114.「仲直りのチョコはほろ苦い(後編)」
眞子の説得を受けた次の日。
「……しゅ。芦原、今ちょっと」
「あぁ! 春奈。どうし……」
「あーやっぱいいや。急用思い出したっ!」
そう言って話しかけたは良いけど、さっそくひよってしまいその場であとずさり。
その後も、あいつに何回か話しかけられてはいるけども。
――ごめん、今忙しいから後にして。
――後で聞くよ。要件はメッセにでも入れといて。
――ほんっと悪いんだけど後にしてくれない? 私もちょっと今立て込んでて……。
こんな感じで、つい話を後回し後回しに。
分かってるよ。本当はちゃんと仲直りしなくちゃいけないってことくらい。
眞子はあれ以来何も言ってはこないけど。きっと、眞子なりに私を信じてくれてるからあえて何も言わないでいるんだろうけど。
でも、ちょっと前まで。あの絶縁宣言までは別に普通に話せていたはずなのに、いざああ言っちゃうと今度は何を言えば良いのか分からなくて。
「はぁ……難しいよね」
誰もいない放課後の教室。私は一人、静かに彼が部活で頑張っている姿を目で追っていた。
「あぁ言っちゃった手前なぁー」
彼はサッカーに本気で取り組んでいる。素人だから、彼のプレーのどこがすごくてどこが力を入れているかなんてさっぱり分からない。けど、今彼のプレーを見るといかに彼が本気で取り組んでいてそれが嘘でないかは痛いほど伝わってくる。
だけどもあの時の私は、私自身の気持ちばっかりしか見てなくて。「サッカーが大切ってことは分かるけど、だったらなんで私たちは付き合ってるの?」って問い詰めちゃったんだよね。
芦原はそこの棲み分けがきっと上手く行かなくて、正直彼がそこまで器量がないことを知っていた私もそこを理解して付き合ってあげるべきだったんだろうけど。
「うぅ……明日までか」
何を言えば良いんだって思いつつ、踵を返して自席に置いてある鞄を取る。正直どうすれば仲直りできるか……全くイメージがつかないのだ。
そもそもあいつが話しかけてきたときでさえ、私はひよったというのに。
そうため息をつきつつ家に帰ろうとしたその時だった。
「難しいことじゃないんじゃない?」
そう言いながら、突然教室に一人の少女が。
「……結衣。帰ったんじゃなかったの?」
「ちょっと先生から相談受けててね」
「相談? 普通逆なんじゃ……」
「いやね、眞子ちゃん関連でちょっと先生も悩んでたみたいで」
眞子関連で? ってことは、眞子が東京に行くって件なんだろうけど。
けどまだ試験受けてもいないし、確定ってわけじゃないんだと思うんだけどなぁ。……まあ、深くツッコミ入れても仕方ないし今はそういうものだ、程度の理解にしておこう。
「ともかく、そんなことより今はハルちゃんだよ。どうせ何かまた抱え込んで悩んでたんでしょ?」
「悩んではいないけど、まぁ……」
正直結衣に話す必要もないし、適当にあしらおうかと最初は思った。
でも冷静に考えて、結衣って確か芦原と交友関係があったはずだ。芦原と仲が良いのだとしたら、この状況を打開するヒントを握っていたとしてもおかしくはない。
「まあ、芦原とどう仲直りをすればいいのかなーって」
色々背景とか説明しようと思ったけど、それはやめた。たぶんそれを結衣に説明しても仕方ないと思うし、話がますます混乱するような気がしたから。
だから今は、方法だけ。複雑なことはいったん聞かないことにして。
「どう仲直りも何も、普通に話せばいいんじゃない?」
だというのに、彼女が提示した話はいたって普通のシンプルな。何か裏技とかチートコード的なものなんかじゃなくて。
「普通って何さ!」
「だから、難しいこと考えなくても普通に俊ちゃんに『ごめんね』とか言えば良いんじゃないかなって話。まあ、別にハルちゃんが悪いとは私は思ってないけどさ」
「そんな『普通に』って。その普通が……上手く行きそうにないんだよ」
そもそも芦原に何言われるか分からなくて、今も逃げている状態なんだよ? それなのに今更、何をどうやって話せばいいのさ。
だけども結衣は……。
「はあ。しょうがないわね……」
そうため息をすると、静かに耳打ちをしてきた。
「じゃあさ、いっそ何かプレゼントしてそれをダシにしちゃえばいいじゃない。例えばこの時期ならチョコとか」
「は、はああ⁉」
耳打ちしてきたというのに、結衣のあまりの提案に思わず飛び上がってしまう。
もちろんツッコミどころは多々ある。なんで私があいつにチョコを作ってやらないといけないのとか、なんでプレゼントなのとか……とかとか。
けど結衣は。
「だっていざとなったら、それを言い訳にどうにも転がせるでしょ? 『私もこの前は言いすぎた』とか言ってこれを渡せば、それだけで十分じゃない」
「そんなわけ」
「あのね……。あんまりハルちゃんにきついことは言いたくないんだけどね。というか今回の件、俊ちゃんにもこの前説教したんだけどさ……」
「そもそもお互いにコミュニケーション不足過ぎない? もちろん最初は俊ちゃんが悪い。てか、話を聞く限り七、八割俊ちゃんが悪いよ。でも、仲直りをしようとする俊ちゃんを避けてるハルちゃんも多少はアレだよね?」
それは……結衣のほうが正論だ。
結局私は、色々なことがあったとはいえ芦原と向き合うことが今もできないでいる。結局はそれだけの話なんだ。
「まあ季節柄チョコとは言ったけど、別にチョコじゃなくてもいいのよ。重要なのは、それを渡してなんか一言いえば少なくとも俊ちゃんが勝手にハルちゃんの考えを理解してくれるってこと。ハルちゃんだってそれなら、できるでしょ?」
「それはまあ……」
チョコを。まあ、チョコじゃなくても何か渡すってだけならさすがの私だってできる。あと勝手に俊吾が話を進めてくれるなら、なおさらね。
そうか。結衣が言いたいことは、結局仲直りするためには当たり前だけど芦原と何かしらのコミュニケーションを取らなくちゃいけないってこと。でも、それをするのが難しいならバカ正直に話をしなくてもモノに頼ることもできるって。……きっとそういうことを言いたかったんだ。
「……うん、ありがとう。なんかそれなら、できる気がしてきた!」
「そう? まあ、時間も時間だしうまいことやっちゃいなよ。俊ちゃんも早く仲直りしたいみたいだし、なんかやらかしちゃったら私からもフォローするから」
「うん。なるべく結衣からのフォローなしで上手くいくよう頑張るけど……」
チョコレート作戦。いや、別にチョコレートなんていらないんだろうけど――言い訳になるならもうそれだけで十分。
だから私は、簡単に結衣にお礼と挨拶だけしてそのままスーパーへと向かう。そこでで材料を色々買い込んで……。
◇
そして、眞子から指定されたタイムリミットの前日。
「よし、これで準備良し!」
そう言いつつ、スマホの電源を切る。何か返信が来たら怖いからね。だからもう本当に一方的に、私のほうから芦原へ「明日の放課後例の公園へ」ってシンプルなメッセージだけ伝えてとりあえず寝ることにした。
……ただ、それだけじゃやっぱり不安なことは変わりなくて。
「お願いっ! 一生のお願いここで使うから!」
「あんたねぇ、一生のお願いはもっと役に立つような形で使いなさいよ……」
翌日、すなわちタイムリミットの日。眞子に呆れられつつも、例の公園のベンチの裏側。植込みの裏で見守ってくれることに同意してもらったのだった。ちなみに同じ日、芦原も何か言いたかったのか話しかけにきたんだけどそれは……ちょっと上手いことスルーさせてもらった。ゴメンね。私もいっぱいいっぱいなもので。
そして約束の時刻。
来るかどうか不安だったけど、彼はちょっとも遅れることもなく約束の場所に来てくれた。
「おーい、春奈ぁ! 今度はその……ちゃんと話してくれるんだよなぁ」
「あ……うん。その……」
隣に座って、とジェスチャーする。公園に来るまではどういう話をするか一応眞子とは話し合ってたんだけど、こういう状況に追い込まれると何を話せばいいのか分からなくて頭が空っぽになっちゃう。
こうして芦原と私二人っきり。ベンチに隣同士で座ってるけど、気まずい状態が始まってしまったのである。
お互い話そうにもタイミングが掴めず、つい沈黙の間が続いてしまうけど――。
「あのさ」
沈黙を破ったのは、私ではなく芦原のほうだった。
「前から言おうと思ってんだけどさ――その、ゴメンな、俺、春奈の気持ちに全然気づいてやれなくて。だから――春奈にはつらい思いをさせたよな。ゴメン!」
そう言い、彼は頭を下げてきた。それにつられて私も。
「いや、私も言い過ぎた。あんたが大切なものを否定しちゃって、ひどいことたくさん言った。ごめんなさい」
あんだけ話すのが怖くて回避し続けたはずなのに、いざ芦原からそういう言葉を聞くと私もあっさりと自身のダメだったところを認めて謝ることができた。
変な話だよね。でも、私自身なんでこれができたのか――分からなかったのだ。
「そっか。でも俺は、別に春奈が悪いと思ってないし。許すってのは変だけど――そうだな。強いて言えば『ありがとう』なのかな」
「えっ、『ありがとう』なの?」
なんでって思った。私はあんなひどいことを言ったのに。
けど、それに返す芦原の言葉は単純で。頬をかきながらあいつが言うには、何だかんだ言いつつ私は俊吾の気持ちを尊重し続けていてくれたってこと。サッカーに集中したいって気持ちを尊重してくれて、あの時はともかく普段はずっと俺の意志を尊重してそっとしておいてくれた。むしろ彼自身のほうが、私の優しさに甘えて、私の内心まで考えることができなかったって。
つまりあいつ自身もきっと私を考えるゆとりが無くて、私自身も彼を考えるゆとりがない。
それが、今回の喧嘩の一番の理由になったって。ただそれだけの話だったみたい。
「そっか。なんか――難しいようで単純な話だったんだね」
そう、いざ話せば分かるけど……結局難しいようで簡単なこと。
私たちに「恋」っていうのはまだちょっと早くて、本当の意味でお互いを大切にできないと恋愛ってできないんだなって。そう、しみじみと感じた。
そしてお互いにそれが分かったら今度は私たちの未来に向けての話。
「春奈さ。俺、ちゃんと言ってなかったんだけど……今、強豪校からのスカウトが来てて」
「うん。そうらしいね」
「ああ。だから、サッカーに今は集中しないといけない時期なのかなって個人的には思ってて」
「だろうね」
「だから――春奈とは仲直りしたい。できれば、元通り恋人に関係に戻りたい。けど……」
「……」
そう言い、芦原は言葉を止めた。
きっと芦原自身も、どうすればいいか分からないんだと思う。どうすれば正解なのかってことが。
「えっとさ。私個人の考えね」
そう、前置きをしつつ言葉を続けた。
「たぶんね、芦原は。サッカーに集中したほうが良いと思う!」
「……っ!」
「芦原を振るように。あるいは芦原から振られるような? まあそれはどっちでも良いんだけどね、けどさ――私が思うに。たぶんサッカーをしつつ私にちょっかいをかけるって、たぶん両立しないと思うの」
それは、二つの理由がある。
一つ目は、芦原のためって意味で私にばっかかまってるとサッカーに集中できないってこと。きっと芦原は、サッカーに集中しつつ私にもちゃんと時間を割いてって言いたいんだろうけど……はっきり言ってそんなことは無理。
芦原ができないって意味じゃなくて、芦原以外でもスカウトを受けている人っていると思うの。そんな人たちはきっとサッカー以外のことを捨ててサッカーにひたむきに取り組んでいるんだと思う。そしたら、私を構わなくちゃいけない時間があるぶん芦原が不利になっちゃう。少なくともそんなことで芦原がスカウトの対象から落ちて夢を掴めなかったら?
今は、イチャイチャしてて幸せかもしれないけどきっとそれは、未来に辛い思いをしちゃう。芦原のほうが。そしてそんなこと、できないでしょ?
もう一つは、これは私のワガママだけど……やっぱり1番が良いんだよ。芦原の言い分は、リクツであ分かる。けどどうせ付き合うなら、やっぱり私を1番大切にして欲しい。
○○と同じくらいって言うのは――やっぱり辛いんだよ。
「……私は、そう思うんだけど。どうかな?」
ワガママってことは分かってる。けど、これを理解してくれる人じゃないと私は多分恋愛的な意味ではお付き合いできないだろうし、その条件に芦原はきっと該当しない。
芦原が悪いわけじゃない。ただ、芦原にはもっと優先するべきことがある。そういうことなんだと、思うの。
「春奈は相変わらず手厳しいなぁ……」
「うん、そうだろうね。でも……」
芦原は厳しい条件を付けるねと苦笑いしつつ、沈黙して。
私自身も微笑みつつ、でもすぐに沈黙する。そして数分ほどたって。
「だったら、ごめんだけど俺は春奈の希望に応えられない」
「そっか……。だろう、とは思ってた」
それが二人が出した答えだった。
恋人としての生活は終わって、おそらくはクラスメイトか友達って関係性。どっちにせよ、お互い後悔しない、選択肢なはず。
「けどまさか、別れることになるとは俺も思わなかったなぁ」
そう言って、身体を伸ばす芦原。
そうはいってるけど、芦原は何だか解放されたようなそんな表情をしていた。今までの、何かに縛られてどうにも動けないような表情とは違って。
……それはきっと、私も同じか。
「私も。このままあんたと結婚するんだろうなって、思ってたから」
「世の中そんなうまく行かねえよ」
「だね」
そう言いながら、鞄の中身をガサゴソ探しつつ結局今回は出番のなかったものを掴んで。
「けど別に絶交ってわけじゃないから」
そう言って受け取るように差し出した。
「なんだよ、俺ら別れたのにチョコレートって」
「別に恋人じゃなくてもチョコレートは渡していいでしょ? 友チョコだよ、友チョコ」
「なるほど、『友』チョコか」
「まあ。本当はいろいろ言いたいことをメッセージにして渡すつもりだったんだけど、結局ここで色々話せちゃったから食べ物として以外は意味を見出せなくなっちゃったんだけどね」
そう、本当は私が口下手だから代わりにチョコレートに気持ちを載せようと思ってたんだけどね。
でも結果として芦原に言いたいことは伝わっちゃったわけだし、そしたらもう――意味ないのかなって。でも作った以上は無駄にされるのも忍びないしね。
うん、そんな感じ。だからそこに深い意味は無くて。
「そうか? どういう形でも俺は嬉しいぞ。……これ、本命にカウントして良いか?」
「何言ってるの。『友チョコ』ってさっき言ったでしょ?」
「良いじゃねえか。姉ちゃんにいろいろいじられるのは嫌なんだよ。芦原家の中で、ってだけだから」
「あぁ……はいはい。まあ、任せるよ。できれば、ホットミルクに溶かしながら食べてね」
「えっ? チョコなのにホットミルク?」
「そういう食べ物なんです」
「そっか。相変わらず春奈はおしゃれだなぁ。じゃあ、ありがたくいただくよ!」
そう言って彼は立ち上がって。
「じゃあな、安藤」
そんな言葉を残し、彼は立ち去って行った。
仲直り自体は成功した。私とあいつは友達。それは私自身が望んでいたことだし、目指すべきゴール。だから、眞子との約束は達成したのにね。
「――別に春奈って呼んでくれてもよかったのに」
寒空に吹く風が私の身体を撫でる。2月の寒空は、私にはちょっと冷たすぎた。
読んでいただき、ありがとうございました。
春奈と芦原が無事仲直りができ、二人の関係はいったん落ち着いたみたいです。二人の仲直りには眞子も一安心でしょうね。でもそれ以上に、春奈が自分の意志ではじめて身内だけでない人に気持ちを打ち明けて関係を変えようとしたことはかなりの前進なのではないでしょうか。
物語初期の春奈(春樹)を思えば、だいぶ進歩したのかなと作者的には思います。
そして次回は、ついに秋奈とのデート回。
あくまで姉として振舞う春奈と、好きな相手として振舞う秋奈。
二人の気持ちは通じ合うのでしょうか?
次回に続きます。