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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
7. 若葉ガールに春が来た⁉
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100.「なきむしシスターズ(後編)」

「お姉ちゃんのそんな顔、見てるあたしだって辛いってことに気づいてよ!」

 

 秋奈の悲痛な言葉が、部屋中に響き渡いて――そしてその言葉で、やっと気づかされた。

 辛いのは、私だけじゃないってことに。

 私は大粒の涙をぽたぽた流していて、私と瓜二つな彼女もまた泣いていて。ふと見れば、その場に居合わせている会長さんも――涙こそ流してないけどやっぱり辛そうな顔で。

 なんでみんなこんな表情をしているのか。

 そこまでは分からなかったけど、それでも私は――みんなを泣かせかけようとしている。

「辛いって……。でもそれって、秋奈には関係ないことじゃん!」

 それでも私は、納得ができなかった。認められなかったんだ。それが――結果として私が「弱い」ってことを決定づける一言になることを知っているから。でも、だからこそ秋奈は――。

「関係なくないっ! 話は、全部会長さんから聞いたよ。体調を崩した原因がどうやらストレスにあるってことも、環境の変化が大きすぎてお姉ちゃんが潰れそうになっているってこともっ!」

 秋奈はそう言いながら肩をぎゅって。痛みが走るくらいに強く握りながら、話を続けた。

「あたしはもう失いたくないっ! 大切なお姉ちゃんを支えて、守りたいんだよ」


「妹がそう思うことって、お姉ちゃんから見たらおかしなことなの?」


 瞳を合わせて、彼女はそう続ける。

 その言葉に、私はハッとした。そうか、私はつまらないプライドにしがみついていて、秋奈の気持ちを。救いの手を撥ね退けようとしていたんだってことに。

 彼女の瞳は、涙に濡れつつも真っ直ぐと前を見つめていた。

 けど、彼女にうつる私はどこを見ているのかも分からない状態で。

「たまにはあたしを頼ってよ。ハル姉がプライド高いのは知ってるけどさ」

 ……そうだよね。私、そろそろ学習しなきゃ。

 いつもそうじゃん。ずっと昔からそうじゃん。

 人を信じられなくて、素直に頼れなくて、自分で自分を追い詰めてばっかりで。

 あの時は仕方ない。けど今は、周りに頼れる人がたくさんいて。助けてって言えば、すぐに助けてくれる。今だって目の前に二人も、私のためにこうして集まってくれている。

 特に秋奈は、いつだって私を支えて背中を押して導いてくれた。その気持ちに応えないのは、それは秋奈をバカにしていることと同じだ。


「――秋奈さ」

「うん」

「……一回だけしか言わないよ」

「うん」


「――助けてっ」


 恥ずかしくて、溶けたくて、もうめちゃくちゃで。

 きっと今までの私じゃ絶対に選ばない手段。人を頼るってこと。それでも私は、秋奈の力を。いや、周りの人を助けを借りるという選択肢を取った。

 正直こういっている今だって、顔が赤くて恥ずかしくてどうにかなりそうだった。それなのに。


「うん、分かった」


 そう言うなり、彼女は私を優しく抱きしめてくれる。

 なんで、彼女はそんなに優しいの? 私はあなたを拒絶したはずなのに。

 恥ずかしいって感情に加えて、戸惑いって感情まで沸いていよいよぐちゃぐちゃに。そしてとめどなくあふれる感情がついに堰を切らして。


「うわぁああああっ!」


 もう、私自身分からなかったんだ。今の気持ちが。


 ◇


 それから私は、秋奈の胸元でひたすら泣いた。

 もう涙は枯れたと思っていたのに、それでも涙はすぐには切れることがなくて。

「落ち着いた?」

「うんん……」

「そっか」

 首をかすかに横に振りつつ、なおも秋奈の胸元に顔を埋める。

「ごめんね。こんなお姉ちゃんで」

「そういうの良いって。いつも頑張ってるんだから、たまにはね」

 それでも、最初よりはずっと気持ちが落ち着いてきたというか気持ちを言語化できるようにはなっていて。

「そっかそっか。つまり、周りの人に置いて行かれたような気がして。それについていけなくて、なんとなく居場所を無くしたような気がした。……それが怖かったんだね?」

「うん」

 どうしてこんなことになったのか、改めて秋奈と会長さんに伝える。

 改めて考えれば、ひどい理由だと思った。

 私の性別が変わってしまったことと同じように、人間いつかは変化しちゃう。それは大なり小なり絶対起こることだし、それによって関係性って大きく変わる。

 人とのつながりに『絶対』なんてことはないし、今日は仲良しでも明日は仲たがいするってことだってあるかもしれない。むしろそれって当たり前のことだっていうのにね。

「分かってるよ。それは、私のわがままだってことも」

 けど、どうしても今の私には乗り越えられなかったのだ。そんな些細な、というよりも誰もが乗り越えなくちゃいけない壁でさえも。

「そっか。そうだよね……」

「私も、その気持ちは分かるなあ……。やっぱり、仲の良い人との関係が徐々に崩れていくって、考えれば怖いことよね」

 秋奈は私の背中をさすりながらそううなづく。同じことは、『強い』と思っていた会長さんでさえも思っていたようで。

 いや、誰もが思う『共通』の悩みだよね。仲がいいって思っていた人が、急にどっか遠くへ行ってしまう。そう――。

「やっぱり、眞子ちゃん?」

「えっ?」

 突然図星を疲れて、思わず変な声を出しちゃう。

「……なんで分かったの?」

「なんとなく、ね」

 そっか。姉妹だもんね。お互い考えてることって、なんとなく分かってもおかしくはないか。現にあの夜、秋奈の本心を私は見抜いてしまった訳だし。だから、今更こんな状況で誤魔化しがきくようなわけもなくて。

「……そう、だね。正直に言えば、眞子とここの所うまくいかなくて」

 変だよね。最初は、私のほうがわざとあいつを避けていた。あいつに恨まれてもおかしくないようなことを平気でしてたのに、今更眞子に同じことをされてへそを曲げているわけなのだから。

 もちろん、結衣とか俊吾。あんまり仲がいいとは思っていなかったけど宮川だって変わっちゃったことだってそれなりに刺さった。クラスで立ち話をする程度だった女子たちともうまくいかなくて、やっぱり居心地の悪さは感じた。

 けどやっぱり一番は――眞子だった。眞子ならば、絶対に私を否定しない。そう信じていた矢先に、こうやってうまくかみ合わなかったんだ。それはやっぱり、しんどいことで。

「秋奈も知ってると思うけど、あいつは一番の親友というか戦友というか。私が男だったころを知っている、数少ない人なんだよね」

 私の正体を知る人は、それなりにいる。けど眞子は、私が男だった時から。私が一番辛かった時を知ってて、助けてくれた人だ。そんな彼女が、私の近くから離れて遠くに行ってしまう。しかも相談もなしに。

「けどあいつは、()が。私が思っていたほどには、私を大切には思ってなかったんだなって。東京へ行くってことも相談なしに決めちゃって」

 いや、相談なしにっていうのは変か。結局東京に行くきっかけを作ったのは私なんだから。それなのに今更東京に行かないで欲しいっていうのは虫のいい話だ。何よりそれは――再び眞子を縛ってしまうことになっちゃう。

「でもその東京行きだって、元はといえば私が背中を押したんだから……それは私のワガママか」

「……」

「そう、これはワガママ。虫の良い……」

 携帯電話を握りしめて、つぶやく。眞子の真意がどこにあるかは分からないけど、でもこれ以上はもう親友じゃない。親友としてあるべき姿を、逸脱してしまう。けどこの気持ちに整理がつくほど私は大人にはなれないし。

「虫が良いだなんて、言っちゃだめだよ」

 なのにどうして、秋奈は。

 いや、秋奈だけじゃない。

「虫が良いなんてこと、無いんじゃないかな?」

 会長さんまで。

「でも」

「だって三春さんは、あなたの親友なんでしょ? だったら、自分の気持ちに嘘をついちゃダメじゃないかな? 親友なら、言いたいことはちゃんと言わなくちゃ」

 どうして、そんなことを。

 嬉しいような、悲しいような、戸惑うようないろんな感情の色がパレットの上で混ざって。

「ごめんね。昨日ああ言ってからのこれで、戸惑っちゃうようね。でも三春さんとの関係は、その程度じゃ終わらないはずでしょ?」

「そんなこと……」

 確かに親友って間柄ってそんなもんなんだろう。一般論なら。

 けどそれはやっぱり一般論で、私たちの間で必ずしも当てはまるとは断言することができなくて。断言できる自信がなくて。

「分からない、よ」

 それでもしあいつとの関係が終わったら、それこそ私がまた立ち直れる自信が無い。

「だったら曖昧なほうが」

 そう言いかけたとき、携帯が鳴る。

 一瞬その場の全員で顔を見合わせる。誰が掛けてきたかは、なんとなく分かっていた。だけども……画面を見る勇気が無かった。

「三春さんから、かしら?」

 会長さんにそう促され、携帯の画面を見ると案の定。

「三春、眞子……」

 電話の主は、やはり眞子だった。

 その事実を知った瞬間、急に心臓がバクバクと音を立てて頭がクラクラして。もしここで電話をとっらな何を言っちゃうのか。何を言い出して、どうにかなっちゃうのか。それとも眞子のほうから何か言われてどうにかなっちゃうのか。

 それでも電話の着信音からは、言外に眞子からのメッセージをにじませているような気がして。取らなきゃいけないことは、分かってるのに。

「でも、怖い……」

 そう言って、電話の着信を拒否しようと赤いボタンをタッチしようとして。

「大丈夫っ」

 その瞬間、秋奈が優しく背中を抱きしめて。

「ハル姉が大好きな眞子ちゃんが、そんなこと(・・・・・)するわけないでしょ?」


「眞子ちゃんを、ハル姉自身を信じなきゃっ」


 そう秋奈が耳元でつぶやき、そういう間にもなぜか電話はつながってしまって。

『春奈っ? ここ数日休んでるけど大丈夫? ホント何かあったら、何でもいいから言いなさいね?』

 いや、電話が切れて留守電になっただけなのか。

 だとしても、眞子が言おうとしたことはひどいこととかじゃ全然なくて。むしろ私のほうがひどいことをしているはずなのに、それでもあいつは私を心配してくれていて。違う、そういうことが今言いたいわけじゃなくて。


「タスケテ……」


 何を言いたいか分からないままに、そんな言葉が飛び出た。

 それでもその言葉は、独り言のつもりだった。間違っても、三春眞子の耳には入らない。私の心の奥底に秘められた言葉だった。そんなはずだったのに。


『ちょっと春奈? 今の言葉はどゆこと?』


 血相を変えたような、そんな言葉が携帯から響く。留守電だと思っていたそれは、実は本当に電話がつながっていたってことで。

「眞子ちゃん聞こえる? 詳しいことは後で話すけど、いろいろあってハル姉を助けてほしいの!」

「秋奈ちゃんの言う通りよ。ハルちゃんが苦しんでる!」

『えっ? 秋奈ちゃんに生徒会長もっ⁉ 分かった。いや、分からないけど分かった』


 ――春奈、待ってなさい。


 そう言い残して、電話は切れた。

 だけども彼女は、来る。きっと何も言わずに。

「ほらね? 眞子ちゃんは何も言わず来てくれるって言ってくれたでしょ? ハル姉は気づいてないけど、ハル姉に居場所がないなんてこと。本当は全然ないんだよ?」

 だから……しっかり話し合ってね。そう秋奈に告げられて、そしてそれからそんなに時間が掛からずに。


「春奈っ!」

 

 慌てて私の部屋に駆け込んだ彼女(・・)の顔は、真っ赤だったのだ。

一か月ぶりの投稿になりました。遅れてすみません。

100回目という記念するべき回ってこともあったのか、とにかく難産回でした。

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