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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
2. 若葉ガール・安藤春奈
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13.「手作り料理は恋の味?(前編)」

◇第1章までのあらすじ◇

 身長が低く、運動能力が低いことでいじめを受けていた安藤春樹。人生に絶望し親友を傷つけた彼が選択した最後の手段――それは「自殺」という人生を強制的に終わらせることだった。ところがその自殺は、未遂で終わり、高熱の果てに彼は「女の子」へと生まれ変わってしまい、安藤春奈という名前で日常生活を送ることになったのである。

 女の子になって早三週間。

 最初は、男と女で全然振る舞いとか話し方も違うし身だしなみとかやることも結構違って戸惑ってばっかりだったけど、さすがにこういうのが毎日続くと人間慣れてくるものらしくて。

「よし、準備おっけー!」

 そんなことを言いながら鏡の自分へうなずく。

 最初はお水でバシャバシャ顔を洗って歯を磨くだけの僕の身だしなみ。それが今や、洗顔せっけんでしっかり泡立てて優しく洗い、その後は化粧水や乳液で保湿。髪も寝ぐせとかしっかり見るようになったし、ちゃんとヘアブラシですくようになった。

 もちろん最初は秋奈に言われしぶしぶやっていたってところもあるのだけど、それでも一度習慣になってしまうと逆にやってないときのほうが落ち着かないってところもあって。

「はあ、順調に女の子に染まってるなあ」

 苦笑いしつつ、鏡に映る僕にそう話しかける。正直、半分は自虐でもあるけどその割には顔色がいつかの時よりもだいぶ良くなっていて。

 もしかして……女の子のほうが性に合っているのかな、なんて自分でもちょっと思い始めてきたのである。まあ、本当はそんなこと考えちゃまずいんだけどさ。

 ……なんて思いつつ、朝ごはんを食べようかと廊下へ出たまさにその時だった。

「寝過ごしたっ!」

「秋奈っ?」

 いきなり声がしたかと思ったら、その瞬間目の前に秋奈の姿が。

 正面衝突はぎりぎりで回避できたけど……。

「ちょっとっ! 家の中で走らないでよ!」

 危ないじゃない、ってつい言ってしまう。朝っぱらからあんまりガミガミ言いたくないのだけどさぁ。

「あぁ、ゴメンゴメン」

 と言いつつも、秋奈の意識の中に僕の姿はないようで。まったくもう……どうしてこうあるかなぁ。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「部活遅れそうなのよ。朝練ないと思ってたら、朝練あったみたいで」

「何やってるのさ……」

 練習表、リビングに貼っているんだから寝る前に確認しておきなさいって話だよ。まあ、こうなってしまったのはしょうがないけどね。

「だから今日は姉ちゃんの髪とかはやってあげられなくて」

「それは良いから。今は自分の準備をなさいって。他に何かやってあげれることはある?」

「ありがとっ! でも大丈夫だから」

 バシャバシャと顔を洗い終えて、慌ただしく顔を拭う彼女。

 普段ならそのまま化粧水をコットンにとって保湿とかするんだろうけど、今すぐにでも家を出なくちゃいけないこんな時にそんなことはできないらしく、とっとと歯磨きへと身だしなみの作業を移していた。 

 まったく――人には洗顔の大切さとか保湿の重要性をあれだけ人に言っていたくせにね。

 けど、まあしょうがないか。人間たまには寝坊もするよ。だから、彼女が歯をダッシュで磨いている間に、冷蔵庫からスポーツ用のゼリーとポカリを準備して玄関先に置いてあるカバンへ入れておいた。

 あとは、いつも飲んでいる薬か。本当は水がベストだけど、まあそれは学校ついてから冷水器の水で飲んでもらうとして。 そうこうしている間に、秋奈も準備を終えたらしい。

「それじゃ行って……」

「秋奈、お薬とゼリーはカバンに入れておいたからちゃんと飲むのよ?」

「えっ……別にそんな」

 朝ごはんくらい良いよ、とか言うんでしょ? どうせお昼に給食あるんだから、とか言って。薬もそう。一回くらい飲まなくてもいいとか言っちゃったりね。

 けどさ。

「良いから。今日は暑くなるみたいだし、歩きながらでも良いからゼリーくらいは食べておきなさい」

「……ありがと」

「良いから、行ってきなさい」

 慌てて走っていく秋奈の後姿を見つめつつ、ひと息つく。

 正直、ちょっと安心していたって言うのもあるんだ。

 ここ最近、秋奈はずっと僕にお世話を焼いてばっかり。僕が女の子になって、もちろん女の子の生活なんて僕が知るわけもなくてだから秋奈がそういうのを助けてくれることはすごくうれしくて心強かった。

 けどさ――やっぱり本音を言うと情けなかったんだよね。嬉しかったけど、やっぱり妹に面倒を見てもらうってさ。

 だから、たまに見せる年相応な一面は……安心する。それに、これ以上秋奈には頑張ってもらいたくないから。秋奈だってまだまだ中1なのだから。甘えるときは、甘えて良いんだからね。

 そんなことを心の中でつぶやきつつ、朝ごはんの支度をすることにした。


 ◇


 そういえば、さっきの秋奈との会話で思い出したことなのだけど――。

「部活……どうしようかなぁ……」

 学校への通学路を進みながら、ふとそんなことを考える。

 なんでそんなことを考えることになったのか。それは、結論から言うとうちの学校。部活に入ることが生徒の義務になっているから。

 まあ、もちろん実態は違うぞ? そりゃ部活へ強制加入させたとしても、全員が全員部活をするとも限らないだろ? 一定数帰宅部の人だっているし、籍だけ入れて実際はいかないというパターンも全然ある。

 というか僕自身がそのパターンで、部活の活動に興味を持てずやっぱり行かなくなってしまっていた。だから、部活に入ろうって発想はそんなに大きくは無いのだけど……。

 ただそうは言っても。

「秋ちゃんラスト一周よ!」

 学校につくとグラウンドからは、何だか活き活きした声が聞こえてきた。時間にゆとりもあるし、なんとなく野次馬根性でのぞいてみると……。

「良いペースよ。頑張って!」

 女子生徒が掛け声を送る中、秋奈がトラックを全力で走っていた。

 確か秋奈は陸上部に入っているんだっけ。秋奈がどんな競技をやってるかは知らないけど、それでも走っているときのあいつの真剣な表情。そこには、辛くとも楽しいような――そんな色々な感情が混じったような顔をしていた。

 家族には見せない真剣な顔。だけども、秋奈にとっては充実した大切な居場所ってことははっきりと伝わってくる。そしてこういうのを見せられると、やっぱり部活に入ろうかってことは否が応でも考えさせられる。

 まあどっちにせよ、僕は今や転校生って身分なのでどこかの部活には入りなさいとは先生にも言われてて今月中には結論を出さなくちゃなんだけど。

「……春奈、何してるの?」

 そう考えを巡らせていると、ふと聞きなれた声が。何事かと振り返るとそこには。

「ん? あぁ、眞子か」

「おはよ。どしたのさ、そんな食い入るように陸上部を見て。……お目当ての男子でも?」

「んなわけあるか」

 からかうような声をかける眞子に、ため息をつきながら言葉を返す。

 二週間前――転校直後にこいつとは人生最大級の喧嘩をしたわけなんだけど、お互い誤解が解けてからは今までの関係が戻ってきたらしく。

「まあまあ、冗談だって。ってか、髪結ばないと生徒会長とか先生に怒られるわよ?」

「あぁ、それもだ。眞子さ、悪いけど結んでくれないか?」

「それくらい自分でできるようになりなさいよ」

「出来ないから頼んでいるんだろう? 結べていたら自力で結ぶわ」

「まったく、しょうがないわね」

 こんな感じで、学校では色々女の子生活を助けてもらいつつ、時にはさっきみたいな軽口をかわすような、そんな感じの友情を維持していたのだった。

 まあ、直接言ったら調子に乗るからあんまり言わないけど――これでもこいつには助けてもらいっぱなしで感謝しているのだ。こうやって何だかんだ言いつつも、快く髪を結んでもらったりね。会話とかでも、女子特有の話になるとやっぱりフォローを入れてくれるし。やはり持つべきものは親友である。

 ついでに、部活の件もそれとなく相談しようかなって思ったのだが。

「はい、完成っ!」

「ありがと。……あっ、いつもと違う」

 手鏡を見ながら、そんなことをつぶやく。

「ハーフアップって髪型よ。今回はちょっと高めに結んだから、何となくかわいいでしょ?」

 眞子はにっこりと笑いながら、話を続ける。

 僕自身あんまり意識してこなかったんだけど、いつも秋奈が結んでくれる髪型は、一つ結びと呼ばれる髪を後頭部で縛るだけもシンプルな結び方。

 それに対し、眞子がしてくれた結び方は後頭部の上の髪だけを束ねて下ろして他の髪はそのままのいわゆるハーフアップと呼ばれるものだった。

 結ぶところにはバレッタっていう留め具を使ってるみたいなんだけど、これがまたオシャレ度をグッと上げているような……気がした。

「確かに……なんか、僕だけど僕じゃないみたいで」

 改めて手鏡を見てそうつぶやく。元男だったくせに、何でこんなことを考えてしまうのか。

「自分で可愛いって言うとナルシストみたいだけどさ、やっぱり人間変わるもんだ」

 そんな感想を言いつつ、手鏡をカバンにしまう。そんなときだった。

「実際、可愛いんじゃない?」

 眞子のその言葉に、慌ててしまって思わず手鏡を落としてしまう。

「ちょっと、手鏡落としたよ?」

「あ、あんたが変なことを言うからでしょうが」

「別に変でもないと思うけど?」

「も、もうっ! からかうのはやめてほしいなぁ!」

 なんでだよ。元男が可愛いことに喜ぶだなんて、変な話じゃないか。僕はそんな女々しい人間ではないのだから。というか眞子も眞子で、僕をどんな世界に連れて行こうとしてるんだ。

「いや、からかってないんだけど……」

「う、うるさいうるさい! 時間も時間だし教室行くよ」

「えっ? まあ良いけどさ……」

 変な雰囲気になる気がして、無理やり話を止めて教室へと向かう。もちろん、可愛いと言われて悪い気はしない。けどさ――それを眞子に言われるのは、正直すごくむず痒いんだよ。特にこいつは、僕の男の姿を知ってるわけだからより一層、ね。 


 ◇


 結局部活の件は眞子に聞けずじまいのまま、今日の授業が始まってしまった。

 まあ、別に今月中だから急ぎの話では無いのかなとなんとなく思ってはいたんだけど――意外にもその機会がふと舞い込んできて。

「ハルちゃんちょっといいかな?」

 お昼休みに、委員長さんに声を掛けられる。しかも、ハルちゃんという愛称付きで。

 最近委員長さんにはこう呼ばれることが多い。たぶん、名前の「春奈」をもじってのことなのだろうけど、男だった時のことを考えてやっぱりこうやって親しく接してくれることは素直に嬉しい話だ。

 で、肝心の話の内容について尋ねると。

「ハルちゃんさ、もう部活って決めた?」

 その返答が、まさに朝話題に上がっていたことだと分かりちょっとだけ驚いた。もしかしてだけど、朝の話を聞かれてたのかなぁ? いや、部活については特に話してないからただの偶然なんだろうけど。

「あっ、いや……まだなんだけどね。確かこの学校って部活が強制なんだよね?」

「うん、言う前に言われちゃったね。そう、この学校って部活が強制なの。だから、もし決まってないなら勧誘しようかなって」

「ウソ、マジで? それはすげぇ助かる!」

 願っても無い申し出というかお誘いに、思わずテンションが上がってしまい勢いで委員長の手をがっしりと掴んでしまう。しかも不意に言葉遣いが男言葉になってしまう。これには委員長さんも苦笑いだ。

「あはは、近いよ……ハルちゃん」

「あっ、ゴメンね」

 慌てて手を引っ込める。すると、彼女のほうから詳しいことを説明してくれた。

 彼女が入っている部活は、料理部という部活でその名の通り料理を研究したり作ることが主な活動になるみたいだ。活動の頻度は週に一回だけで、兼部も自由というフリーダムさ。年に一回、コンテストに参加はするらしいけど、拘束も緩くてやりがいもあるならかなりやりやすいだろう。

 しかも、うちの場合は母さんがアレなので姉妹ともに最低限料理の心得はあるつもりだ。部活でも能力的に苦労はしなさそうだし、活動の成果を食卓に持ち込めるなら実用的にも申し分は無さそう。

 どうせ部活をしないといけないなら、彼女のいるところでお世話になるというのも賢い選択肢なのかもしれない。

「って感じなんだけど……まずは体験入部だけでもどうかなって? 今日の放課後にやるからさ」

「いやもう、ぜひ参加させてくれるかな。何ならそのまま入部しても良いくらい!」

 思わず再び手を掴んでしまい、やはり引かれてしまう。しかしこれは本当にありがたい申し出だ。もちろん、あまり肌に合わないというリスクはあるのだけれども……いや、負の面を見るのは止めよう。そんなことばかり考えたら何も出来なくなってしまうのだから。


 ◇


 さて、そんなわけで委員長さんに連れられて放課後の調理室に来た。それは良いのだが……。

「なぜお前がいる?」

「それは、わたしのセリフよ」

 調理室の入口には僕が。調理台には眞子がそれぞれ立っていた。調理台には、結構大きめの土鍋が4つ並んでおり、その隣にはお米の袋と朝見かけた手提げ袋が置いてあった。流しには結構大きめのボウルが二つ。お米を研ぐためだろうかに置いてあるのだろうか。というか……。

「あ、眞子ちゃんゴメンね。先に下ごしらえ任せてて……」

「あぁ、それは……大丈夫なんだけど、それよりもどうして春奈がここに?」

「ごめん、わたしにも説明を」

 まずどうして眞子が調理室に居るのか。そしてどうしてこいつが作業をしているのか。まあ、何となく理由は分かったんだけどもね。

「二人とも落ち着いて! 順に話すから!」

 残念ながら、その考えたくない内容は当たることになってしまう。

「まず、眞子ちゃんはこの部の副部長なの。部長は私ね。それで春奈ちゃんを連れてきたのは、この部が人数的に存続の危機だから一人でも増やした方がマシかなぁって」

 続けて、この部の状況を軽く説明してくれた。確かに、委員長の説明の通りこの部には3年が3人、2年が2人、1年も3人しか居ないらしい。この学校の決まりでは、5人以下の部活は部としては認められない。そしてそれを判断するのが6月の生徒総会になるようだ。

 要するに、このまま3年が引退すればこの部は存続が危うくなってしまうことになるらしい。

 もちろん、僕のことを気に掛けたというのも事実だろうけどだからといって部活が無くなるというのもここの部員は困ってしまうことだろう。

「……そっか、まあ事情は分かったよ」

「ごめんなさい。こういうことは、本当はもう少し後で言うつもりだったんだ。もちろん、人数だけを考えてこういう話をしたわけじゃないよ? 私としては好意のつもりだったわけで」

「気にしないでよ。わたしだって、それとこれとは別で考えているつもりだし……何より純粋にやってみたいという気持ちは変わらないからさ」

「でも、眞子ちゃんとは」

「大丈夫。これとはちょっとね、色々腐れ縁で驚いただけで」

「そうよ。まあ、春奈なら大歓迎よ」

 ホントかなぁ? さすがに教室でも私生活でも部活でも一緒って言うのは……ちょっとどうかと思うのだが。

 ただ、ここで何か言っても仕方が無いし委員長さんに心労を掛けるのはさすがにかわいそうだ。目線を合わせると、眞子もだいたいで僕と同じ考えらしい。

「それなら、嬉しいよ。あ、そうそう。何だか委員長って呼び方で定着しているけど、私は中村結衣(なかむらゆい)って言います。よろしくね」

「そうだったんだ! こちらこそよろしく」

 改めて握手する。そんなわけで、まだ正式というわけでは無いけど僕の料理部としての活動が始まったのであった。

 読んでいただきありがとうございました。

 今回から、春奈にとって本格的な学校生活に入っていきます。以前と同じ環境であるにも拘らず、以前とは違うように振る舞うことになる彼女の奮闘と周囲との人々との交流を最後まで見守っていただければと思います。

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