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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
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38.「初めての結衣ん家(後編)」

「……でもね、その言葉の割にはハルちゃんさっきから顔が能面みたいなんだ。どうして?」


 彼女の言葉にドキリとする。だけども、顔を上げて結衣を見つめるとさっきとは打って変わって複雑そうな面持ちをしていた。

「そんなこと無いってば」

 そうやって無理に笑って取り繕うが。

「あるよ。だってさっきから、会話がぎこちないし私にも眞子ちゃんにも遠慮してるように見えるし……いつもは何でもハッキリ言うハルちゃんらしくないでしょ」

 僕にそういう演技が出来るわけもなく、何も言えなくなってしまう。

「……ごめんね、なんか逆に気を遣わせちゃったのかも」

 だけども、僕にはどうしても分からなかったのだ。

「でもね、どうしてわたしが呼ばれたの?」

 呼ばれた、ってだけじゃない。どうして二人は笑っていられるの? あれだけ辛い思いをしたはずなのに。僕はその仇のようなものだと思うのに。

「だって私たち友だちでしょ? 友だちならこうやって遊ばない?」

 結衣は不思議なものを見たという顔をして続けた。

「むしろどうしてあなたはそんな暗い顔をしているの?」

「だって僕は……」

 言うべきか正直悩んだ。でも隠していても仕方のないことだ。だから勇気を出して素直に白状した。

「だって僕は二人を傷つけたんだよ? どれだけ言い訳をしてもその事実に変わりは無いしやったことは許されないはずでしょ?」

 そう言いきる。言った内容が内容なだけに、その場で沈黙が広がる。言うべきでは無かった、とは考えたけどそれも後の祭りでどう収拾付ければいいかも分からずますます頭が痛くなってしまう。だけどもその沈黙を破った言葉は。

「……えっ、それだけ?」

 あまりにもあっさりとしたものだった。

「いや、『それだけ』じゃないでしょ? だってあの件で僕は結衣を泣かして、眞子を病院送りにしちゃって。やってることは最低じゃん。なのにこうやっていつも通り接してくれて。僕はそんなにしてくれるほどの大層な人間じゃないのに」

 自分でも何を言っているのか分からなくなってしまう。正直、僕自身のほうがどうすべきなのか分かっていないし整理がついていないのかもしれない。もちろん、一番つらい思いをしたのは二人だというのに。こんなの僕のワガママなのに。

「……そっか、それが元気のない理由だったんだね」

「いやまあ、それはそこまで大きくはないけど。悪いことはしたな、ってくらいには」

「でもそれが一番大きなところなんでしょ?」

「……」

 僕の内心を見透かされたようで慌ててごまかすが、結衣はそんな僕のことさえも見透かしていたようだ。

「誤解が無いよう言っておくけど、私はその程度で怒ったり人を見捨てないよ。というか本当に怒っていたら、こうやってハルちゃんを呼んだりしない。そうは思えないかな?」

「それは……」

 言われてみたら、そんな気はする。前提として結衣は人間ができている女の子だ。そんな些細なことですぐには怒らないし、だからこそ病院でも僕のことを心配してくれたのだろう。それ以前に、一般論として本当に怒っていたらその原因を作った奴を家に呼んだりはしない。

 でも、あんな仕打ちをされて怒らないなんてそんなこと本当にあるのだろうか。僕だったら、友だちだからって言い訳をして怒りを無理やり鎮めるかもしれないけど、それを心の奥底で留めたりしそう。

「でも……」

 そう言って、僕の疑り深さに嫌気がさす。どうして僕はこんなにも悪い方に考えてしまうのか。だけれども、彼女たちは本心でそう言っているのか……そう思ったときだった。いきなり眞子に頬を手で挟まれる。

「あのさぁ、そうやって物事を深読みして悪い方に悪い方に考えて。それやって楽しい?」

 無理やり目線を眞子の瞳に合わせられる。気まずくて目を背けるが……。

「気にしてるのはあんただけ! この前結衣に言ったこと、そっくりあんたにも返すよ」

 違う? と眞子は続けた。確かに、それは眞子の言う通りだ。言い訳かもしれないけど、僕は過去の酷い経験から無意識に人を疑う癖のようなものが出来てしまったのかもしれない。もちろん眞子も結衣も親友として信じているつもりだ。だけど……認めたくないけど、心のどこかでは二人のことを疑っているのかもしれない。もしかしたら、二人が本音では僕のことを嫌っている……だなんて。

 だからこうやって二人に壁を作ってしまったのかもしれない。それはかつての結衣が、別に謝るほど大したことでも無いのにケジメをつけるために謝ろうとして迷走していたのと同じで。

「ある意味、お互い様だね」

 そう言い、結衣は笑いかける。続けて、彼女は手のひらを僕の頭にのせてやさしく撫でてきた。

「でもね、私だってあの件は本当に気にしてない。そりゃ最初の数日は、気持ちの整理がつかなかったのは認めるけどね」

「別に結衣だけじゃない。わたしだってそりゃ動揺はするさ。でも、あんたが悪いわけじゃないのはどう考えても事実でしょ?」

 あんたが悪いわけじゃない――それは僕を囲むみんなが言うことだ。確かにそうだとは思う。そもそも僕たちは普通に帰っていただけだし、酔っ払いが絡んできたのが全ての事の発端だ。だけれども僕が正体を明かしたりせず、早く帰るように指示を出していればこうはならなかったはずで。

「でも二人に怪我をさせちゃったことに変わりは無いし……」

 どうして無理やりにでも自分が悪い、って思考になってるんだろうと考えたのだが……。

「もう止めようよ!」

 今度は結衣に肩を捕まれる。眞子に続いて結衣の瞳を見ることになる。その瞳こそが、言外に強いメッセージを持っているようだった。

「あの時のハルちゃんは、とってもカッコよかった。それに自分だって怖かっただろうに、勇気を持って守ってくれて……こんな言葉で言うのは変だけどとても嬉しかったよ」

「……」

「なのに勝手に自分が悪いってふさぎ込んじゃって。誰もそんなことは思っていないのに、勝手にそう思い込んでさ。それを見せられる私たちのこともちょっとは考えてよ」

 それは、穏やかだと思っていた結衣の初めての「怒り」だったのかもしれない。

「春樹、どうして結衣があんたを家に招いたか分かる?」

 さらに、眞子の静かな問いかけが僕の頭を支配する。僕はもうどうすればいいのかが分からなかった。

「眞子ちゃん、それは言う必要は……」

「……あんたを元気づけるためよ」

 その言葉に、僕は何も言えなかった。

「あんたはわたしたちを一生懸命守ってくれた。だけどその代わりにあんたがふさぎがちになって、守られた側のこっちが心配になっちゃうじゃない。だからよ」

「それは……」

 そうか、何も分かっていなかったのは僕のほうだったんだ。

 あの件を引きずっていたのは、僕のほうだったんだ。

 二人はとっくに、立ち直っていたんだ。

 だのに――。

「せっかくだしこうやって美味しいご飯を食べて少しでも元気になってくれればいいな、って。私たち料理部なんだし」

 そういって一品一品を見つめる。そこにはある共通点が出てきた。それは、今までの部活で作ってきたものに関連のあるものばかりだったのだ。

 ご飯は初めての部活で炊いたもの。蓮根の梅じそ和えは、梅雨のときにお弁当にいれても大丈夫そうってテーマで作ったもの。お味噌汁や天ぷらも、みんなで買い出しに行って作ったものだ。彼女たちは、三人の思い出が詰まったもので僕を元気づけようといてくれていたのだ。

 それなのに僕は、いつまで経っても二人が傷ついたとか辛い思いをしてるとかそんなことを勝手に考えては思いつめていて。二人が引きずっていないかだなんて心配してたけど、一番引きずってるのは他ならぬ僕のほうじゃないか。

「ごめん……」

 そういい、箸を動かす。二人の気持ちが詰まったご飯は、味付けとかそういうのを通り越した味がした。

「おいしいね……」

 零れ落ちた涙が染みて辛くなったご飯なのに、どうしてこう美味しく感じるんだろう。だけども、二人の気持ちの詰まったご飯は、不思議と僕の衰弱した気持ちを回復していくように思えたのだった。



 みんなでお皿洗いと後片付けをすると、次は結衣の部屋に行くことになった。確かにせっかくここまで来たのに、お昼ご飯だけ食べて家に帰るというのはちょっと味気ないし女子同士で遊ぶっていうのを体験するという意味でもいい機会だろう。

 ついでに、手土産で買ってきたお菓子をあける。ちなみにこの手土産とは――。

「駅前のあの店のマカロンじゃない!」

 眞子が歓声を上げる。やっぱりこういうところを見ると、眞子も女の子なんだなと感じてしまう。

「美味しそうだけど……高くなかった? 私もお金出すよ?」

「あぁ、いや大丈夫だよ。そんなに高くは無いし」 

 そう言いつつ、箱の中身を結衣が持ってきてくれた木皿に移す。ちなみにこのマカロン、僕の発案で持ってきたものではない。実は母さんに持たされたものなのだ。母さん曰く、「人の家にお邪魔するときは普通手土産を持っていくものだ」とのことで、僕自身もちょっと大げさだなとは思っていたのだが……こうやって二人が喜ぶのならまあ良かったのだろう。

「何でもいいじゃない。食べましょうよ」

 こいつは本当に花より団子だなあ。でもまあ、僕としてもマカロンの味は気になるしちょっと食べてみようか。そう思って木皿の中身を取ろうとするのだが……おかしい。さっきとマカロンの量が一致していない。

「食べましょうよって、お前が半分くらい横取りしているけどな」

 テーブルをよく見れば、木皿の中身半分くらいが眞子の手元に置かれていた。

「いいじゃない。減るものじゃないし」

「いや減ってるよね? お前が食べた分は確実に減ってるよね!?」

 何言ってんだこいつ。みんなで食べる分なんだからちょっとは自重しろよと思わず言ってしまう。すると売り言葉に買い言葉で、いつもの通り喧嘩が始まってしまった。

「まあまあ二人とも」

 結局結衣がなだめて、全体の5分の2くらいで手を打つことにした。しかし眞子のやつ、僕たちだけでなく結衣の前でも食い意地を見せるとは。信じられないことにこれでもクラスでは元気っ娘として名が通っているのだが……さっさと化けの皮が剥がれれば良いのに。

 ところが結衣は、思ってもいなかったことを口にする。

「でもハルちゃんって、眞子ちゃんの前ではやっぱり男の子の言葉なんだね」

「えっ、そう?」

「あぁ、言われてみれば」

 僕も眞子もきょとんとした声で言葉を返す。

 正直、そうだとは考えたことが無かったけど言われてみればそんな感じはする。もちろん学校とか外のような、僕の正体を知らない人が居るような環境では男口調は使わないように気を付けているつもりだが、眞子とか家族の前ではつい素が出てしまうのだろう。

「まあいつもは女性言葉にするよう気を付けているが――やっぱり正体を知ってるやつの前なら気が緩むのかもしれないな」

「あっ、今話し方男の子っぽい。やっぱり、使い分けって大変?」

「大変と考えたことは無いけど、無意識のうちに使い分けているだろうね」

 ゆえに、激怒した時とかのように理性が崩壊した時は案外男言葉を使っていそうな気はするけど……まさかそれで正体はバレないだろう。そう信じたいところだ。まあ女性だって怒ったら言葉は荒っぽくなりそうだし。

「そうなんだ。ってことは昔の春樹君ってこんな感じだったのかな?」

「うーん、そうかもしれないな」

 結衣の言葉でふと()の僕を意識する。そうか、結衣も僕の正体を知った以上は昔の安藤春樹と一体化して僕を見るようになるのか。でもそれが、なんだか不思議な感覚を醸し出す。

 女の子になって3ヶ月程度とはいえ、普段の生活ではすでに男としての要素は失われている。昔の僕はどうだったのか、正直今の時点でもよく分からないのだ。3ヶ月であまりに色々なことがあったし、性格が変わったとしてもおかしくはない。

「まあ、根は変わってないよね。でも無理して女言葉使ってるときは、わたしには今でも違和感あるね」

「うっさいなぁ、ほっといてよ!」

 なんだこいつ。だいたい女言葉を使うように強制したのは秋奈とか眞子じゃないか。何だかいちいち腹が立つ女である。

「本当に仲良しね」

「わたしは仲良くなった覚えはないわ」

「分かった、じゃあ僕も眞子と友だち止めるわ。ついでにお菓子も返せ!」

 そう言い、眞子のお菓子を取り上げる。だいたいこいつは調子に乗り過ぎるんだ。たまには厳しくしつけないといけない。さすがにお菓子の誘惑には眞子も逆らえないようで。

「ごめんって! わたしが悪かったよ。マカロン取り上げないでよ!」

「分かればよろしい」

 そう言い仕方なくお菓子を置く。我ながら甘い人間だ。こんな簡単に許すから、また眞子が増長するのだろうに……。

 ところがこのやり取りが、思わぬ形で地雷を踏み抜いてしまう。

「まあまあ、二人とも仲良くしないとだよ。でも、幼馴染みで親友ってやっぱりうらやましいな」

「あっ……ごめん。結衣は……」

 結衣も、僕と眞子の関係に近しい幼馴染みを持っていた。けれどもそれは、過去の話で――彼女にとっては最大のタブーなのである。それを考慮していなかった自分は、やっぱりひどい人間だと思う。

「別に連絡取れないわけじゃないし、気にしてはいないよ。今はハルちゃんと眞子ちゃんもいるわけだし」

 そうは言いつつも、その顔が哀愁を帯びているような気がして。そんなとき、宮川との会話を思い出す。


『……んなもん、放っておけるわけねえだろ。あいつのことが、好きなんだから』


 そういえばあいつもそう言っていたっけ。本当は二人ともお互いのことが好きでしょうがないのに、どうしてもこうも素直になれないのかと。気にしていない? ――そんなの嘘。本当に気にしてないなら、彼のことなんかわざわざ思い出しもしないはずだ。

 それで思い出した。そもそもどうして僕がここに来たのかを。もちろん、これからやろうとすることは余計なお世話だと思う。もしも結衣と宮川を傷ついたらどうなるかって心配はある。だけども。

「それで思い出した。実はこの前、宮川と会ったんだ」

「えっ、正ちゃんと?」

 僕は言えずにはいられなかった。宮川の本心を。言葉にしなかった宮川の胸中を。

「どこで? 一体どんなこと、あいつ話してた?」

「ちょっと落ち着いて」

「あっ、ごめん……」

 そこからは、宮川と会ったときの状況について詳しく伝えた。宮川と会ったのは本当に偶然だったこと。この前の一件で逮捕されたかと思われたが、実際は何も悪くないことが明らかになってあっさりと解放されたこと。だけども彼は、結衣の期待とは裏腹に今も喧嘩三昧の不良生活を送っていること。そしてこれからも――その生活は変わらないだろう、ということに。

 もちろん、宮川の結衣への本心を直接的に伝えるのはさすがに避けた。こういうことは本人が伝えることが筋だと思うから。

「そっか。まあ私が言って聞かないんだから、ハルちゃんでも聞かないよ。あの人って、いつもそんなだからさ」

「まあ、良くも悪くもブレないところは男らしくていいところでしょうけどね」

「いやいや、人を殴ることは決して良いことじゃないからね?」

 眞子ののんきな言葉に結衣はあわてて突っ込む。まあ結衣自身は、宮川のことは好きでも宮川の不良行為は容認していないフシがあるし。そもそも結衣自身がクラス委員長なんてお堅い立場にいることからもそれはうかがえるけど。

「でもまあ彼が不良かどうかはさておき、結衣の気持ちは伝えるべきだと思う。結衣、ホントは気にしてるんでしょ? あいつのこと」

「……そう、かもね。割り切ろうと頑張ってるつもりなんだけど」

「でもそういうのは自分に素直にならないと。わたしが言えた義理じゃないかもだけど」

 そうだ。本当は僕が言うべきことじゃないし、結衣自身がずっと昔から考えていたであろうことなんだろうけど。

「だけどもキッカケが無いじゃない? あいつに話しかけるキッカケが」

 その気持ちも分かる。少なくとも今の宮川は、結衣自身から自らの意思で避けている。前回は勉強会という大義名分があったから結衣の誘いにも応じたのだろうが……普通に話をしようと誘って彼は応じるのだろうか。疑問は尽きない。

「つまり宮川を誘うための大義名分があれば良いわけだ」

「まあそういうことなんだが……それが難しいから頭を痛めているんだろう?」

 まして夏休みで、彼と話すきっかけをつかみづらいというのに。と思っていたが、その瞬間眞子が立ち上がった。まるで何かを宣言するかのように。

「ちょっと眞子、ほこりたつから止めて……」

「だったら、デートにでも誘っちゃえばいい! わたしと春奈。結衣と宮川の四人でダブルデートって感じで」

「またデートだなんて軽々しく……」

 そんな、二人は付き合っても居ないのにできるわけがないだろう。デートなんて……えっ?

 ――今なんて言った? 

読んでいただきありがとうございました。

はたして春奈は、宮川と結衣の仲を取り持つことができるのでしょうか。次回に続きます。

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