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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
9. 若葉ガール、はばたきのとき
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125.「ふたりでひとつ」(最終回)

 そして、季節はいくつも巡り――眞子と千歳先輩を見送って、私と結衣。芦原に宮川が見送られて。秋奈もまた、私たちの母校を巣立って。

 そんなこんなで、私たちがあの中学校を巣立っていつしか10年以上もの時間が流れて。


 ◇


「本当に、大丈夫なのかなぁ」

 控室の窓から、外を眺める。

 窓の下には、いつもと変わらない光景が広がって入るものの。その一方でひるがえって部屋を見つめると……。

「……本当に、これ着ても良いのかなぁ?」

 そこには、太陽をモチーフにしたらしい。純白のドレスが。……いや、純白のドレスってって誤魔化すほうが作った人に失礼だよね。

 花嫁控室という部屋にいる私。艶やかに形作られた髪型。私の顔に施された、淡くもきれいなお化粧。

 言うまでもない。今日私は――将来を約束した人と結婚式を挙げることになっているのだ。

 だからそこに置いてある純白のドレスは、私が着るウェディングドレスってやつ。

 それも、私のことを一番に良く知る人が私の魅力を最大限に引き出すためって、学生の頃からずっと試行錯誤してデザインしたっていう。きっとかぐや姫の(あま)羽衣(はごろも)にも、シンデレラのドレスよりもきれいな衣装。

 ……ではあるのだけど。

「入るわよ?」

 コンコンとノックの音がして、二人の女性が入ってくる。

「春奈、そろそろ時間でしょ?」

「着ないの? というかそろそろ着始めないと間に合わないというか……」

 そう言ってくるのは、黒い紋付を着たお母さんと橙色の和服を着た秋奈だった。

 話し方は普段通りなんだけど、服装を見ればやっぱりいつも通りの心境ではいられなくて。

「分かってるけど……でもいざ見るとさ」

 ウェディングドレスをちらっと見て、本音がぽろっと漏れる。

「……なんか、怖いんだよね」

 怖い――たぶんそれが、正直な本音なんだと思う。

 もちろん、本当は嬉しいって気持ちが一番大きいことは間違いのないことだよ?

 10年前に初めて眞子に「好き」って告白されて、それから10年。

 同性でお付き合いしてるってことに特に風当たりを受けることも無く、幸い周りの人の理解あって。何より、眞子と二人で過ごす時間はすごく楽しくて掛け替えのないもので。だから、そんな時間がいつまでも続いてほしくて。


『結婚、する?』


 自然と出た言葉だった。


『それは嬉しいけど……わたしで大丈夫?』

『何言ってるの。あの時と気持ちは変わらないよ』


 10年前、お互いでお互いに「お嫁に迎えてくれなかったら、お嫁に来て」って。そう言ったんだよね。

 さすがに大人になって、ちょっとは現実見てお互いにそんな偉そうなことを言うことは無くなったけど。

 でも、お互いにずっとそばに居たいって気持ちは変わらなくて。


『そっか。だねっ! わたしたち、結婚しよっ!』


 こうして、そこからはあっという間だった。

 二人で式場探しから始まって、ドレスの作成とかは眞子が頑張ってくれて。

 私も、結婚式場探しでは苦労しつつも探し回って。一番つらかったのは、眞子のお父さんの説得かな。まさか私女なのに、「お前に娘はやらんっ!」って例の洗礼を受けるとは思わなくてさ。けど最後は、眞子が「娘のワガママ」というか「そんなことを言うパパは嫌い!」っていう切り札を使って納得させてたっけ……。

 そんな感じで、二人で駆け抜けてきて今日に至るわけなんだけど。

「やっぱり、これでよかったのかなって。今も思ってて」

 すべては、納得した上での出来事だった。

 私が女になったことも、女で生きていくって決断したことも。眞子と付き合って結婚することも。

 すべて私が決めて、実行してきたことなのに――。

「私が男だったら、そんなことは思わなかったのかなって……」

 そんな、自信喪失。マリッジブルーってやつ。

 ……失礼だよね。そんなことを言うのは、眞子にも。信じて送りだしてくれるお母さんや秋奈にも。

 でも、これは私が自力で乗り越えなくちゃいけないことで。だから笑ってごまかそうとして、二人を振り向こうとしたその時……。


「だったら、いつだって帰ってきなさい!」


 そう言ったのは……お母さんだった。

「大丈夫! 結婚したとしても、あなたが一人きりになるわけじゃないの。辛いことがあったら、いつでもうちに帰ってきなさい」

「そうだよ! お姉ちゃんの居場所は、眞子ちゃんのところだけじゃないんだよ!」

 お母さんだけじゃない、秋奈だってそういってくれて。

 秋奈は肩を。お母さんはほほをやさしく撫でてくれて、続けた。

「大丈夫。失敗したら、泣きたいときはいつだって戻ってくればいいんだから」

「そうそう。だから今日は、しっかり楽しむ!」

 別に結婚したって、あたしたちはお別れじゃないんだから。

 秋奈はそうやって笑って続けた。


「最高の結婚式を」

「迎えるのよ」


 それじゃ、控室戻るから。またね。

 そう言って、二人は部屋を出て行った。

 ずるいよね。けど、さすが母娘。私が今一番欲しかった言葉を、しっかりとピックアップして選んできてくれたんだもん。

 おかけで、ちょっとだけ……。

「自信が湧いて来た……かな?」

 目の前のウェディングドレスを見て、微笑みかける。

 お世辞にも美人じゃないかもだけど。まだまだ未熟だけど。眞子を守り切れる自信とかも、まだちょっと無いかもだけど。

 でも、それを抜きにして眞子はこのドレスを準備してくれて。きっと眞子自身もこれと対になるドレスを着てるんだよね。

 ……いや、そんな難しいこと考えないで良いんだ。

 秋奈の言う通り、今はまず楽しむことを考えればいいのだから。


 ◇


 それからほどなくして、スタイリストさんが部屋に入ってきてウェディングドレスを着ることになった。

 最初はすっごく恥ずかしくて、どうすれば良いのかなって気持ちだったけど。でも、徐々にドレスが身を包んでいくにつれて顔つきが変わっていくことに気が付いて。

 1時間かけてセットしてもらった姿は。

「――そっか。私、眞子の奥さんになっちゃうんだ」

 変な、言い方だって。そう思うよね?

 でもさ、自分で言うのもだけどウェディングドレスを着た私自身は――今までで一番きれいで優しい表情をしていたんだ。

 顔つきにはもう、過去の出来事なんか無かったみたいで。

 子供の頃は、私はすごく冷めた子で。学校の先生が「将来の夢は?」なんて言ってきても、「夢」なんてあるわけないし、叶いっこないって。割と本気で思うような、子供だったんだ。

 でも、「夢」が叶わないっていうのはあるかもだけど、夢を見ることはできるんだなって。

 それは今、しっかりと実感していた。

「入るぞー?」

「どうぞ」

 スタイリストさんが出て行って、いよいよ式が始まる直前。

 今度は、私をよく知る男性が二人。

「どうだ、調子は?」

「……ちょっと緊張してる」

「そりゃそうだよなぁ。春奈ちゃん、今回は結婚式の主役だもんなぁ」

 そう言って頬をかく芦原。そして、パリッとした黒いスーツに身を包む宮川。

 片方はサッカー以外何も考えないほどのサッカーバカで、もう片方は地域の不良相手に喧嘩ばっかりの札付きの悪ガキだったこの二人。

 そんな二人だけども、中学3年からはなんだかんだで私のことを支えてくれて。そして今ではすっかり立派な大人になっていて。

「そうなのよ。けどあなたたちもそろそろ式場に入る時間でしょ?」

 私に構っている場合、と訊ねる?

 きっと、何だかんだ言っても情に篤いこの二人は 最後まで私にお節介を焼きに来たってことなんだろうけどさ。……もう大丈夫だって言うのに。

「まあな。ちょっと話して、そのまま式場に行くつもりだった」

「なるほどね。けど、大丈夫だよ。むしろ眞子のほうだよ?」

「あぁ、結衣と会長からさっきメッセきてたんだが」


「がっちがちに緊張してるらしいぞ?」


 おいやめてくれよ。こんな本番直前に不安要素ぶち込んでくるなよ。

 せっかく私は気持ちがクリアになってたというのに。妨害しに来たのか?

「お、おう。まじか……」

「まあ、あっちはあっちで結衣と会長がフォローしてるからな。大丈夫だとは思うが」

「さすが。既婚者は違うね」

「安心しろ。俺の時も裏ではまじで死にそうな心境だったから」

「そういうもんでしょ……新郎新婦って」

 と、ため息はつくものの。

 でもそうだよね。私もそうだし、一足先に結婚した宮川も結衣も同じ経験したんだろうからさ。

 やっぱり式って嬉しいけど、緊張するもんなんだよ。ね、きっと。

「余裕ぶってるけど、でもお前だってさっきナーバスだったらしいじゃん」

「おいそれどこから聞いた?」

「お前の妹さんから」

「……マジで?」

「いやまあ、思ったよ。昔から、今もそうだけどやっぱ似たモン同士だったなって」

「まあ。そうかもねー」

 お互いにそういうところ、あるんだろうなって。

 だからこそ、こういう話を聞かされていると今回は緊張している場合じゃないって。

 女の子になって初めて登校してからも、男の子に戻されそうになった時も。いつも眞子は、私のことを必死にかばってくれた。もちろん、眞子が旅立つときは今度は私が必死に眞子の背中を押した。勇気を、渡してあげた――つもり。

 だから今回は――私がリードしなきゃ。いや、私でなくても良いんだ。リードできる側がリードする、で。

「良かった。やっぱ来て正解だったな、宮川」

「ああ。安藤の顔が、きれいだけど凛とした表情をしてて」

「そう? でも、あんたたちのおかげかな?」

 なんかいつもひどい下ネタとかイジリばっかのこいつらからそう言われると、調子狂っちゃうなぁ。

 けど、言われたことは素直に嬉しいし……。

 そういって、頬をかいていると。

「ま、そう言うわけだから式を楽しめ!」


「春奈」


 そう言って、二人は手をあげて踵を返して行ってしまった。

 二人は同じ苗字になっちゃうから、名前で呼ばねえとどっちがどっちか分からない、なんて捨て台詞残してさ。

 本当に、いつもサプライズばっかり。

 でも、お母さんに秋奈。宮川に芦原。あとは二人経由ではあるものの結衣と千歳先輩からも勇気をもらえた気がして。

「――っ、かんばらなきゃ!」

 嬉しくて、目頭が熱くなったけど。

 でも、きれいにお化粧しているのに泣いて崩れちゃったらカッコ悪いもの。だからそれは、あとでにして……。


 ◇


 そして式場のスタッフさんに声を掛けられて、いよいよその時がやって来た。

 バージンロードに続く道の手前。木製の扉の前で、一緒に歩く眞子を待っていると。

「お待たせっ!」

 月をモチーフにしたウェディングドレスに身を包んだ眞子が現れた。

 太陽と月。なるほど、確かに対になるモチーフではあるよね。デザインのセンスがない私としてはよく考えてくれたな、って思ったよ。そして、初めて告白を受けたときも思ったけど……。

「やっぱり眞子は、眞子って可愛いし美人だよね!」

「えっ、ちょっ。あんたなんで今何でこのタイミングで⁉」

「いや、自然と出た感想で……」

「……そういうとこ、だよ」

 そう言うなり、眞子が顔を赤くする。照れたのかな、って思ったけど回りまわって私自身も何だか恥ずかしくなってきた気がして。

「ちょ、お互いに照れてどうするのさ」

「あんたのせいでしょうが!」

 そうだよね。けど、可愛い奥さんを素直に褒めたっていいじゃんって思っていると。

「そういうあんただって、かわいいじゃん」

「ちょ、やめてよ!」

 眞子め。私が恥ずかしがると知ってわざと言ってきたなぁ?

「ここで惚気ても仕方ないでしょ!」

「あ、そうだった」

 いけないいけない、と息を整える眞子。

 とはいえ、こうやってお互い惚気れば。

「……そうそう、緊張はほぐれた?」

「それはほぐれたけど……でも、何で?」

「一応、宮川たちから聞いたんだよ」

「結衣の仕業ね」

「情報は筒抜けだったよ」

「ったく、余計なおせっかいばかり」

「けどさ――」


「大丈夫。リードするから」


 そう言って、眞子の手を取る。

 お互い色々感情があふれそうになってるんだけど。でも、それ以上に今ってお互いが一番輝けるときでしょ? だから……。

「どうせ眞子は爆発しそうなんでしょ? だから、私に任せてくれればいいから」

「もう! なんでそう言うかなぁ……」

 そう言いつつも、眞子は早くも感極まったみたいで。

「もうっ! もうっ……」

「大丈夫だって。私に任せて!」

 言葉にならないのだろうけど、私は眞子の気持ちがわかる。きっと眞子だって私の気持ちが分かってるんだろう。だから……眞子の手を優しく引いて、ゆっくりと歩き出す。

 扉が開くと、目の前にはガラスの床でできたバージンロードが続いていて。

 そしてバージンロードを挟んだ両側には、見たことある人がみんな思い思いに拍手やリアクションをして私たちを歓迎しているみたいで。

 ――いつだってそうだったね。

 ――うん。

 お互いにアイコンタクトを取りあう。

 生まれた時から、隣にはこいつと私がいて。楽しい時も辛い時も、一緒に乗り越えてきて。

 眞子はいつでも私のそばに。私はいつでも眞子のそばに居て、そしてそれはきっとこれからも。どんな時だって続いていくことで……。


「それじゃ――行くよっ!」

「だねっ!」

 

 私たちは、バージンロードを。

 いや、私たちの人生の一歩目を踏み出したんだ。



 僕は女の子になりたい。(終)

読んでいただきありがとうございました。

2年以上にわたる連載。失敗したエピソードもたくさんあったと失敗しつつ、穴があったら入りたいってエピソードもありつつそれでも何とか春奈・眞子たちと駆け抜けた連載だったというのが感想ですね。


まずは、読んでいただいた読者の方。感想を寄せてくれた方、評価をつけていただいた方に感謝を。

きれいに連載を終えることを一つの目標としていたので、すごく心強かったです。


最後、春奈は男に戻ることなく女として生きることに。そして眞子と結婚する流れになったのは、中盤から意識していたことでした。

当初、自分コンプレックスと戦う話というのが主テーマだったのですが後半は同性愛や、愛情を向ける相手についてのテーマも入ってきたのは私なりの考えの変化もあったのかもしれませんね。


もしも、女の子になりたいって考えを持った人。またはその逆の人。

あるいはそれとは関係ないですが、この作品にかかわる人とちょっとでも重なる要素があって、ちょっとでも気持ちの支えになったり、純粋に面白かったなって思っていただければ嬉しく思います。


さて、あとがきが長くなってしまいました。

今回を持って、『僕は女の子になりたい。』は完結です。

応援ありがとうございました。番外編的なエピソードは、気分で投稿するかもですがそのときは温かく見守っていただければ幸いです。


次回作は、「僕は『僕』じゃないっ!」という作品になります。

https://ncode.syosetu.com/n8888gp/


登場人物は一部を除いて総入れ替えになりますが、こちらの作品も目を通していただけますと幸いです。

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