるで首輪にでも繋がれて引きずり出されるような感覚で女の子の下着ショップ。いわゆる、「ランジェリーショップ」なる施設に連れて行かれたのである。

 しかも連れて行かれるに飽き足らず――。

「はい、じゃあ両手を上げてくださいね」

「うぅ……屈辱だ……」

 女性の下着って、一人一人体格とか違うみたいでこうやって店員さんに胸の大きさを測ってもらわないといけないらしい。そこはまあ理屈としては分からんでも無いけど、それにしたって第三者を前に裸を晒すだなんて――本当に気がおかしくなりそう。

 そして、そんな恥をさらしてようやく買った下着の値段もこれまたバカにならない額なわけで。……正直、同じ額のお金があるならば話題のゲームソフトでも買った方がまだマシだ。何よりもそっちのほうが、やってて楽しいし気晴らしになるのだから。

「それにしてもにぃ……姉ちゃんがあんな下着が好きとは」

「もう、殺してくれ……」

 やけに楽しそうな我が妹と、今にも死にそうな僕。だが、赤ゲージをとっくに突破して「ひんし」状態の僕のことを、我が妹様はさらに振り回したい様で。

「次は化粧品――なんだけどこれは肌質とかにもよるからどれがベストとは言い切れないんだよね」

「それ……今必要か?」

「女の子の化粧は武器なんだよ? それとも姉ちゃんは常に丸腰で外を歩くつもりなのかな」

「分かった。もう適当に見繕ってくれ」

 そんなわけで、えんじ色の看板とシンプルな雑貨で有名な某雑貨店の化粧品を一通りまとめて買い上げ。下着の時のお釣りとして戻ってきた樋口先生がこれまたあっさりと飛んで行ってしまった。……何だろう。普段家計を預かるものとしては、これだけの出費は心が痛んで仕方ないのだが。

 そんなことを考えているとである。

「……姉ちゃん、さっきから変なことばっかり考えすぎ」

 膝の次は肘を入れられる。何でこいつは僕の内心を読んでは攻撃を繰り返すんだ。だいたい、封筒からみるみる消えていく先生方を心配するのは家計を見るものとしては当然のことじゃないか。お金は湯水のように沸かないのだから。

「いや、お金は重要だよ」

「確かにそうだけど、だからって一々家計換算してみたりゲームで換算するのさ? まあ家計についてはあたしも気にしちゃうところだけど、それにしたってゲームはどうなのよ?」

「良いじゃないか! 僕だってぶっちゃけスカートの話なんかよりもゲームのことを考えた方がよっぽど気楽なのだから」

 こいつは本当に僕の気持ちをちっとも考えてくれてはいないな。たった1日2日程度でこんな超展開が何度も続くんだ。たまには息抜き程度に趣味の一つでも考えて何が悪いというのだ。つか、自分で言っておいてなんだけど今は女の子っていう言葉から少し離れたい気分。正直、お腹いっぱいなのだ。

「本当は言いたくないんだけどさ、正直これでもきついんだわ」

 先ほど買ったスカートのすそを掴んで、ため息交じりに続ける。

「色々急展開すぎて、もういっぱいいっぱいなんだよ。いや、お前の行動には感謝してるぞ? 貴重な1日を、僕のために使ってくれてるのはありがたい話だ。でもな――」

 もちろん、朝言った秋奈の言葉は理解しているつもりだ。経緯はどうあれ、僕は可能な限り女の子に同化するしかない。ただ、だからってそれを一気に押し込まれるのはやっぱりきついことなのだ。

「勝手だとは百も承知だが、たまには現実逃避させてくれないか? そのうち慣れるだろうからさ、それまで」

 分かってる。全部僕のわがままだ。だから、押し付けることは出来ない。帽子を直し、再び歩きはじめる。

「姉ちゃんさあ……」

 突然、秋奈は歩みを止めた。思わず、彼女のことを見つめるが彼女は何も言わない。10秒程度の間を置いて、今度はおそらくもう呼ばれないと思われる呼び方で呼ばれた。

「いや、兄ちゃんさ……」

 姉ちゃん。兄ちゃん。

 相反する概念であり、呼び方。彼女は、この二つを意図的に呼び変えた。そこに何の意図が含まれていたのかが僕には分からない。

「何だよ? 何かあるのか?」

 僕は尋ねる。だが、彼女の答えは予想外のものだった。

「いや、お姉ちゃんはどんなに着飾ってもあたしの兄ちゃんなんだな……って」

「……そりゃそうだろ」

 何を言ってるんだ。そんな性別が変わったくらいですぐに人格が変わるわけないだろうが。あまりのバカらしい言葉に、思わずそう言い放った。ところが続く言葉は、何だか重たい一言だった。

姉ちゃん(・・・・)には、成れないの?」

「……どういうこと?」

 姉ちゃんには、成れないの? 

 秋奈の言葉は重たかった。でもそれ以上に、僕には理解できない言葉のようだった。姉ちゃんになれない? なっているでは無いか。現に僕は女だ。年上の女きょうだいを、この国では「姉」と呼ぶ。成れないも何もないではないか。

「既に成っているじゃないか。僕は、秋奈の姉だ」

 望んで、ではないけれど。目の前にある事実として、だ。

「……そう言う意味で言いたかったわけじゃないんだけどなぁ、まあそう取るのが普通か。ごめん、気にしないで」

「待て待て、どういうことだ?」

「何でもない」

 秋奈は無理に話をまとめると、再び歩き始めてた。

「その代わり、あたしの姉ちゃんなんだからあたしの姉ちゃんらしい振る舞いをしてね」

 いつの間にか、彼女の顔には笑顔が戻っていた。そして、とんでもないことを言い放つ。

「そうね、とりあえず男言葉は禁止にしようか。使ったら、その回数ごとにお仕置きね」

「はっ? ちょ、どういうことだよ?」

「そのままの意味。あたしの姉ちゃんとして、おしとやかに明るく振る舞ってくださいってこと」

「ふっざけんな! そんな急に女言葉なんて出来るかっ! ……って痛ッ!」

 「僕」と言った瞬間に肘鉄が掛かる。しかも何気に重たい攻撃だった。

「男言葉禁止!」

 彼女の目はマジだった。心なしか、血走ってるようにさえ見える。ここで反抗したらどうなるか……想像するだけでおそろしい。

「あ、あはは……善処する……よ」

 引きつっていることは、僕にも分かった。でも、女の子として生きる僕にとっては、重要な試練なのかもしれない。試練――? ふざけるな。さっきからキャパオーバーだってんだろうが。

 それなのにこの世界は残酷で、僕に休む間もなくさらなる試練が襲い掛かってくるのだ。

「あれ、秋奈ちゃん?」

 それは、僕にとっては聞いてはいけない声。だというのに、兄妹揃って仲良く声の主に振り向いてしまう。そして視線に入ってきた彼女の正体は――。

「あ、眞子(まこ)ちゃんだ。どうしたの?」

「あーっと、夏物で良いの無いかなって。気分転換も兼ねてね」

 背中に冷たいものが伝う。何と最悪な展開だろうか。たぶん相手は気づいてないけど、僕は分かる。黒髪ポニーテールに明るいパステル調の服。一見すると美少女なその女の子は……。


 ……よりによって一昨日散々言い合った、()・幼馴染みだったのだから。

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