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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
2. 若葉ガール・安藤春奈
15/129

15.「若葉ガール歓迎会(前編)」

 結局、数の論理には勝てず僕の転入を歓迎するイベント――「春奈(はるな)ちゃんの歓迎会」は開催されることで決定してしまった。おまけにその情報は、即座にクラスLINEで共有されて結構な人数が集まることになったらしく……。

 そんなわけで。

「……なあ、ホントにやるのか?」

「はい、もっと女の子っぽく話してね」

 そう言い、頬をつねられる。

「痛いってば!」

「ほら、大人しくしてなさい。もうすぐセットが終わるから」

 眞子(まこ)に叱られながら、僕はおめかしさせられていた。

 身体には、この前デパートで買った服が着せられ顔には入念に化粧が施されている。爪にはきっちりとネイルが塗られ、玄関には眞子が貸してくれたミュールとバッグが置かれていた。後は、今まさにやっているけど髪のセットだけというのが今の状況だ。

 ただ、どうしてこうなったのか。本当ならば料理部内でのささやかなイベントだったはずなのに。

「いやさ、今更だけどどうしてこうなったんだよ……」

「だから、男言葉禁止って言ってるでしょ? あと、一度でも『はい』って言っちゃったんだから文句言わない」

「いやだって! ほとんど僕の……わたしの意見とか聞かれなかったじゃん。どうして歓迎されるはずの僕のほうが気苦労してるの?」

 まあ料理部単位とか、委員長さんと眞子だけならそれは嬉しいよ。人数も少ないから落ち着くってのもあるしね。でもさ、大人数でパーティーとかどう考えても落ち着かないに決まってるじゃん。なんならクラスの人の大多数は、顔くらいしか知らないし。どう会話しろというのだか。

「まあまあ。わたしもパーティーに一緒に行くし手助けするからさ。今回のは税金(・・)と思ってさ」

「はあ!?」

 しかもクラス単位でやるイベントだからって、眞子は気合入れて今朝から僕をおめかししに来たって訳で。でもはっきり言ってこれは実用的というよりかは……着せ替え人形と言うほうが正しい気がするのは僕だけだろうか。

「よし、完成かな。せっかくだし鏡を見てきなさい。自分の姿に驚いて腰を抜かさないのよ?」

 そう言い、無理やり立ち上がらせる眞子。髪のセットは終わったらしい。正直気は進まないけど、しぶしぶ姿見で自分を見る。だがそこに映る女の子の姿に、思わず驚いてしまい……。

「ちょ、嘘……でしょ?」

 黒髪の毛先がカールしており、まるでお姫さまみたいに。服装もこの前と違って、どことなく品の良いお嬢さまみたいに化けていた。膝にふんわりとかかる程度のスカートからは、白っぽい肌色のきれいで華奢な脚が地面へと伸びていた。

 そう、これこそ紛うことなき絵に描いた女の子らしい女の子である。

「ありゃりゃ、ハル姉がいつものハル姉が想像できないくらい可愛らしくなっちゃって」

 しかもいつの間にか秋奈まで参戦してきて可愛いだのなんのかんの言ってくるのだ。なんだこの公開処刑は。

 だいたい、ただのスカートでさえ未だに慣れていないというのにそこにお化粧とストッキングという女性パーツまで加わってしまって――ただでさえ混乱しているのにさらに可愛いだの女の子らしいだの言われても――処理ができなくなるではないか。

 とはいえ、鏡に映る少女は僕の目から見ても間違いなく可愛いわけで。女の子としては若葉マークの僕がこれだけ美人さんになるというのは何だかこう……。

「でも、ちょっとだけ嬉しいかも」

 そう言い、鏡に再び目を向けてハッとする。元男だったはずの僕があろうことか、恥ずかしそうな顔をして人差し指をつんつん突き合せていたのだ。何だか信じられない。

「嘘々、何でもないぞ?」

「春奈、何も言わないで良いよ」

 何だか恥ずかしくなって言い訳をするも、眞子は涼しい顔で肩をポンポンと叩いて来る。良かった、そうは言ってもやっぱり幼馴染み。こういうとこは普段と変わらない対応で心理的に救われる……と思ったのだが。

「今日一番のキュートな笑顔、いただきました」

 ……前言撤回。こいつら、後で絶ッ対にお仕置きしてやる。


 ◇


 とまあこういった感じで無事おめかしを終えた僕は、眞子に連れられて外に出る。今回の歓迎会、何でもうちのクラスメイト達が全て企画をしてくれたらしく一体何が起こるのか実は僕自身も見当がついていない。

「しかし眞子、どこに向かうんだ?」

 方角的には、駅前通り。つまり、この町一番の中心地というか繁華街に向かっていることは分かるのだが。

「あんたねぇ。その言葉のがさつさは何とかならない?」

 せっかくお嬢様みたいな雰囲気になるようにセットしてあげたのに、と彼女は言う。

 一つ文句を言わせてほしい。誰も頼んではいない。

「仕方ないだろ。なかなか男だった頃のクセは抜けねえよ」

「まあ、それもそうだろうけどね」

「つかお前だって、言葉遣いはがさつなほうだろ!」

「確かにがさつだけど、別に昔からこんな調子じゃん。それにわたし、別にあんたと違ってそんな女の子女の子してないでしょ?」

「確かにそうだけど! つか僕も、お前と同じくらいでよかったのに……」

 そう言えば眞子の私服って、意外に地味っていうか女の子らしくないって言うか。

 僕はひらひらフリフリのワンピーススカートなのに対して、眞子のそれは黒のデニムにベージュのパーカー。髪はシニヨンというかお団子にしてるけど、キャップをかぶってるからぱっと見だと少女と言うより少年だし。

 この人、ファッションに一家言あるし実際に僕の今のコーデをまとめられるだけの才能を持ってはいるんだけど、なぜかそれを自分のファッションには取り入れないんだよなぁ。ちょっともったいないと個人的に思う。

「あんたは主賓でしょ? わたしは別にクラスメイトとして参加するから気を遣う必要がないってだけ」

「なんか納得いかない……」

 だとしてもスカートくらいお揃いとか系統近いのには出来たでしょ。これじゃ悪目立ちするんだよ。と心の中で愚痴るけど……こいつにはあんまり響かないんだろうな。

 ともかく。

「話が脱線したね。今日行くところは……」

 そう言いながら、スマホで調べた結果を見せてくれる。

 その結果は――。


 ◇


「おっ、来たか」

「本日のゲストだよな」

「話は聞いたよ。歓迎会を辞退しようとするだなんて……水臭いじゃないか!」

 受付スペースには、結構な数のクラスメイトが集まっていた。ぱっと見でも20人前後は居るだろう。嫌な予感が募っていくばかり。

「あっ、うん……」

 努めて笑顔で笑ってごまかすけど……内心「人選ミス」じゃね? と言いたかった。

 そもそも論だけど、僕はもともと男の子だったころからこのクラスの人間との折り合いが悪かった。いくら僕が転校生って扱いを受けていても、僕の中身はあくまで元安藤春樹で記憶も引き継いでいるのだから――この時点で僕の心象はお察しじゃないだろうか。

 もちろん、転校して一週間程度で仲が改善されるわけでもまして深まるわけもないしね。

 しかし僕がそう思っても、相手からすれば僕は転校生の女子生徒って認識しかないわけだからそのように振る舞うしかない。

 ただでさえ人と関わること自体に慣れてない僕にとってこの状況は――正直なかなか過酷ではないだろうか。

「はい、主賓はこの席に座って」

「え、ええ……」

 そんなこんなで受付を終え、みんなで入り口側の大きな部屋に通される。

 わたしの隣には眞子と委員長が隣に座ってくれて、クラスメイトと僕との間の緩衝材になってはくれるのだろうけど。

「はい、注目。すでにクラスLINEでお伝えしているので知っていると思いますが、我がクラスに新しい仲間として安藤春奈ちゃんが加わりました! はい、拍手!」

 しかし主賓である以上、ある意味矢面に立たざるを得ないことは多いわけで。

 訳の分からない拍手に包まれながら、勝手に芦原に紹介されてしまう。こんな状況ではどうあがいても平常心では居られなかった。

「じゃあ、春奈ちゃんからも一言」

「えっ、わたしから?」

 ……マイクを渡されて、緊張がクライマックス状態。視界もぼやけてきてなんか身体がふらふらしてきた。

「えっと、今日はありがとうございます。……楽しんでいきましょう!」

 どうすればいいか分からず、それらしい言葉でお茶を濁す。

 本当は気の利いた言葉を言うべきなのだろうけど、もともとクラスでも地味な立ち位置。こういう歓迎行事にも縁が無い人間だ。それなのにどうしてこんなことをされるのか。

 これがみんなの好意だとしたら、人としてそれは受け取るべきなんだとは思う。しかし僕にとってこれは必ずしも嬉しいって訳では無くむしろ苦手なほうで――だからこそ、悩みの尽きない歓迎会が始まろうとしていた。


 ◇


 芦原による開式の挨拶が終わると、いよいよ「安藤春奈歓迎会」の幕が開いた。

 最初は、普通にパーティーメニューをつまみながらおしゃべりをしてって感じで普通のパーティーという感じだったが、そうはいってもここはカラオケボックス。途中からはみんなが思い思いの歌を歌って盛り上がっていた。

 まあ、見ている分には十分に楽しい。彼ら、彼女らの好みってこういうものなんだなって知るいいキッカケにもなるわけだから。

 ただそうはいっても……。

「それにしてもオシャレな服だね。やっぱりあっちでもオシャレしてたの?」

「それが、全部お母さんに選んでもらってて……」

「バラード歌ってたけど、そういう系統の曲が好きなの?」

「えっと……ほとんどCMとかで知った曲で……」

 色々な人が話しかけてくれる。それは、男子時代ではあり得ない出来事。女の子の僕にはよっぽど人徳があるということなのだろうか。

 でも、たくさん構ってもらっているはずなのに……それが嬉しくないと思えてしまうのはどうしてなのか。

 みんなは、転校してばっかりの僕がすぐにこのクラスに馴染めるようにこういう会を開いてくれたはずだ。それは、本当に僕が彼らと見ず知らずの関係ならこれほどに嬉しいことはないのだと思う。

 でも僕は、本当の転校生ってわけじゃない。むしろこいつらによって、このクラスを。この世界から一度フェードアウトさせられた側の人間なんだ。

 だから彼らの本性というとちょっと嫌な言い方だけど、そういうのは全部知っているつもりだし、嫌な言い方だとは自分でも思ってるけどやっぱり裏があるようにみえてならないのだ。

「そっか……なんか質問攻めにして疲れちゃったよね?」

「あっ、いやいや! そんなことはないよ。ただ、ちょっと慣れてなくてってだけで」

 それでも彼らにとっての僕は、あくまで転校生の「安藤春奈」という女の子なわけで。

「でも、気持ちは嬉しいよ。ありがとね!」

 だから、そのように振る舞うしかないのだ。

「……あのさ、春奈。さっきから言葉少ないけど……調子悪い?」

 不意に眞子が話しかけてくれる。現時点では彼女の存在それそのものが、この空間においては数少ない僕の精神安定剤になってくれるみたいだ。

「うん、ちょっと……」

 心配してくれるのは嬉しい。でも、体調が悪いというより精神的なものが大きくて眞子に何かを言えるわけでは無いわけで。

「慣れない格好だからかなぁ。ベルト、緩めてあげようか」

 彼女の指が、僕の背中に触れる。その瞬間だった。

「待って、春奈。泣いてる?」

「えっ」

 眞子に指摘されて、思わず言葉を返す。それと同時に、瞳から流れたモノが頬を伝う。決壊した涙というものは、止まることを知らない。太ももの上を。スカートの裾に、涙のしみが広がっていく。どうして? 悲しいわけでも辛いはずでもないのに、なんで涙があふれるの。

「……少し部屋を出るべきよ」

「大丈夫。すぐに止まる」

 そう、無理にでも虚勢を張る。だけど、そんなのが止まるわけも無く。

「無理しないの」

 眞子から白いレースのハンカチを手渡される。言葉にはしなかったけど、彼女の瞳からは何が言いたいかが伝わってくる。今は外に出るべきだ。雰囲気を壊さないように。

「……ここ、お願いね」

「良いから、行く」

 部屋の外へ飛び出る。何でこんな気持ちになっているのだろう。誰かに負けたわけでも無いはずなのに、何だか負け犬のような気持ちになってしまったのである。


 ◇


 10分くらい外で街路樹とお堀の生き物を眺めていると、少しずつだけど気持ちは安定してきた。涙も引いてきた。やっぱり、自然を見ることで気持ちは落ち着くものらしい。そりゃそうだ、あんなうるさい空間でどうして気が落ち着くというのだか。

 ただ、いつまでもあの環境からいなくなるというのは主賓としてさすがに問題がある。気は進まないけど、そこは僕だって気を遣うべきだ。しかしそれでも身体は素直なもので。

「はぁ、まあ……人に囲まれるのは疲れる」

 いつの間にか、部屋の手前で立ち止まってしまう。そもそも眞子と委員長さん以外では元から仲が良かったメンバーでも無いわけだし、この部屋の爆音に精神的にも疲れていたわけだ、なのにどうしてこの中に入らないといけない。

 独り言のつもりだった。だが、それを聞いている人たちがいた。

「おっ、春奈ちゃんじゃん。おトイレ?」

 そう言い声を掛けてきたのは、この企画を立ち上げた首謀者芦原とガラの悪そうな男宮川(みやがわ)だった。

「女子相手にそう聞くのはどうかと思うんだが。俊吾(しゅんご)、お前そんなだからモテねぇんだよ」

「宮川も大概だろ。昔のヤンキー気取ってるくらいなんだから」

 宮川と芦原。二人とも、確かサッカー部に所属しているクラスメイトだ。ただし、男子時代は両名共に僕と仲がすこぶる悪かったため、僕としてはなるべく顔を合わせたくないのが本音だったりする。特に宮川に至っては僕だけでなく眞子までも侮辱していたわけだし。

「まあ、お花をちょっとね」

 しかしそうは言ってもここで敵意のある対応を取るのは、大人の対応とは言えないのかもしれない。だから、あくまで安藤春奈(・・・・)としての接し方を心がける。

「ただ、この手のネタは女の子には言わない方が良いかもよ?」

「さっすが春奈ちゃん! 俺も気を付けるわっ!」

「駅前のナンパ師かよ」

 そうは言いつつもヘラヘラする芦原。どうしてそこまで軽率な振る舞いが出来るのか僕にはいまいち理解が出来ないのだが……。ただそうはいってもそれを彼に言ったところで改善されることも無さそうだし適当にあしらっておこうとした。

「じゃ、わたしは戻るから」

 踵を返して部屋に向かう。その時だった。

「……ちょっと待て」

 芦原と比べてトーン低い声が耳に入る。この声の主は、おそらく宮川だ。

「二人も戻らないと、だよ?」

 軽くあしらいながら部屋に戻ろうとするのだが……宮川の覇気が僕の足を止めさせた。

「その前に、先日の三春の件だ」

 その言葉に、僕は足を止める。せっかく忘れていたことなのに、なぜこの男は思い出させるのだろうか。それでも、怒りを面に出す前に一言だけ釘を刺す。

「それ以上話したら、わたしは怒るよ?」

 いまさらその話を蒸し返して何になる。あいつらは寄ってたかって眞子を追い詰めた。もちろん僕だってそれは同じかもしれない。でも、謝った僕と違ってあいつらは追い詰められるだけ追い詰めてあとは何もしていないじゃないか! 

 眞子は、僕と仲直りをしたあの日から何事も無く振る舞っているようだけど、あいつだって心の奥底ではまだ傷ついているかもなんだ。それなのにやすやすと眞子のことを話に出しやがって。

「……今さらどうして眞子が出てくるの?」

 怒りを抑えたつもりだった。でも、やはり怒りという感情は抑えきれなくて……。

「それはだな……先日の件で俺も言い過ぎたって思ってだな」

「だったら、なおのこと当人に言わなくちゃ!」

 今さら反省? もちろん反省するだけまともな感性だとは思うけど、でもなぜ僕がこいつと眞子の手を取り持たないといけない。いや、眞子が望むならいくらでも取り持つが……そうでないなら道義として反するのではないだろうか。

 そう言い出そうとすると、芦原が口を挟んでくる。

「待ってくれ春奈ちゃん。怒りはもっともだけど、腹が立つ気持ちは分かるけど……宮川を許してやってくれ!」

「別にわたしは何とも思ってはいない。勘違いしてるけど、怒っても居ないから」

 話は終わり。そう言わんばかりに部屋への入り口のノブに手を掛ける。だが、芦原の口からはさらに驚くべきことが放たれたのだった……。

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