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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
7. 若葉ガールに春が来た⁉
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106.「暗黒のバレンタイン(後編)」

 ――要するに、もうお前と恋愛している場合じゃない。そうかもしれない状況に居るんだよ。

 それは、完全に寝耳に水。晴天に霹靂。予期せぬエラーが発生しました。

 そんな言葉がちらつくくらい、訳の分からない言葉だった。


「待って。スカウトって何の話?」

「あいつまさか言ってなかったのか⁉ いや、言ってたらここまで驚かねえか」

「そんな話聞いてないよ! なんか忙しいってことは聞いてたけど」

「ったくあの野郎は……」

 そう深々とため息をつく宮川。

 だがそれもすぐに真顔に戻って、話が続く。

「結論から言えば、あいつにサッカー強豪校からのスカウトがついたんだよ」

「強豪校……って?」

 話をまとめると、こうらしい。

 私の彼氏――芦原俊吾は、小学生のころからサッカーで活躍を重ねてきてて賞を何回もいただくほどのプレイヤーだったらしい。それは、中学校に入ってサッカー部に入った今も変わることは無くて、その功績が認められて今ではサッカー部の部長をしつつ市の代表チームのプレイヤーとしても活動しているのだとか。

 だから、部活が無かったとしても市の代表チームでミーティングなり練習があるってことで結構忙しい生活をずっと前からやっていたのだという。

 そしてそういう選手には、えてして強豪校からスカウトがやってくるらしく。

「舟橋高校って知ってるか?」

「舟橋って、隣の県にある街だよね?」

「街がどうかは知らんが、舟橋高校ってのは全国でもトップクラスのサッカー強豪校だ」

 そして俊吾が、その高校からきたスカウトに目をつけられているというのが現在の状況だと彼は言う。もちろん、スカウトが来たからって必ずしもその高校へ進路が決まるってわけじゃなくて、練習試合や今後3年生で行われる大会での活躍状況も見たうえで正式にその高校に行けるかが決まるらしい。

 言い換えれば――。

「要するに、今のあいつは気が抜けないって状態なんだよ。確かに安藤への扱いが雑なところは、もうちょうい何とかできるだろとは俺も思うけどな」

 と、宮川は言うけど――はっきり言えば私と恋愛できる状態ではないというのが真実なのだろう。

 まあ、そう言われれば俊吾のあの態度にも納得は行くけども。

「だったら、私には何ができるんだろう?」

 それで別れるくらいなら、たぶんいつまでたっても恋はできないんじゃないかなって思った。

 言い分は分かる。けどそれを言い訳にして、私とのコミュニケーションができないって。だったら、最初から別れるって言ってくれれば良いじゃない。でも彼はその気はないってことでしょ?

 だったら、恋愛関係を維持できるだけの誠意は――見せてほしいよね。

 それが……私の正直な本音だった。

 けど、それについて彼が何か言葉を返してくれるかといえば……全然そんなことなくて。

「仮に同じことが、あんたと結衣に起こったとしたらどうする?」

 いじわるかな、って思ったけどこう言ってやらないとなんだか気が収まらない。 

 それにこの件、宮川にとって他人事だから適当なこと言えるかもだけど自分自身に置き換えれば話も変わってくるでしょって思って。

「……気づいていたのか?」

「バカね、バレバレよ」

「俺ら付き合ってるとは一言も言ってないんだけどな」

「二人の様子を見れば分かるって」

 その言い方だと、ほぼクロとみて良さそうだな。カマを掛けたってほどのつもりでは無かったけど、本当に付き合ってなかったら「付き合ってるとは言ってない」なんてわざわざ言わないし。

 まあこいつらが付き合ってるかどうかは正直私にとってどうでもいいから良いんだけど、当事者が宮川になったときの対処法は知りたいし。

「本当にお前可愛らしい顔をして腹黒だよな」

「まあ、あの眞子の親友を長年やってますからね」

「長年?」

「あっ、まあ――転校する時からずっと、だからね」

 しまった、調子に乗って失言したかなと一瞬思ったが。

「なるほど。やっぱり似た者同士ってことか」

 なんでか知らないけど、とりあえず納得はしてくれたらしい。危ない危ない。

 ちなみに、宮川と結衣が付き合った経緯は奇しくも私と芦原が付き合い始めたあの冬休みにあったらしい。冬休みに結衣が再度宮川に告白して、宮川自身もかなり思い悩んでそれでもお互いのダメなところを受け入れて支えあおうってことになって今に至るとのこと。正直言っていい? ドラマかよ、って感想以外は無い。月9でありそうだぞこんなの。

「で、実際どうなの?」

 話を本題に戻そうか。彼の回答次第では、私だって次の手を打たなくちゃいけないことはあるんだから。……やりたくないけどさ。

「そうだな。一つ言えるのは、やっぱりお互いを大切に思えなくちゃ破綻しちゃうよな」

「えっ? まあ、そうだろうけど」

 あぁ、こいつに聞いた私がバカだったか。バカって言うか人選ミスって言うか。

「納得してないって顔してるけど、結構な本質だと思うぞ? 安藤ができることは、芦原がやりたいことを尊重してあげることだよな。まあ、同じことは芦原にも言えることだが」

 だから、今はちょっと我慢の時かもしれないって彼は言った。

「そっか。確かにそうだよね、相談に乗ってくれてありがとう!」

「おう。俺からもあいつには何とか言っておくよ」

 まあ、なんだかんだ言っても宮川は動いてくれると約束してくれた。

 彼のことは正直今も苦手だけど、こうやって動いてくれること自体はやっぱり純粋に嬉しい。成果につながるかは別としてもね。

 けどさ――やっぱり腑に落ちないってところは本心だった。だってこれ以上何を尊重すれば良いの? 

 付き合ってって彼は言って、私だって仲良くしたいんだよ?

 でもあいつは、私のそういう気持ちを全然察してくれないし。そのくせ別れるのはイヤで、でも自分のやりたいことは邪魔しないでって。そんなの、男のワガママだと私は思うんだけど。


 ◇


 そうこうしている間に、恋人の一大イベントは少しずつだけど確実に近づいてくる。

 そして、その日が近づくにつれて……。

「うぅ……マジか」

「なんか今年は、去年よりも刺さる光景ね」

「眞子は今年フリーだからな」

「あんたに言われたくはない」

 そう親友同士ぼやきながら、遠い目で教室の様子を見つめる。

 分かってはいたことだけども、やっぱりバレンタインデーってイベントには魔物がいるらしく日に日に教室の中でもカップルというかそれに近しい人々が増えて行っているような気がしてならないのだ。

 そしてそれは、私だって例外ではなく。

「春奈ちゃんは芦原君に声を掛けないの?」

「しないよ。私には眞子が居るし」

「ちょっとはーるーなっ? それは誤解を招いちゃうでしょ?」

「いやいや、眞子ちゃんと春奈ちゃんは恋人って言うより……姉妹?」

「良かったな、誤解されるまでもなくて」

「良かったけど、納得いかない」

 そんなやり取りをしつつも、内心は心にぽっかり穴が開いた感じ。私自身、お高く留まっているところがあるよなって自覚してるけど、やっぱり本音を言えば寂しかった。

 周りはこんなにいちゃついてるのを見せられて、私は恋人がいるのにその恋人とは話せないだなんて。私だって一応思春期なんだから。人には見せないけど、寂しいって気持ちくらいはあるんだよ?

 そう、だからこそ――我慢が効かなくなった。

「ねえ、俊吾」

 しちゃダメだって、思っていたけど。でも、頭がいくらそう考えて身体に待ったを掛けても本能がそれを超えて身体を動かしてしまう。そしてついに私は、やってしまったのだ。


「次のあんたの練習試合、見に行っていい?」


 付き合ってることを隠しているにもかかわらず、教室のど真ん中で。私は、そう訊ねてしまったのである。


 ◇


 そしてその日から3日後。――ついに練習試合の日がやってきた。

 そういえばなんだかんだで、俊吾が頑張っている姿を見るのは初めてなのでなんとなく楽しみになってしまう。彼はちょっと嫌そうな顔をしてたけど。

 でも、見るだけなら良いじゃないか。って私は思う。別に邪魔をするつもりは無いのだから。

 もちろん、彼に許可もちゃんと取っている。というか、宮川が口添えをしてくれたのだ。「試合くらいいいじゃねえか。見守ってもらったらどうだ?」とかそんなことを言って。

 正直彼のことは苦手だったけど、意外にいいやつなのかもしれない。今度何かお礼しなくちゃって思いつつ、ルンルン調子で着替える。

「ハル姉、どこか行くの?」

「んー? ちょっと野暮用」

 そう言いつつスニーカーを履いて、学校へ。私服で学校に行くのは初めてだから、ちょっと新鮮な気分。そして学校に着くと、すでに俊吾は試合前のアップを始めてみたい。なるべくサッカー部の皆さんの

邪魔にならないように気を付けつつ、俊吾に声を掛けた。

「おはよー」

「あっ、春奈か」

 リフティングって、言うんだっけ? ボールをひたすら膝とかつま先とか使ってボールをずっと上に上げるやつね。あれをやめて俊吾が言葉を返してくれる。

「リフティングっていうんだっけ? やっぱりあんたサッカー上手いんだね」

「まあな。ところで春奈、一つ約束してくれるか?」

「えっ?」

 いつになく真剣な表情の俊吾。何を言われるのかとちょっと身構えたけど。

「頼むから、練習試合の間はあのベンチで普通に見ててくれ。飽きたら途中で帰ってくれてもいいから」

 意外にも言われた言葉は、普通のもので。

 もちろん、別にそんな試合をぶち壊すつもりは私にだって無いからうなづいてそのまま彼の言われた通りベンチで試合を見ていたわけなんだけど――。


 私はやってしまった。つい頑張ってる俊吾を見て応援したくて、でもそれは俊吾が言ってる普通(・・)から離れていたみたいで。


 そして試合が終わり、俊吾が私のもとへ。

「あっ、俊吾。おつか……」

「ちょっと来い」

 そう言って連れてこられたのは、グラウンドから見て死角になる校舎と校舎の間。

 そして続けざまに言う言葉は。

「なあ春奈。俺の注意、聞いてたか?」

 彼の言葉は。というよりも、彼の表情は今まで見たことがないくらい――厳しくて怖かった。

「言ったはずだろ? 頼むから、普通に見ててくれって。なんで応援なんかしちゃった?」

「それは……普通に見るって応援だって普通じゃん。野球もサッカーも、そうでしょ?」

 何よりも、彼氏が頑張っている姿を見て何か声を掛けたくなるのは普通の感情じゃないかな?

 彼氏じゃなくても、友達が頑張ってたら何かエールを送りたくなるのが人情じゃないかな。って、私は思っていたのに。

「確かにそうだけど、これは普通の試合じゃなくて『練習試合』なんだよ。いわば普通の部活動で公式戦じゃない。本来その場に部外者が来ることもおかしくて、何かしらで試合に干渉することもダメなんだよ」

 そう、厳しい口調で言ってくるのだ。心の底から、頭を抱えたという状態で。

 言いたいことは分かった。確かに、私も応援したことはまずかった。せいぜい「頑張って!」とかそれくらいのことしか言ってなかったと思うけど、それでも普通の部活を妨害したことはまずいとは私でもわかる。

「ごめんなさい」

 だから私は謝った。そこは、私の落ち度だから。

 でもさ、続く言葉は。

「ごめん、じゃ済まないと思うんだけど?」


「『春奈』がやったことって、結果として俺の夢を邪魔することになったんだよ?」


 その言葉には、さすがの私もカチンときた。

「邪魔? なんで? 練習の妨害をしたかもしれないことまでは分かるけど、だからって夢の邪魔とかそこまで大げさなことに話が飛ぶのかな?」

 私だって悪かったことは分かってる。けどさ、私なりに俊吾のやってることを理解したくて、夢を応援したくてやったつもりだったのだ。なのになぜここまでひどく言われなくちゃいけないんだ。

 そう――だからやっちゃいけないことだと分かっていたけど、私は感情的に言い返しちゃったのだ。

「だったら俺からも言わせてもらうけど、今、俺にはスカウトの人が来てくれている」

「らしいね」

「その人の前で成果をアピールできれば、俺はサッカーの強豪校に行ける可能性が出てくる。プロの世界が一歩近づくってことだ」

「それも、話は聞いたよ」

「けど、春奈が訳分からないことで目立つとスカウトの人の心証が悪くなる。百歩譲ってそれは良いにして、そうでなくとも今はサッカーに集中したい。お前にチョロチョロされると、困るんだよ」

「じゃあ――」


「だったら、なんで私たちは付き合ってるの?」


 俊吾の言いたいことは分かるよ。

 私が今日やらかしたこともまずかったとは思ってる。そこは私も反省すべきところ。

 けど、だったらなんで私たちは今も恋人関係を維持してるの? お互いのためにならない関係を維持してるの?

「サッカーに集中したいっていい分はもっとも。私が迷惑をかけたことももっとも。だからそこはごめんなさい。でも前提として、私たちはお互いが好きでもっとずっと一緒に居たいって――そう思って付き合うことにしたんだよね?」

 そう問いかけるけど、彼は何も言葉を返してくれない。

「お互いを大切にできないなら、もう恋人ではいられないよね?」

 この時点で、私は覚悟を決めた。

 本当はそういうこと、言いたくなかった。でも彼はサッカーに集中したいというなら、私も身を引くというのがせめてもの優しさかなって思ったから。

 だというのに彼は。

「そういうお前だって俺の気持ちを大切にしてくれないじゃないか!」

 そうやって責任転嫁してくるのだ。 

 私に何の説明もなく、勝手に距離を置いたくせに。私が関係修復のためにどれだけ動いたかも知らずに。この男は、自分の気持ちだけで完結してそんなことを言いだしたのだ。そしてすべて私が悪いと言わんばかりに。

 その言葉に、私の気持ちは完全に冷めた。私が大切にしていた人が、そんなことを言い出すほどの最低な人間だと思わなくて。

「そう。あなたの言い分は分かった。じゃあ、私たちはもうおしまいね」

 そう言って踵を返した。結んでいたシュシュを解いて、つけていた指輪も外してポケットへ。

 そっか、もうおしゃれする必要もないからネックレスも良いのかって思ってそれも外してポケットに突っ込んだ。

「待てよ春奈っ!」

 後ろから、何か声が聞こえた(・・・・・・・・)。けどもう、どうでもいいよね。だってもうあの人、別に知り合いでも何でもないただの他人なんだしさ。 

 ホントっ……


 ――ばかみたい。

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