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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
5. 若葉ガールと新たな出会い
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56.「副団長はつらいよ」

 眞子、秋奈と作戦を会議をしてから一週間。そこからは、あっという間に時間が過ぎ去っていった。

 応援プランの作成。必要な備品の洗い出し。備品が学校に無い場合の対処法の考案――どれもが、初めてで正直時間も身体も全く足りないくらいだった。

 それでも時間は誰にでも平等に与えられ、平等に過ぎていく。

 ――そして。

「では、わたしの応援プランを発表します」

 遂に、白団の応援プランを発表する機会がやってきたのだった。


 ◇


 わたしが描いた応援プラン。それは、昔ながらのいわゆる典型的な「応援団」のイメージだった。

 大太鼓を鳴らして、大きな応援旗をはためかせての応援。それは、去年の他の応援団がやっていたチアダンスやアイドルソングを使った――いわゆるイマドキなパフォーマンスを完全に否定したものだった。

 もちろんその計画を練ったのは、わたしが運動オンチであることを考えたというのもあるのだけど、それ以上にそういうレトロなほうが面白いしウケが狙えると判断したからだ。


「ということで、大太鼓については近所の公民館から借りることを検討していて……」

 ただそれをプレゼンに落とし込んで上手く説明出来たかというと、なかなか上手くは行かない。というのも、わたし自身こういう経験が無くて発表さえも手探り状態だったからだ。

 話す内容は全部伝えられたとは思う。けど、プレゼンという観点では上手くなかったのが正直なところ。パソコンのプレゼンソフトを使ってそれらしくは仕上げたけど、途中で説明に詰まるところも結構あったし、その度に話す内容をまとめたノートを見返したくらいだ。

 まして内容が内容なだけに、正直ボツを食らう覚悟が徐々に固まっていく。

「……以上です。何か質問はありますか?」

 全てを説明し終え、改めて質問が無いか問いかける。目の前に並んでいる3年生の先輩は、資料を見返しながら大きくうなづいていた。

「おもしろいんじゃない?」

 最初に口を開いたのは、去年も応援団を務めていた3年生の先輩だった。

「他の団はたぶんこれやらないからね。インパクトはデカいと思うな」

「まさかこんなこと言い出すとは思わなかったよ。今年の2年は俺たちよりすごいな」

 もう一人の3年の先輩も、大きくうなづいてわたしの褒める。

 正直、褒められて喜ぶような年齢でも無いと個人的に考えてはいたけど……それでもこうやって褒められるというのはいつになってもやっぱり嬉しいものらしい。自然と頬が緩んできた気がした。

「ちょっと気になったけど、これ女の子はどうするの?」

 3年生の先輩は3人いるけど、そのなかで唯一の女性の先輩が尋ねる。そういえば、昔ながらのって観点で考えていたしチアはやらないってつもりだったから、そこまでは考えてなかったかも。

「そうですね……女子についても学ランを着てもらおうと考えています」

 そうしないと全体のバランスが崩れてしまうから、そこは仕方ないと思った。

 わたしとしては、正直元が男だったから学ラン自体には抵抗ないのだけど……女性にとってはやっぱり嫌なのか。そういうとこまでは考えていなかったし、自身の詰めの甘さを実感するところだ。と、考えていたのだが……。

「じゃあ春奈ちゃんも学ランか! かっこかわいくて良いんじゃないかな!」

「芦原君と並んで立つと結構映えるんじゃねえか?」

「春奈ちゃん目つきがしゅっと締まっているし、ポニテとかにすると良いと思うな」

 意外に好評で、逆にわたしのほうが拍子抜けするくらいだった。……というか最後の人、なんかわたしに期待というか色々な妄想を掛け過ぎている気がする。

「で、芦原君としてはどうしたい?」 

 ただ、あくまでこの応援団のトップは芦原にある。芦原の意向によっては、このプランも変わってしまうことになる。そういった意味では、自然と緊張する。

「そうだなぁ」

 普段は同じクラスメイトで、しかもバカばっかりやっているクセにこんなときばっかり真面目な顔をして。そのおかげで芦原だというのに妙な緊張感を抱いてしまった。

 いや、別に嫌なら嫌で構わないんだ。本番はまだ1か月以上先なんだ。それにわたしの案なんて、副団長としての体面を保つためにとりあえずで考え付いたもの。気に食わないなら否定してくれても全然良いんだ。

 というか普通に考えてアイドルのダンスを真似した方がよっぽど需要があるに決まっている。だから、ダメだってそう――。

「安藤ちゃん。俺は、この案でやってみたいな」

 ……ダメだと思っていた。それなのに、芦原はわたしの考えたプランにゴーサインを出した。

 わたしの考えたことが。作ったプランが、初めて実ったのだ。

「先輩方はどうですか?」

 3年の先輩に、確認する。だが答えは、明らかだった。

「団長が良いのなら、行くべきだろうな」

「あくまで2年が主役で、あたしたちはお守り役なわけだから」

「むしろこれで行こうぜ。他のやつらが度肝抜くとこ、見てみたいし」

 そう言って、みんながうなずく。それが嬉しくて。というよりも、苦労して作った案が実ったということもあって……いろいろな意味で気持ちがぐちゃぐちゃして、ついその場でへたり込んでしまう。

「良かった、のかな?」

 まさかこんなことになるとは、本当に思わなかった。だけどもわたしは。これまで日陰者だったわたしは、今確かに表舞台に立とうとしていた。それが実感できなくて。

「スカート、汚れるぞ?」

「あっ……ありがとう」

 気がついたら、芦原が差し出す手を自然に掴むことが出来ていたのだった。

 だが、それがまさか。

「ちょっと待ってください!」

 そう言って、ある女子生徒が立ち上がった。

「そんなのおかしいじゃないですか!」

 新たなトラブルに繋がる導火線だとは、わたし自身全く思わなかったのである。


 ◇


「そんなのおかしいじゃないですか!」

 机を叩きながら、彼女はかなり感情的な口調でそう言った。胸元のリボンは青色。ということは、学年でいえば1年生ということなのだろう。

「えっ……何が、かな?」

 とはいえ、案をプレゼンしただけでここまで感情的に怒鳴られるとは全く思わなくてついそう問いかけてしまう。これまでの流れで、そこまで1年生の恨みを買うようなことをしたのだろうか。記憶をたどる限り、さすがにそれは無いとわたしも思うのだけど……。

「わたし、何かしちゃったかな?」

 動揺したというのもあるけど、それを1年生に見せるのはどうかと思って努めて静かに問いかけた。だが……。

「なんで他の人も聞かないで、一方的に安藤先輩の案で決まりかかっているのですか!」

「それは……」

 確かにそこは彼女の言う通りだ。たまたまわたしが副団長で発表順が1番目だっただけなのに、3年生の一存と、芦原のゴーサインで全てが決まってしまうというのはどうかと思うのはわたしも同じではある。

「確かにそうだよね。他に人も聞かないとだよね。じゃあ……」

 名札を見て、その子に再度問いかける。

葉月(はづき)さんは、どんなプランがありますか? あるいはほかに意見のある方はいますか?」

 それが、本来の筋だとわたしは思った。思ったからこその質問だった。

 ところが、わたしに怒鳴った彼女はこの質問に対して何も答えを寄越さない。

「……いえ。そこまでは」

 そう言い、葉月さんは座る。だが彼女がわたしを見る目は、相も変わらず鋭くてものすごく敵意を感じさせるようなものだったのだ。

「分かった。じゃあ聞き方を変えるね。葉月さんたちは。1年生としては、どんなことをやりたいのかな?」

 アイドルを模したダンス? あるいは王道のチアダンス?

 もしそうなった場合は、わたしはちょっと裏方に回らせてもらうつもりだけど、それであの子たちの気持ちが収まるならそっちのほうに調整したほうがやる気という観点でも上手く回ると思った。ところが、彼女が言い出したことはある意味予想外で。

「まず前提として、安藤先輩のやり方自体が疑問です!」

「ちょっ……えええっ!?」

「そもそも大太鼓はどこから持ってくるんですか? 大太鼓を演奏できる人をどこから持ってくるんですか? 衣装とかそういうのとかまで考えてるんですか?」

「だから大太鼓は……」

 近くの公民館に所蔵されていることを確認しているので、そこから借りれるか打診をすることにしているし、演奏できる人のアテもある。衣装については再考の余地があるけど、それもそこまで非現実的ではない考えのはずだ。

 なのに彼女は、ひたすらわたしの提示した案の弱点ばかりをあら探ししてはやり玉に挙げてくるのである。

「じゃあ逆に聞くけど、……あなたたちは何をやりたいのかな?」

 さすがにここまで否定されたらこちらとしてもカチンとくる。そうでなくともこの一週間、わたしなりに考えて考え抜いたうえでの案なのだ。それを、何もしない人間に否定されるだなんて。ここまで腹の立つことがあるだろうか。 

 それでも、怒るということだけは何とか避けたかった。だってそれは、かつていじめられっ子として色んな人に強く当たられたという経験があるから。同じ思いを、わたしは他の人にはして欲しくないから。

「あのね、否定することは簡単。でもね、それを口にしてくれないと、わたしは後押ししてあげられない」

「……」

「わたし、エスパーじゃないんだよ? だから、葉月さんたちの考えを読むなんてことは出来ない。みんながやりたいことを言ってくれないと、みんなの望みをかなえられないの」

 怒りたくはない。葉月さんの、1年生の考えを分からないと、わたしは彼女たちのやりたいことをかなえることが出来ないのだ。

 だけどもわたしの気持ちがみんなに伝わるわけもなくて。

「……安藤先輩、あなたには負けません!」

 どういうわけかわたしは、1年生の女子たちに一方的に宣戦布告されてしまったのである。


 ◇

 

 葉月さんに宣戦布告されてからさらに1時間ほど。わたしの意見に真っ向から反対する1年生と、わたしの提示したプランで進めていきたい3年生の意向が対立してしまい、結論を出すことが出来ないまま会議を終えることになった。

 議論がずっと平行線だったこともあって、終わる時間もだいぶ長引いてしまいわたしが学校を出る頃にはすでに日も落ちてしまっていた。もちろん、遅くなったことについてはわたしに与えられたミッションであるから仕方ないと理屈では理解している。

 だけども、わたしの意見が原因で応援団内で対立している様子を見せ続けられるのは正直精神的に来るものがあったというのが本音だった。

「……お腹空かせているだろうな」

 ましてそのことが原因で、家のことまで覚束なくなっている。今日はわたしが夕飯当番だ。それなのに、応援団のせいでご飯を作ってあげられないていない。

 さすがに秋奈も中学生だから、空腹のまま待っていることは無いとは思うけど、だけども家に応援団の都合を巻き込んでいることがまた、わたしの気持ちを痛めていた。

「ただいまっ」

 疲れて鉛のようになった身体を無理やり動かしてリビングに入る。とりあえずレシピは頭に浮かべているし、今日は簡単なメニューだからすぐ作れるはずだ。

 だけども、いざリビングにつながるドアを開けてみると……ダイニングにはすでにご飯が並べられており、眞子と秋奈が夕飯を食べていた。

「おかえり、春奈」

 わたしに気づいたのか、眞子が声を掛けてくる。

「ああ、お前来てたんだ。それより秋奈ごめん……。当番だったのに」

「いいよ。ハル姉のほうが大変なんだし……ああ、温めてあげるよ」

 そう言いながら秋奈が荷物を預かってくれた。眞子もまた食事中だというのにわざわざわたしのぶんのご飯を温めなおしてくれる。さっきまでが殺伐とした空間に居たこともあって、こんな何でもない優しさが今は心に染みた。

 ダイニングについてほっと一息。ずっと緊張しっぱなしだったこともあって、ようやく気が抜ける。

「……それで、プレゼンは上手くいったの?」

 今日のことが心配だったのだろう。さっそく眞子が声を掛けてきた。

「とりあえず、プラン自体は全部伝えられたかな」

 一息ついてから、改めて今日の会議の内容を思い出す。伝えるべきことはしっかり伝えられたし、一応赤団の首脳というか3年生、2年生としてはこの流れで行くことは決まっているからそういう意味では上手く行ったといえるのだろう。

「そっか、じゃあまずは第一関門は超えたって感じかな」

「と、言えるかな」

 まあ、表面だけ見ればの話だけど。

「でもその割には浮かない顔だけど……どうして?」

 だけども秋奈は、眞子と違ってあっさりとは納得しない。彼女はこういうことには人一倍聡い。だからわたしが隠そうと。いや、隠す気自体は無かったけど、そうやって表に出さないことを簡単に見抜いてしまうのだ。

「それが……1年生と2、3年生で意見の対立が起こっちゃってね……」

 先ほどの会議を思い出して、改めて苦い顔になってしまう。

 3年生の先輩としては、わたしのプランで進めていきたいということもあったのだろう。1年生に何とか説得をしようと試みた。しかし当の葉月さんはまったく首を縦に振らない。他の1年生の子も、「葉月さんが納得しない以上、安藤先輩の案には乗れません」ということでやっぱり首を縦に振ってはくれなかった。

 いや、首を縦に振るかどうかはこの際重要ではない。問題なのは、1年生対3年生で議論が平行線になったというのはともかく、1年生自体が議論のテーブルにつかないという状況のほうだったのだ。

 ――じゃあ来週までに、1年生でも案を出すこと。

 結局、芦原がそうやって案を出して会議自体は終わったけど1年生が帰った後の先輩たちは人が変わったかのように怒っており……そりゃそうか。1年生のやってることはあまりに幼稚で子供じみていたのだから。

「わたしと芦原じゃ、上手くまとめることが出来なかったんだ」

 仮にもわたしたちは団長と副団長なんだ。2年生であるとはいえ、「長」という言葉の意味や重みは考えないといけない。そう言った意味で、わたしは上手く会議をまとめることができなかったのだ。

「そっか。そういうことがあったんだね……」

「なんかわたし、自信なくしちゃってさ。副団長なのに、それに値する役割が出来ていないと思うと辛いし……正直逃げ出したい」

 眞子は静かにうなづいていた。こうやって話を聞いてくれる味方が居るだけでも、わたしは十分に恵まれた立場だ。

 だけどもその一方で、意見が全くまとまらないうちらと違って秋奈が居る赤団はすでに衣装づくりまで進んでいる。

 秋奈自身が言葉にしてはいないから憶測でしか無いけど、でもソファーに所狭しと衣装の素材となる赤色の生地が置いているというのは、そういうことなのだろう。テーブルにある模造紙には、赤色の衣服の図が描かれている。

 洋裁が出来る眞子がこの場に居る、という意味でも赤団との差は明らかだ。

「もちろんやると言った以上は最後までやるけど……けど、白団をまとめ上げれる自信はどうしても無くて」

 つい弱音を吐いてしまう。リーダーは辛い、ってことに。

 でもそれをまとめ上げることがわたしに与えられたミッションだ。ただチアダンスをやるとか、人前で踊るとか――そんなことはわたしが思っていただけでこの役目に対する本質では無いのだ。

 どうすれば、うまく1年生と接することが出来るのだろう。そう、悩みが大きくなっていく。

「……それって、もしかして3組の葉月さんかな?」

 少し間を置いてから、秋奈がそう問いかけた。

「そう。って何で知ってるの?」

「1年のなかではちょっとした噂になってるよ。ハル姉が」

「えっ、何かわたしやらかした?」

 嫌な予感がする。けどもそれが今回の問題のヒントになるかもしれない。だから、悪口を言われる覚悟で秋奈に話の続きを促した。だがしかし、その内容は……。

「2年の芦原先輩に気に入られているって、もっぱらの噂。だから目の敵にされてるんじゃないかなって」

 聞いて後悔する。だってそれは、わたしの一存でどうにかなる問題でもないし、応援団やっている以上はどうにも避けられない問題だったわけだから。

56話です。初めてのリーダー、初めての表舞台ということでかなり苦労している主人公。

彼女はどうやって1年生を説得し、体育祭を成功へと導けるのでしょうか。次回に続きます。

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