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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
3. 若葉ガールは苦悩する
32/129

30.「会長の本心」

「奇遇ね。あなたたちもここに来ているなんて」


 その言葉と共に、乾いた足音が近づいてきた。だけれども僕はすぐには振り返れない。だってそこにいたのは……忘れもしない。かつて僕の正体を明らかにしようとした……。

『……生徒……会長』

 千種第一中学校生徒会長。千歳悠希。まさにその人だったからだ。

「そうだけど、別に今は会長って呼ばないでもいいのよ? 学校外だしね。そもそも私たちは、対等な関係であるべきだし」

 彼女はそう言い、何事も無かったかのように僕たちの空間へと入り込んできた。なるほど、確かに制服を着ていない彼女にとって僕たちはただの同じ学校の生徒。でも僕にとっては、やっぱりどうしてもあの出来事が頭をよぎってそうとは思えないのだ。

「何しに、来たんですか?」

 静かに。というよりも、冷徹な声で訊ねる。噂によると、彼女は泣く子も黙る鬼会長で不良グループが束になってもかからないほど。でも、そんな恐ろしい会長様であろうと、不思議と今は恐怖心よりも生理的な不快感のほうが大きかったのだ。

「ちょっと春奈、失礼でしょ?」

「だけれどもッ!」

 理不尽な、自分勝手な感情だということは分かってる。でもここは……結衣が大切にしてきた思い出の場所だ。そんなところに、この鬼会長が土足で踏み入って良いのだろうか。偉そうなことは言えないけど、彼女の気持ちも知らないままドスドスと踏み込んでくる。それが不愉快でしょうがないのだ。

「三春さん、良いのよ」

 しかし生徒会長は、僕たちの言葉に制止を掛ける。そして、そのままこちらに近づいたかと思えば、彼女は手ごろな石に腰掛けたのだ。

「花火を見に来たの」

 あなたたちもどう、と手招きをする。二人はどう考えているか分からないが、僕はどうしてもそんな気にはなれない。僕にとっての花火は、この会長抜きで初めて成立するからだ。

「だったら他の場所でどうなんですか?」

「そんな悲しいことを、別に良いでしょ? あなたたちの邪魔をするわけでもないのだから」

「存在自体が邪魔と言いたいのですが」

 婉曲的な表現では通じない。だから初めて直接的な表現を使った。相手が傷つくかなんてどうでも良かった。あいつさえいなければ、今はその感情しか湧かなかったのだ。

「……はぁ、仕方ないとはいえ随分と嫌われちゃったみたいね。私の職務上、仕方ないとは考えているけど」

 にも関わらず、彼女は軽く笑うとまた元の表情に戻った。それこそが、彼女が生徒会長たるゆえんなのだろう。些細なことでは動じないらしい。

「鬼会長でも傷つくんですね。だったら傷は浅いうちに帰った方がいいと思います」

「そこまで言われるのはさすがに心外よ。あなたは何を根に持って私にそこまで言うの?」

「それは……」

 至極もっともな言葉だ。逆ギレでもされたほうがまだ言葉を返すことが出来たが、生徒会長の言葉はあまりに正論過ぎて言葉を返せない。当然だ、こんなの僕が生徒会長に因縁をつけているだけの話なのだから。

「まあ、良いわ。それよりも、ここに座って。せっかくだし、これでも飲んだら?」

 そういい、彼女はひょうたんのような器を差し出した。

「……毒薬ですか? なるほど、わたしを始末しようと。末恐ろしい会長様だ」

「あなた……つくづく物騒な発想をするのね。仮に始末するとして、だったらもっとドストレートにやるわよ」 

 まあ、それはそうだ。わざわざ来るかも分からないこんなところに毒薬入りの飲み物なんてわざわざ持ってこないのが普通だし。

「そしてこれは、ただの甘酒」

「甘酒?」

 まあ、そう言われればそうかなって気もする。

 事実、彼女の服装がそれを確からしく物語っている。白い着物に赤い袴――いわゆる巫女装束と呼ばれるもの。そんなものを着た彼女が、現代では普段使いしないであろうひょうたん型の入れ物に何かを入れているのだ。

 まあひょうたんのなかにコーラなんかいれないだろうし、甘酒の一つでも持っていてもおかしくはない。

「一年に一度のお祭りなのよ? こういう時くらい、いがみ合うのは止めましょ。せっかく神様もお迎えして楽しんでいるのに、これじゃ神様に顔向けが出来ないよ」

 一体何を考えているんだ、この女は。しかし、何度見ても今の彼女から負のオーラは感じられない。彼女は、その気になれば僕たちを一捻りできるほどの力と権力を持っているはずだ。なのにどうして……認めたくは無いけど友好的な態度を取っているのだろうか?

「ハルちゃん。私は、会長さんと一緒に過ごしてもいいかなって思うけど」

 そして畳みかけるように、結衣はよりによって生徒会長と花火を見ることを承諾してしまったのだ。

「結衣……」

「眞子ちゃんとハルちゃんが会長さんのことをどう思ってるかは分からない。でも、私には会長さんがみんなの言うほど嫌な人には――ちょっと思えない」

「でもっ! ……そっか、そうだよね」

 思わず反論しかけたが、確かにその通りなのかもしれない。冷静に考えて、生徒会長が僕たちに危害を加えたことはあっただろうか。みんなからは煙たがられている彼女だが、それも元は生徒会長として嫌な仕事を代わりにやっているから。

 それに考えてみれば、彼女が僕に危害を加えたことだって冷静に考えれば無い。あくまでそれは僕の憶測で考えていることであって必ずしも事実とも限らないのだ。

「春奈、どうしたい? わたしは、春奈の気持ちを尊重するけど」

 結衣は、会長と過ごすことを受け入れた。眞子は、僕の意思に委ねてくれている。僕は、3人で過ごしたい。そうなると、選択肢は自ずと一つに絞られる。みんなが楽しむ方法は……。

「分かった。4人で見よう」

 そう言い、僕は会長の。会長さんの隣に腰掛けた。そして、甘酒の器を奪い取って小さな器に甘酒を移す。

「どうぞ。今日だけですよ」

「……では、いただこうかしら」

 そう言い、僕が差し出した甘酒を受け取る会長さん。その直後、乾いた音がこだました。真っ暗な空というキャンバスに、一輪の大きな花が咲く。花から放たれた光が、隣にいる会長さんの表情を映し出す。そしてその表情に僕は驚いた。

 なぜなら、彼女の表情はいつも見せる厳しいそれではなく、心なしか年頃の女の子のそれだったからだ。


 ◇


 花火を見ている間は、不思議と会話が途切れ途切れだった。でもそれは、ここに居る全員が嫌な気持ちを持っていたからではない。ただ、真っ暗な空に写る花火に心を奪われていたからだ。

「すごいね」

「うん」

 感嘆の声がところどころで漏れるけど、それもすぐに止んでしまう。それくらい、花火が美しかったのだ。

 僕は、生まれてからずっとこの街に住んでいる。このお祭りの花火だって、眞子と一緒にもう何度も見ている。ここ最近は、正直見飽きたとさえ思っていた。それなのに今日に限っては、花火に見入っていたのだ。

 どうしてなんだろう。ふとそう思ったけど、周囲を見渡してすぐに分かった。きっと、みんなとこの楽しい場を共有しているから。みんなの「楽しい」が僕にも伝わってくるからなのだろう。

 そして不思議なことにそれは、会長さんとて例外ではない。今までは敵だと思っていた彼女だったけど、こうやって甘酒を飲みながら同じものを見ることで奇妙な連帯意識を持つようになったのだ。

「……おいしい」

 夏なのに甘酒というのも変な気分だったけど、案外悪くない。花火と言う、最高のお酒のつまみの存在もあってか、心なしかほろ酔い気分になっていた。

「そうか。良かった」

 独り言のつもりだったが、会長さんが食いついてきた。良かったというあたり、彼女の自家製なのだろうか。まあ、反応を見る限りそうなのだろう。

「会長さんが作ったんですか?」

「うん」

「……まずくは、ないです」

「あら、手厳しいのね」

 表面上は言葉でやり合ってるようにも見えるだろうけど、甘酒でほろ酔い気味ということもあってか意外にも会長さんとの会話が進む。もちろん会長さんのことがいけ好かないという気持ちに変わりはないけど、かつてほどの敵意は不思議と生まれなかったのだ。

「冗談です。実際、美味しいと思います」

「だったら最初からそう言えばいいのに」

「良いじゃないですか。いろいろ察してください」

 そう言い返す。こういう状況の時は、不思議と片意地張らずに彼女と言葉を交わせる気がした。

「しかし、真夏に甘酒とは珍しいですね。普通は冬に飲むものなのに」

「知らないの? 甘酒は、元は夏の季語よ?」

「意外です。真冬の神社で売っているイメージが強いので」

「まあ、そうなるわよね。それはそうと、神社で『売る』って言うのは言っちゃダメよ?」

「これは失礼しました。でも上手い表現が見つからなくて……」

 そっか。巫女装束で何となくそうだろうとは思っていたけど、この人はたぶん神社の関係者なんだろう。いけ好かないことには変わりないけど、こうやって仕事に真摯なのは好感が持てる……と僕は思う。

「会長さんって、もしかしなくてもこの神社の巫女さんですか?」

「うーん、まあそうなるかな。厳密に言えば、『神職』って言うんだけどね」

「神職? ですか」

「分かりやすく言えば、この神社の管理人かしらね」

「管理人? 失礼ですが会長さんおいくつですか?」

「私? まだ15よ……」

 まあ、生徒会長といえども中学生であることには変わりないのだから15歳というのは当然の話だろう。しかし、そんな若さでこの大きな神社の管理をしているとは。おまけに中学校では生徒会長も兼任しているわけだから……やっぱり常人離れしている。さすがは、歴代最強の鬼会長だ。

 しかし、そんな鬼会長からよりによって信じられない言葉が飛び出る。

「まあそうはいえども名ばかり。実務は親戚の方に頼ることも多いわ」

「えっ……」

「まあ世の中とはそういうもの。私にだって出来ないことは多いわよ? みんな信じてはいないみたいだけどね」

 出来ないことは多いって、おかしいじゃないか。会長さんは、一人で中学校の治安を一気に向上させて周りにも頼られている。学校の外でも、中学生ながら神社の管理をやっている。そんな彼女がこんな弱音を吐くなんて――。

 見たくなかった、だなんて生ぬるいことは言わないけどそんなことを聞いてしまうと複雑な感情になってしまうじゃないか。

「止めてください。一時休戦中とはいえ、あなたの弱いところなんか見たら憎めなくなるじゃないですか……」

「憎めなくなる、ね。まあ、それでもあなたは――いつか私のことを憎むことになるはずよ?」

「なんでこのタイミングでわざわざそんなことを。わたしだって、飛べない鳥を仕留めようだなんて言うほど性格は悪くないですよ」

 だから、僕に変な同情心を抱かせないでくれ。さもないと、あんたへの憎しみが消えてしまう。憎しみを失うということは、自身の正体についての緊張感を失うことにまでつながるのだから。

 だけれども彼女は、さらなる驚くべき事実を明かした。

「安藤さんって、口は悪いけど本当は心優しい子だよね。だからこそ、ってところはあると思う」

「だからこそ?」

 その言葉に、僕を包んでいた酔いが醒める。

「それはどういうこと――」

「簡単な話。あなたが女になることを阻止できなかった」


「……ただそれだけ」


 乾いた音が再びこだまする。隣にいる結衣と眞子が歓声を上げる。だが、こんなに近くにいるはずなのに、不思議と僕と会長さん。結衣と眞子の間には見えない壁みたいなものがあるようだった。


 ◇


「守れなかったというのは、どういうことなんですか?」

 二人には聞こえないように、静かに会長さんに尋ねる。当初は、会長さんが僕の正体を知っているかどうかでやきもきしていたが、先ほどの言葉はそのやきもきを吹っ飛ばすに十分過ぎる言葉だったのだ。

 もちろんこの時点で、会長さんが正体を知っていることは確定している。今さら逃げも隠れも出来ないだろう。だったら、会長さんが知ってることを教えてもらうしか出来ない。

「……今説明するのは、あなたの身元がこの二人に割れるリスクがある」

「今さらですよ。少なくとも片方はもう知ってます。それにもう片方だって」

 結衣にも、近いうちに話すことにはなるだろう。正体を隠さないといけないということは分かっているけど、友達にはやっぱり嘘をつきたくないから。

「だから、構いません。それに実際のところ、会長さんはわたしのどこまでを知っているんですか?」

 むしろ、会長さんの先ほどの言葉のほうが気がかりだ。僕を守れなかった――とはどういうことなのか。額面通りに受け止めれば、僕の性別が変わることを予期していたとも取れるが……。

「……ほぼ全部ね。あなたが元は男子だったこと。クラスでいじめられて、自殺しかけたこと。そして一見すると自殺って行為がトリガーになっていると思われている性転換も」


「――本当は、人為的なものだってことも」


 人為的? ということは、僕の性別は誰かによって変えられたということなのか。

 けど、あの日あった人で怪しい人って居ただろうか。確かなのは、直前に眞子とケンカしたことと高熱に襲われたこと。秋奈に看病されて、腐っていた僕に秋奈が喝を入れたことくらい。

 けど眞子と秋奈がそんな性別を変えるようなことをできるとはとても思えない。まさか僕の知らぬ間に、刃物でも使ってアレを切っちゃったとか……絶対あり得ないし。

「ごめんなさい。あの日のこと、わたしも思い出せなくて」

「まあ、無理もないことよ。それに私も、その様子をある程度見ていたから知ってるんだけど――、今は話せないの」

「今は、ですか?」

 今は、って言葉が引っかかった。もしかして会長さんは、僕以上にこの女性化に詳しいのかもしれない。

「憶測でも構いません。何が起こったんですか!」

 思わず問い詰めるように尋ねた。人為的にということは、少なくとも自然現象でこうなったことでは無いことは明らかだ。というか、こんな不可思議なことが自然現象で起こるなんてそれこそ現代医学と現代生物学への挑戦状のようなものだ。

 だけれども……。

「……ごめんね。いつか話すから、今は差し控えさせてちょうだい。一つ言えることは、君は今後も正体を隠すしかないということだけで」

「それは……そうでしょうね」

 それが真理なのだろう。少なくとも僕は正体を隠さないといけない。それだけは確かなのだから。

「……まあ、私も君に伝えられることは伝えた。出来る限りで、協力もしたい。前回は言葉足らずで誤解をさせたちゃったけど……私の本心は生徒の悩みを解決へと導きたいってこと。都合がいいと言われればそれまでだけど」

「本当ですよ。都合が良すぎますよ」

 そうやって、中途半端に情報だけ開示して僕のことをやきもきさせて性転換の理由も知ってるようで知らなくて。だったら知らないで一人で悩んでる方がまだマシな気がする。それに、誰がやったのかを知ってしまったら僕ははきっとその人を憎しむことになりそうだから。

「でもまあ、今は正体を隠します。会長さんにもバレましたし――わたしのこと、協力してもらいますからね」

 そう言い、甘酒を飲み干す。まだ気になることは多いけど、今はその程度の理解でいいだろう。これ以上深く考えたら、それこそ頭がパンクしてしまいそうだから。

 というか、なんで会長さんはここまで僕の事詳しいんだろう。秋奈とか母さんとつながりがあるのだろうか? 眞子は僕のことをペラペラ話すようには思えないし。

「ところで会長さんはなんでわたしのことそこまで詳しく知ってるんですか?」

「それは……私が千――」

 会長さんが何かを言おうとしたまさにその瞬間だった。

 雷鳴のような乾いた破裂音が周囲を包む。閃光が、僕たちのいる場所を包み込む。何事かと思い真っ暗なキャンバスに目を向けると、そこには花火大会のクライマックスともいえる巨大花火が連続で打ち上げられていた。

「たーまやー!」

「かーぎやー!」

 眞子と結衣が、大きな声で花火師の名前を叫んでいた。その息の合った様子が、昔の僕と眞子の姿に重なる。まったくこの二人は……でもいつまでもこうであってほしい。この二人とならば、難しいことなんか考えないで楽しく一緒の時間を過ごせそうだから。

「……この話は、興が醒めるから今はするなってことなのかもしれないわね」

「かもしれませんね」

 そう言うと、会長さんもまた「たーまやー!」と二人に交じって言っていた。まったく、難しいことを考えてるのは何だかんだで僕だけってことになるじゃないか。それに、こんな楽しそうな彼女を見つめる と……もう生徒会長を憎めなくなるじゃないか。

読んでいただきありがとうございます。

これまで放置していた(わけではないですが……)生徒会長回です。これまで春奈視点で見ていると、彼女はどうしても敵だという視点で描かれてきたと思います。しかし本当に「敵」という視点は正しかったのでしょうか? これからも彼女のことをもう少し掘り下げていければと考えています。


それとこれはお知らせ。活動報告でも触れましたが、「ボーイズラブ」「ガールズラブ」のタグを外す方向で考えています。というのも、この作品の本質が恋愛では無くてわざわざつけると読者のみなさまに誤解を与える可能性があると思われるからです。

ただし、TSモノで恋愛という分野を多少でも触れると同性愛になってしまうのは否定できないですし、友情と恋愛の微妙な関係性もどうすべきかと考えています。

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