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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
4. 若葉ガール、始まりの時
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49.「素直にならなきゃ」

 秋奈に向かって秋奈のお姉ちゃんになるってことを宣言して、秋奈がその言葉に大泣きして――。

 そんな衝撃的な出来事があったにも関わらず、それから起こったことはわたしが思っていたよりもずっとあっさりとしていて、かわり映えのしないものだった。

 もちろん、二人で一緒にご飯を作るということはこれまでにないことだったけど、でもだからといってそれで何か特別なことが起きるわけもなく。

「……まだ朝8時なの?」

「休みなのにわたしたち随分と早起きだったからね」

 朝8時だというのに、二人してすっかり暇を持て余す事態になっていた。

 秋奈はソファに寝っ転がっていつも読んでいる雑誌を読み始め、わたしもまた暇なことを誤魔化すかのようにテレビの情報番組をだらだらと眺めることにした。

 ……そうだ、せっかくの休みだし二度寝しようかと思い立つ。だがそれも、お化粧を落として今さらパジャマに着替えなおしてまでやることではない。

「やることが無いってのも、地味にきついよなぁ」

 結局悩んだ末に出てきた言葉は、本当にその一言に尽きた。もちろん、そう呟く前にもやるべきことはある程度並べたつもりだ。宿題のこととか夏休み明けの学校の準備とか。でも、前者についてはすでに終えているし後者も制服のクリーニングは終えているわけだから……本当にやることがないのである。

 だいたい、女性になってからのここ数ヶ月の間に「やることが無い」ってことが無かった。常に起きている間は何かしらのことをやったり考えたり悩んだりで、「やることが何も無い」ってことが本当に無かったのだ。

 そして困ったことに、それだけ忙しいけど密度の濃い時間をずっと過ごしてきたからこそ……こういうときにどうすべきなのかをわたしは知らない。

「……暇なんだけど」

 そう秋奈に問いかけた。 

「そう言われてもねぇ……そうだ、ゲームとかは?」

「ああ、その手があった!」

 テレビのチャンネルを変えて、久しぶりにゲーム機の電源を付ける。そういえば、わたしが男だったころは毎日欠かさずやっていたっけ。どうせ友達がいるわけでもないし、当時のわたしにとって現実を忘れられるのはせいぜいゲームくらいだったわけなのだから。

 だけども女になってからは存在を意識することも無くて、そもそも他にやることが多すぎてゲームにまで目が行くことも無くて。そういうこともあってかゲームの起動画面には、最終プレイ日が4月の日付となっていた。思えば、男じゃなくなってからそんなにも時間が経過していたのかと妙に感心をしてしまう。

 気が付けば、秋奈もゲーム画面をちらちらと眺めている。こっちのことが気になるのだろうか。

「一緒にゲームやる?」

 朝と同じでは無いけど、いい機会かもしれない。こういう遊びでも姉妹一緒にやれば、きっと楽しいはずだ。しかしそうはいってもゾンビを銃で撃ち殺すゲームを秋奈にやらせるのは……さすがに教育上良くない。というか、まずい。

「『どう森』にしようか?」

 わたしがやっていたゲーム機の電源を落として、下にあるもう一つのほうの電源を入れる。こっちは全年齢対象の穏やかなゲームが多いから安心だ。そう思ったのだが……。

「いやさ、そうじゃなくて。せっかくオシャレな服を着ているのに外に出かけるって発想無いの?」

 秋奈の一言は唐突だし、わたしが想定していた言葉とは全く違っていた。

「えっ、ゲームやりたかったんじゃないの?」

「なんでそうなるのさ? いや、そりゃあたしだってたまにはゲームすることもあるけどさ」

「でも秋奈さん、わたしがゲームやってるのちらちらと見てましたよね?」

 ちらちら見てるからこそやりたかったのだろうってわたしは思ってたんだけど……。

「何でそこだけ『さん』付けなのさ。そうじゃなくて、せっかくメイクまでしておしゃれな服を着てるのに外に出ないだなんてもったいないんじゃない?」

「あぁ、そういう……」

 自分の服をつまんで見ながらうなづく。確かに、一般論ならばそうなのだろう。オシャレをしたのだから外に出かけたい、と考えるのは女性心理としてはいたって普通の考えだ。だから秋奈の言い分も分かるといえば分かる。

 ただそうはいっても……。

「なんか、めんどくさいんだよねぇ」

 そんなに乗り気になれない、という言葉が出てしまった。

「いやね、絶対嫌だって言ってるわけじゃないのよ。でもさ、この後も血が出ることが予想されるわけじゃん? 街中で血を漏らすのは、やっぱり正直恥ずかしいんだよね」

 絶対に外に出たくないから無理やりひねり出した、というわけではない。めんどくさいのは事実だけど、その点が気になってしまうというのも否定ができず、そんなあいまいな言葉しか返せなかった。

 というかそもそも、この服装は秋奈にわたしの気持ちを伝えるための一種の舞台装置のつもりだった。何も外に出るため、ってことは考えてなかったし、体調面を考えても出来ることなら家にとどまっていたいというのが本音だった。

 だからせめて落ち着くまではね、と続けた。そもそも3日程度外出をしなくても、人間死にはしないのである。

 しかし彼女は、わたしの言葉を聞くと雑誌を眺めながら素っ気なく言葉を返してきた。

「まあハル姉が嫌なら無理強いはしないケド」

 ……このパターン、どこかで見覚えがあるやつだ。

 こういう場合の「まあいいケド」って表現は、大抵「まあよく……はない」のである。わたし自身も上手く表現が出来ないけど、要するにこの言葉の意図としてはその直前までに言ったことをぜひやって欲しいということなのである。

 もちろん、そういう直接的表現を面と向かって女子は言わない。男子視点ではストレートに言ってくれないと伝わらないし困ってしまうと考えているのだが、女子というのはそういう生き物なのだ。

「……まあせっかくお化粧までしたからね。さすがに遠出はきついけど、買い物くらいなら行こうかな?」

 そういってゲーム機のコントローラを置いてソファから立ち上がった。そして秋奈はそんな言葉を見逃さなかった。

「そういえばあたしも、買い物しないといけないことあったの忘れてたわ」

 そう言いながら、雑誌を置いて廊下につながる扉へと駆けだした。だけども扉まで行きついたところで彼女は急にわたしのほうへと振り返る。

「ハル姉、一緒に行かない?」

 全く、どうしてわたしの知り合いはみんな揃いも揃って自分のやりたいことをストレートに言うことができないのか。

「……分かってるから。あと家では走りなさんな」

「うん!」

 そう言って、彼女は再び廊下を駆けて行った。まったく、「走るな」ってついさっき言ったばかりなのになぁ。


 ◇


 そんなこんなで、秋奈の準備が終わるまで玄関で待つ。といってもわたしと違って秋奈は、化粧まではしない子だ。どうせすぐに準備を終えるだろうと、スマホをチェックしていると……。

「ゴメン、待たせたね」

 そんな言葉と共に、階段の上のほうでドアが閉まる音がした。

「別にいいよ、大したこと無いし」

 本当に大したことじゃないから、降りてきた彼女にむけてそんな言葉を返そうとした。だが、秋奈の姿を見てわたしは思わず固まってしまう。

「……どうしたの? なんかフリーズしちゃってるけど」

「そう……かな? そんなことは無いと思うけど」

 そう言い、ドアを開けるために振り返ろうとした。だけども、彼女の服装が脳裏に浮かんでしまってドアのノブを掴むことができない。

「開けないの?」

「開けるよ? でも、心の準備が……」

「ドアを開けるのに心の準備って必要?」

「それは……いらないんじゃないかな?」

「ああもう! めんどくさいなぁ!」

 それは突然だった。秋奈はなんと、わたしが開けるをためらったドアを無理やり開けてわたしを押し退けて一歩先に出てしまったのだ。しかも、それだけじゃない。

 彼女が前に出たことで、必然的に彼女の服装を見ることになってしまうのだがそれが……どう考えてみてもものすごく似ているというか、お揃い(・・・)の服装であるという事実を突きつけたのである。

 お揃い――それは、仲が良いことを象徴するもの。だから、姉妹でそんな服装をすることはおかしくないのかもしれない。ただ、わたしは今までずっと秋奈の兄として振る舞っていたのだ。

 兄と妹は、距離があって当然の存在。だって性別が違うのだから。

 なのにそんなわたしと秋奈が、いくら姉になると宣言したからといってもいきなり二人でお揃いの服装をしているという事実が……とんでもなく恥ずかしくて居てもたってもいられなかったのだ。

「いやその……なんでお揃いなの?」

「なんでって、あたしがこういう服着てみたかったから? 姉妹でお揃いって、夢だったんだよね!」

 秋奈は夢が叶ったと言わんばかりに無邪気な顔をしているけど、本当の意味で女性になったばかりの()にとっては、なんだか複雑な心境だった。

 だいたい、今さらこんなお揃いの服装を着るほどわたしは秋奈と仲良くなれたのだろうか。それに、わたしがロングスカートに可愛らしいブラウスを着こなせるほどの女らしさを持ち合わせているのだろうか? 

 女になってしばらく経っているし、スカートなんてとっくにはき慣れているはずなのに。

「そう、秋奈が嬉しいなら……わたしも嬉しいかな」

 だけども、そんな心境を知ったら彼女はまた要らぬ気をまわし始めるだろう。それが気まずくて、だからわたしは嘘をついた。もう何度も秋奈に気を遣わせたのに、これからはわたしのほうが姉として振る舞うって誓ったのに……いきなりそんなことで秋奈を嫌な気持ちにさせたくなくて。

「それにこのスカート可愛いじゃん? やっと大手を振って着れるようになったというか……」

 そう言って、勇気を持って歩きはじめた。悩みや迷いを、無理に押し込めて。だけども――。

「ハル姉は嫌だったの?」

 嘘、ってものは姉妹ならお見通しっていったところなのだろう。わたしの心の声を読んだのか、秋奈は不安そうな顔でわたしに問いかけた。

「……嫌、ってわけではないのだけど」

 言葉に詰まってしまう。

 嫌か、と言われればそういうわけではない。秋奈とお揃いってことが嫌なわけでは無いし、初めて女性になったときに無理やりスカートをはかされたときのような感情は起こってはいない。

 ただ一つ。「わたしがそれを着て良いのか」――それが気になって、感情の整理がつかない状態だったのだ。

「……なんか言葉にするのは難しいんだけどさ。その……いまさらわたしが、こういう可愛い服を着て秋奈の隣に立って。それで良かったのかな? って」

 言ってから、ふと気が付いた。論点が変わっているということに。秋奈とお揃い、ということではなくて、わたしがこの服装を着て大丈夫か。そこにわたしの意識が向かっているようだった。

「どうしてそんなことを気にするの?」

 秋奈は静かに、だけども力を込めてそう話した。

「あたしは、姉ちゃんがその服装で似合ってると思ったからお揃いにしたくてこの服装を選んだ。ハル姉が悩むことなんて無いんじゃない?」

「そうは言っても……」

 みんなきっとそう言うだろう。秋奈だけじゃない、眞子や結衣だってきっと同じことを言うだろう。そしてそれが本心だということも、わたしは知っている。ただこれは、わたしが自身を信用していないというか自信を持てないというだけの話で。要するに、気持ちの問題なんだ。

 自身が持てないのかも、そう言おうと口を開こうしたその瞬間だった。

「可愛いよ? ハル姉は」

 可愛い……? ()が!?

 秋奈のいともたやすく放たれたその言葉にショートしてしまい、上手く言葉が紡げない。だってわたし、元は男だったんだよ? 元男がそんな可愛いだなんて……おかしな話じゃ……。

「嬉しい。けど……良いのかな?」

 わたしがそんな服装を着ても良いのかな? そんな言葉がつい表に出てしまう。

 今までわたしにとっての「女性の服装」とは、図らずも女性になってしまったから世間体を守るために着ていたもの。あくまで「不可抗力」という姿勢で着ていたものだ。もちろん女の子になりたいという気持ちはあったものの、それは悟られてはいけない考えだし、だからこそそう周囲から。いや、()自身が思わないようなバランスの服しか着て来なかった。

 だけども今日の服は、「女性になる」という決意を示すために着た服であり、だからこそわたしが思う「かわいい」をなるべく織り込んで選んだ服だ。もちろん、自分自身のケジメとして選んだ服装なのだから女性らしいのは当然。でもそれを他の人から突っ込まれるというのは……やっぱり落ち着かないし恥ずかしかったのだ。

「気持ち悪い、のかもしれないよね」

 女装する人を「気持ち悪い」と世間がなじるように。わたしはそう結び付けた。

 秋奈はその言葉にすぐに何も返さなかった。わたしも非難されてしまうのだろうか。やっぱりやっていることはおかしいことなのだから。

 だけども彼女は、少しだけ考え込むとわたしの頬を平手で挟んで続けた。

「……まーた姉ちゃんのネガティヴが始まった」

「ちょっと、何すんの……」

「前の浴衣の時も言ったよね? あたしは、ハル姉がしたいようにしてくれるのが一番嬉しいって。ハル姉はもっと自分のしたいことに正直にならなくちゃダメなんだから!」

 あたしもでしょ? と彼女は笑った。

 秋奈は強い子だ。彼女の瞳には最初から世間の常識なんて映っていない。ただ、自分がやりたいことに。欲望に正直なのだ。

「ハル姉はこのスカート嫌い? ブラウスは嫌い?」

「……いや、眞子からもらったときからずっと着てみたいなって思ってて」

「だったら自信を持つ。今のハル姉は可愛いんだから!」

 そう言って、彼女は無理やりわたしの手をつかんで続けた。

「さっ、バカやってないでちゃっちゃと買い物済ますよ?」

 そういってわたしは彼女に手を掴まれたまま歩かされる。

 そっか、わたし――可愛いんだ。もっと自信を持って良いんだ。そんなバカバカしいことを、一人でバカみたくぐるぐると考えながら。

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