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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
2. 若葉ガール・安藤春奈
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24. 「わがままシスターズ(前編)」

 デパートからの帰り道。

 紙袋には、僕が憧れていた浴衣が和紙に包まれたまま納められている。朝顔模様に紫の帯。下駄は黒色。中学生女子が選ぶ浴衣にしては、ずいぶんと大人びたというか背伸びをしたものだと思う。そして普通ならば、そんなものを買った帰り道ってのはうきうきわくわくしてしまうのが女心。そんなはず。

 だけど今の僕にはどうしてもそうは思えない。というよりかはむしろ……。

「でね、そのときのうちの男子たちの反応がさぁまた笑えるんだよー」

 楽しそうに、クラスで起こった出来事を話す秋奈。表面上は、適度に話を聞きつつ相槌を打つわけなのだがその実は隣にいる彼女(・・)に対して悶々とした思いで頭がいっぱいだった。

 あの時の、キス(・・)の意味はなんだったのか。どうしてあそこまで強引に僕を浴衣売り場へ連れて行こうとしたのか。どうして僕の本心を明かそうとしたのか。

 いや、今日だけじゃない。そもそも、一ヶ月くらい前のあの言葉だって引っかかっていた。なぜ、あいつは「お姉ちゃん」という言葉にそこまでこだわるのだろうか。

 そもそもこれらのことは、明らかに普通の兄弟姉妹の間でやるようなことでは無いはずなのに。むしろこの年頃の姉妹だったら、仲が悪い方が普通なはずなのに。 

 もちろん、嫌われたいというわけでは無い。好かれているのならそれは、幸せなことなはずだ。だけど……。

「ってわけ。もうあのオチは傑作だと思う……って、姉ちゃん聞いてる?」

「……ん? ああ、途中までしか聞いてなかった。ゴメンね」

「えぇー? もう一回同じ話をしちゃうと新鮮味が抜けるよー」

 そんなことを言いながら、同じ話をもう一度話し始める秋奈。

 今日のこいつはずっとこんな感じだ。今日だけじゃない、一ヶ月前の時だって同じ。まるで僕に気があるような言葉とか、振る舞いとかそんなことばかりしてるくせに、ふとこうやって年頃の娘に戻る。それが演技なのか素なのかは分からないけど……でも彼女は分かってないんだ。お前のその軽率な行動で、僕自身が振り回されていることに。

 もちろん、そんなことを訊ねるわけにはいかないことは分かっている。彼女の知ってか知らずか(・・・・・・・)。その意識のないスキンシップに僕が意味づけをしてしまうと、僕たちはもう兄妹でも姉妹でも居られなくなっちゃうのだから。

 だから、僕は空回りしているしかない。周囲からは、「仲良し姉妹」だねって思われるように。そして実際にそうであるかのように振る舞うしか。それが波風立たない方法であることくらい分かっている――つもりだった。

「秋奈さ、ちょっといいかな?」

 でもさ。これくらいは許されても良いと思うんだ。

「……どうしたの、姉ちゃん?」

 秋奈は、きょとんとした顔で問いかける。こいつは本当に残酷だ。おかげで僕は、まるで蛇の生殺しみたいな状態だというのに……。

「どうして、お前はそんなんでいられるの?」

 僕は遂に、訊ねてしまったんだ。秋奈がどうしたいのか。その本音を。

「ど、どうしたの急に。そんな怒ったような顔をして」

「怒った? そうか、お前はそうやってしらばっくれるつもりなのか?」

 意図してか、それともわざと回避してるのか。こいつは、結局僕のことをどうしたいんだ。僕を本当の意味で女にさせたいんか。お前の姉ちゃんに仕立てようとしているのか。

 13年も秋奈の()をやっているのに、未だに秋奈の気持ちが分からない。その現実を突きつけられたこともあったからなのか……僕は少しだけ冷静さを欠いていた。

「しらばっくれるって……どうしたのさ。そんな急に怖い顔をして」

「僕を怖い顔にさせた元凶はお前のほうだ。知ってか知らずかは分からないけど」

「待ってよ、もしかしてあたしの話が悪かったの? うちの男子のおバカ話だったつもりだけど、それが姉ちゃんの気に障ったなら謝るからさ」

「違う、そんなんじゃない。さっきのその……」


「キスだよ」


 キスをしたこと自体が悪いことなのか。それは恋人でしか許されていない神聖な行為なのか。それは兄妹には許されないことなのか。そもそも社会通念的にいけないことなのか。 

 ――おそらく、どれも正解でどれも誤っている。キスっていう衝動的な行動自体にそんな理性的な定義だなんて……つけられるわけ無いじゃないか。でも、それでも僕にとってそれは妹とやるって考えられなくて。

「そ、それは……」

 思い出したからなのか、急に秋奈は視線を変える。彼女の頬があかね色に染まっているのは、夕日のせいだけでは無い。それは僕にとっても同じで、身体中を激しく血が行き交って全身が熱くなっていた。

「別にそれは……何となくで」

「何となくでそんなことやっていいって、本気で思っているのか?」

 秋奈はどう考えているかは知らない。でも僕から言わせれば、キスって行動はそんな気軽にしていいような行動じゃないと思う。心が通っている人としかやってはいけない、ある意味では愛情の契約のようなもの。秋奈と心が通っていないわけでは無いけど、秋奈がそれをやるということは、社会倫理上許されるわけないのだ。

「そんなことは無い!」

 怒ろうだなんて、本当は考えてなかった。ちょっと叱って、諭そう。そのくらいしか考えてなかった。

「だったら、分かったよ。お前に分からせてやる! 目をつぶりなさい」

 なのに僕は、兄として最悪な行動に出ていた。


「……んっ」


 秋奈の目をつぶらせて、肩を掴む。そして、そのまま僕は秋奈の唇を強引に奪った。

「姉ちゃ……」

「うりゅさいよ」

 それがどれくらいの時間かは分からない。たぶん一瞬程度だったかもしれないし、30秒以上も重ねていたかもしれない。でも間違いなく言えるのは、妹と再びキスをしてしまったこと。本来ならば、僕はそれを咎める立場なはずなのに。

 罪悪感はあった。でもそれ以上に、秋奈のよく分からない気持ちに振り回されてヤキモキするのは……もうたくさんって。だから、仕返しをしてやろうってそんな気持ちの方が大きかったのだ。

「秋奈、お前がやったことはこういうことだったんだよ。分かるか? この気持ちが」

「分からないよ!」

「何で分からないんだよ! 嫌だろ? おかしいだろ? こんなこと、兄妹(・・)でやっちゃいけないことなんだよ?」

「姉ちゃんのほうがおかしいよ! 姉妹(・・)じゃやっちゃいけないだなんて、誰がいつ決めたの?」

「そ、それは……社会の暗黙の了解で」

「暗黙の了解って何? 社会って何? あたし姉ちゃんと違ってバカだから分からないよ!」

 おかしいよ。どうして秋奈は――嫌がらないんだ。

 普通の兄妹だったら、兄に無理やりキスなんて迫られたら嫌で嫌で仕方ないはずだ。だってそれは、社会通念上おかしい(・・・・)振る舞いだから。兄妹で恋人ごっこみたいなことをするのは、子供ならともかくいい年した僕たちがやっちゃいけないことなんだ。 

「それは……普通の兄妹がこんなことをやるのは常識じゃおかしいんだよ。お前だって、僕にキスされたのは嫌な気持ちになったはずだろ?」

「意味が分からない! そりゃ、ああやって強引にされるのは怖いよ? でも、姉ちゃんなら……気にしない!」

 どういうことなんだ。妹の言葉が、僕には分からない。

「逆に聞くけど、姉ちゃんはあたしとして嫌だったの?」

「それは……」

 ――嫌では無い。嫌では無かった。

 あれが僕にとって初めて(・・・)の経験だった。けど、人並みにドキドキしたし甘酸っぱいって感触は何となく分かった。むしろ、初めてが秋奈だったから良かったと少し思ってる。僕の全てを知っていて、気持ちを許せる数少ない相手だから。……もちろん、おかしいとは思うけど。

「嫌じゃ無いよ? むしろドキドキしたくらい。でも、それはおかしいことで」

「でも嫌じゃないんだよね? 姉ちゃんは嫌じゃなかった。あたしも同じ気持ち。例えおかしいことだとしても、あたしは後悔してない」

「そんなの……おかしいよ」

 どういうことなんだよ。秋奈の爆弾発言に、まるで頭がハンマーでたたかれたかのような衝撃が走る。というか、秋奈の一言一言が既に僕の思考を奪っているような気さえするのだ。

「おかしくない。姉ちゃんは、さっきから考えすぎだよ。ちょっとは、自分の気持ちに素直になったらどうなの?」

「わたしはいつだって素直だよ! でも、それは……」

 言い始めて、ハッとした。わたし――僕は、無意識のうちに女性の一人称を使っていたのだ。

「……それは、許されないことなんだよ」

 きっと、そうなんじゃないかなって。女の子らしいことだなんて、生まれつき女で生まれた人にしか許されない。例えば、目の前の秋奈とかね。

「……じゃあ、あたしは姉ちゃんよりももっと許されない存在だ」

 それなのに秋奈は、咳払いをするとまるであたふたした僕のことを呆れるような表情で言葉を紡いだ。


「だってあたし、姉ちゃんが生真面目なことを知ってわざとそうしたんだから」


 その直後、呆れるような表情が氷解していつもの笑顔に。そして彼女は、わたしに抱き付いた。それは、わたし(・・・)にとっては不思議と嬉しいことで、驚くべきことで。でも本当はダメなことで。なのに、今のわたしはどうしてかそれに抵抗しようという気がしなかったのだ。

「もちろん姉妹でキスがいけないことだなんて、さすがにあたしでも知ってる。でもそうでもしないと、姉ちゃんは動かないから。どこかで言い訳を作ってあげないと、姉ちゃんは動けないことから」

 ――そっか、だからキスだったのか。

 年下のくせにこいつは本当にすごい。わたしの悩みを、秋奈はいとも易々とぶっ壊してくれた。それだけの気持ちで、秋奈はわたしに向き合ってくれた。なのに、社会通念だとか倫理とかが今さら何になるという? そんな堅苦しい常識なんか、秋奈の気持ちの前じゃ吹っ飛んでしまう……。

「……ダメでしょう、そんなことを言っちゃ」

 涙が、瞳からあふれる。口ではそう言っているくせに、気がつけばわたしが。いや、僕の方が秋奈のことを強く抱きしめていた。

「男の子だった頃からそうだけど、姉ちゃんはちょっと真面目過ぎるんだよ。もっと、気楽になっていいんだよ?」

「そんなわけにも……いかない……でしょ?」

 妹の前だから。しっかりしないといけない。年下の面倒は年上が見るべき。年下が誤った道へ進みそうなら、年上が正す――。

 僕をがんじがらめにする言葉が、頭の中で鳴り響く。分かってる、こういう時だからこそ頑張らなくちゃいけないって。でも……。

「兄ちゃんがしっかりしないと、ダメだろ……?」

「そうかもだけど、今は良いんだよ? あたしは知ってる。姉ちゃんは、いつだってしっかりしてる。だから、たまにはこういうのも良いんだよ」

 秋奈に肩をさすられる。それが、すごく優しくて心地よくて……何だか暖かかった。

 こういう気持ち、久しぶり。たぶん、僕が初めて女の子になった時以来だ。

 でもあの時は、秋奈の優しさに素直になれなかったんだ。秋奈が優しくしてくれればくれるほど甘えるだなんて。今にしてみればとんだ驕った考えだったよ。

「少し休んでいこうか。お母さんには、見せたくないでしょ?」

「……うん、ありがとう」

 あぁ、そっか。何となく、分かってきたよ。どうして秋奈がここまで優しくしてくれたのかが。

 それなのにごめんね、気づくのが遅くて……。

読んでいただきありがとうございます。


区切りの上では前回と別扱いになっていますが話としては、前々回から続いています。

前回の秋奈の行動に対しての回答も、この回に織り込んだつもりです。春奈の抱えていた気持ちと秋奈の抱えていた気持ちがぶつかって、どうなるのか。次回に続きます。


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