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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
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31.「友達だから」

 巨大な花火が、真っ黒なキャンバスの上に綺麗に描かれる。それも一発だけじゃない。次々と、まるで真っ暗闇から闇を取り払って光で包み込もうと。そんな意図を感じるくらいに、何発も何発も打ち上げられていたのだ。

「たーまやー!」

「かーぎやー!」

 眞子と結衣。そして生徒会長までもが声をあげていた。その様子を見ていると、不思議とこっちまで微笑ましくなってしまう。

「たーまやー!」

 つられて僕まで声をあげる。楽しみにしていたのは事実だけど、まさかこんなの居心地のいい。楽しいと思えるような集まりになるとは思っていなかったのである。もちろん、今までが楽しくなかったというわけではない。少なくとも小学生くらいまでは、眞子や秋奈とお祭りをまわって花火を見て楽しんでいたはずだ。

 でも最近は……思い返してみればあんまり楽しいと感じたことは無かった気がする。

「おっ、普段はぶっきらぼうな春奈がそう言うなんて明日は雨かー?」

 本当に眞子は鋭いな。こういう機微を一瞬で見抜いてくるんだから。

「たまにはこういう時だってあるんだよ。ほっといてくれ」

 なんて、つい心にもない酷い言葉を返してしまう。けど、眞子の瞳に移る僕の姿は確かに笑っていた。これは、僕が女の子になったからの笑顔なのだろうか。まるで忘れかけていたものを取り戻すかのような不思議な感情だ。そして同時に、終わらせたくないという感情が芽生えてくる。人間わがままなもので、一度掴んでしまうと、不思議と手に入れたものを失いたくないって思うようになるのだ。

 だが、そんな幻想的な風景はいつまでも続かない。最後に大きな、本当に大きな花火を打ち上げられると、わずかな火薬のにおいと共に再びこの街に真っ暗な夜空が戻って来たのだ。

「……終わっちゃったね」

「なんだか、お祭りが終わった後って独特の寂しさがあるよね」

 眞子と結衣が、そんな感想を話していた。夜空には、天の川と星が瞬いている。でも、やっぱりあのような壮大な芸術を見せられた後だと普通の星空も何だかもの寂しいものだ。

「だがそれも、祭りの醍醐味じゃないかしら? 楽しかったからこそ、後に来る静けさというのにも、情緒があるってもので」

「会長さんは大人ですから……」

 眞子がちょっとだけ不満げにそう話す。気持ちはわかる。確かに、楽しさの後の寂しさはちょっと心に来るものがある。

「でも、いつまでもお祭り気分だとお祭りのありがたみが薄れるんじゃないかな? それに、これが最後って訳じゃないし」

 こういうとき、結衣は割とあっさりと割り切れるらしい。いや、割り切れるっていうほど深刻な問題では無いのだろうけど。

「夏休みはまだ続くでしょ? これからも、私たちは遊べるわけだし」

「……確かに」

 そうだ。夏祭りはこれでおしまいだけども、夏が終わったというわけではない。むしろ、まだ始まったばかりじゃないか。だったら、気落ちする必要は無いはずだ。だけれども……。

「そうは言っても遊び足りないよ……」

「眞子ちゃん、今日はもう帰ろ? 親御さんが心配するし……」

 それでも胸騒ぎがする。祭りに名残惜しさがあるから、というわけではない。眞子と違って僕はそんなに単純な人間では無いのだ。だとしたらどうして。

「そうね。中村さんの言う通り、今日は早く帰った方がいいわ」

「会長さん?」

 会長さんの厳しい口調に、眞子が思わず素っ頓狂な声を上げる。だけれども、未練たらたらの眞子をまるで叱りつけるように厳しい口調で諭していた。いや、諭す相手はもしかして眞子ではなく……。

「でも、名残惜しいですし」

「確かにまだ露店はやっている。ただ祭りが終わると、変な人たちがわらわらと湧いてくる。それは毎年起こっていることで、おそらく今年も起こりうること。そんな状況であなたたちが歩くのは、ちょっと危ないからね」

 でしょ、安藤さんと話が続く。

「え、ええ……。そうですね」

 いきなり話が振られたものだからつい驚いてしまった。でも、彼女の諭すような一言は確かにさっきのお母さんの言うことに重なるわけで。

 でもその一方で、このまま帰っていいのかって疑問も湧いてしまう。遊びたいかどうかで言えば、正直お開きにしたほうが良いんだろうけど。でもここで解散したとして、それはそれでモヤモヤするというか。

「でも……あの……」

「あれ? 安藤さん、私の言ったこと聞いてた……よね?」

 そうだ、分かった。どうしてこのモヤモヤが消えないのか。

 きっとそれは、僕の正体を未だに結衣に明かせていないからじゃないのか。眞子も結衣も、僕にとっては難しいことなんか考えないで楽しく一緒の時間を過ごせそうな友達だ。それなのに僕は、そんな友達に隠し事をしている。

 いつかは明かさないといけない――そんな言い訳はしているもののそれを行動に伴うことが出来ていない。それなのにこれからも友達でいるだなんてそれこそ結衣に失礼だ。それに、会長さんにも正体が知られている今何かの拍子で正体が露呈したらどうなるか。その気は無かったけど、結衣にとっては裏切りだと感じられてもおかしくない。

「あのさ……ごめん。みんなさ、ちょっとだけ()に時間をくれないかな?」

 だから僕は決めた。

「それは、今でないといけないことなの?」

「――ええ。今だからこそ、の話です」

 結衣に、自身の正体を明かすことを。


 ◇


「というわけだったんだ」

 僕は、結衣と会長さんに全ての真実を明かした。僕の正体は安藤春樹だということ。成長が遅く、身体能力が低いことがコンプレックスになっていたこと。それがもとでクラスでもいじめられて、だんだんと生きていることが嫌になったこと。そんな矢先、急に僕が――


 女の子になってしまったことも。

 

「……会長さんは知っていたんですか? 春奈のことを」

「そういうことになる、わね」

 眞子と会長さんは、冷静に言葉の応酬をしている。二人は僕の女性化の情報を事前に知っていたからというのもあるだろう。

「……だったら、もっと早く春奈を助けてあげて欲しかった」

「そうね。私も、そこは反省しているところ」

 二人がにらみ合っていることがちょっと気になるけど、まあ今は置いておこう。それよりも怖いのは、結衣の反応。彼女には、僕の真実をこの場でいきなり聞かされている。眞子でさえ、あれだけ錯乱していたのに、彼女はこの事実を受け止めきれるのだろうか。正直、確信はない。だってこんなことはまず起こり得ないし、普通の人なら頭がおかしくなったと思われるか気持ち悪がられるかが関の山だから。

 でも、だからといって彼女に話さないでいられるわけもない。もちろん、真実を明かすことでこの夢が醒める可能性だってあるとは思う。でもやっぱり隠し事は親友として許されることではない。少なくとも僕なら、親友の間に隠し事はしてはいけないと思うし。

 無言がその場を支配する。明かりも無くて、僕以外の感覚は本当に分からない。ゆえに、不安が増していく。嫌われるかもしれないという恐怖が僕を包む。むしろ嫌ってくれ、そう言いかけた時だった。

「ありがとう」

 柔らかい、穏やかな女性らしい声が聞こえた。この声の主は、僕の知る限りでは――結衣しかいない。でもどうしてありがとう? そう思っていると、静かに彼女が僕に近づいてきた。柔らかい、暖かい手が僕の手を包む。

「怖かったよね。辛かったよね?」

 それは、僕にとっての想定外な反応だった。だけれども、彼女は僕なんかよりもずっとずーっと優しくて、大きかった。

「ありがとう。真実を、話してくれて」

「……引かないの?」

「引くわけないじゃない。むしろ、嬉しかった」

 分からない。彼女の言っていることの意味が、理解できない。だって、僕の人生の親友における眞子でさえあんなに錯乱したんだよ? 大泣きしてわめいて叩いて罵って。色々な感情をみっともないくらいにさらけ出して、そんな辛い思いをやっと今のような関係に戻れたというのに。だのにどうして?

「分からないよ。だって嫌われるって思ってたのに」

「じゃあどうして嫌われるようなことをわざわざ言ったの?」

 それは……嘘をつきたくなかった。もっともっと仲を深めるうえで隠し事だなんて良い気がしなかったから。それで嫌われることもあるかもしれないけど。って、全部僕のワガママか。

「……違うよね? 私に嘘をつきたくなかったから、素直に打ち明けてくれたんだよね」

 そう言い終えると、彼女は手で僕の頬を優しく包んだ。その手がとても温かくて、抑えていた何かが溢れ出しそうになっていた。

「だから私は嬉しかった。ハルちゃんが安藤君だったことは……正直今も驚いているけど。でもさ」


「勇気を持って真実を明かしてくれたことのほうが大きいかな。怖いと思っていた安藤君が、本当は心優しい人だったってことも知れたわけだし」


 その言葉を聞くと同時に、頬に涙が伝っていた。まったく、この前の秋奈の時といいどうしてこうも涙ばかり出てしまうのか。

「これだけで泣いちゃうなんて、なんだか女々しいね」

 女である以上女らしくあろうとは思うけど、女らしいと女々しいのは何かが違う。前者はおしとやかという褒め言葉に変換できるけど、後者は情けないといったようなマイナスの言葉にしか変換できない。だいたい、何かあって泣くだなんて女々しい以前に弱いだけじゃないか。

「じゃあその涙はマイナスの気持ちで流してるものなの?」

 だけど結衣の問いかけは、僕のことを責めるわけでも宥めるわけでもなく……。

「……分からないけど、悲しいとか辛いってわけじゃなくて」

 だから自然と素直な気持ちがそのままポロリと漏れる。

「じゃあ、良いじゃない」

「良いの?」

「その気持ちがマイナスで無いなら、ね。それに自分の気持ちに素直に向き合えるって、強い人じゃないとできないことなんだよ?」

 その言葉にハッとする。それは、今までの僕が出来なかったことだったから。安藤春樹ならば出来なかったことが、安藤春奈では出来ていることに気づかされたから。そうだ。僕が絶望の淵に追い詰められたのは……元を辿れば辛いときに人を頼れなかったから。辛いときに素直に助けを求められなかったからだ。

 弱さを認めることは、弱いことじゃない。強いってことは、素直に自分のありのままを認めることが出来るということ。一人で何でもできるから強いわけじゃなくて、自分の現状を見つめて必要なときに助けを求めることが出来るから強いんだなんて今さら気づくとは思わなかったんだ。

「……正直、よく分からないよ」

「かもね。でも、ハルちゃんが安藤君だとしてもハルちゃんがハルちゃんであることには変わりないし」

 そういって鼻の頭を優しくつつかれる。なんだ、杞憂じゃないか。でも僕が結衣を友達と思っているのと同じくらい、彼女は僕のことを大切にしていたんだ。それはとても喜ぶべきことで。だから……。

「ありがとね」

 また涙があふれる。でもその涙が、今日に限っては不思議と安心するもののように思えてきたのだった。

大変お待たせしました。仕事がピークで更新が遅れましたが、第31話の更新です。

前半は、ついに結衣に正体を明かした春奈の様子を。後半は、絡まれた結衣と眞子を守るために戦う春奈の様子を描いています。前半後半で毛色が違うので分割も考慮したのですが、分割すると文字数の据わりが悪くてですね……また細かく内容を詰めることになるかもです。


ところで、最近本作の知名度が上がってきたのかたくさんの方に読まれるようになりました。特に総合評価が300を超えまして、7名の方から評価をいただいています。また感想も9件ついていました。これまでの応援本当にありがとうございます。今後とも評価や感想いただけたら幸いです。


最後に。作中で度重なる暴力シーンがありましたが、暴力行為を奨励する意図では無くあくまで話の筋書きとして描写しています。現実世界で真似をすることは絶対にしないように。また、季節柄忘年会や新年会などでお酒を飲む機会が多いと思いますがお酒はほどほどに。わたしも気を付けます(苦笑)。


12/24追記

22日付けで更新しましたが、やはり据わりが悪いため前後2回に分けて再投稿しました。22日付け更新分のうち後半は、24日18時更新分になります。また、サブタイトル名も変更する予定ですがとりあえず仮題ということにしておきます。

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