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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
4. 若葉ガール、始まりの時
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47.「『愛情』のカタチ、『姉妹』のカタチ」

 トイレに入り、ズボンと下着を下げる。下着にあてがっていたガーゼのような当て布には、やはり予想通りのものが染みていた。量はそんなに多いわけではない。けど、その見た目のまがまがしさがそれこそ字のごとく僕の血の気を抜いていくようなそんな感覚を抱かせたのだ。

 ――何度見てもこれはきついな。

 心の中で独り言ちつつ、ガーゼを丸めてテープで止めて小さなゴミ箱へ入れる。さすがに今日だけですでに数回は見ているから、今さらパニックを起こすというわけでは無い。

 それでも、この光景を何度も見るたびにもう元には戻れない。後戻りできないんだな、という感覚に襲われてしまうことは否定できなかった。

 もちろん、僕が初めて女の子になったときだってそれは思ったことだ。身体自体が変化して、そこにあったはずのものが消えてなくなり、そこに無かったはずのものが急にできるのだからそりゃずいぶんと戸惑ったことは覚えている。

 でもその時と今回の状況は、明らかに似て非なる状況だ。

 前回のそれは、それでも自分が望んだ結果の変化だった。そもそも女の子になりたいと願って、その結果としてあのように身体が変化したわけだから、例え身体が大きく変わって生活が大きく変化しようとしてもどこか楽観視していたのではないだろうか。

 だけども、「女の子」になるということと「生理」が訪れるということは同じことのようで全く違うことだ。「女の子」と「女性」というのは似て非なる存在だ。……いや、もう遠回しにいうべきではないだろう。

 はっきりと言うと、女性という生き物は人間を生み出すことができるのだ。言い換えればそれは、僕自身が「妊娠できる」ということ。今までどこかあいまいだった性別の違いというものを露骨に示すわけだし、もう僕が性的にも男から切り離された。当然の事実だけど、それをまじまじと見せつけられたことに今だってショックを隠せないでいるのだ。

 ――いつかは子孫を残さないといけない。生物の摂理には逆らえない。所詮人間だって、生き物でしかないから。

 母さんのかつての言葉が僕の脳内で反芻する。当時はそんなこと起こるわけが無いってどこかで軽く見ていた。でも、当事者になった今だから分かる。母さんの言う言葉の本当の意味が……。

「なんかもう最悪だ」

 頭も心も、お腹も痛い。

 僕が思っていた「女の子になる」ということは果たしてこういうことだったのか。……いや、違う。僕はただ、普通に友達に囲まれた穏やかな生活が欲しかっただけなんだ。男だった頃は決して掴めなかった、そんな当たり前で平凡な日常を。

 それでも現実は変わることが無い。女の子になりたいと願ってこうなった以上、僕に文句を言う資格はない。だから、例え先の見えない袋小路にさまよったような状況でもそれを受け入れるしかないのだ。

 ――仕方の無いことだ。

 そうやって無理やりに納得させながら部屋のドアを開ける。きっと時間の流れが解決してくれると思ってベッドに身を預けようとしたのだが。

「おかえり。大丈夫だった?」

 そのベッドには、秋奈が座っていた。さっきの話もあって、既に妹は自分の部屋に戻ったと思っていた。ところが僕が部屋を開けている間も秋奈はそこに居続けたようで、ベッドのほうに目を向けるとそこには僕が使っていた枕とは別の枕が置いてあった。

「どういうこと?」

 なんで枕が二つあるのか。枕どころか毛布まであるのはどうしてなのか。そしてどうして、僕の机の上に秋奈のパジャマが置いてあるのか。

「いや、たまには一緒に寝たいなって思って」

「えっ……さっきの今で?」

 それはどういう意図があるのか、と深読みをしてしまう。昔だったらそんなことは無かったのに。なんて、自虐してしまう。大人になるってことは、こうやっていらぬ疑いとかを持つということなのだろう。

「まあ、あんなやりとりがあったもんね。だけどそれとは別に、普通の姉妹に戻りたいなって。ほら、考えてもみればあたしたち、もう二週間くらいまともに話していないんだよ?」

「……言われてみれば」

 確かにそうだ。秋奈のことを嫌いになったわけでは無いけど、結衣のために訳わからん奴と喧嘩して。そのために秋奈を怒らせて、そこから僕たちの会話は消えて無くなっていた。

 気まずいというのもあったと思う。でも、やっぱりどこかでお互いがお互いのことを避けていたのだ。秋奈を怒らせたから。秋奈が僕のことを怒ったから。

 仲良し兄妹ってわけではなかったけど、普段はそういう兄妹喧嘩というものをあまり行わなかった。行う必要が無かったから。だからこそ、こういう喧嘩のあとどうすべきか分からなくて、未だに気まずいという気持ちや感情を引きずっている。

「でも、今さら普通の兄妹に戻るってどうすればいいのさ?」

 そんなことを言われても、さっきのことがあって秋奈の気持ちを知ってしまって平静な状態で一緒に寝られるのだろうか。その自信が、僕には無かった。

「それは分からない」

「分からないって……」

「分からないから一緒に寝るんでしょ? 一緒に相談して、考えて考えて。そうすれば元に戻れるのかなって」

「……」

 断定はできなかった。でも秋奈の言葉を聞いたうえで断れるかと言われたら、それは違う気がした。

「あたしで良ければ相談にも乗る。生理とか急に性別が変わったこととかだって、正解は出せないかもだけど一緒に考えていきたいの。だから……」

「だとしてもだ。元男にこんなこと相談されて、生理的に不快じゃないのか?」

 本当は、やっぱり相談したい。眞子や結衣にも相談が出来ないような話題だし、秋奈なら僕が女になったその時からのことを知っている。本人だってそれを望んでいる。それは分かっている。

 なのにそれを、僕が知る「一般的な観念」ってものが阻んでしまう。

 さらにいえば、僕の中に眠っているケモノが目を覚ました時どうなるか。今はさっきの生々しいものでその毒気が削がれているけど、今度こそ秋奈に手を出したらそれこそ一巻の終わりだ。

「断るなら今のうちだ」

 いろいろなものにがんじがらめにされている気はした。それでも、秋奈とはもう一緒には寝ることは出来ない。だからそう脅した……はずだった。

「つまり、断らなかったら一緒に寝ていいってことだよね?」

 なのに彼女はそんな脅しなどものともしないといった様子で居座り続けた。

「……ったく、その強情は誰に似たんだか」

「あなただよ」

 本当にそうなのだろうか。自覚症状が無い分、腑に落ちない。けど秋奈が言うならそれはきっと事実なのだろう。よくよく考えれば母さんだってそうだし。というかそれが事実なら、この家の人間の全員が頑固で強情な分からず屋ではないか。

 ……ともかく、本当に秋奈はこの部屋から動く気は無いようだ。だったらこっちが観念するしか無いのだろう。

「……分かった。でも、今日だけだぞ」

「やった! でもハル姉も素直じゃないなぁ」 

 そう言い、少しだけはしゃぐ秋奈。その姿が、小学生だった頃の彼女と重なる。兄と一緒に寝ることがそんなに嬉しいのかは僕には分からないけど、それでもここ最近暗い出来事ばっかりだった僕にとってもそんな明るい表情の秋奈は救いだった。

「……じゃあ僕はお風呂に入ってくるから」

「行ってらっしゃい。あ、そうそう。よくお腹を温めるんだよ」

「はいはい」

 そう言ってパジャマをつかんでお風呂場へ行く。

 最初秋奈の言葉を聞いたときは正直驚いた。今でもやっぱり驚きの感情は否定できない。でも今ならきっと普通の姉妹に戻れるような気がした。というよりも、戻らないといけない気がした。だってそれが、今の僕に出来るせめてもの秋奈への償いなのだろうから。


 ◇


 僕がお風呂から上がり、ついで秋奈がお風呂から出てきた。久しぶりに髪を乾かしてもらって、少しだけテレビを見て他愛も無い話をしていると、すぐに寝る時間が訪れた。

 僕が先に壁寄りに布団に入って、続いて秋奈が入る。

 子供だった頃は、母さんがよく家を空けるから二人で寝ていたけど、お互いに中学生になるとそんなことをする歳でも無く別々の部屋で寝るようになったからこういうのは何だかんだで久しぶりだ。

「なんか、狭いね」

「そりゃお互い中大きくなったからな。シングルベッドじゃ狭いだろ」

 小学生だった頃は秋奈だって小さかったし、僕も当然小柄だったからシングルベッドでもそんなに手狭には感じなかったのだが。そう考えると、やっぱりここ数年の間にお互いに大きく成長したということなのか。特に秋奈のほうが。

 だけども狭くて暑いから、寝るという意味では少々寝心地が悪い。

「ちょっと暑くない? 同じ部屋で寝るんだし、秋奈は別の布団で寝たら?」

 そう言って、やんわりと追い出そうとするが。

「それは嫌」

 秋奈は暑くてもこっちのほうが良いらしい。変な感性の持ち主だ。

「だいたいこうやって背中を合わせて寝れるから一緒に寝るって言えるんでしょ? それにこれなら不思議とさびしくないし」

 そうかなぁ。僕はむしろちょっとうっとうしいなって考えちゃうタイプなのだが。もちろん相手が秋奈だから不快に思うってことはないのだけれども。

「もう中学生なんだし、一人でも大丈夫だろ?」

「じゃあ姉ちゃん、どうしてさっきさみしそうな瞳であたしを見つめたの?」

「えっ……それは……」

 そこでさっきの話を持ち出すか。確かにそう思ったのは事実だけども、それは激痛とかもあってちょっと気弱だったからそう言ったわけで。

「一人でも大丈夫って、普段だったらって話だ。あの時はちょっと特殊だったじゃん?」

「はいはい。分かってるって」

 暗くて分からないけど、きっと秋奈はほくそ笑んでいるだろう。ずいぶんと意地悪な妹だ。いや、実際にくすくす笑ってるからやっぱり性格が悪い。

「じゃあ今は一人でも平気だから、さっさと出ていってね」

 だから仕返しのつもりでそう言ってやったのだが、すると秋奈は黙り込んでしまった。

「えっ、それは……」

「どうしたの?」

 急にしおらしくなったぶん、調子に乗って言い返す。だが秋奈は静かに続けた。

「……あたしは、さみしいよ。正直この年になっても」

 その言葉に、僕は何も返せなかった。というより、返す言葉が見つからなかったのだ。

「さっき言った通りだよ。姉ちゃんはどう思ってるか知らないけど、あたしにとってはハル姉しか頼れないんだから」

「……ごめん。言い過ぎた」

 ぎゅっと背中をつままれる。その行動こそが、秋奈の言葉と気持ちと繋がっているようだった。

 そうだよね、父親の居ない母子家庭で育ってきて母さんだって生活のために働きに出ていて。僕たち兄妹が頼れる相手は結局お互いしか居なかったんだ。だからこそ秋奈にさみしい思いをさせないように、小学生の頃はなるべく秋奈のそばに居てあげるようにしたつもりだったけど……それでもさみしいものはさみしい。

「平気。それにむしろ、あたしは嬉しいの。ハル姉が戻ってきてくれたことに」

「嬉しい? さみしいのに?」

「そうじゃなくて。ハル姉が兄ちゃんだったときも好きだったけど、ハル姉が同じ性別になってくれたことでより身近に感じたからそういう意味で」

 そういえばこいつは前もそう言っていた。不謹慎な話だけど、僕が女の子になって良かったって。それは、母さんや眞子のように僕の女性化を否定する人が多い中で貴重な意見だったし、僕をいの一番に受け止めてくれた分、ものすごく精神的に助けられたと今でも思っている。

「もちろんさっき言った『好き』って気持ちも、やっぱり否定できない。だから……もしここで求められたらたぶん受け入れちゃうかもしれない」

「……それはしないって話をしただろ?」

「うん。だからこれはあくまで仮定(・・)の話。でもそれ以上に、あたしにとっても味方が出来たって意味でやっぱり嬉しいかなって。こうやって一緒に寝ても、女同士なら問題無いし。同じ年齢だから、何があってもすぐ相談できる。あたしにとってはすごい味方って訳」

「……なんか都合のいい言葉で丸め込まれている気がする」

 ついつい憎まれ口をたたいてしまう。けどこの場で秋奈の言葉を聞くと、彼女の内心がじんわりと僕にも伝わってきた。好きって感情、家族って感情、打算って感情、パートナーって感情。色々あるとは思うけど、そのどれもがあるから秋奈は今もこうしてそばにいてくれる。それは分かっているのだ。

 だけどもそれは秋奈の都合で、僕の不安を打ち消すこととはイコールには成り得ない。

「でも姉ちゃんには、やっぱり受け入れがたいんだよね。特に今回の件は」

 それは秋奈も分かっていることなのだろう。だから彼女は、やんわりと。だが確実にその話題へと話を誘導した。

「そりゃ、元男が生理なんかすぐには受け入れられないさ」

 そう前置きをして、話を続けた。

「でもさ……これが大人の女性になるってこと?」

 言い方はオブラートに包んだ。はっきりと言うことも出来たといえば出来たけど、それよりもどちらかというと「大人の女性」ってところに重きを置きたかったのだ。ただの「女の子」とは違う。そういう含みを持たせて。

「そうだね。『女』である以上、それは避けられないことだよ」

 でも秋奈にとっては、それはきっと当然のことなのだろう。だから今さら抵抗なんかあるわけもない。さっと流されてしまうのだ。

「毎月来るんだよ? こんな痛いの……耐えられないじゃん!」

「でもそれが、女性の運命なんだよ。仕方が無いことなんだよ」

 僕にとっては未知でかつ辛い現象。でも秋奈からすればそれは当然のことで、今さらそれ自体に疑問なんか無いのかもしれない。

 というよりもそこが秋奈と僕の。言い換えれば、女性と男性と違いなのかもしれない。秋奈からすれば生まれたときからそうなることは当然で疑う余地も無い。生まれたその時から女として生きているから、いずれ男を迎え入れることも抵抗が無い。だってそれが女の本能なのだろうから。でもそれが僕の立場だったらどうなるのか。

「……質問を変えるよ。怖くない? 将来、男を迎え入れるというその事実に」

 結局、僕は本当の意味で女性には成り得ないのだ。例え女の子の身体を手に入れて、女の子の生活をしても――いずれ来る女性としての役割に今も恐れを抱いている。

 きっと秋奈の同級生の子も、その多くがその生理現象が訪れているのだろう。早い子だと、すでに男性とお付き合いをしているかもしれないし、もしかしたら越えてはいけない一線を越えた子だっているかもしれない。

 それなのに、その秋奈よりも年上なはずの僕自身がその現実から逃げている。

「僕たち、その気になればもう子どもを産めちゃうんだよ。その事実が、僕には……」

 怖いのだ。そんな得体も知れない出来事を現実にすることができることに。僕自身がその当事者になり得る可能性に。

「……でもそれは、ハル姉が仮に男のままでも同じことが言えるはずだよ。ただ立場が入れ替わって、その時が早く来ただけ。そうは思えないかな?」

「僕は思わなかった! 女の子になることがこんなに過酷だっただなんて……」

 秋奈の言うことは正論だ。そんなことは、僕だって理性では分かっている。でも、違うのだ。

「秋ちゃんには話してないかもしれない。でも僕にとっての女の子は……」

 綺麗でおしゃれな服をいつも着ていて、友達に囲まれて楽しく毎日が過ごせる。それができる性別だって。だからこそ僕が女の子になるというのは、競争ばかりで人を蹴落とすばかりの男社会に馴染めなかった僕にとっては、やっとつかめた安心できる場所だったはずなのに。

 それなのに実際は、毎月のようにこんな痛みと戦って。もしかしたら男の人を受け入れなくちゃいけなくて。子どもを産む時だってそんな痛みを受け入れないといけないって。

「頭では分かっている。でも――こんなのしんどいよ」

 声が震えていた。さっきまで平気だったはずなのに、やっぱり思い起こすとそれが怖くて仕方ないのだ。

「秋奈にとっては平気でも、僕にとっては……」

「……あたしだって怖いよ!」

 言葉が遮られたことに驚く。だけど震える声になっていたのは、僕だけでは無い。背中合わせの彼女だってまた、声も身体も震わせていた。

「ハル姉と同じこと、あたしだって悩むよ。あたしの同級生だって、男と付き合ってる人は多い。でもあたしにはやっぱり想像できないし、怖いさ」

「秋奈は女の子でしょ?」

 秋奈は最初から女の子だから平気だ。勝手にそう思っていた。でもそれは違うみたいだ。

「ハル姉だって女の子でしょ?」

 秋奈の言葉が耳に痛い。そうだ、今までの僕は女の子になりきろうとしつつ、きっと根本では男という視点が入っていた。だからこそ僕は、秋奈の気持ちを男というフィルタを通して見ていた。とんでもない見当違いだ。

「あたしだって女だけど、怖いものは怖いんだよ? でも、生き物なんだからしょうがないじゃない。だからいつか受け止めきれるその時まで、あたしは考えないことにした」

「……秋奈は強いんだな」

「違うよ、これは問題の先送り」

 まったく、どこでそんな政治家みたいな言葉を覚えてきたのだろう。でも言い方がさっきまでよりもコミカルというか、少し間の抜けた言い方だったせいかちょっとだけ気持ちが穏やかになった気がした。

「ともかく。だから今は考えないでいいってあたしは思う。少なくともその時はまだ先なわけだし、ハル姉がハル姉じゃなくなることは無いんだから」

 そう言い、彼女は寝返りを打った。

「でも、昔のハル姉ならそう言っていたと思うよ? 悩んだって仕方ないんだからって」

 昔のハル姉――それは言い換えれば昔の僕のことなのだろう。今の僕は、小さなことで悩んでばかり。でも秋奈は。そして昔の僕は……きっとこんな小さなことでは悩まなかったということなのだろうか。

「……弱くなっちゃったね、僕」

 普通なら男のほうが強いはずなのに、女のほうが強いだなんて。考えてみれば滑稽な話だ。今だって秋奈がそばに居るから、何とか踏ん張れているだなんて……兄として情けないじゃないか。そう思ってしまった。


「――だったら、強いハル姉になれば良いんじゃないかな? あたしを守ってくれる、強いお姉ちゃんに」


 その言葉と共に、秋奈は僕の腕にしがみついた。

「今からでも遅くない。今からだって間に合うはずだから……」

 ――だからもう、自分を責めないで。そんな昔の自分なんか、忘れちゃえ。

 最後のほうは、彼女の口からは出なかった。だけども、最後の言葉は不思議と僕の心の中に入ってきた。

 そうだ、秋奈の言う通りだ。秋奈から見れば、身近で頼れるのは僕しか居ない。それなのにその僕がいつまでもうじうじとしていたらどうなってしまう。本当に秋奈が辛いときに助けることができる人間が、いなくなってしまうじゃないか。

 僕に腐ってる場合なんか無い。腐っている暇なんて無いんだ――。

 そう思うと、自然と秋奈の手を掴んでいた。

「ごめんね。姉ちゃんなのに、こんな弱いとこばっかり見せつけちゃって」

「気にしないでよ。姉ちゃんのお尻をひっぱたくのも、妹の役割なんだから」

 その言葉と共に、彼女は微笑んだ。暗くて見えないけど、確かに秋奈は笑っているようだった。そんな彼女の表情が、僕の消えかけていた気持ちに火をつける。

 止まってはいられない。後ろを見てなんかいられない。だって僕は、秋奈を守らなくちゃいけない。秋奈が僕を守ってくれたことと同じで秋奈を守れるくらい、強いお姉ちゃんに。強い安藤春奈にならなくちゃいけないのだから。

 僕たちはふたりでひとつだ。だから……わたし(・・・)は決めた。


「秋奈。わたし、頑張って強いお姉ちゃんになるから。秋奈のことを守れるしっかりとした女性(・・)になるから」


 だってそれが、今のわたしに与えられた役割なのだから。

47話です。ここまで長く書いてきましたが遂に春奈が本当の意味での「女の子」になる覚悟を示すことになる回だと思います。もちろんこれまでも女の子として彼女は生きているのですが、真の意味での「女性」を意識したのはこれが初めて。ですので、本当の意味での「僕は女の子になりたい」の第1話になったのかなと思います。

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