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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
2. 若葉ガール・安藤春奈
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21. 「生足魅惑のマーメイド」

 期末テストが終わった。

 成績は、ケアレスミスがちょっと多かったこともあって前回よりは下がってしまった。とはいえ、一応は一桁後半に何とか食い込むことが出来たからまあ良しとしておこうかって位。

 正直順位なんて一桁の間であれば誤差の範囲だから、そういった意味では今回の結果もいつも通りだったと言えるのだろう。

 ちなみに、他の勉強会に出たメンツも勉強会をやった割にはやはり普段通りの成績だった。宮川(みやがわ)は辛うじて赤点を回避し、委員長さんは今回も一位を取っていたらしい。

 そんなわけで悲喜こもごものテストも終わり、夏休みまで残り一週間。この週、中学生が待ちわびたある施設が解放された。

「プールだー!」

 クラスメイトのおバカ担当が大きな声を上げる。けど、男子たちもそれに負けずみんなして「プールだ!」と騒ぐ始末。女子たちはその様子を冷ややかな目で見ては、「子どもね」だなんてボヤいていたけど……ただ、中学生にとっては楽しみであるというのはクラス共通の認識らしい。みんなどこかで浮足立っているようだった。

 ただ、そんななかで。

「来てしまったか……」

 そうつぶやきながら、一人でプールへ向かう。みんなにとっては楽しいプールも、僕にとっては楽しくもなんともなく……。

 そんなわけで、新たな苦行が始まろうとしていた。


 ◇


 苦行、って言ったものだからきっと泳げないと周囲には誤解されていることだろう。

 あらかじめ断っておくと、僕は泳ぐことが嫌いなわけでは無い。むしろその逆で、ただ泳ぐという観点でいえばむしろ大好きなほうだったりする。

 水の中であれば、地球の重力を無視して自由に泳げるからだ。

 しかし問題は、泳ぐうえでどうしても着るしかない衣服のこと。

「まあ、着るしかないんだよなぁ」

 男のときよりは多少布面積が広くなったこの水着というもの。これこそ、今回の憂うつの原因だ。

 というのも、男の意識を持った僕がこれを着るというのは……どうにも抵抗感が拭えないのだ。

「あんた、いつまで水着とにらめっこしてるのよ。早く着ないと、授業に遅れるよ?」

 そうこうしていると眞子が声を掛けてくる。彼女はいつの間にか水着を着ていた。しかし水着の特性ゆえか、彼女の身体の線がくっきりと現れてしまうわけで。

「何よジロジロと見つめて。……まさかあんたそっちの気が!?」

 そう言って慌てて腕を組んで胸を隠す眞子を前に。

「違うわ!」

 つい大きな声で否定するが……ただそれにしたってあんまりにあらわなものだから、どうしても目線がいってしまう。まあ、見た先が絶壁なので別に大して何も感じないんだけど。

「絶壁はあんたでしょ。わたしはせめて富士山くらいはあるよ」

 人の心を読まないで欲しいんですが。ついでに言うといくら何でも富士山は盛りすぎだろ。日本一高い山なんだからね? ……静岡県民と山梨県民に怒られそう。

「高尾山か筑波山の間違いだろ」

「……あんたには今度お風呂で現実を見せるしかないようね」

「何言っちゃってんの。ちょっとは恥じらえよ」

「……なんかムカつく」

 まあ正直、眞子は良いのだ。こんなことを言うといやらしいオジサンみたいだが、そうはいっても年相応の身体つきなわけだから。

 ただその一方で僕はどうなる。眞子と比べてもやっぱり貧相な身体だし、そうである前に人前で素肌を晒すこと自体が恥ずかしくて仕方ないのだ。

 それに、元男だったからこそ男の目線(・・・・)をより一層感じてしまうわけだし。

「そんなムキにならないでも良いじゃない。まあ、あんたちょっと前まで男だったものね。気持ちは……完璧には理解できないけど、分かるつもり」

「そうかい」

 とはいえ、水着を着なくちゃ授業が受けられないという現実は変わらないわけで。仕方無しに、下着とスパッツを下ろすわけなのだが。

「ところで眞子は、もう少し離れてくれないかな?」

「何で?」

 当たり前のように僕の近くで着替えを見つめる彼女。ふと思うのだけど、女子同士ってどうしてこうもお互いの距離が近いんだろう。

 しかも中には、クラスメイト同士で胸をお互いに触り合ったりする子もいるし。

 まあ女同士といえど、やっぱり胸が大きいってのはどうしても気になるってことはさすがの僕でも分かるし、本人が嫌がってないならお好きにどうぞってところだけど。

「いやだって、あんまり裸って見られたくないだろ? 普通は」

「そこまで神経質にならなくても。まああんたが嫌なら、わたしは先行っちゃうけど」

 そう言い、眞子はようやく立ち去ってくれた。良かった、やっと静かに着替えられる……そう思ったのもつかの間。

「そういえば春奈ちゃん!」

「えっ……何?」

「どんなブラつけてるの?」

「えっ……ええええ!?」

 わたしのことを知りたいのかどうかはわからないけど、眞子がいなくなった瞬間にわたしのもとに人がたかる。しかもみんな、タオルで隠しているとはいえ肌面積が広くてその女性的なシルエットが丸見え。 

 この時点で僕自身が変な気を起こしだというのに、彼女たちはそんな僕の気なんか知る由も無くじわじわと迫ってくるのだ。

「あっ……っと、あまり見ないで」

 女子の身体を見てはいけないというのもあるし、僕自身の裸を見られたくないというのもあって――周囲に逃げ場所が無いかちらりと見る。しかし行動を起こす前に相手の行動のほうが早くて……。

「良いではないか良いではないか」

「ちょっ! そこはダメ!」

 まさか僕が悲鳴を上げるとは思わなかったけど、恐ろしいことにクラスメイトの子が僕の胸をまさぐってきたのだ。間にタオル一枚挟まっていたとはいえ、それは何だか恐ろしい感触がして……。幸い隣にカーテンと個人用の着替えスペースがあるエリアがあったので、悪魔の手から身を隠すようにそこに逃げた。しかしそれでも、女子たちのやり取りは結構えげつない。

「春奈ちゃん隠れちゃったじゃない」

「恥ずかしがり屋さんだもんね」

「てか、あの子意外と……小さくない?」

 そういって、僕の胸を揉んだ感想を好き好きに言ってくれる。正直、胸の大きさとかそういったことについては半ば諦めているのでいいにしても、こうやって一歩間違えれば胸を揉まれたり身体をひん剥かれたりという環境には耐えられるわけも無く。

「あーっ! もうままよ!」

 半分自棄になって、水着に足を通す。タオルで胸元は隠されているとはいえ、いつまた揉まれるかも分からず腰まで一気に上げて肩ひもを掛ける。最後に、ゴーグルと帽子を肩ひもに掛けて周囲から隠れるようにして更衣室を出た。

 しかし――どうしてこうなっちゃったのか。本来は、男社会に居るのが嫌になって女の子になることを願ったはず。それなのに、いざ女の子になっても今度は女社会に入れないだなんて。だとしたら結局僕は、どっちで居ることが幸せだったのだろうか。

 ……ったく、世の中はやはりままならないものなのである。


 ◇


 そんなわけで、プールサイドに並んで点呼を受けて準備体操を行う。

 みんなは当たり前のようにタオルなんか取って準備体操していたみたいだけど、僕はいまだにタオルを取ることが出来なかった。自意識過剰かもだけど、周りがどうしても気になって水着姿になることが出来なかったのである。正直、男子よりも女子の視線のほうが怖いってことを知ってしまったからね。

 ただそうはいってもプールに入るときはタオルを着るわけにもいかず……。

「春奈さぁ、いい加減諦めなさいよ」

「うぅ……屈辱だ」

 やむなくタオルを取ることにしたけど、それでも恥ずかしくて正直茹でダコみたいな顔色をしていたのではないだろうか。

「何よ、似合ってるじゃない」

「もう黙っててくれよぉ……」

 眞子がフォローを入れてくれてるけど、今となっては悪意は無いのだろうけど傷口に塩を塗り込まれているような感覚だ。

 とはいえ水中に入れば身体の大部分は文字通り水面下だし顔だけしか見られない分マシな気分だ。連日の酷暑もあって、涼しい空間が気持ち良かったというのもあるし。

「よし、じゃあまずはバタ足からだ!」

 体育教師の指示に従って、バタ足から始める。正直四泳法をマスターしている僕にとってはさっさと泳がせてほしいというのが本音だがそこは指示に従う。そして一通りルーティンをこなすと自由に泳いでいいという指示が来た。ここまで来れば、この先は僕の独壇場である。

「先生」

「おっ、安藤か。どうした」

「飛び込み台使っても良いですか?」 

 その言葉に、先生は我が()を疑うという表情をした。そりゃそうだ、球技では結構ダメダメっぷりを見せている生徒が急に飛び込みなんかしたらそりゃ驚くだろう。残念ながら、彼には耳だけでなく目も疑ってもらうことになるけど。

「使うのは構わないが……出来るのか?」

「ええ。もちろん本気は出しませんけど」

 ということで、プールの一番端。8番レーンを飛び込み専用ということで開けてもらった。そこからは、完全に無我夢中の世界だった。誰も使わないことをいいことに、一人でそのレーンを占拠しては勝手に泳いでいた。ここ最近のストレスもあってか、自分でも驚くほど力強い泳ぎだったし本気は出さないと言ったくせに気がついたら完全に本気モードで泳いでいた。

「ふぅ、余は満足じゃ」

 そうは言いつつ、陸に上がった瞬間タオルで身体を包む。いくら水中では人魚になれても、地上ではただの人間。人様に見せられるほどの身体でも無い。そう思っていたのだが、いつの間にか僕の周りに人だかりができていた。

「……えっ?」

 この時の僕は、全く考えていなかった。まさかこの僕が、体育のコーチになるだなんて……。


 ◇


「じゃあ、手を掴むね?」

「いいよ」

 そういい、女子生徒の手を掴んでゆっくりと後ろへ動き出す。彼女には力を抜いて、水面に平行になるようにして。そして平行になったら足を交互にバタ足させてと伝えたのだけど……正直それどころじゃなかった。

「わっ、泳げたよ! 春奈ちゃんこんな感じ?」

「そう、そんな感じよ!」

 どうしてこのようなことになったのか。

 結論から言うと、僕のスーパー水泳無双タイムをクラスメイトの皆さんと先生にばっちりと見られて、そんなに上手ならみんなのコーチをやってほしいとクラスメイト達に頼まれて、結果としてこうなったというわけである。普通こういう時って、先生が止めるはずなんだけど、先生自体もなんかテストの答案の丸付けが忙しいからって投げ出しちゃったし。期末後だから忙しいってのは分かるけど……それでいいのだろうか?

 で、結局断るに断り切れず泳げない子に泳ぎの手助けをしているというわけである。でも実際は、人生で初めて人に頼られて嬉しかったのが本音だ。だから……。

「よし、じゃあ手を放すから次の赤い線までそれをキープしようか」

 こうやって、つい気合を入れて教えてしまう。今教えている子は飲み込みが良いのだろうか、僕がちょっとコツを教えただけであっという間に10メートルくらい泳げるようになった。

「出来たーっ! 春奈ちゃーん!」

「やったね!」

 近くに駆け寄る。本当に嬉しそうにしているのを見ると、僕自身も嬉しい。今までクラスメイト達に爪はじきにされていたから、彼女たちに負の感情しか抱けなかったけど。でも、こうやって明るい表情を見るとその気持ちが和らいでいく気がした。

「春奈ちゃんのおかげだね」

「そんなことないって」

 喜んでくれて何より。さて、次の子だ――そう意識を変えようとした瞬間だった。

「ありがとう!」

 そう言って、彼女は僕に抱き付いてきたのだ。

 ……分かってる。相手にとって僕は性的な対象では無くただの泳ぎを教えるクラスメイトだということくらい。でも、異性(・・)から抱き付かれるというのは何だか変なことをしているような感覚がしてしまうのだ。

 それは、僕が元は男だったからなのか。男同士だったら、普通は抱き付いたりはしない。でも女同士なら友達でもそういうことはあるのかもしれない。そういう状況を受け入れられないからなのだろうか。

 そして、次の子また次の子と教える子が変わっていく。男子女子とその子の性別はころころ変わっていくけど、それでもさっきの変な感覚は拭えない。それどころか、みんなからの距離感はかつてないほどに露骨に近づいていた。

 みんなは、口々に「ありがとう」などと言ってくれるけど……今の僕には素直に受け取れない。彼らは、僕の行動にきっと素直にお礼を言ってくれているのだろうけど、肝心の僕自身がみんなの気持ちを受け止めきれないわけなのだから。

 しかしそうも言ってられず、次の子はやはり僕の前に現れる。

「じゃあ、手を出して」

 心を悟られないように、微笑みながら手を掴もうとする。だがその子は……。

「委員長さん?」

「ハルちゃん……」

 久しぶり、というべきなのだろうか。それが、彼女が家から飛び出して二週間ぶりの会話だったのだから。



 そして、色々衝撃的な出来事ばかりだったプールも終わり、クラスのみんなとの関わりが少しずつ増えていくうちに1学期の終業式を迎えた。

 校長先生の長い話も例年通り。そしてこれを乗り越えればいよいよ夏休みだ。

 部活とかが同じでない限り、夏休み中に学校で会うことは基本的に無い。そのせいかクラスメイト達は、しばらくの別れを惜しんで。あるいは、夏休みに会う約束を立てていたようだ。

 かくいう僕自身も、何人かクラスメイトに誘われたりしている。それまで知り合いだったわけでもないけど、プールで関わってからは話す機会も少しずつ増えてきた。だから、友達になれればいいな……なんて淡い希望を持ってたりする感じだ。

「約束でもしない限りしばらく会えないものね、みんな」

「うちらは嫌でも会いそうだけどな」

 眞子とは幼馴染みだからっていうのもあるのだろうけど、同じ町内に住んでいる。そりゃ約束なんかしないでも買い物なりゴミ捨てなりで顔を合わせる機会は多そうだ。

「嫌って、結構ひどくない?」

「そんなこと無いよ」

 眞子のことを適当にあしらって、荷物をまとめる。しかし、眞子の話はある意味真実だ。携帯をはじめとする連絡手段が高度に発達した時代だというのに、誰かと会う約束でも立てないと誰とも会えない。誰かに声を掛けないと、誰も繋がれないのだ。

 それを考えると、ふと気になったことがあった。

――この前はごめんなさい。

 委員長さんとは、そういえばしばらく話をしていない。プールの時も会話はしたけど、あれは一方的に謝られていただけだ。それで、これから一ヶ月以上も会えないっていうのはある意味人間関係に致命的な亀裂を開けることになるのではないか。

 それを考えると、ふと恐ろしいような気持ちになった。

 彼女は、僕にとってはある意味で恩人だ。いくら通う学級が男子だった頃と変わらないとはいえ、女の子になったばっかりで右往左往してばかりの僕をさり気なくアシストしてくれたし、料理部という居場所に僕を導いてくれた。

 料理部という居場所があったから、僕の歓迎会が開かれることになったわけだしその歓迎会があったからこそゆっくりとこのクラスの輪に溶け込めたし理解することが出来た。

 逆に、そんな彼女といつまでもぎこちないままでいていいのか。むしろ僕の方が恩を返すべきではないだろうか。

「委員長さん!」

 だからなのか。考えるよりも早く、僕は委員長さんに声を掛けていた。


「夏祭り、みんなで行こう!」


 後で気がついたのだが、それは――人生で初めて僕から(・・・)誰かを誘った瞬間だった。

読んでいただきましてありがとうございます。


主人公は運動オンチじゃなかったのか!? というツッコミをいただく回になったかもしれませんね。これまで詳しく触れていなかったというのもありますが、春奈は運動が極端にダメというわけではなく球技と走りが苦手なタイプの運動嫌いです。逆を返せば、水泳やスキーなどの姿勢制御やバランス感覚が問われるものは得意という設定です。

しかし現状の学校教育では、体育と言えばやっぱり球技が中心になっていますので球技がダメだと運動は出来ないというレッテルが張られるのは事実かも。わたしも、シーズンスポーツや体操系のほうが得意だったので、球技偏重の教育方針にはちょっと不平等に感じたものです。

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