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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
2. 若葉ガール・安藤春奈
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16.「若葉ガール歓迎会(後編)」

 芦原(あしはら)の言葉は衝撃的なものだった。

「待ってくれ! そもそもこの歓迎会は、あの時の出来事でクラスに居づらくなったかもって思ってその反省で俺が企画したものなんだ」

「……どゆこと?」

 思わず素の声で言葉を返す。それくらい、彼の言葉は衝撃的な言葉だったのだ。

「反省っていうのは、どういう意味なのかしら?」

 改めて、女性言葉で問い直す。先ほどはほとんど脊髄反射のようなものだったから素になってしまったけど、それでも僕は女の子だ。だから、世間の抱く女の子というイメージは守らねばならない。

「……だから、あのとき三春眞子(みはるまこ)のことを寄ってたかって追い詰めて。その様子を転校したばっかりの安藤さんにまで見せちゃってさ」

「……実は、あんたが転校する前にもこのクラスで大きな揉め事があったんだ。三春は、その揉め事の原因になったやつを最後まで庇っていて、でも俺たちはそいつを追い詰めすぎてさ」

 芦原が、続けて宮川(みやがわ)が事情を説明する。二人の言う揉め事の原因になったやつは、たぶん安藤春樹(あんどうはるき)のこと。つまり言い換えれば、僕自身のことだ。

 要するに、安藤春樹が転校してしまった原因の擦り付けを僕に見せてしまって、僕がこのクラスに居づらくなったからこうやってクラスに馴染ませようとこのイベントを企画したと言うことなのだろう。

「……わたしがクラスに馴染めるようにこうしてくれたってこと?」

 慎重に、言葉を選ぶ。

「俺はそのつもりだった」

 芦原はそう答える。その目に、どうやら偽りは無さそうだ。だとしたら、それは本来であれば喜ぶべきことなのだろう。経緯はどうであれ、この会の本質が転校生である安藤春奈を受け入れるために開かれたという事実には変わりは無いのだから。むしろ、僕らのほうこそ彼らを疑って勝手に酷い言いがかりをつけていたってことになる。

 でも、それはそれでいいとしてじゃあ素直に受け入れられますかと問われたらそれは違う気がした。

「……そっか。ならば、わたしのことは気にしないでも大丈夫だよ」

 無難な言葉を選択して、言葉を返した。でも、その反面心の中でどこか黒いものが渦巻いているようだった。

「わたしのことは、良いんだ。でも眞子はどうなるのかな? あいつは……守り損じゃない?」

 言わないでおこう、そう思っていたけどやはり口から出てしまう。

 考えてみたらその通りじゃないだろうか? 眞子は、僕のために勇気を出してみんなを敵に回しててでも言うべきことを言ってくれた。それなのに、あいつらから見れば僕とあいつらを繋ぐものを壊したみたいな扱いをされている。

 人に優しくしたはずなのに、その分が返されていない。不公平なことじゃないだろうか。

「今すぐやれとは言わない。でも、いつか眞子に謝ってあげて」

 二人は黙りこむ。もちろん、こいつらだけの責任ではない。分かってる。でも、それを分かっていてもやはり眞子への気持ちのほうが今は大きかった。

 むしろ、それが晴らされない限り僕の彼らへの不信感は完全にはぬぐえないのかもしれない。もちろん、最初よりも不信感が和らいだことは事実だけれれども。

「……ゆっくりで、いいからさ」

 何事も無かったかのように扉を開けて、中に入るよう促す。

 二人は何も言わなかった。でも、きっとそうだと僕は思う。だってそれが、今の僕にとっても一番嬉しいことのような気がしたから。


 ◇


 二人の。いや、クラスメイト達の本心を知ってからはさっきよりは少しだけ積極的に歓迎会に参加できるような気がした。実際に、その後のほうがその前よりも明らかに盛り上がっていたようだし、贖罪(しょくざい)なんてことは僕たちの勝手な思い込みだったようで、みんなの気持ちは本物だったのだから。

 そして、陽が西に傾くころにはさすがに歌い疲れたこともあってか解散という流れになった。まあ、明日も授業があることを考えれば心地よい疲労くらいで解散するのがいちばん良いことなのだろう。

 そんなわけで、帰りは眞子とまた二人で帰ることになったのである。

「どうだった、歓迎会。メインゲストさん」

「あはは……しばらくはこりごりだよ」

 実際、まあまあそれなりには楽しかったよ。もちろん、全てが楽しかったわけではないけど。ただやっぱり人の多いところで、爆音で騒ぐと言うことは……どうにも性に合わないらしい。

「そうかもね。顔がそう言っている。でも、途中で中座してそれ以降は明らかに顔色がよくなってたから、楽しんでいたのは事実みたいだけど」

「だから楽しかったって言ってるじゃん」

「はいはい」

 なんかその「はいはい」って言い方が母さんっぽくて、下に見られてる気分で複雑な心境だ。もちろん、楽しいならそれに越したことは無いんだと思うけど。そしてその言葉で、眞子から借りたハンカチの存在を思い出す。

「そうそう、ハンカチは後日洗濯して返すわ」

 別に大して汚したというわけではないけど、一回でも使っていることは事実だから。マナーとして、ね。

 ところが。

「あぁ、別にいいわよ。あげる」

「はぁ? いやあげるってそんな」

 うん、と言えばいいものをあげるとかのたまう彼女。悪いけど、ハンカチくらいは自分で用意できるし貰うほどのモノじゃないんだが……。

「違うよ、これはお礼。……さっき宮川と芦原に謝られた」

 何だか話が二転三転するものだから何を指し示してるか分からず頭がクラクラしてくる。

「謝られたって……この前のこと?」

「ええ」

「そう、それは良かったじゃない」

「まあ、別にわたしはそんな気にしてなかったからさ。でも……こうさせたのはあなたでしょ? だからそのお礼。一応、今日初めて袋から開けた新品よ」

 なるほど。そう言われれば、さっきの言葉の意図が分かってくる。確かにハンカチの表面には何一つとして汚れはついてないし新品の匂いがする。デザインも上品で、女の子らしいものだからどういう場でも使いやすそうだし、一枚あると便利なものではある。

「どうせこういうきっかけが無いと渡せなかっただろうし」

「まどろっこしいな。分かった、素直に受け取る。ありがとう」

「受け取ってちょうだい」

 その言葉と共に、ハンカチを鞄にしまう。眞子はいつもになくご満悦な表情だった。これを見るだけでも、僕はああやって二人を説得して良かったと思った。

「でも、本当に気にしてなかったんだよ?」

「わたしの気が収まらなかったの!」

 眞子の言葉を遮るように言う。確かに、眞子の性格上皆に責められたことはそんなに気にしてはいなかったと思う。でも、責められる眞子を見るのは僕のほうが許さなかったわけで。

「あら、『わたし』だなんて女の子も板についてきたね」

「嘘々! 今の取り消し!」

 だけど眞子にとってはもうそんなことはどうでもいいらしい。その代わりに、すっかり女の子化された僕を弄る路線に気持ちが切り替わったらしい。

「でも、歩き方とかもだいぶ女の子っぽい。ミュールとか痛くない?」

 あっ、でもいじるにしては少し愛のある弄りのような気もするけど。心配してる、みたいな?

「うん……ちょっとだけ痛いかな。歩き辛いし」

「えっ、大丈夫? ばんそうこうとかいる?」

「……それは大丈夫だけど。むしろストッキングのせいか滑ってつんのめりそう」

「そっちだったか……」

 女の子をやってたわけではないし、やっぱり女物の服は慣れない。慣れないというか、予測のつかないことばかりなのだ。ミュールとかも正直痛くて血まみれを覚悟していた。幸い歩き辛い程度で、そんなに痛くないからまあマシではあるけども。一方でストッキングとかは履いた経験がないぶん、いまだにお腹と脚が締め付けられて苦しいし。おかしいなぁ、少なくともデブではないはずなんだけど。滑りやすいし、足裏がなんか蒸れるのも大マイナスポイントだ。

「眞子とかは痛くないの?」

「さぁ? そもそもわたし、ストッキングは滅多に履かないし。冬にタイツ履くくらい?」

 だったら、なぜその服をチョイスしたのだろうか。てへぺろって感じで全く反省の無い表情のこいつをどう締め上げてやろうか……。くそう、まさかこんなことで悩むことになるとは思わなかったよ。


 ◇


 そして、家が近づいてくる。眞子とお別れの時が近づいてきた。そんな時だった。

「ねえ、ふと思ったんだけどさいつから彼氏できたの?」

「……え? ずいぶんと唐突ね」

 眞子に思わずそう問いかけられる。確かに、僕からしても突然な質問だったかもしれない。ただ、不意に先日の彼氏発言が引っかかってしまったのだ。

「別に減るものでは無いでしょ?」

 そう問いかける。でも、その反面僕の心は何だかモヤモヤしていた。

「まだ引っかかってたの? まあ、隠す理由もないし――去年の夏くらいだったかな?」

「意外に長いな。お相手は?」

「男バスの先輩だけど……あんたが聞く意味ある?」

「出会いは?」

「わたしのツッコミ無視しないでよ……。去年の部活の差入れ。彼氏がわたしに一目ぼれしたらしくて、何度も下駄箱にラブレターが入っててさ」

 男バスって言葉に嫌な予感がした。あそこは昔から、その言葉が悪いんだけど……男女関係に節操が無い人が多いことに定評のある部活なのだ。もちろん男女関係と言っても、いわゆる本番までは行ってないとは思うけど……。ただ普段からその手の下ネタを垂れ流すかのように吐き続けるような人が多いのは事実だし、正直品が無いのは事実だ。

 そしてその毒牙に眞子が掛ったというのは親友として嫌だし、何だかんだ言いつつも眞子が誰かに恋をしているのがなんだか気に食わなくて。別に眞子のことが好きってわけではないのだけどさ。

「あまりにしつこいから、試しに一ヶ月って条件を付けたんだけど……いざ付き合うとまあ。悪い人じゃなくてさ」

 でも、現に眞子は恋する乙女状態らしくて口は悪いけどその彼氏さんとやらを信頼していることがこれでもかってくらい伝わってくるのである。たった九ヶ月程度しか関わってないはずなのに、である。僕なんか、性別まで変わってお互い殴り合ってまでいる関係なのにそれ以上の関係がいるってことが腑に落ちない。

「どこまで行ったの? キスとかしたの?」

「なんであんたに聞かれなくちゃいけないの! さすがのわたしも怒るよ!」

「あっ……。ゴメン。でも、この前の部活の話がちょっと気になって」

「あぁ、あれか。っていうかあれ、半分は1年の子の勝手な妄想なんだし、気にしないで良いって言ったよね!」

 さすがにこれ以上は眞子も怒るだろう。だから、次の言葉を最後にするつもりだった。

「でもキスはしたんだろ?」

「……」

「……したの?」

「……し。……したよ。ちょっとだけね」

 その瞬間、脳天に雷が落ちたような感覚を覚えた。腕に力が入らず、鞄を地面に落としてしまう。

「ちょっと、それ一応わたしのなんだけど!」

 正直、認めたくなかった。一緒に川でザリガニ釣ってたようなおてんばさんが、いつの間にか「女」になっていたなんて。それも、僕の知らないところで。でも、その反面怖いもの見たさが加速していき……。

「ヤったのか?」

「バカじゃないの! そんなことあるわけないでしょ! わたしたちまだ中学生なんだから。というかあんたは女の子なんだから、そゆこと気安く言わない!」

 遂に眞子は本気で怒ったらしく、肩をぐっと掴まれる。そこで初めて、僕は人として超えてはいけない一線を問いかけたことに気づいたのである。

「ゴメン。でもなんか……」

 その事実を知り、なぜだか胸が痛む。心臓が再びバカになってしまう。

「……そっか、だったらわたしは応援してる。眞子の恋を」

「……応援なんて、しなくていいから」

 なんでこんなに胸が刺さるんだろう。

 僕が眞子のことを好きだから? 大好きな親友を、誰か知らない男に横取りされてそれに腹が立っているからなのか? 違う、そんなことはない。そりゃ驚きはしたけど、眞子を恋愛的な意味で見たことなんてただの一つもない。むしろ血を分けた姉のような、妹のような存在だとしか思ってなくて……。

 そうか、これは娘を嫁に出すお父さんの気持ちなんだ。きっとそうに違いない。まさか14でそれを経験するとは思わなかったけど。だったら、応援するしかない。

「というか、恋愛についてはあんたもよ。あんたは、心と体の性別があべこべなのよ? あんたのほうがイバラの道になるんだから」

 まあ、それを受け入れてくれる人が居れば一気に楽になれるんだろうけど。だなんて眞子は言ってたけど。

「別に……居ないだろ。僕もこの体になった以上、覚悟はしてるさ」

「……バカ」

 眞子も眞子で急に機嫌が悪くなるし。一体何がそうしたって言うんだ。女になったからと言っても、女心はすぐには分かるようになるというわけでは……ないらしい。そんな現実を見せつけられる僕だった。

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