120.「初恋の夜、月がきれい。(前編)」
梅の花もだいぶ咲いた時期とはいえ、やっぱり朝晩は寒い。
「ふーっ。ほらね?」
現に今だって、吐く息が白くなったでしょ? そんな時期なのに、何の話が。それも屋外で――なんてことを考えながら、眞子に指定された千歳神社へと向かう。
毎度毎度大変な思いをする50段の階段を何とか上り切って、息を整えつつ境内を歩いていると。
「こっちこっち」
「えっ、眞子?」
先についていたようで、眞子は本殿の廊下に腰掛けて待っていた。
「なんでこんな夜中に。しかも千歳神社で……?」
まあ実は他にもツッコミどころはあったんだけど……。いつもはラフな服装の彼女が、珍しく女子っぽい可愛い服を着ていることとかもね。ニットのワンピースとその上に羽織っているコートがとっても可愛らしいんだけど、けどただ話をするだけでそんな。
その――オシャレする必要は無いんじゃないかなって思ってね。本題には関係ないから、いったん言わないでおくけど。
「あぁ。いやさ、今日の話は大切な話だからさ。電話とかでするのは違うかなって、思って」
それに、こういう話は神様に立ち会って聞いてほしいなって。
そう言って優しく微笑みかける眞子は――。
「そっ、そう……?」
月が照らす青白い光の効果もあったのかな。
いつもは年の割にはどこか幼く見えるはずの彼女が、今日に限ってはまるでかぐや姫のようだった。
「そっか、まあ良いや。そんで? 話ってのは……」
一瞬動揺したものの、それでも話し相手は眞子だ。
変に気遣う必要もないし、改めて本殿の廊下。眞子の隣に腰掛けて、問いかけた。
「あ、うん。えーっと、一番にあんたに聞かせるべきかなって」
そう言いつつも、微妙に歯切れの悪い眞子。
いつもは、あけすけと言いたいことを言うくせに……なんだか珍しいなぁ。
「まあ、話しづらいことならゆっくりでもいいし場所を改めても良いからさ」
そう言って、眞子の頭をポンポンと撫でる。
いつもはこういうの、秋奈にやるんだけどなぁって内心で思いつつね。秋奈はこれをされるとすごく落ち着くみたいで、子供の頃はそうやって喧嘩してきた秋奈を何度もなぐめたなって。
逆に眞子はなんだかんだ言いつつも、自分のことは自分でしっかりやるタイプだからこんなことしたことは無いんだけど。
「……はぁ、春奈って根っからのお姉ちゃん体質よね」
「お姉ちゃん?」
「うん。お姉ちゃん。秋奈ちゃんとは仲直りできたの?」
「えっ、まあできたはできたけど……」
そう、と優しく笑いながら安堵の表情を浮かべる眞子。
おかしいなぁ、なんで眞子の話を聞きにきたはずなのにうちの内部事情についての話になったんだろうとちょっと考えると。
「話したいことはふたつ」
さっきまでの優しい顔が一転。
何かの覚悟を固めたのかは分からないけど、急に真面目な顔をした眞子が静かに話を始めたのだった。
◆
安藤春奈は鈍感だ。
わたしの気持ちも知らないで、わたしの質問に対して明後日な方向を見つめた答えばっかり返してくるんだ。
「秋奈ちゃんとは仲直りできたの?」
「えっ、まあできたはできたけど……」
そう言って頬をかく春奈。
そっか、一安心ねっていったんはそう言葉を返したけどさ。でもね、わたしが聞きたかったのはそういう言葉じゃなくて、結局秋奈ちゃんとお付き合いをすることにしたか、否かってこと。
二人が仲が良いことなんかこれでもかってくらい思い知らされているし、別にわたしが心配しなくたって仲直りくらいできちゃうじゃん。そんな情報を聞かされても、別に……ねって話。
でもまあ、それは……わたしも春奈に気持ちを打ち明けていないからの話のせいなんだよねきっと。
きっと春奈は、わたしが春奈を好きになっちゃったってことに全然気がついていなくて。今も親友のお悩み相談だとか、あいつは内心で思ってるんだろうなって。
だからこそ、今日この機会を使って春奈に気持ちを打ち明けようって。春奈をここに呼びつけたのも、そもそもそのためなんだから。それに、その件でなくても話さなくちゃいけないことはいっぱいあるわけだし。
だから……緊張して胸が苦しいけど。
「話したいことはふたつ」
緊張のせいか、顔がこわばってるなって思った。
変な女の子だ、とか思われてないだろうか。というかそもそもなんで相手が春奈なのに、こんなに私は緊張してるんだろう。なんであいつは、そこまで緊張感がないの?
何だかむしゃくしゃするけど、それでも……わたしたちの関係が変わるその刻は、しっかりと目の前に迫ってきていて――。
◇
話したいことは二つ。
そう丁寧に前置きされて、眞子の話が始まった。
最初の話題は……。
「東京の学校、受かったよ」
「そ、そっか! そっかそっか! おめでとう! ほんっと良かった!」
それは、眞子にとっても朗報だけどそれ以上に私にとっての朗報でもあった。
「おめでとう、頑張ったね!」
そう言って、遠慮なく眞子のことを抱きしめる。
「ちょ、子ども扱いしてるでしょ⁉」
「そうじゃないって。眞子の夢が叶うかどうかの、第一の。そして最大の試練だったわけでしょ? これさえ乗り切れれば、東京に行けるし九条さんのもとで勉強ができるじゃんって! そういうこと」
暗い話ばっかり続いていた、ってのもあるんだろうね。けどそれ以上に、親友が夢を叶えるための一歩を踏み出したってことを知って喜ばない友達は居ないよ。
「まあ、4月から眞子が居なくなるってのは寂しいとは思うけどさ」
眞子が作ってくれた服を私が着る。その夢が、二人で作った夢が叶うのならそれは当事者である私だって喜ぶよ。
「まあともかく、本当になんか言葉が上手くないけどさ。ちゃんと春から、東京でも頑張るんだよ?」
「それは……ありがと」
さすがにこんなにおめでとうおめでとうって言いすぎて恥ずかしくなったのかな。
照れてうつむく眞子は珍しいけど、それでもやっぱりすごいことはすごいって言わなくちゃ。私はそう言われると嬉しいし。きっとこの経験は、眞子にとっても大きな自信になりそうだからね。
「じゃあ、今年の終業式をもって転校になるってことかな?」
「たぶんそうだと思うな。先生に受かったら転校になるとは一応言ってるからね」
正式な報告は明日行うとのことで。試験を無事乗り切って、一安心ってところなんだけど手続き関係でまた忙しくなるのかなぁ。
「そっか。何か手伝えることがあったら、私にも言ってね」
「書類作業だから別に大丈夫だよ。そう言うのはパパとママに書いてもらうし」
「あぁ、それもそっか」
「まあ、気持ちだけは受け取っとく。とりあえず、千種にいるのはあと1か月ちょいだけどそれでもぎりぎりまでは千種にいるからさ」
その時までよろしくねって、彼女は言う。
何を言ってるんだよ。その時どころか、東京に行ってもきっと私は世話を焼き続けるって。きっと。
「当たり前でしょ。というか、きっと東京行ってもずっと世話を焼くだろうさ」
さすがに身体の融通は聞かないけど、今時地球のどこにいてもお互いに連絡が取れる時代でしょ? カメラを使えば、テレビ電話だってできるんだから。お互いに目の前にいるように話すことだってできるわけだし。
そしたら、東京であった出来事。楽しいことも辛いこともきっといつだって共有できるだろうし。
「まったくもう。それはさすがに重たいっての!」
それでも、眞子にとっては安心したのかなぁ?
「でもまあ、そう言ってくれる人がいるだけでわたしも安心してあっち行けそうかな。どうせそんな調子なら、学校は違くてもこれまでの生活はそう変わらないだろうし」
そう言って、少し表情が柔らかくなったのだ。
「そうそう。まっ、これからもよろしくってことだよ」
そう言って、この話はおしまい。
まあ私もここ2ヶ月は眞子のためにたくさん勉強を教えてきたし、打算って意味じゃないけど私のやったことが間違ってなかったってことを知れたという意味でも嬉しかったからね。
まあそれは、呼び出しを受けた時点で可能性の一つとして想像はついていたから良いんだけど。
「で、ひとつめの話は結論が出たわけなんだけど」
問題はふたつめ。
何の話が眞子の口から飛び出るのか、まったくもって想像がつかないのだ。
「もうひとつの話って……何?」
まさか……「好きです付き合ってください!」っ的な告白とか?
一瞬そんなことも考えたけど、どう考えてもそれはあり得ない話だ。
だってあの眞子だよ? からかうために言うことはあっても本心でそんなことは思ってないだろうし、というかこんな状況で言えるはずもないか。少なくともこの場で冗談を話すことも無さそうだし。
そう、思ってたんだけどね。
「そう。それなんだけど……」
そう言って口をもぐもぐさせて。よっぽど言いづらいのか、「驚かないで聞いてね」と前置きまでするくらいだし。
良いから、焦らずに落ち着いてって宥めすかして。というかここまで眞子が動揺することって、本当に何なんだろう? って私自身も内心考えていたんだけど。
「あのね。わたし、あんたのことが……」
まさか冗談で考えたことが、現実になるとは思ってなかったんだよ。でもさ。
「好きです」
最初は我が耳を疑って、次は我が目を疑って。最後に今聞こえた言葉を記憶した脳を疑って。
でもその言葉は、はっきり私の脳に焼き付いていて。というか、そんなことしなくても眞子の姿を見ればその言葉に嘘偽りがないことくらい、分かるよね。
「……眞子」
彼女の言葉がどういう意味を持つのか。
眞子の瞳には、今にもあふれそうな大粒の涙が溜まっていて。不安そうな瞳で見つめる彼女は、満月に照らされているせいかどこまでも美しくて――儚い。
◆
言ってしまった。
同時に、全身の血が沸騰しそうな。でも頭からは血の気がスーッと引いているような気もしていて。
告白って言うものは、こういうものなんだなって。その大変さは理解できたけど、ただそれ以上に身体の感覚がマヒしてて、今にも倒れそうな気持ちだった。
「眞子……」
同じことは、春奈も思ったのかなぁ。
春奈は、私の言ったことを上手く飲み込めていないみたいで。いや、たぶん「事実」としては理解できているんだろうけど、気持ちの処理が追いついていないというか。そんな表情を、こいつはしてた。
「何で、そんなことを言ったの?」
「『好き』って気持ちに理由って必要?」
「そうじゃないけど……。だって私たちは、『親友』同士だったはずでしょ?」
「……だとしたら何?」
そうだよ。それは、同じ気持ち。
わたしだって、春奈とは大親友で大戦友。一緒に色んなことを乗り越えてきた、大切なパートナーって認識は同じ。同じだよ。でもさ……。
「もちろん私もあんたのことは大好きだよ? でもそれって、友達のって話じゃなくて?」
「そうね。でも、友達で済むならわざわざこんなところには呼び出さないし、今さら言う必要ないでしょ?」
「……それもそうだ」
「それにわたしだって……」
分からないんだよ。
どうして、こんな気持ちになっちゃったかなんて。
でももう、気持ちが抑えられないんだよ。友達って立場は嫌だって。もっと一歩進んだ関係になりたいって。春奈にとっての唯一無二に。それってさ……。
「分からないんだよ。わたしも、気持ちが」
そう。これがそもそも恋って気持ちなのかなってことさえも。
言ってて変な話だよね。好きって、告白じみたことをしてて恋って気持ちかが分からないだなんて。けどさ……たぶん今までの春奈とのやり取りを考えればたぶん。
「でもこれは、『恋』って気持ちなのかな」
そうつぶやくわたしの瞳には、かつての春奈との思い出が走馬灯のように流れ始めていた。
読んでいただきありがとうございました。
二人の関係性が大きく変わりはじめた、そんなお話です。
実は二人の恋愛感情は序盤の段階でも小さく芽吹いてはいるんですよね。
二人とも鈍感&認めたくない系主人公・ヒロインだったのでその可能性をさっさと潰していたようですが。
ともかく、眞子の気持ちに春奈はどのようなアンサーを出すのか。
次回に続きます。