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僕は女の子になりたい。  作者: 立田友紀
7. 若葉ガールに春が来た⁉
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97.「不穏な初デート」

 年が明けた。

 目を覚ませば、空は既に青くて太陽がそれなりに高く上っていた。

「初日の出、見過ごしたなぁ……」

 時計を見ながら、そうぼやく。何しろ昨日は色々あって寝るのがちょっと。というかかなり遅くなってしまったのだ。うん、本当に色々とあってね。

 そんでもって、一応目覚まし時計は6時半にセットしてたんだけど今の時刻は8時過ぎ。元日っていっても、まあ普通にお休みの日であることは変わりないから別に早起きする必要性も無いんだけど――やろうとしたことが計画通り行かないっていうのは何だかちょっと気持ち悪い気がした。

 まあそうはいっても、初日の出についてはテレビのほうでも放送してくれるからリアルタイムで見なくても良いしね。それに、お休みだけど10時から俊吾と初詣に行くって約束はしてるわけだし。どっちみち起きないといけないわけで。

 で、1階に降りてみると。

「あっ、ハル姉おはよー」

「春奈おはよう。ああ、新年おめでとう」

「おはよう。おめでとう」

 すでに私以外の皆様は、リビングに集まっておこたに入っているようだった。新年早々規則正しいことで。

「二人とも早いね」

「そうかなぁ? あたしもつい30分前に起きたばっかりだよ」

「私も。目が覚めたらなんでかベッドにいて、でも横になったら吐くからこたつでもたれかかってて……」

 ごめん、そこまで規則正しくは無かったわ。しかもお母さんに至っては、だらしないというか不摂生の極みというか。

「なんかお母さん、二日酔いになっちゃったみたい。さっき薬は飲ませたんだけどね」

「うん。それはまあ、ありがとうなんだけど」

 うめき声を上げつつこたつにもたれかかるお母さん。昨日はあんなにおいしそうにお酒を飲んでいたのに。私もお酒は飲んだこと無いから分からないけど、二日酔いってそんなに苦しいものなのかなぁ?

「で、お母さんこんな調子だからお雑煮はあたしとハル姉だけで良い?」

「うん、お願い」

「あぁ、お雑煮私がするよー?」

「いいよ、ハル姉は休んでて」

「あっ、いや。もう下ごしらえしてるからあとは入れて煮込むだけ……」

「うん、それも知ってるから。たまにはあたしを頼って!」

 そう言うなり、彼女はそそくさと台所に立って作業を始めてしまった。

 実際、下ごしらえは本当に昨日の時点で終わらせてるからあとはだし汁に具材を入れて煮込むだけって状態。だから別に難しい作業では無いし、正直誰がやったとしてもちゃんとしたお雑煮が出ることは間違いないこと。

 でも、何というか……昨日の大掃除からそうなんだけど、秋奈がものすごく気が利くようになったというか気が利きすぎるというか。私がやろうとすることを、全部先回りしてやってくれていることが……。

「ここ最近、秋ちゃんがぐっとお姉さんになったわよね?」

「そうだねー。手伝ってくれるのは嬉しいし、私も負担がかなり軽くなったんだけど……」

 もちろん、良いことではあるんだよ?

 母子家庭の我が家では、お金を稼ぐのはお母さんの役割。そうすると家を守れる人が私と秋奈しか居なくなってしまう。もちろん、まだ幼かった秋奈に家事なんか全部任せられないからできる範囲で手伝ってもらっていたし、秋奈もよく私のことを手伝ってくれた。

 それが、もう私が居なくても全部回るってすごいことだし嬉しいこと。ではあるんだけども。

「おかげで私はこうして家ではのんびりできるわけで」

「お母さんの場合、のんびりではなくてただ任せられないだけでしょ?」

「春ちゃん、それはちょっと言い過ぎじゃないかしら? お母さん泣くわよ?」

「それを言うなら、せめてご飯作るときに食材をダメにするのを止めてから言って」 

 むしろお母さんは、せっかく仕事人間じゃなくなったというのに家事能力なさ過ぎてマイナス査定なんだよなー。仕事の鬼じゃなくなって私たちのことを見守ってくれているのはありがたいんだけど、しかし本当に見守るだけでダメ人間化が進んでいることは確かだし……。

 せめて秋奈とお母さん、足して2で割ればちょうど良いんだけど。

 そう。これはもはやお姉ちゃんの感情の問題なんだろうけど、秋奈が何でも一人でできるようになっちゃって私を頼りにしてくれないことが……お姉ちゃんとしてはちょっとさびしかったりもするわけで。

 で、お母さんのことを介抱したり背中を撫でたりしているうちにあっという間にお雑煮については出来あがったみたい。もちろん、下ごしらえは出来上がったみたいで。

「はい。ハル姉」

「ありがとう」

「お母さんは、お味噌汁ね。しじみ入りの」

「うぅ……あんがとぅ」

 そんなわけでこたつにお雑煮とお屠蘇を並べて。

「それじゃ改めて、あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます」「はいはい、おめでとー」

 家族で新年のご挨拶。若干一人、清々しくなさそうな声を上げてる人も居るけどね。

 で、ひとしきり新年のあいさつを交わしたところでいつも通り今日の予定についての話題に。お正月だからっていっても我が家は特に普段と変わることなんかなくて。

「で、春ちゃん秋ちゃん。今日の予定は?」

「出かけようと思ったけど、お母さんが心配だからあたしはやめとく」

「気にしないで良いわよ。私も二日酔いには慣れてるから」

『それは慣れちゃダメなやつでしょ……』

 大人ってみんなこんな感じなのだろうか? そんな思いをしてまで飲むお酒ってそんなに美味しいのか――私にはちょっと分からないところだよ。さっきお屠蘇代わりに飲んだ日本酒も、すっごいまずかったし。

「それでハル姉はどうするの?」

「私は10時から初詣ね。お母さんが心配だから、早めに切り上げるよ」

「気にしないでいいのに。眞子ちゃんと行くんでしょ?」

「いやそれが……」

 しまった、誰と行くかまでは聞かれるとは思わなかったので戸惑ってしまう。

 お母さんが居る手前、昨日の出来事は悟られないようにしなくちゃいけないんだけど――昨日秋奈からあんな言葉を掛けられておいて彼氏とデート、なんて言えるわけないじゃん。

「ちょっとまあ、色々あってね」

 そうやって誤魔化したけど、その間にも秋奈は一瞬だけ顔をしかめてから。

「ふーん。ま、いっか。楽しんで!」

 そう言って話を切り上げた。

 きっと秋奈は、私が俊吾とデートに行くって気づいていたんだろうなぁ。でも、あえて何も言わなかった。思うところは色々あったんだろうけど、それを言うのはナンセンスだって考えたんだろうからね。

 はぁ……私、本当にこれで秋奈のお姉ちゃんって言って良いのかな。秋奈に我慢ばっかりさせて、きっと秋奈は、責めるようなことは言わないんだろうけどさ。


 ◇


 とはいえ、約束をしたのだから俊吾との初詣デートはしっかりと行かなくちゃいけない。

 約束の10時に、彼は私の家まで迎えに来てくれた。

「あけおめ」

「おめでとー!」

 そう挨拶を交わすなり、家の門を開けて出る。

 寒いことを予想してコートをしっかり着て、服装も暖かいものにはしてきたんだけど……。

「うぅ、やっぱり寒いね……」

 特に今日はクリスマスの時と違って晴れているのにね。クリスマスの時も感じたけど、やっぱり女性って冷えに敏感な生き物なんだろうか。男だったときも「寒いなぁ」って感じることはあったけど、今ほどじゃないし。

「大丈夫か? 俺の上着を着るか?」

「それだとあんたが寒くなっちゃう。大丈夫だから気にしないで」

 逆に男は、寒さに強いのか。実際彼はクリスマスの時も大した上着も羽織らずに平気そうな顔をしていたし。 

 まあでも、彼が来ているウインドブレーカーの出来が良いってのもあるのかもね。真冬の早朝ってめちゃくちゃ寒いときでも、サッカー部の皆さんはこれを着て元気にグラウンドを駆けまわっているし。

 もちろん同じ時間私は、温かくなる発熱する素材のインナーを何枚も重ね着して、重たいダッフルコートに手袋マフラー耳あて。下半身だって、発熱素材かつ裏起毛のタイツにさらに靴下重ね履きという超重装備で登校してるわけなんだけど。

 文化部には、部活指定のジャージとか無いからそういう意味ではちょっと苦労しちゃうよね。そういう意味では運動部がちょっとうらやましかったりする。

 けどさ、一つだけ言わせて欲しい。デートなのにどうして私の彼氏様は、部活指定のウインドブレーカーなんて着てくるのかしらね? ちょっとはTPOわきまえて欲しいよ。

「つかさ、スカート寒くねえか?」

「まあ、寒いよね?」

「無理せずズボンとかジャージで良かったのに」

「タイツ履いてるから、下半身は意外に大丈夫よ。これは裏起毛のやつだし」

「うらきもう?」

 そうだよね。男の子はこういうのピンとこないよね。いや、私も男だったときはそういうの全然分からなかったけど。

「分からないなら良いよ。それに、一応デートだから最低限身支度は整えないとね」

「そういうとこ、春奈は律儀だよな。気にしないでいいのに」

「あんたは多少は気にしてよ!」

「えぇ? 服なんて着れればなんでも良いじゃんか。これは暖かくて動きやすくて選択してもすぐ乾くでこの時期の最強服だし」

「はぁ……だめだこりゃ」

 確かに機能性が高いことは認めるけど、どうして男って生き物はムードを大切に出来ないのかなぁ。なんかこれじゃ、浮かれてしっかりと服を着てメイクした私がバカを見ている気分じゃん。だいたい相手が彼氏じゃなくて眞子だったら、私ももうちょっとラフな服で来れたというのに。

 ……まあ、過ぎたことは仕方ない。せっかくのデートなんだから、ちょっとは楽しまないと。

「……それより昨日のテレビ、何見た?」

 話題を、昨夜から続くテレビの年末特番の話題に変える。さすがにこれなら、お互いにある程度話が噛み合うだろう。どうせみんな紅白見るんだろうし。って思ってたんだけど……。

「あー。リアタイでは、『ガキ遣』からの『おもろい荘』見てたぞ」

 うわぁ、芦原家まさかのガキ遣派だったとは。

「ゴメン、それ見てないんだ……」

 もちろんクラスでも話題にくらいの有名な年末特番。私も正直テレビには疎い方だけど、ガキ遣くらいはさすがに知っている。知ってはいるんだけど……正直ああいうお笑い番組はあんまり好きじゃないんだよね。

 なんか出てくる芸人さんの裸芸とか、お湯に入ったりたらいを頭で受けて見たり。下品っていうと気取ってるみたいだけど、なんか個人的にそういうのは合わないって気がして。

「安藤家はどうだったんだ?」

「うち、紅白だった」

「安藤家渋っ! 今どき紅白って、ジジババしか見ないだろ?」

 どうせ演歌しか流れないと彼は言う。まあ確かに、演目の中に演歌が気持ち多めに入ってたのは事実だけど。

「いやいや。今どきのアイドルとかもちゃんと出てるからね? 何とか坂とか」

「ちなみに春奈はどんなアーティストが好きなんだ?」

「とりあえず、『ガルフェス』と『ラブマスター』が出てきたところは超燃えたよね!」

「あぁ、春奈が好きなアイドルアニメのやつか……」

「うん。あとは……見てたけど後片付けとかながら作業で見てたからほとんど印象に残らなかったかな。お風呂入ってその後はさっさとベッドに入ったし」

「嘘だろ? 春奈何時に寝たのさ」

「秋奈と話し込んでたからそれなりに夜更かしはしたと思うけど、でも年を越す前には寝てたと思うし」

「健康的か!」

「しょうがないじゃない。色々あって疲れてたのよ」

 実の妹から告白されたり、すんでのところで貞操を奪われかけたりね。そりゃ、テレビどころじゃないよ。でもそうはいっても、普段は11時になる前に寝てるから結構夜更かししてた方だとは思うんだけどね。

「そういうあんたは、結構遅くまで起きてたみたいね」

「いやだって、年越しの瞬間ってなんだか寝つけねーじゃん? みんなLINE飛ばしてくるし」

「あぁ……確かにね」

 いつもは寝るときは携帯電話を切ってるので、そのLINEの応酬はまったく知らないわけなんだけどさ。

「じゃあ、もしかして寝不足だったり?」

「ん? 正直クソ眠い」

「……早めに初詣して、今日は帰ろうね」

「ああ」

 もともとお母さんの体調もあるから早く帰ろうとは思っていたけど――それにしたってだよ。

 仮にも付き合って最初のデートだよ? 遠くまでお出かけするってほどじゃないけど、それでも普通はもうちょっと気を遣うじゃん。私だって本当なら、ラフな服装で良かったんだよ? それでも俊吾の手前、ちゃんとオシャレ優先で服を選んでメイクだってしたのに。

 そこまで考えてふと思った。どうして私、成り行きで付き合うことにしたのにこんなことの腹を立てているのかということに。


 ◇


 そんなわけで二人で話しているうちに、神社にたどり着いた。

 夏祭りの時もお世話になった千歳神社。実は千歳会長の実家で、千歳会長はこの神社の偉い人でもあるとか無いとか。ただそれはこのデートにはあんまり関係の無いことで。

「けっこうたくさんの人が並んでるな」

「本殿まで30分は掛かるみたいね」

 最後尾の人が持ってるプラカードには、本殿まで30分って書かれていた。

 この地域でも一番の大社だし、30分も待たなくちゃいけないのかって考えるとテンションだだ下がりだけど――こればっかりは仕方ないか。待たされるのはみんな同じなわけだしね。

「じゃあ、参道の屋台で何かつまみながら待つか?」

「いいね!」

 ただ待つだけじゃつまらない。そういう意味で、彼の提案はまさにナイスアイデアだった。

 早速彼は彼はフランクフルトを。私はたい焼きをそれぞれを購入。最初は二人で分け合って仲良く食べるんだけど、しかしこれだけで30分持つはずも無くて。

「あっ、春奈さ。俺ちょっとゲームやっていい?」

「あんたがゲーム? 意外ね」

「『モンドラ』の周回イベあるんだよ。正月限定のキャラ出るし、ちょっと回りたくて」

「まあ、別に良いけど」

 モンドラ。今流行りのスマホゲームだ。モンスターをかたどったおはじきを敵キャラに当てて敵を倒すっていうゲームなんだけど、シンプルな操作性とモンスター収集要素が特に男子中高生のハートを射止めたみたいで……。

 もちろん、ゲーム好きとして気持ちは分かるから特に止めることはしなかった。けど、彼がゲームに熱中し出すと――なんかちょっと居心地の悪さを感じた。

「ほら、列動いたよ?」

「あぁ、ありがとな」

 そう反応はしてくれるけど、でも目線は相変わらずスマホに向けられっぱなし。私の顔なんか、全然見てくれないし。

 だったら私もゲームをやれば良いじゃんって言われるかもしれない。けど、せっかく二人で居るんだよ? だったら、二人じゃないとできないことやりたいじゃん。

「……にしても、まだ本殿つかないのか?」

「まあ、あと10分くらいあれば着くんじゃないかな」

 正月1日だもの。そりゃ混むに決まってるよ、と宥めては見るものの。

「それでも、ここまで並ぶのはさすがに辛いよ。寒いし人多いし息苦しいし」

 そう彼はぶーたれる。その言葉は、なんか聞いててかなり嫌だった。

「じゃあ、帰る?」

「いや、さすがにそこまでは」

「でももともと寝不足なんでしょ? ゲームのイベも進めたいんでしょ? だったら」

「ちょっと落ち着けよ。春奈のほうこそ、何でそんな怒ってるんだよ」

「怒っては無いけど……」

 でも、何かが違う気がしたんだ。

 周りのカップルたちが腕を組んだり抱き合ったりしてるのに、私たちはこんな調子だし。別に腕を組みたいとか抱き合いたいとか思っているわけじゃないけど。でも、せっかく二人できているのに俊吾はさっきからスマホ画面に夢中。

 これじゃあ、二人で来る意味は無いしデートする意味も無いじゃん。

 その瞬間、ポケットのスマホが鳴る。デート中はなるべく見ないようにしていたつもりだけど、こういう時だから見ても良いかな。そうして画面を見て見ると……。

『あけおめーっ!』

『眞子ちゃんと初売りなうっ!』

 そんな二人のコメントと、楽しそうに映る自撮り写真。

 あれっ、私のほうだって同じくらい楽しいことをしているはずなのに――どうしてあっちの方が楽しそうなんだろう?


 ◇


 結局それから、本殿にはあっという間にたどり着いた。

 さっそく私たち二人で、ちゃんと神様にご挨拶。あいつはどんなお願いをしたかは分からないけど、私はちゃんと「こいつとの仲が続きますように」ってお願いした。まああいつの彼女だからね、せっかく付き合うことになったんだからちゃんと仲良くできるように頑張らなくちゃ。

 って思ったんだけど。

「せっかくだし、甘酒飲んでいかない?」

 身体が暖まるよって誘ったところ。

「いや、俺はいらない」

「そっか。じゃあおみくじは?」

「それも良いや。俺、ここで待ってるから行ってきなよ」

「……分かった」 

 甘酒はまあ仕方ない。好みが分かれるものだし。

 おみくじだって、別に引く義務は無いからやらなくていいとは分かってる。大きな額じゃないけど、一応追加のお金が必要ってところもあるし。

 でもさぁ――せめて私がおみくじ引くんだから、一緒におみくじの結果に一喜一憂したって良いじゃん。そういうのも、デートの醍醐味なんじゃないかな?

 もしこれが、眞子だったら大吉だろうが大凶だろうが二人で一緒にお祭り騒ぎしてただろうに。

「……はぁ、なんか満たされない」

 ちなみに、引いたおみくじの結果は中吉だった。結果だけ見れば、悪くは無い。というより、良いほう。でも、恋愛って項目に書いていたのは。


 ――試練の時です。自分の気持ちに正直に向き合いましょう。


 神様仏様は信じない主義なんだけど、これはもしかしたら本当に警告だったのかもしれない。でもそんなこと、今の私が知るはずも無くて。

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