54.「若葉ガールが応援団?」
「……ったく、どうしてわたしが体育祭の応援団なのよ」
放課後の教室で、ついそう愚痴った。
わたしが体育祭の応援団員となってから早一週間。何とか応援団員を回避しようと努力はしたのだが、クラスの圧力というか決定事項には逆らえず、結果として今日の応援団初会議の日を迎えてしまったのだ。
「大丈夫、安藤ちゃんならできるから」
「ふぁーいと!」
それなのに、いつも話すクラスメイト達は何とも根拠のない励ましの言葉ばかり。わたしの愚痴に若干うんざりなのか。あるいはわたしに押し付けたままでいたいのか。ともかく、そんなどこか実体の無い言葉ばかりが掛けられている気がするのだ。
「じゃ、部活あるからまた明日ね」
「わたしも。バイバイね!」
そう言い、クラスメイト達は部活へと散り散りとなってしまう。同じ言葉は、わたしが言いたいくらいだというのに。
ただ、そんな恨み言ばかり並べたところで事態が変わらないということはさすがのわたしも分かっている。ちょっと腑に落ちないところだけど、決まった以上は責任もってやるしかない。
荷物をまとめて教室を出ようとしたまさにすれ違いざまだった。
「これから会議?」
入れ替わりで、結衣が教室へと入ってきた。彼女もまたわたしと同じように鞄を肩に掛けている。今日の料理部はオフだったはずだから、これから帰るというところなのか。ずいぶんと良いご身分である。
「ええ、誰かさんのおかげでね」
恨み半分呆れ半分。やり場のない怒りを含めてちょっとだけ睨みつつ、ため息をついた。
「あらあら、ハルちゃんまだ怒ってる?」
だけども結衣がそんなことに動じるわけも無くて、いつものように穏やかな微笑みをわたしに向けながら、頭を撫でてくるのである。
「そりゃ怒るよ! 誰かさんを筆頭にハメられたようなもんなんだから」
もちろん、本当に怒っているというわけではない。
「と言われても、他に誰も居なかったじゃない」
彼女の言葉の通り、あの日他に応援団をやってくれると立候補をした人は誰も居なかった。
「ならばわたしなら良いって言うの?」
もちろん、わたしならば良かったとは結衣も本心では思っていないだろう。無理やり押し付けられたのは事実だけど、あの状況では誰かが受け入れるしか無かったのだ。だからその誰かがわたしに向かってしまったというのは、仕方ない。
わたしだってもう子供じゃない。そんなこと、理性では分かっているのだ。
「うん。だってハルちゃんチョロそうだから」
前言撤回。こいつ本当にわたしに面倒事押し付けてやがった。
「ちょっとそれ、嫌がる親友にやること?」
「ハルちゃん知らないの? 権力は使うためにあるんだよ」
なんて委員長だ。まったく、どうして権力者ってこう汚い人間が多いのだろうか。
「サイテーだよ」
「最低で結構」
「ついに悪びれる素振りすら見せなくなったね!」
本物だよ。これは完全に越後屋の顔だよ。今なら時代劇にも出演できそうだよ。悪役で。
と突っ込んでやろうと思った。でも、そう言おうと言葉が喉まで出かかったところで。
「……本当に押し付けたって、ハルちゃんは本気で思ってる?」
彼女は、声のトーンを一段階落として言葉を紡いだ。
「えっ?」
その様子に驚いて。いや、様子だけでは無い。
彼女の表情それそのものが、わたしの言葉を喉から上へと行かせなかったのだ。
「もし思っているとしたら、それは私の伝え方が悪かったと思う。ごめん」
「……あんたが謝ることじゃないでしょ?」
結衣は、微笑みを崩していた。いや、微笑んではいる。でも、わたしには分かるのだ。笑っているはずの彼女の瞳の奥に、「笑い」が込められていないことに。
「誰かがやらないといけないんだから、仕方ないでしょ?」
確かに愚痴は散々言ってるけどさ、と続ける。それでも、わたしが嫌だといくらゴネたところで各クラスから既定の人数は出さないといけない決まりなのだから仕方が無いこと。結衣が責任を負う必要なんて全く無いはずなのだ。
「気にしないでよ。わたしは、ゆっても平気だよ」
わたしは酷いことを言ってしまった。罪悪感は、結衣のほうが持っていたかもしれないというのに。
だけども、結衣の視点はそんなところには無かったみたいで。
「そうじゃなくてさ……」
――ハルちゃんは、私の恋愛を応援してくれていた。それが失敗するって知っていても、どうにかしようとあがいてくれていた。
その言葉に、わたしは固まってしまった。
「今のハルちゃんなら。安藤君なら、この大役をお願いしても大丈夫って思ったんだ」
だけども、結衣の言葉は止まらなかった。
「……その名で呼ぶなよ。正体がバレたらどうするのさ」
辛うじて、正体を隠しているという事実だけ伝える。でもそれ以上の言葉を、うまく言い出せなかった。
「二人きりだもの。それに、ハルちゃんなら成し遂げられる。私はそう確信しているから」
どうしてそう思ってしまったのか。
確かに、結衣の気持ちを何とかしてあげたくてわたしは動いた。人助けだなんて、柄でも無いと承知で。おまけにその結果は散々なもので結衣の気持ち、宮川の気持ち――両方をボロボロにしてしまった。
わたしがあがいたところで、そこに「成功」の二文字なんて無い。成功体験も無くて、成功までのビジョンも見えない。本当に、足りない分の労働力を補充するような、そんなことしか今のわたしにはできる気がしないのだ。
「……冗談じゃない。重い期待だよ」
いろいろ言いたいことはあった。でも、その一言に全てがまとまると思う。
とどのつまり、結衣が言うほどわたしは――大層な人間では無いのだ。
「まあ、やれそうなことはやるけどさ」
そう言い残して、立ち去ろうとした。けどその手を、行く足を彼女に阻まれる。
「……そんななあなあな気持ちでやってほしくて、私はあなたを推薦したわけじゃない」
「何を言うか。こんなの推薦じゃない。ただの義務だ」
「違うっ! わたしは……」
「安藤君にもこのイベントを楽しんで欲しくてっ! だって、辛い記憶のまま体育祭なんてやりたくないだろうから。安藤君の手で楽しい体育祭を作ってほしくてっ!」
その言葉は、本当に予想していない内容だった。
わたしは、本当に応援団というものを嫌な物として捉えていた。言い方は変だが、スクールカーストの上位の人間が楽しむ体育祭。そんな体育祭を盛り上げる彼らもまたスクールカーストの上位だ。だけどもわたしが。いや、僕がそんなスクールカーストの上位に居られるわけも無く。
はっきり言えば、僕は負け組だ。そんな人間をどうしてわざわざ虎口に追い詰めるのかと最初は思った。
でも、結衣は全く違った目線で見ていた。
「分かるよ。私は、安藤君がどれだけ辛い目にあったかも知ってる。助けられなかった私が言うのはどうかとも悩んだ。でも、今の強いハルちゃんならばきっとできるって。最後まであきらめないハルちゃんならきっとって……」
結衣は、信じてくれていた。可能性に賭けていた。
そのうえで、わたしの手で体育祭を変えるように仕向けたのだ。
「……まったく、そういうの余計なお世話って言うんだよ」
だったら最初に素直にそう言えよ。そう言ってくれれば、まだ気持ちの持ちようも変わっただろうに。
「怒るよね?」
「当たり前でしょ! でもそれ以上に、そんなことでの気遣いは無用って言ってるの」
それに……今さら結衣の気持ちを聞いて断ることなんか出来るかよ。
「きっかけはともかく、わたしはこれをやるって引き受けた。だったら、わたしの出来る範囲でやるってだけだよ」
もちろんそれが成功するかは、正直わたしにも分からない。たった二人しか居ない、結衣と宮川の間を取り持つことさえできなかったわたしに何ができるという。それが本音でもあるし、だからこそ今度は成功させたいという気持ちもある。
ただ一つ言えるのは、今まで言うほどには……悪くないのかもということ。
「その代わり、過度な期待はするなよ?」
そう言い、わざと結衣の顔を見ずに踵を返す。
「……やっぱり、ハルちゃんにお願いしてよかった」
「さあ、どうだか」
わざとそう言ってやる。でも、そう言った時のわたしの気持ちは……これまで以上にずっと前向きだったのである。
◇
そんなわけで、応援団初会議の場所へと向かう。会場として指定された教室には、すでにわたし以外の応援団員が席に座っているようだった。ただ、その雰囲気は……。
「うわ、マジウケるっ」
「それでねそれでね!」
教室から漏れる明るいというか黄色い声に、思わず立ち止まる。
……まあ、予想はしていた。けど、思っていた以上にその陽キャというか明るい雰囲気をまとったというかそんな子たちばかりだったのだ。今でこそわたしも、教室の中ではそこそこ目立つポジションに入るけど、根っこの部分ではやっぱりクラスでも目立たないポジションにいたわけで……これは元陰キャのわたしにはなかなか厳しい環境だ。
結衣の前ではああやって大見得を切ったが、この状況を前に「前向きな気持ち」をあっさり撤回して、端っこの席にちょこんと座る。
ところが……世の中なかなかわたしの思ったようには動かないわけで。
「おっ、安藤ちゃんだ!」
せっかく目立たないように教室に潜入して、端っこを陣取ったというのにそれをぶち壊す愚か者がわたしの前に現れたのである。
「芦原先輩っ!」
たくさんの団員が。というよりも、特に女子のほうが黄色い歓声を上げる。……芦原に。信じられないことだけど、どうやら芦原は年下の女子からはかなり人気なようだ。
だというにもかかわらず、芦原はその女子たちのところにはなぜか向かわず、どういうわけかわたしのもとへと向かってきて、さらにわたしの席の隣に陣取ったのである。当然、その女子たちの視線はわたしのほうへと釘付け。本当に読んで字のごとく、嫉妬というかそういう負の視線が、わたしに突き刺されるというわけである。
「席替えしてちょうだい」
「そんな冷たいこと言うなよー。俺らクラスメイトじゃん!」
「クラスメイトだけど仲良くなった覚えは無いし」
ついでに言うとお前を横取りしたという、全くの勘違いによってわたしのほうが地味に傷つく視線を向けられているわけなんだけど。全く、こいつが居ると本当にロクなことが起こらないな。
「だいたいお前はどれだけわたしを振り回せば気が済むのだい?」
「そこまで怒ることなの!?」
「怒っては無いよ。関わり合いにならないでちょうだいってだけで」
「怒ってない人はそんなこと言わないよー!」
さすがにわたしの言葉に傷ついたのか、そんな捨て台詞を残して別の席へと移動していく。口調が何か子供っぽいのが気になったけど、まあ取りあえずは負の視線も回避できたしまずはいいか。
あとは、応援団の要職に就かずひたすら会議を後ろで見守るという簡単なお仕事をすればいいだけだ。
だいたい、わたしだって本当はこんなことやりたくなかったんだ。それなのに、わたしは貴重な時間を削ってこの話に参加してあげているのだ。冷静に考えれば、バイト代の一つでも出て良いくらいなのじゃないだろうか?
「では、会議を始めます」
「まずは、今年の団長と副団長を決めるところから」
そう思っている間にもどうやら会議が始まったようだ。まあ、現実的には学校行事でバイト代なんか出るわけも無いし、そこは我慢。せめて、内職でもしながら時間が過ぎるのを待つばかりだ。宿題も山ほど出されたし、家でやるよりはこっちで片づけておいた方が家でのんびりできる。
そう、思ったはずなのに……。
「まあ団長は、芦原君に任せるとして」
……ちょっと待って、本当にこれで良かったのだろうか?
確かに、わたしは応援団になりたくは無かった。その気持ちには変わりはない。貴重な時間だって削られている。周りだってパーティーピーポーばっかりで全く慣れない。それなのに……。
――安藤君の手で楽しい体育祭を作ってほしくてっ!
ん……ああ、もう! どうしてこうも未練がましいのか!
結局勿体づけて、色々逃げる言い訳並べ立てて。結衣の話だって無視すればいいだけの話だというのに、それが出来なくて。要するにわたしは、心のどこかで応援団って仕事を適当にやりすごせない。
不器用だってことは分かってる。でも、誰かがわたしに期待をかけてくれた。だったらその期待には、応えるしかない。それをいなすことが、わたしには出来ないんだ。
「で、副団長はどうするの?」
「慣例じゃ2年生の女子なんだけど……」
「そしたらこの場合だと安藤さんになるわけだけど……」
「えっ、わたし?」
思い悩んでいる間にも、いつの間にか話の焦点はわたしに向けられていた。
「どういうことですか?」
「つまりこういうことだよ」
芦原が口を開く。それは、驚くべき内容だった。
「安藤ちゃんに、応援団の副団長をお願いしたいって」
作者としても予想もしなかった第52話です。
これまでずっと、影に潜んでいた春奈が遂に学校の表舞台に立つことになります。
春奈は無事に、体育祭を成功へと導くことが出来るのでしょうか?




