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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
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32.「守らなきゃ!」

 嬉し涙を袖で拭いつつ、会長に別れを告げて僕たちは急いで家路につくことにした。

 彼女の言う通り、お祭りの治安は急速に悪くなる。今はまだ表立ってそういう素振りは見せてはいないものの、すでに遠くからは違法改造されたバイクの音が聞こえており、すれ違う人の中には酒乱っぽい人も交じりつつある。

 僕はともかく、眞子や結衣を危険な目に合わせるわけには行かない。だからこそ、二人を急がせるのだが、眞子にとってはやっぱりお祭りのあとは名残惜しいらしくて。

「眞子ちゃん、気持ちはわかるけど早く帰らないと!」

「大丈夫だってこれくらい!」

 結衣の制止をものともせず、カラカラと下駄の音を響かせて近くの露店に寄る。何をしているのかとつぶさに見ていると、彼女はなんとキャラクターのお面をおでこのあたりにつけて戻ってきたのだ。

「……眞子ちゃん」

「良いじゃん! 可愛いでしょ? クマのお面!」

 確かに可愛い。お面が。

「それは……かわいいけどってそうじゃなくて!」

 頬を膨らませる結衣。彼女なりに怒っていることを伝えてはいるんだけど、根っから穏やかな人だから今一つ危機感が伝わってこないのだ。

「分かってるけど、ゆっても数分じゃん? しかも結衣だって今晩はうちに泊まってくわけだし」

「そうだけどさぁ……」

 まあ確かに、眞子の家までは歩いても5分程度で帰れる距離のところまで戻って来てはいる。それにここは大通りで人目に付く分まだ安全だ。多少の寄り道をしてもバチは当たら無さそうだけど……。

「ダメだ、やっぱり帰ろう」

 根拠は無いけど、何か嫌な予感がするのだ。

 確かに露店はまだやっていて子供たちも歩いている。だけどもすでに周囲には、ガラの悪そうな人々が次々と現れ始めている。歩行者天国が終わった大通りに、よく分からない改造がされたバイクとか車が大きな音をまき散らしながら走っている。見た目が怖そうな人が肩を組んで歩いている。そして中には、よく分からない奇声を上げている人まで。

「続きは、家でもできるから」

 眞子の手を強引に引いて、家に帰らせようとする。

「どうして!」

「嫌な予感がするんだよ」

 こいつの気持ちだって分かる。僕だってもう何年、何十年とこいつの幼馴染みをやっているんだ。眞子がどんなことを考えるかなんて、それこそお見通しのつもりだ。こんな楽しい時間から離れたくない、そういう未練がましい気持ちは痛いほど分かるのだ。

 でも……だからこそなんだよ。

「せっかくあんたが、心の底から楽しそうにしているところが見れたのに。そんなすぐに終わらせ……」

「だからだよ! その楽しい祭りが、最悪の終わり方しそうだから……」

 そう言い放った瞬間だった――。

「ご、ごめんなさいっ!」

 唐突に悲鳴のような声が聞こえた。何事かと思って後ろを見ると、そこには結衣が先ほどの酔っぱらった男性にぶつかってしまったのか尻もちをついているようだった。一方でぶつかったであろう男性は結衣のことをじろじろと見ている。

「結衣っ!」

 恐れていた事態が、現実になった。身の毛のよだつ感触に怯えつつ、慌てて結衣のもとに駆け寄ろうとするが、そうしている最中にも……。

「お前どこ見てんだよ!」

 そう言い、酔っ払いの男はものすごい剣幕で結衣のことを怒鳴りつける。

「ご、ごめっ……!」

『結衣っ!』

 二人して慌てて結衣のもとに駆け寄り、罵声を浴びせる男から守るように結衣を抱きしめる。けれども、恐怖で足をすくませた彼女は、全身を震わせて言葉にならない言葉をつぶやいていた。そりゃそうだろう、いきなり見ず知らずの男に罵声を浴びせられて怖くないわけがない。

「結衣! 大丈夫だからな。僕の肩を掴んで。せーのっ!」

 そう言い、眞子が腰を抜かした彼女を無理やり抱き寄せる。恐怖のせいか彼女は震えていた。結衣の表情は、前髪に隠れていて分からない。でも、アスファルトにぽたぽたと染みる水滴が彼女の怒りや悲しみ。恐怖の感情を露骨に表していた。

「だっさ! このガキ腰を抜かしてやがんぞ!?」

 不快で下品な笑い声がその場を包む。それ以上は聞きたくなかった。聞かせたくなかった。

「何なのよ、勝手にぶつかってきたのはあなたたちでしょう!」

 喧嘩っ早い眞子が売り言葉に買い言葉と言い返す。だがそんな眞子の言葉が、酒におぼれて理性を失ったケダモノに届くわけなんかない。

「んだとこのちんちくりんっ!」

「そっちこそいい年こいて中学生イジメてイキってだっさ。男なのに年下の女でしか威張れないなんて弱虫もいいところじゃない?」

「眞子、手は出すなっ!」

 悔しいのは分かる。やり返したい気持ちも、分かる。だけれども眞子は分かってない。酒に酔ってくだを巻いたり、年下のそれも女に手を出すようなやつに常識なんか通じないことに。そしてそんな奴らに手を出すと、とんでもなくひどい目に合うということにも……。

「んだとこのガキ!」

 でも僕がそれを言うのは遅かった。そして、その直後に男がした行動を僕は止めることが出来なかった。そのクソ男は驚くことに、眞子の頬を。女の子を……殴り飛ばしたわけなのだから。



 眞子が殴られて吹っ飛ばされる。そんな、非現実的な映像がスローモーションのようにまじまじと見せつけられる。ただでさえ嫌な映像なのに、そういう映像に限って異常に長い時間を掛けながら見せつけられる。やがて彼女の華奢な身体が地面に叩きつけられる。生々しい嫌な音が鳴り響き、それが僕のストッパーのようなものを外した。

「ふぅ、スッキリした」

「さすがにやり過ぎだろ」

「いいんだよ、たまには痛い目見せなきゃ。最近のガキは調子に乗り過ぎなんだよ。教育的指導ってやつ?」

「それな!」

 スッキリした? クソガキ? 教育的指導? 

 ……なんだよそれ。そんなの、お前らの鬱積した負の感情のはけ口として眞子や結衣を傷つけただけじゃないか。しかも普段は出来ないくせに、酒を飲んで調子乗ってやっちゃいましたってか? それで、二人がどれだけ傷つくと思っているんだ。自己中心的な相手の理屈に、はらわたが煮えくり返る。

「ふざけるなよ。どうして二人が……ッ」

 暴力はいけない。それは分かっている。

「おめぇらなんかに」 

 だけども、気持ちを前に理性が追いつかない。

「汚されなきゃ……」

 髪から簪を引き抜く。簪が落ち、結っていた髪がふわりと広がる。

「いけないんだッ……このクズどもがあああッ!」

 そこから先のことは、もう僕自身も理性で制御ができなかった。人生初の、「暴力」ってやつだ。

 それが傷害という、立派な犯罪行為であることも。場合によっては、自らの身を危うくするような行為だということも。そして、そんなくだらないことで前科がついて未来の可能性が狭まることだって分かっていたはずなのに。

 だけども、僕は許せなかった。愛するものを傷つけられて、黙って見ていられるわけ無い。いや、こいつらだけじゃない。何よりも、二人が傷ついたにも関わらず何も出来なかった僕自身にも怒りが湧いていたのだ。

 今は違うかもだけど、僕だって元々は男だ。男ならば――守るべき人を守るべきじゃないのか? 「っ痛ッてえ」

 僕がタックルした男は、痛さのあまり地面でうめいている。だけども……眞子や結衣は、お前が思っている以上にもっと痛い目を見たんだ。もっと辛い気持ちを負ったんだ。

「クソガキ、やってくれるな!」

「うるさいよ、バカどもがッ!」

 頭に来ていたのもあるのだろう。普段は吐かない暴言ばかりが頭に浮かんで、口に出る。だが僕は失念していた。そのチンピラグループは、グループなのだ。複数人いるということは……。

「失せろ、クソガキがっ」

 当然、別の誰かが居るわけで。だからこそ、直後頬に強烈な衝撃を受ける。衝撃なんてものじゃない。一瞬記憶が飛んで、次に目を覚ませば妙にぬるい地面にたたきつけられていたわけなのだから。口の中から鉄の香りがする。気持ち悪くて吐きだすと、赤黒い液体が地面に広がった。

 無理やり身体を起こして叩いたであろう相手を睨み付ける。相手はビール瓶を持っていた。これで叩かれたとしたらそりゃ記憶も飛ぶに決まってる。

「なるほど、あれでこうされりゃ……ねぇ」

 そう言ってる間にも、相手は僕に近づいてくる。たぶんあのビール瓶で僕のことを殴りつける気だ。痛みに耐えつつ身体を超こす。次にあれを回避しないと、僕のほうも命が無い。

「クソガキッ!」

 間合いを詰めてきた。痛みに耐えつつ振り下ろされたビール瓶をかわす。ビール瓶が床にたたきつけられて割れる。割れた破片が足の甲に刺さるが今は気にして居られない。後ろには、恐怖に怯える結衣と殴られて意識を失った眞子がいる。ここで僕が倒れたら、二人も危ない。僕が倒れるわけにはいかないんだ。

「やらせはしないッ!」

 だけれども、アスファルトにまき散らされたガラス片を踏むたびに足に痛みが走る。この状況で行動が出来るわけもなく。

「調子乗んなよクソがッ」

 酔っぱらっているとはいえ相手が悪かった。これまでの二人と比べて、今度の相手はいくぶんとガタイがいい。もしかして運動部出身なのだろうか。ものすごい勢いで迫ってきているが、それがスローモーションに映る。腕から先には、割れたガラス片が。これは……今度こそ終わっただろう。


「ゴメン、二人とも。僕は……守れなかったようだ」


 そう言い、瞳を閉じる。そしてすぐに、身体に鋭い痛みが走る……と思っていた。


「ったく、慣れない喧嘩なんかするなよ。女のくせに」


 痛みが無い? いやそうじゃない、誰だ話しかけてきたのは。

 瞳を開ける。そこには……チンピラのみぞおちに拳を貫かせている、宮川の姿があったのだ。

読んでいただきありがとうございます。

元々は第31話後半として公開した部分を修正加筆した第32話です。


状況としては結構複雑なのですが、「僕なり。」としては異例の回になったと考えています。ただ、イロモノとして導入したわけではなくていずれ触れることになるそれぞれの性別の「らしさ」に触れることができればという形で導入しました。

その一方で、わたしが喧嘩というものを体験したことが無いのでリアリティに欠けている点も否めません。経験者に取材はしましたが、やはり実体験が無いと描写が難しいところではあると思います。



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