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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
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39.「やっかいなダブルデート(前編)」

 まだまだ暑さ厳しい8月後半のある日。そうはいっても朝晩はだいぶ涼しくて普段なら割といい気分で目覚めることが多いのだが……。

「……あぁ、遂にきてしまったか」

 目覚まし時計の日付を見てしまい、朝から大きなため息がこぼれた。

 この日は、眞子や結衣ととある「イベント」を行う約束をした日だ。そのための準備も昨日の夜にはとっくに終わらせている。服だって、すでにタンスの持ち手のところに吊るしている。これだけ準備が整っているのであれば、大層楽しみにしていたのだろうと世間様は思うのだろうが。

「はぁ……何でデートなんだろう……」

 それが必ずしも行きたいというイベントなわけでもなく、うだうだしながら再び布団に潜り込んだ。

 どうしてこんな事態になったのか――それはおよそ二週間前の結衣の家での眞子の話が発端だ。


『ダブルデートだよ! わたしと春奈、結衣と宮川でお出かけするの』

『いやいや、デートって名がついた時点で宮川はこないと思うぞ?』

『私もハルちゃんに同意。あの人意外に硬派だから、そういうものに来るとは思えないんだけど』

『じゃあ、普通に買い物に付き合ってでいいじゃん。まあ口実はわたしが考えるからさ』


 ……これだけだと話が掴みづらいだろうから補足説明をすると、結衣が宮川に気持ちを伝えるための舞台をどうするかと悩んでいたところ、眞子がその舞台としてダブルデートを持ち掛けたというわけである。

 ちなみにダブルデートとは二組のカップルが同時にデートをすることだそうだ。二人きりでデートをするよりも、二組で同時に進めることで精神的な恥ずかしさが軽減されたり、もう片方のペアがカップルの緩衝材になる効果が期待できるのだとか。

 確かにダブルデートとやらにすれば、宮川にとっては結衣と二人きりを回避できて、結衣にとっても緊張がほぐれる。僕たちにとっても結衣をサポートしやすくて、まさに全員が好都合ってわけなのだが。

 しかしだからってわざわざデート風味に仕立てる必要は無いと思うのだ。だいたい彼女の居ない僕にそんなこと分かるわけが無いし。しかし、結衣に気持ちを伝えるように言ったのは僕だから、眞子の提案を無下にすることも出来ず……結果として今に至るというわけだ。

 出来ることならこのまま無かったことにして二度寝したい。いや、二度寝でなくともいいけどこのイベントを回避したい……そんな気持ちでいっぱいだ。

 ところが現実は無常で、携帯にはすでにLINEのメッセージが二件。それぞれ結衣と眞子からのモーニングコールだったようだ。いよいよ避けられなくなったらしい。

「はいはい、起きますよ」

 観念して、ベッドから起き上がる。まずは着替えて、次は顔洗ってお化粧をしないとと段取りを立てながら床に足を突いたまさにその時だった。


 ――何だ、この痛みは。

 

 今まで感じたことのない鈍い痛みが、僕の腹部を襲った。


 ◇


 午前9時過ぎ。約束の時間にはちょっと間に合わなかったけど、それでも何とか集合場所である千種駅改札口に駆け込む。改札口には、既に眞子たちと宮川の姿があった。女性陣二人とも、デートだからなのか気合の入った服装ではあるのだが……どことなく雰囲気がピリピリとしている。

「春奈! 遅刻よ!」

「まあまあ。それよりも、ハルちゃん大丈夫?」

 眞子と結衣から矢継ぎ早に話しかけられるが、僕自身も全速力でダッシュしてきたので息が上がっていたのだ。何とか息を整えつつ、二人の質問に答える。

「はぁ……はぁ……ごめん眞子、結衣。ちょっと寝坊しちゃってね……」

 本当は別のところに理由があったのだが、ここではあえて触れる必要も無いので適当に誤魔化す。とりあえずこの言い訳でいつもの2人は納得してくれるのだが……。

「ちょっと待て。最後のスペシャルゲストってまさか安藤か?」

 いつもは居ない、もう一人の男――うちの学校最強の不良にして結衣の片思いの相手、宮川はそう簡単には納得をしてくれないようで。

「そう、我がクラスのアイドル転校生! 安藤春奈ちゃんです」

 結衣の酷い紹介の仕方に、ただでさえお腹が痛いのにますます胃痛が酷くなる。だいたい転校生だなんて設定、僕としてはとっくの昔に捨てたつもりだったのに。

 だいたい僕自身、本音を言わせてもらえば彼のことがちょっと苦手なのだ。もちろん性格の不一致というところが一番大きいのだけれども、それに加えて最後に会った時の会話がけっこう口論に近かったことも理由の一つだ。

 だけどそんなことを言い出したら、この計画自体が破綻してしまうのでそこはグッとこらえるしかない。黙って無理やり営業スマイルを作り出したのだが……。

「おい安藤、面貸せ」

 当然彼がこんな酷い紹介に納得できるわけもなく。いや、紹介自体はともかくとしてこの状況に納得が出来ないであろう宮川に腕を掴まれ二人から離れた場所に連れ出される。ちなみに、状況に納得できないという気持ちだけは僕も同意だ。

「これはどういうことだ?」 

 ですよね。僕だって逆の立場ならたぶんそう問い詰めるから。

「どういうことって……何さ」

「とぼけるな。お前が裏で糸を引いているんだろう?」

 宮川は、眞子と結衣のことを指さして厳しい口調で続けた。言っていることはもっともだと僕も思う。

「ちょっと待って、本当に何のこと?」

 ただ、今回のダブルデートの中身自体は本当に僕も何も知らないのだ。いや、それをやることだけは事前に聞いていたけどどこに連れて行かされるかとかそういうことも本当に知らないのである。

「訊きたいのは俺のほうだ。だいたい何でここに結衣がいる?」

「って言われても、わたしだってあの二人に無理やり巻き込まれたんだよ?」

 何と答えれば良いか分からず、僕のほうが戸惑いの声を上げてしまう。だいたい回想の時点でも軽く触れてるけど、僕自身はデートということには否定的な見方をしているはずだ。そんな僕がわざわざデートなんて企画するわけが無いだろう。

 ……とはいえそれは僕の勝手な気持ちの問題であり宮川の知ることでは無いのだから、彼に文句を付けれるわけもなく。

「……ったく。何でお前まで分からないんだよ。一番分からねえのはあいつらと別に仲が良いわけでも無いのに呼び出されたのは俺だっつの」

 そう言い、彼はため息をついた。確かにいきなり呼び出されて、しかもそれが普段から関わってるわけでもない人なのだから宮川にとっても気まずいのだろう。僕だってこれでも元男だし、そんな状態で女子の輪に入りづらいという気持ちはすごく分かる。

「それは、そうかもしれない」

 だけれども、だからといって帰られてはこっちとしても困ってしまうのだ。

「あんたの気持ちも分かる。でも、そう言わずにたまには結衣のワガママに付き合ってあげて欲しいんだ」

 そう言い、僕は頭を下げた。

「……結衣が言い出したことなのか?」

「まあ、そういうことになる」

 本当は違うけど、そうすれば彼は動く。それが分かっているからこその、言い訳だ。卑怯だとは僕も分かってるけど、彼は結衣に頭が上がらないのだ。

「それは、俺のあいつへの気持ちを知っての言葉か?」

「……ええ」

 もちろん気まずいというのもあるのだろう。だけれどもその程度ならば、宮川もここまで過度な拒否反応は見せない。だとしたらどうしてこうなるのか――それは、彼自身が結衣のそばに居れないということを自覚しているからだ。自身が近くに居たら、結衣の未来を潰すかもしれないと知っているから。そしてそれ以上に、結衣のそばに居るとお互いに気持ちに整理がつかなくなるから。

 でも、やっぱり結衣を悲しませたくない。それは、宮川が本当は結衣のことが大好きだから。結衣がやりたいと思ったことをやらせてあげたいのは、惚れた弱みというのもあるのかもしれない。

「……残酷なことだとはわたしも思う。でも、せめて一度くらいは……」

「分かった」

 そう言い、彼は僕の頭を乱暴にくしゃくしゃ撫でる。

「何するのさ?」

「うるせえちんちくりん」

 撫で方が乱暴で痛くて抗議をする。しかし彼はそんな言葉は耳に入っていないらしく、彼の目線はすでに改札前で待つ二人へと向けられていた。そして、再び二人のもとへと連れていかれる。

「……ったく、状況は全く分からねえが……お前の差し金なんだろ?」

 そう言い、しゃがんで結衣に尋ねた。

「誰が差し金でもいいじゃない」

「分かったよ。だったらさっさと行くぞ」

 そう言い、彼は結衣のことを撫でて腕を掴む。相変わらず、言葉遣いは乱暴だ。だけど、結衣を撫でてエスコートするときの動作はどことなく優しくて、表情もいつもは周囲に見せないほどに笑っているようだった。

「ほら、お前らも行くぞ」

 そう言い、宮川と結衣は電車の改札を抜ける。改札上の掲示板には、電車の発車時刻が迫っていた。僕たちも電車に乗り込もうと、彼らに続いて電車のカードを改札にタッチする。ところが、眞子は不思議と寂しそうな顔をしていた。

「本当に仲が良いんだね。ちょっと妬いちゃう」

「お前だって彼氏さんがいるだろう」

 確かにあの二人は微笑ましいけど、だからってうらやむ必要もないはずなのに。恋人がいるのなら、その人に甘えればいいはずなのに……。

「そうね。そうすれば良いのだろうけど……」

 それなのに、どうして眞子はそんな満たされないような顔をしているんだろう。

 

 ◇


 電車で30分。僕たちが住む地域では一番大きな街に到着した。さすがに県庁があるような大きな街なだけあって、改札口の前はたくさんの人がせわしなく歩いていた。

「久しぶりに来たけど相変わらず大きな街ね」

 開口一番、眞子が駅の柱に掛けられた液晶モニターを指さす。興味深そうにあっちこっちと見て回る様子がどことなく可愛らしい動物っぽい。普段は都会っ子を気取っている眞子だけど、こういう反応を見せるあたりやっぱり僕たちと同じ田舎っ子なんだなと、つい微笑ましく思った。

「で、眞子。どこに行くつもりだったの?」

「ああごめん。これから行くのは、駅前のショッピングモールよ。確かグラン・マルシェとか言うんじゃなかったっけ」

 そう言い、眞子は慣れた手つきでスマートフォンの画面を僕たちに向けた。

 グラン・マルシェ。この駅の北口に隣接する、県内では一番大きい商業施設だ。衣服や雑貨、食料、装飾品のショップはもちろん、敷地内には映画館やボウリング場のような娯楽施設も備わっており、さらに一番上のレストラン街にも一通りのジャンルのレストランがそろっているらしい。なるほど、デートに実におあつらえな施設だ。

「すげぇ大きな店だな」

「確かにね」

 すごいものを見た、といった様子でつぶやく宮川。確かに、普段の彼の様子を見ると絶対にこういうとこには寄り付かなさそうだし彼の言い分は分かる。というか僕自身も、こういうところには普段行かないから、宮川とほぼ同じ感想だったりする。

「ん? 安藤はこういうところ行かないのか?」

「わたしはあまり性に合わなくて……」

 だから特に何も考えず素直に言葉を返した。ところがそれが、宮川をますます不思議に思わせたようだ。

「ふーん。都会の女なのにこういうとこ行かないなんて、お前変な奴だな」

 それは固定観念というやつだと思う。とはいえ、都会人かどうかは置いておくにしても僕自身も女の子になってからこういう店に行ってるかというと実は意外に行ってなかったりする。今日着ている服だって、眞子や秋奈から譲ってもらった服とか、たまに駅前のデパートに寄った時についでで買ったものの寄せ集めなわけだし。

「人には向き不向きってのがあるのよ。で、どこ行くの?」

 駄弁っていても時間の無駄だし、いい加減に本題に戻すべきだろう。

「私はみんなが行きたい場所で良いわよ」

「好きにしろよ」

 二人は特に行きたい場所は無いようだ。まあ結衣は結構控えめなところあるし、宮川は巻き込まれた感じだからそこまでデートにも興味なさそうだし。

「じゃあわたしが行きたい場所に付き合ってもらっていい?」 

 だから当然、眞子の裁量に委ねられることになった。それ自体は、特に文句があるとかそういうわけでも無いのだが……。

「構わないが、どこに?」

 思わず眞子に行先を尋ねた宮川。ところが眞子は質問には答えずに宮川を。というよりも彼が着ている服装のほうをじっと見つめていた。

「んだよ」

「いや、当事者が無関心なのはいかがなものかなって思って」

 その瞬間、僕は眞子の言いたいことにピンときた。ついでに隣の結衣も何かを察したようで頭を抱えていた。だけども、肝心の宮川は眞子の言いたいことに全く気付いていないようで。いや、まあこれで気づけというのが酷なんだろうけど。

「当事者? どういうことだ?」

 訳が分からないといった顔で問いかける宮川に、眞子はため息をついて言葉を返した。 

「はぁ……だってそうでしょ? だいたいなんでデートなのにあんたはそんな服装で来るの?」

「は? 何言ってんだ?」

「いやあんた周りを見なさいよ。結衣も春奈も、ちゃんとした服装してるじゃない。なのにどうしてあなたはだらしない服装なの?」

 そう言いながら、眞子は宮川のズボンを指さす。確かに宮川の、特に履いているズボンはダボダボしていてだらしない。当人はおしゃれな服装のつもりで着ているのか、それとも普段着感覚で来たのかは分からないけど……だらしないしダサいのは事実だ。

 おまけにズボンのベルトのあたりからのジャラジャラがもう完全にヤンキーというかなんというか。僕もセンスに自信は無いけど、さすがに無いと言えるほどの酷さだ。

「いや、普通だろ?」

 まあ、そっちの世界の界隈ではたぶん普通なのでしょう。だけど結衣の服装を見て欲しい。トップスは白のブラウスでボトムスはベージュのワイドパンツ。色合いが淡くお上品なコーデに対して宮川のそれはどう考えても釣り合っていない。

 結衣は何も言っていないが、苦笑いをしていることからもたぶんダサいとは内心で思っているのだろう。もっとも彼女のことだからそのダサさも、宮川好きの感情で帳消しにされるのだろうけど。いや、それが事実かは分からないよ?

「まずはあんたの服を見繕うとこからスタートよ!」

 ともかくそういうわけで、宮川の服装を何とかすることがデートの目的へとすり替わってしまったのだ。しかも、嫌そうな顔をする宮川の腕を掴んで無理やり引きずっていったがあの細い腕のどこにそんな力が隠されているのだか。考えるだけで末恐ろしい女である。

「……眞子ちゃんって、時々残念美人なところあるよね」

 そう、結衣が耳打ちしてくる。だけど残念ながらそれは事実じゃない。

「時々じゃないよ。いつもだよ」

 僕はため息をつきながら、彼女たちのあとを追うことにした。

◇おまけ・みんなのコーデ◇

安藤春奈 → このコーデは眞子に決められた。全般的にボーイッシュな雰囲気でまとめられている。

髪型:無造作な一つ結び。女子力ゼロかつ色気もゼロ。

トップス:ネイビーのロゴ入りTシャツ

ボトムス:白地に紺のストライプが入ったパンツ。

靴:黄色のデッキシューズ

小物ほか:荷物はトートバッグへ



三春眞子 → ゆるふわ系コーデ。少女趣味強めだが、パーカーやスニーカーを取り入れることで程よくカジュアルにまとめたようだ。

髪型:キャスケット。毛先はふんわりとカールさせている。

トップス:ネイビーに白いドットが入ったワンピース。上着に黒いパーカーを羽織っている。

靴:ベージュのスニーカー。

小物ほか:バッグは黒いポシェット。大きくないポシェットだが物が多くて意外に重そう……。

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