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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
35/129

33.「正義はどこに?」

「ったく、慣れない喧嘩なんかするなよ。女のくせに」

 閉じていた瞳を開けると、そこにはチンピラのみぞおちに拳を貫かしている宮川の姿があった。

「うっ……」

 まるで何かを吐きだすような気持ち悪いうめき声と共に握りしめていたビール瓶が床に落ちて弾ける。宮川が手を引き抜くと、彼はそのまま前に倒れ込んでしまった。

「……ったく、世話掛けさせやがって」

 その言葉と共に、彼は汚れ物を落とすかのように手をはたく。

 宮川正樹(みやがわまさき)。僕のクラスメートで、うちのクラスのいわば番長格のような人物だ。普段は誰かとつるむことも無く、授業も出たり出なかったりと気まぐれな行動を取っているがいざというときは脅すような一言でどのような人物も従わせてしまう。それは、先輩とか後輩とかも関係無ければ相手がどういう人物でも関係ない。自身の意に沿わないやつは、言葉や力でねじ伏せてしまう。そんな男なのである。

「……宮川……くん?」

 それでも同級生が本当にこのチンピラを仕留めたのかが信じられなくて、ついそう尋ねてしまう。

「んだよ、うるせえな」

 ぶっきら棒な返事。でもその声は、疑うことも無い宮川正樹その人の声だった。

 噂によると、つい最近この街における最強集団と呼ばれる半グレ集団を一人で叩き潰したという。千歳会長も大概喧嘩には強い……らしいけど、彼とだけはやったとは聞いていない。先ほどの所作も、本当に喧嘩慣れしているような振る舞いに思えた。

 しかしどうして彼がこんなところに――?

 そう思っている間に、彼は僕の前から姿を消していた。どこに行ったかと思って周囲を見渡すと、彼はいつの間にか結衣のそばに近づいていた。

「待て、彼女に何をするんだ!?」

 まさか結衣に何かしないだろうな。疑いの目を向けつつ、簪を持ちながら近づく。だがそこには……。

「……ごめんな。また守れなくて」

「正ちゃんっ!」

 僕は声を失った。喧嘩や暴力ばかりの宮川が、よりにもよって結衣のそばで膝をついて優しい声を掛けていたからだ。それも、普段は想像のつかないくらい穏やかで慈愛に満ちた目で。

「怪我は無いか?」

「私は平気」

「本当に大丈夫か? 痛いところとかは?」

「お尻打っちゃったくらい。でも今は痛くない」

 本当か、と問い掛け優しく結衣のことを抱き寄せる宮川。驚きのあまり、いざとなったら差し違えるつもりで持っていた簪を落としてしまう。だけれども、これが結衣の言う「宮川正樹(せいちゃん)」の本当の姿なのだろう。

「そうか。それならいいんだが……ってお前、泣いてるのか?」

「そ、そんなわけ……ないじゃない」

 枯れそうなか細い声を出しながら、宮川の腕を強く握りしめる。それこそが、この状況に対する恐怖と宮川への絶大な信頼を表すようだった。

「だったらなんだよ?」

「それは……ちょっと怖くて。というかそれよりもハルちゃんっ!」

 その言葉と共に、宮川が振り返る。彼の目線が僕に刺さる。怖いと思っていた彼の目は……思っていたよりも穏やかで優しそうなものだった。

「……そうか。認めたくはないが、お前が結衣を守ったんだな」

「まあ」

「礼を言う」

「いいよ、当然のことをしただけなんだから」

 ぶっきらぼうながらも感謝の言葉を口にする。思っていたよりも素直で穏やかな言葉で、正直僕のほうが面喰ってしまう。だって彼は、かつて僕のことを追い詰めて眞子のことを泣かせたいわば僕たちにとっての天敵ともいえる存在。うちのクラスでも有数の悪党なはずなのに。

「てかお前、口から血が出てるぞ。足の甲からも血が……まさか、お前がやったのか?」

「そう……だね」

「女が気安くこういうことするな。怪我の痕が残ったらどうする?」

 それなのに、思っていた以上に優しいのか? だから結衣は、こいつのことが好きになったのか?

 以前は、そんなことは有りもしないことだと思っていた。少なくとも僕や眞子にとっては、聡明な彼女がこんな野蛮で乱暴な男に恋をするだなんて考えづらかったというのが本心だった。だけれども、こういう一面を見ると宮川への見方がだいぶ変わってしまう。好感度、というのは変な例えだがちょっとだけこいつへの見方が良い意味で変わった気がした。

「心配してくれてるの?」

「別に。ただこれほど喧嘩っ早くておてんばだと嫁の貰い手がいなくなるかもな、と感じただけだ」

「余計なお世話だよ」

 嫁の貰い手って、元々は男だった人間に的外れな心配だと思う。それに一言一言が上から目線なのがますます腹立ってしまう。でもこいつは、僕が思っているよりも悪い奴では無いのかもしれない。

「しかし随分と気骨のある女だ。そこはまあ……褒めてやる」

「そりゃどうも」

「救急車を呼んでやる。お前もさっさと病院に行くこったな」

「救急車ってこれまた大げさな」

「お前じゃなくて、そこでのびている三春のために呼んでやるんだよ」

「……そうだ眞子!」

 宮川の一言に、頭に上がっていた血が一気に引いていく感触を覚えた。慌てて、倒れている眞子の元に駆け寄る。

「眞子、大丈夫か?」

「……春奈?」

 良かった。意識が戻るということは、眞子も無事だったということなのだろう。いや、この様子を見る限り無事という表現が適切かは分からないけど、とりあえず生きていて自力で動けそうだ。

「うーん、頭痛い。ってあんたこそ、口から血がっ」

「あぁ、まあ大丈夫だから」

 大丈夫かといわれればたぶん大丈夫じゃないんだろうけど。なかなか血が止まらず、口の中に溜まっていた血を吐き捨てる。でもこうやって眞子が無事でいてくれるならば、口から血が出てるくらい大したことは無い。宮川と同じで、結局大切な人を守れるならばそれだけで十分なのだ。

 それにしても、改めて周囲を見ればあまりにひどい惨状だ。酔っ払いで絡んできたチンピラ3名が道端にのびている。周囲の人が、ひそひそ話をしている。結衣はまあ宮川が保護しているからいいとして、まさか自分がこういう喧嘩の当事者になるとは思わなかった。信じられないことが目の前で起こっていることに、頭がクラクラしてきたけど……。 

「大げさね自分で動けるわよ」

「怪我人は黙ってなさいな」

 それでも僕よりも重症であろう眞子を抱き寄せて、肩に手を回す。浴衣で動きづらいけど、まずは安全な場所に動かさないと。

「あんたがそれ言う?」

「お互い様だよ」

 よたよた歩きになりながら、喧嘩した場所から離れる。こんなところに居ても仕方ないし、眞子の場合は特に早めに救急車に乗っけて医者にでも診せた方が良いわけなのだから。もちろん僕だって医者に診てもらったほうがいいわけなのだけど。

 そう思っていた時だった。

「……待てよガキども」

 嫌な予感が全身を駆けまわる。後ろを見ると、のびたと思っていたチンピラ二人がまるでゾンビのように立ち上がっていた。彼らの目は据わっていない。これでは何をしでかすか今度こそわかったものではない。

 宮川のほうにアイコンタクトをする。彼もどうやら同意見らしい。

「悪い。頭が痛いことは承知だが、結衣を連れて家に帰ってくれ」

 肩に回していた眞子の手をほどいて、彼女に告げた。

「待ちなさい。まだやるつもり?」

「……ああ。守るべきものを守らないといけないからな」

「やめなさい」

「やめない。良いから行けっ!」

 眞子の背を押して無理やりにでもその場所をから離す。そうこうしている間にも、ゾンビ染みた二人はこちらへと徐々に迫ってくる。ゆっくりと、だが淡々と向かってくる様子がどことなく狂気じみていた。自然と、宮川と背を合わせることになる。

「ったく、女と喧嘩するとは思わなかったのだが」

「仕方ないじゃない。それでも守るべきもののためなら、だろ?」

「女のくせによく分かっているじゃねえか」

 ああ、これでも元は男だからな。本当の女性よりはまだ男の思考回路は分かるつもりだ。

「まあね」

 それに「男らしさ」が何なのか、男だった当時は考えもしなかったけど今なら喧嘩の美学も多少は分かる気がした。宮川がなぜそこまで喧嘩ばかりしているかは今も分からないけど、大切な人を守るためだというのならばそれは納得だ。

 だけど、覚悟を決めた僕に宮川が言った言葉はあまりに冷たかった。

「とはいえ、どうせ喧嘩慣れなどしてないだろう。ここは俺に任せてお前は引け」

 それは明確な拒絶な言葉だった。本来ならば危険を避けるという意味でも彼の言葉に従うべきだと思う。でも今は、それにうなづけなかった。

「……いや、僕もやる」

 喧嘩慣れをしていない。それは事実だ。だけれども僕だって、喧嘩慣れしてないなりにここまでやってきたのだ。今さら後から来たこいつに任せるというのは何かが違う。

「止めろと言っている。結衣と、三春を守ってやれ」

「だから、守るために僕だって戦おうと……」

 一度決めたことは貫くべきだ。そう思ったとき。


「女がしゃしゃんなっ! お前が居ると、邪魔なだけなんだよ!」


 そう言い彼は僕を押し退けた。そして彼は、そのまま二人へと突っ込んでいった。


 ◇


 ――女がしゃしゃんな、邪魔なだけなんだよ。

 女を下に見たような、ひどい言葉だ。だけれどもそれは、本当に見下すというニュアンスの含まれた言葉だったのだろうか? 

 そうこう言ってる間にも、宮川は大人の男二人を相手によく戦っていた。確かに彼は普段からこういう喧嘩を繰り返しているのだろう。それだけに攻撃の一つ一つは容赦ない。大の男たちはまるで宮川に歯が立たない様で一方的に殴られていた。

 だけれども宮川がこの戦いに勝てたのかというと――そういうわけでもなく。

「そこまでだッ!」

「……チッ、ここまでか」

 首根っこを掴んで殴ろうとしていたチンピラをぽいと捨てる。それと同時に彼は、武装した男たちに囲まれた。

 そう、例えどんなに喧嘩が強かったとしても彼は勝てない。だって警察という、治安維持組織にはどうあがいても勝てないのだから。

「待ってください! そいつは僕たちを守ってくれて……」

 そうやって解放を願い出るけど、警官たちは聞く耳を持たない。当然のことだ。だってどんなに美化しようとしても、彼の行動はしょせん犯罪行為なわけなのだから。それはもちろん相手方にも適用されることだろうけど、「殴る」「蹴る」という行為は明確な犯罪行為でしかない。法を犯した以上、彼は捕まるしかない。それが、この国で生きていくためのルールなのだから。

「……だからなのか」

 女がしゃしゃんな、なんて彼は言ったけど男か女なんかどうでもいい。ただ僕を、こういう場から引き離すためにわざとそう言ったのか。

「やめろっ!」

 だけど、正義のために動いた彼が捕まるとしたら一体何が正しいというのだ。先に仕掛けたのはあちら側だというのに。

「その男を放せッ!」

 ついに行動に出る。でも警官の腕を掴もうと左手を伸ばした瞬間、僕の右手をきつく掴まれる。

「落ち着きなさいっ!」

「どうして邪魔をするんだよっ!」

 そう言い、後ろを振り向く。右手を掴んでいる人を見つめて、僕はすべてを悟った。

「どうして会長さんが」

「心配になって、後をつけてきたのよ。遅かったみたいだけど」

「……離してください」

 それが無駄なことだと分かっていても、僕は彼女に告げる。だが彼女がそれに従うわけもなく、ただ悲しそうな顔をしながら首を横に振る。お前まで行くな、まるでそう言わんばかりに。

「おかしいじゃないですか! いつもは分からないけど、今回ばかりはあいつは守ったんだ。結衣や眞子を。だのにっ!」

 そうこうしている間にも宮川は警官に連れられて僕からだんだん離れていく。彼の表情は、逮捕されることへの後悔や動揺でもない。ただ淡々と、義務を果たしたと言わんばかりの顔でひたすら連行されていくのだ。

「……守ったの。あの子は」

 そうか、あいつは守ったんだ。結衣や眞子だけじゃなくて、僕自身まで。

「あの子は、罪を被ったのよ。あなたたちを守るためにね」

「だったら一緒に行くべきだった! 僕だって……同じことをしたのだから」

「まだ分からないの? あの子は、あなたの未来を守るためにわざとそうしたんだよ?」

 そんなの、分かってるよ……。だけれども、こんな仕打ちはあんまりだ。

 ふと横を見ると、警官たちに囲まれながらも不安そうな顔で宮川を見つめる結衣の姿があった。彼女はもしかして、何度もこうやって彼のことを見送っているのだろうか。彼が結衣を守るたび? それとも喧嘩をするたび? 後者ならばともかく、前者だとしたら見送る結衣のほうがおかしくなりそうな状況だ。

 ただ守るべきもののために戦っただけなのに、どうして逮捕されて前科持ちなんかにさせられるんだ。彼は悪いことなんかしてないというのに。

 ……何だかだんだん、正義ってどこにあるのか分からなくなってきたよ。

読んでいただきありがとうございます。賛否両論多数ありそうな33話です。


主人公の行動原理や宮川の行動原理は賛否両論あることを承知で書いています。どっちか正しいとかどっちが間違いとは作者であるわたしからは言及しませんが、こういう考えを持った人物なんだと何となく把握していただければ幸いです。

そして次回以降でこの作品における根本のテーマである「男らしさ」「女らしさ」について切り込んでいければと思います。


なお、前回からもお伝えしましたが暴力行為は現在の日本の法律では犯罪となっております。作中での出来事はあくまでフィクションですのでくれぐれも現実で真似をしないでください。

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