29.「祭りに行こうよ!(後編)」
一通り縁日のアトラクションを楽しんだものの、花火の時間が近づくにつれて縁日エリアの混雑がますます激しくなってきた。結局、混雑に耐えきれなかった僕たちは近くの公園で簡単な夕飯タイムをすることにした。
ベンチに座り、ハンカチを膝の上に広げてその上にご飯を置く。僕はたこ焼きを。眞子はから揚げ棒を。委員長さんは意外にもガッツリ派らしく、焼きそばにから揚げ棒にホットドッグにといろいろ買い込んできていた。
『いただきます』
三人手を合わせてそれぞれのものをつまみ始める。ぱっと見ればそれは微笑ましくて、まるで毎日続いているかのような平凡なもの。だけどそれは、実は奇跡のような出来事でもしも僕が誘わなかったらそれだけで成立しえなかった出来事でもあるのだ。
つまり、この当たり前は実は偶然の積み重なりで出来ているということ。だからそういうのを大切に、生きていかないといけないのだ。
「なんか春奈、すごい感傷に浸ってるみたいだけど……そんなにたこ焼き美味しいの?」
「花より団子の眞子には一生分からない感情だよ」
「何ですって!」
そういい、食べてたものをほっぽり出して浴衣を着ているのに取っ組み合う僕たち。結局どれだけお高いものを着てしゃれこんだところで、中身はやっぱりただの親友同士。というよりかは、悪友と言った方が正しいのだろうか? だからつい、委員長さんの前でつまらない喧嘩をしてしまう。
「あらあら、汚れるわよ」
でもその委員長さんも、目元はとても穏やかで何だかとても楽しそう。それを見てしまい、不思議とこっちまで穏やかで楽しい気持ちに戻ってしまう。
「まあまあ続きは後でね」
「どうせ3歩歩けば互いに忘れるわ」
そんな捨て台詞を仲良く吐いて、元の場所に戻る。僕たちはいつもこんな感じだ。記憶から徐々に薄れつつあるけど、思い返せば男だった頃から眞子とはこんな感じだった。それは、きっとこれからもこんな感じなんだろう。
そして今度から、そこの輪の中に委員長さんが入るのだろうか。
「……今日は本当にありがとう。今日のお祭り、本当に楽しかったよ」
僕が思ったことは、彼女にも伝染ったのかもしれない。しんみりとした口調で、急にそんなことを言い出したのだ。
「何でよ? まだ始まったばかりじゃない」
「そうなんだけどさ……ほら、私のために二人でこういう企画を立ててくれたんでしょ?」
「二人でって、わたしは関わってないよ?」
「じゃあハルちゃんのおかげか!」
私のため、か。
実際のところどうなんだろう。
最初の時点では、確かに彼女のためってことを強く意識していたとは思う。というのも、前提に彼女は僕にとってはある意味で恩人という気持ちがあったし、だからぎこちない仲を取り持つという恩返しの気持ちが大きかったんだと思う。
でも実際はそうじゃなくて、ただ一緒に居たかったから――今となってはそんな思いのほうが大きかったりする。
それに眞子は彼女の言葉を慌てて否定するけど、実は眞子も何だかんだ言いつつこの企画に関わっていると思う。言い出しっぺは僕だけど、浴衣を着てみようと提案したり、この場を盛り上げてたりしているのは実は彼女だ。
いや、僕たちだけじゃない。委員長さんだってこの祭りに積極的に参加してくれてる。僕自身が恥ずかしがった時だって、優しく励ましてくれた。
「……みんなのおかげ、だよ」
そうだ。色々考えてみたけど、この企画自体誰がどうしたとかそんなじゃない。みんなで作り上げたものなんだ。
「私は引っ張ってもらってばかりだよ。この前だって私のつまらない恋心のせいでお勉強会をおしゃかにしちゃったわけで」
「まあ、経緯はどうであれそういうことにはなるね。でも、それはそれ」
相も変わらず自身を責める彼女。だけれども、それほどおしゃかになったと責任を感じるほどのことだろうか。眞子自身だって、経緯については思うところはあるみたいだけど、それでもそれはそれと流している。結果的に残念なことにはなったけど、そもそも委員長さんが手を出す前に男子どもが居る時点で崩壊することは目に見えてたはずなのだ。
というか、今さら過ぎたことだ。気にする方が、バカらしい。
「うん。それで、二人には何か申し訳なくて話しかけづらくて。もちろん、原因を作ったのは私だから、いまさら何も言い訳は出来ないわけだけどさ。なのにハルちゃんはこうやって私をもう一度仲間に引き入れてくれて、話すきっかけまで作ってくれて。眞子ちゃんもそれは同じだよ」
「そんなに気にしないでも。なあ、眞子?」
「うん。わたしもそう思うよ?」
「そんなことないよ。だから二人にはごめんね……って」
そう言って平謝りされてしまう。
世間一般的な認識では、おそらくだけど今までのことを考えれば例の勉強会に対して一応謝罪は必要なのだろうし、実際にこれが初めての正式な謝罪になるのだろうけど……。
「よしてよ、そういうのわたし一番苦手だよ」
思わず、そんな言葉を吐く。
何度も言うけど、僕は別に怒ってなんかいないんだ。反省しろとかそう言うのも一切言うつもりは無いし、強いて言えばあの時のことを気にしないでこれまで通り振る舞って欲しい。
だって僕たちは同じ部活の仲間であり「友達」なはずでしょ。だったら、お互い見返りなんか求めるほうがおかしいはずだし気を遣う必要だってないはずだ。そりゃ行き過ぎた悪さには謝る必要はあるだろうけど、あの件に関しては不可抗力もあったし今さら何を悔やむ必要があるのだろうか。
「じゃあ、どうすれば良いんだろう」
「別に何も気にすることは無いよ」
「でも、ケジメをつけなきゃ……」
うーん、めんどくさいなぁ。
いや、こうやって真面目なところは彼女の美点だ。しっかりと謝れることもいいことなんだろうけど――少し気にし過ぎでは無いだろうか。思わずどうするべきか悩んでしまうのだが。
こういう時、眞子の口からハッとする言葉が漏れる。
「……分かった。要するに結衣は、この件にけじめをつけたいわけだ」
「そんな簡単な言葉で片づけていいのかな?」
「あんたが難しく考えすぎてるだけ。結衣さ、こいつは勉強会をおしゃかにしたことについては全く怒ってないよ。そうではなくて、もっと素直に出てくる言葉があるんじゃない?」
「えっ? と言ったって怒ってないならどうすれば……」
「結衣最初に言ったでしょ? 『ハルちゃんはこうやって私をもう一度仲間に引き入れてくれた』って。誰のおかげ? 人から優しくしてもらったらどうするの?」
「あっ。だからその……」
「ありがとう」
「いやまあそんな大したことじゃないけど、どういたしまして」
「はい、一件落着」
え? そんなことで片づけていいのだろうかと僕のほうが思わず戸惑ってしまう。たぶん委員長さんも同じ気持ちなんだろう。
でも少しだけ悩んで、それが眞子なりの優しさであることを悟った。いい加減なようで、本質を単純明快について来る。眞子らしい、シンプルで単純明快な考え方だ。
「だそうですよ、春奈」
「別に言わせなくても良かったのに。そして、おかえりなさい」
「うん、ただいま」
おかえりなさい、ただいま。
この二つの言葉を交わしたってことは、委員長さんは僕たちの元へ帰ってきたってことだろう。
「これで、料理部女子3人再集結だね」
「おい、アイドルグループみたいに言うなよ」
眞子の軽口に思わずツッコミを入れてしまい三人で笑ってしまう。確かに、3人そろって浴衣を着ているわけだし何だか雰囲気だけはアイドルみたいだ。
「でも、グループ組んでみるのも悪くはないわね」
「どこでお披露目するのよ」
「文化祭の有志発表?」
「恥ずかしいからやだ」
委員長さんの軽口に眞子が笑いながら答える。確かに、同級生の前でアイドルのように歌ったり踊るのは……ちょっと恥ずかしい。それに、そもそも僕自身が歌と踊りが苦手と来た。委員長さんだってそれは同じ。あれ? これって――始まる前に解散する流れなのでは?
「でもまあ、悪くないかもね」
しかしそうは言いつつも、そんな心の本音が出てきてしまうのだった。
◇
夕飯もそこそこに、僕たちは次の場所へと移ることにした。なんでも委員長さんが、花火の穴場スポットを知っているというのだ。
この街のお祭りは、さっきも話した通り結構混雑が激しい。普通に花火を見るのであれば、人に揉まれて見ることになる。一応河原に桟敷席みたいなものはあるけど、それも事前の抽選発売でしかもなかなかお高いお値段だから中学生にとっては敷居が高いし。
そういうわけで、委員長さんの話はまさに渡りに船な提案だった。なんだけど……。
「だからって、どうしてこんな山なのよ……」
眞子がぼやくが、僕も同じような愚痴を吐きそうだ。
彼女が案内する穴場スポット。それは、よりによって千歳神社がある山の中だったのだ。
ちなみにこの千歳神社はこの街の守り神が住まうお社。お祭りの時は、奉納神楽という巫女さんの踊りでやっぱりお客さんが多く集まるところなのだが……いかんせん本殿までが石の階段が続く上に、正殿裏から続く道も舗装されてない山道のようなものだ。
どっちにしても、浴衣を着て歩くようなところではない。
「だって普通に考えて見なさいよ。人がいないところで見たかったら、人が来なさそうなところに行くのは当然の話でしょ?」
「それはまあ確かにそうなんだが……」
「にしたって、浴衣でこの道を歩く?」
早くもご機嫌斜めの眞子。だけど、気持ちは決して分からないわけでもない。
事実、足元は舗装されてないから足を取られて歩きづらい。申し訳程度に道の両脇にロープは張ってあるけど、どう考えても参拝客用と言うよりは管理用の設備に見えるし。おまけに、眞子と比べて僕たちのペースは明らかに遅い。疲れているのに僕たちのペースに合わせて、と機嫌が悪くなるのもある意味当然の話である。
「だってこの前来たときは浴衣じゃなかったんだもん! 仕方ないじゃない!」
疲れているのか委員長さんも子供みたいな言い訳をし始める。
「前来たときは浴衣なんて着る年でも無かったから、そこまで考えてなかったのよ!」
「えぇ……」
眞子が疲れと呆れが混じったうめき声をあげているけど、こればかりは仕方のないことでは無いだろうか。なかなか浴衣を着たときの動きづらさはその時にならないと分からないものだし。少なくとも普通の舗装路では、さほど動きづらいわけでも無いのだから。
「まあまあ。でも、よく知ってたね」
しかしどうして彼女はこの道を知っていたのか。入り口も正殿裏で、けっこう紛らわしいところだったし。眞子を宥めつつ、何となくで訊ねたのだが。
「うん。正ちゃんに教えてもらったの」
その何となくが、おそろしいことに僕たちの地雷にぶち当たってしまったのだ。いや、地雷とはいつまでも言っていられないか。委員長さんと仲良くなる以上、いずれは彼女の想い人の話にもつながるわけだから。
「正ちゃんって……宮川のことか?」
淡々と尋ねるのだが、委員長さんはそこで足を止めてしまった。
「……うん。さすがに、分かるよね?」
「僕……わたしは分からなかった。眞子は最初から気づいていたみたいだけど」
「今さら隠せるなんて……思わないことね……」
急ぎすぎたのか息を切らしながら、さも決め台詞のように言う眞子。ごめん、言ってることはもっともなんだがなかなか絵にはなっていないぞ? しかし確かに、この問題は避けられないことは間違いない。
「まあ、さっさとゲロって楽になっちゃいな」
どうせ彼女のことだ。色々難しいことを考えているのだろう。委員長さんと違って僕は頭の出来が良くないぶん、そういうのはストレートに言ってしまうけど、彼女は思い悩んで苦しめるって感じのタイプなんだろう。きっと。
「……まあその、今は言えない。けど、正ちゃんと花火を見るときはいつもこの道を通っていたの」
その言葉に思わず黙り込む。さっさとゲロっちゃいななんて下品な言葉で表すのは失礼なくらい、彼女の言葉には重みがあった。だからこそ、あの時だって委員長さんはあんな行動に出たのかもしれない。
「……酷い言葉を言ったかも。ゴメン」
「わたしも。あんたの気持ちを軽視してた」
「いいよ。私も、説明不足だし……でもいずれね。それにほら」
委員長さんは、黙って僕たちの放った酷い言葉を流してくれた。お互い様、ということなのだろうか。でもきっと僕たちから催促しないでも彼女のほうから真実を明かしてくれるのだろう。近いうちに。
そして、彼女が指さした先には――小さな見晴らし台のような空間があった。山の中腹の展望台というか、開けた場所。目の前からは、僕たちが住んでいる街が一望できるそんな場所だったのだ。
「委員長さんの思い出の場所、綺麗だね」
「ありがとう。私と正ちゃん以外、今まで誰も来たこと無い場所なんだ」
確かにこれは……二人にとっての思い出の地になるわけだ。
もちろん、極端に街から遠くて二人以外はなかなか来れないというのもあるのだろう。けどそれ以上に、二人きりでこの景色を独占できるというのはいい意味で忘れられない体験なんだと思う。そしてそんな美しい記憶が残る場所に僕たちを連れてきたってことは……。
「今はまだ正ちゃんは私に振り向いてくれない。でも、あなたたちには見せたかった。私の思い出を」
そっか、それはただ花火を見るってだけじゃない。委員長さんと思い出を共有するってことなんだ。
「……これが、結衣が見てきた思い出なんだね」
「やっと呼んでくれた。私の名前」
「いや、呼ぶタイミングが定まらなくて」
苦笑いしつつも、再び街並みを眺める。花火まで、あと10分。話しても良かったけど、こういうときってどことなく感傷的な気分になるようでなかなか言葉が出ないものなのだ。
そして、街のほうから喧騒が消えた。始まる――そう思っていたその時だった。
「奇遇ね。あなたたちもここに来ているなんて」
忘れた、とは言わない。忘れた、とは言わせない。
だけれども僕はすぐには振り返れなかった。だってそこにいたのは……。
お待たせしました。第3章開幕です。
本当は先週投稿時に書くべきことだったのでしょうが、少々遅れてしまいました。
この章では、春奈の苦悩が鍵となる章です。ココロもカラダも。人との関係性も何もかもが変化していきます。そんな彼女の気持ちを丁寧に描ければと考えています。




