2 蜜月
レクスは戸惑っていた。
「れくすさま……レクス様…すき……すきです」
「いや……あの…ロジエ…ちょっと落ち着け」
どうしてこうなった。
レクスは自分に縋り付くロジエを抱き留めて、まずは落ち着けとロジエを宥め、同時に自分も宥めた。だというのに、ロジエの方は引き離されるとでも思ったのか、涙を零して増々ぎゅうぎゅうとレクスの首にしがみつく。
「やあ……レクス様、好き……離さないで……」
「離さん。離すわけがない。だから少し落ち着いてくれ」
確か自分は数分前まで、この愛しい妻に避けられていたはずで。なにがどうしてその彼女が自分にこうまで愛の言葉を捧げ縋り付いてきているのかを考え直した。
数分前、漸く顔を見せてくれたロジエに少し話がしたいと拒絶を覚悟して言ってみたら、彼女は思いのほか素直にこくりと頷いてくれた。部屋の中では自分の理性が持ちそうにないので、庭に出るかと誘った。
いつもなら手を取るなりするところだが、ロジエは未だにレクスに対して怒っているのか「ごめんなさい」の後は俯くだけでだんまりだ。(だが怒っているのに「ごめんなさい」はおかしい。良く分からない)兎に角焦れるなと自分に言い聞かせて、ロジエの前を歩いた。階段を下りていると後ろから小さな溜息が聞えて振り返れば。
ロジエが驚いた顔で階段から足を踏み外した。
「きゃ……っ!?」
ずる、と足下が滑るのを、考えるより早く身体が動いて左手が手摺に捕まり右腕で華奢な肢体を抱き留めた。ほっとして「気を付けろ」と身体を離そうとしたら、ぎゅうと抱きしめられたのだ。
そして話は冒頭に戻る。
経緯は思い出したが、何故ロジエはこんなにも動揺しているのか。嫌なわけではない。嫌なはずがあるわけがない。愛しい愛しい女が自分に縋り付いて「離さないで」と涙ながらに懇願して愛の言葉を呟いているのだから。
問題は、何故という事と、場所である。ここは階段だ。いつ誰が通ってもおかしくない場なのだ。レクスは誰に見られようが問題ない。問題はロジエだ。誰かに見咎められたと分かればまた別の意味で逃げそうだ。レクスが色々と思案していると。
「嫌わないで……」
腕の中からか細い声が聞えた。
「きゃあ!?」
「場所を変えるぞ」
考えるより早く身体が動くとは今回の方かもしれない。レクスはロジエの膝裏を掬い上げ抱き上げると大股で階段を上がり先程の空き部屋に入った。
*****
前を歩くレクスの背中を見つめた。
大きな背中。
様々なものを背負い、受けとめ、乗り越えていく毅い意思を宿した逞しい身体。
思わずほうっと息を漏らしてしまい、振り返ったレクスに驚いて脚を滑らせた。
抱き留められて久しぶりに感じる温かく大きな躰に硬直した。でもそれは一瞬の出来事で、すぐに大きな安堵に変わった。やはりこの腕の中はどうしようもなく安心する。ずっとずっとこの中に居たい。どうして避けてこの温もりを遠ざけてしまったのか。
「気を付けろ」
という声と共に身体を離そうとする気配がした。
いやっと身体が拒絶した。
行かないで。もっと抱きしめて。傍に居て。
「れくすさま……レクス様…すき……すきです」
涙腺が緩んだ。涙を零す自分に、彼が戸惑っている気配は伝わってきたがもう止められなかった。
*****
レクスは部屋にあった一人掛けの椅子にロジエを降ろすと、閉じ込めるように椅子の背と肘掛けに手を置いた。そうしてロジエの潤んだ銀の双眸を覗き込む。
「俺に怒って避けていたのはお前だろう……いや、そうじゃないな。
ロジエ、好きだ。愛している。……何度言ったらお前は信じてくれる?
可愛い俺のロジエ。好きだ。好きだ。好きだ。誰よりも愛している。お前だけだ」
「……れくすさま……」
瞳を閉じて差し出された唇にレクスは彼女の願いどおり啄むような口付けを数度落とした。けれど、それだけで止めたレクスにロジエは縋るような切ない瞳を向けて。
「……もっと、です……」
途端、息も付けないほどの執拗な口付けを受けながら、ロジエは更にとせがむようにレクスの首に腕を絡ませた。
「ん……ふぁ…んん……」
甘い、どうしようもなく甘い唇をこれでもかというほど貪った。零れる吐息すら飲む込むように深く深く。望んだのはロジエだ。遠慮などしてやるものか。自分で望んだことだからか、ロジエも未だ拙いながら積極的に舌を絡めてくる。レクスの服を握り締め、白い頬を朱に染め長い睫毛を伏せて懸命にレクスに応える姿に理性をとどめるのがやっとだ。彼女の息が続かなくなりかけたところで一旦は解放するが、またすぐに塞いで蹂躙する。どのくらいの時間こうしているのだろうか。口付けだけで留まっていられる自分を褒めたいくらいだ。
貪られるだけの彼女は自分がどうして一人用の椅子に座らされているか、レクスがどれだけ煽られているか、また堪えているのかわかっているのだろうか。
「……っん、れくすさ……もう……んぁ……」
嚥下しきれなかったどちらのものともつかぬ唾液が口元を伝っていく。レクスはそれを舐めとって漸くロジエを解放した。
「……ロジエ」
身体に力が入らないのか、ロジエはレクスの身体にその華奢な肢体を完全に預けてしまっている。息が整わないどころか、意識すら朦朧としていそうだ。「ロジエ」ともう一度呼ぶと濡れた唇から吐息を零してレクスを潤んだ瞳で見上げた。
「限界だ……!」
再びロジエの身体が浮いた。
逸る気持ちを何とか抑え込み、レクスはロジエをそっと寝台に降した。そして自らの剣帯や服は逆に荒々しく解いていく。上衣を投げ捨てるとロジエに覆いかぶさった。
「やッ! レクス様……待って!」
「待てるか。何日お前に触れていないと思っているんだ。それに折角自制していたのにお前があんな顔をするから!」
口付けを降らせながらレクスは慣れた手つきでロジエの服を肌蹴させる。
「たった三日……あっ! ぁあっん……やめ、て……」
「三日もだ! やめてと言う顔じゃないだろう。言葉などより余程その表情と身体の方が正直だ」
「だって、……ふ、ぁ、ルーナ……」
「ルーナなど知るか! ロジエ、ロジエ、ロジエ!! お前だけだ!」
ロジエの弱く抵抗する両手を頭の上で拘束し、レクスはロジエを見下ろした。銀の双眸は露に濡れレクスを見上げている。
ふっと獰猛さすら孕んでいた蒼い双眸が哀切に揺れた。
「ロジエだけだ。ロジエだけを愛している。本当に何度言ったら信じてくれるんだ?」
レクスのその痛切ともいえる表情にロジエも自らの葛藤を捨てた。
「何度も言って……私だけだと……証明して……今……」
「愛している。愛している。ロジエ。愛している……ロジエ……」
切ない声で愛を囁かれ宝物のように名前を呼ばれ、ロジエは甘い波に呑みこまれた。
昼過ぎ、レクスは意識のないロジエを抱いて部屋を出た。ロジエの着ていた服が簡易なもので助かった。これくらいならばレクスでも何とかロジエに着させられる。流石に敷布などに包んで運んだとなればロジエが再びレクスを避けることになるだろう。
しかし、部屋を出てすぐに今更だという事にも気付いた。レクス達のいた部屋前の回廊が閉鎖されていた。壁に亀裂が見つかった為に点検に封鎖するとの名目で回廊の端と端に衛兵が立ち人が通らないようにしていたのだ。
近くの部屋からクライヴが出てきて告げる。「場所は選んで下さい」と。レクス達がいた部屋は賓客用でもなんでもないただの部屋。寝台も一人用で小さかった。鍵こそ掛けてはいたが微かに声が漏れ聞こえていたらしい。たまたま自分が部屋に入るレクス達を見ていたので対処が早くできて良かったが、自重するようにと小言を言われることになる。レクスは分かったと頷いた後「ロジエには絶対に内緒にしろ」と念を押して、奥向きに戻ったのだった。
ロジエはとろとろとした微睡から醒めた。
瞳に映ったのは大好きな蒼い色。
「……くすぐったい……」
いつもは大きな躰に包まれているのに今は違った。レクスがロジエの胸に縋るようにして顔を埋めている。だからレクスの蒼髪がロジエの顔を擽るのだ。
その蒼髪を優しく梳いて、辺りを見回す。……寝ていたのは馴染みの王夫婦の部屋の寝台だった。
記憶を辿る。確か早朝にレクスと入ったのは絵画廊近くの空き部屋。窓を見れば、外は茜色に変わりつつある。もう夕刻だ。……いつこの部屋に戻って来たのだろうか……まさか裸のまま連れて来られたのだろうかと狼狽する、が、レクスは他の者にロジエを晒すようなことは絶対にしないことを知っている。どうにか服を着せて来てくれたのだろう。…今はまた脱がされているが。
それにしても寝苦しくないのだろうか。確かに誇れるほどの大きさではないが、レクスは谷間に顔を埋めている。息苦しくないのだろうかと窺っても、彼は静かに穏やかに寝息をたてている。ほっとしてまた少し癖のある蒼髪を梳いて撫でた。
「……執務は大丈夫でしょうか……」
いつもはロジエが仕事仕事と言っているのに“今”と煽ったのは自分だ。冷静になれば羞恥でしかない。でもどうしてもあの時は彼が欲しかった。好きだと愛していると言葉でも身体も証明して欲しかった。
「クライヴさんに後で謝らなければ……」
ルーナのことは正直まだ納得はしていない。でも、こんなにあどけない寝顔を無防備に晒してくれる彼の言葉が嘘とは思えない。
ルーナ……ルベウスの巫女なのだろうか。
ゼノはレクスが蒼皇に似ている……似すぎていると言っていた。もしかしたらレクスと蒼皇レイルは同じ魂を持っているのだろうか。
……もしかして、レクスは夢に見る銀の髪の女性に焦がれ、同じ銀の髪の自分を好きだと思い込んでいるのだろうか。
ああ、また。卑屈な考えをする。
どうしてこんなに自分だけを見て欲しいと思ってしまうのか。
「鼓動が乱れてるぞ。どうした?」
胸の谷間から蒼い瞳が心配そうに覗いていた。ロジエの泣きそうな顔を見て慌てて起き上がる。
「どうした!? 俺がまた何か言ったか!?」
ロジエはいいえと首を振る。両腕を伸ばしてレクスを引き寄せた。
「一番好きって言って」
「順番なんか無い。ロジエしか好きじゃない」
「本当に?」
「ああ。ロジエだけを愛している」
額に口付け覆い被さるように抱き締めてくれる。愛していると何度も言ってくれるのにどうして不安になってしまうのだろうか。
「前に夢に銀の髪の女性が出てくると……」
「ああ、そういえばロジエと出逢ってから見なくなったな……ん? この間見たか?」
ロジエをルーナと呼んだあの日、もしかしたら見ていたのか。ということはあの女性がルーナなのか。
「分からんな。あの女性がルーナだとしてもロジエの方が大事だ」
そう、そんなのはどうでもいい。腕の中の妻の方が余程大事で愛おしい。頬を撫でようとしたら、ロジエが驚いたような顔をしていた。
「どうした?」
「ルーナさんより大事?」
「当たり前だろう。ルーナなど知らんし、ロジエ以上の女性などいるはずもない。俺はお前しか愛せないんだ」
「……レクス様、私……レクス様に自分だけを見て欲しいと思ってしまうんです……」
「お前しか見てないぞ? 城中、お前以外は皆知っている。俺だってお前が俺だけを見ていればいいと思っている。それでいいと前にも言ったよな?」
ロジエは腕の中で花笑みを浮かべる。そしてレクスを引き寄せ軽く口付けた。
「レクス様、大好き」
「ああ、もう本当にお前は際限無く可愛いな。なあ、ロジエ、もう一度愛していると証明してもいいか?」
誰が見ても分かるような悦びの表情でレクスはロジエの頬や鼻先に次々と口付ける。ロジエは擽ったそうに身を攀じってそれを制した。
「今は抱っこだけです」
「ん、分かった」
覆い被さるようにしていたレクスは強引に体勢を入れ換える。自分の身体の上にロジエを乗せると胸に顔を押し当てるようにさせ髪を梳いた。
「重くないんですか?」
「軽すぎる。もっと食べた方がいいぞ」
「……そう言えばお腹が空きました」
「すまん。朝、昼食べてないな」
「レクス様は?」
「俺は寝る前に少し食べた。軽く何か持ってこさせるか?」
「いいです。もうすぐ夕飯ですし……もう少しこのまま……」
「少しではなくこのままいてくれ。三日振りだぞ。全然ロジエが足りない……あー……まずい。お前の肌と体温が心地よくて眠くなってきた」
「眠っていいですよ。降りますね」
「冗談はやめろ。ロジエが腕の中にいるから眠れるんだ。流石に三日不眠不休はキツい」
「不眠不休!?」
「そうだ。お前がいないんだぞ。眠れるか。おかげで仕事は進んでいるから今日の事は心配いらない。漸くさっき眠れたんだ……悪い……寝る……」
そのまま本当に寝息をたて始めた。寝ているというのにロジエを拘束する手は緩まない。ロジエもレクスの胸に顔を当てた。とくりとくりと聞こえる心臓の音が心地よい。ロジエも不眠とまではいかないがレクスがいなかったためずっと眠りは浅かった。ふぁと小さく欠伸をする。
やがて眠りの帳が降りた。
「お願い……。来世では貴方に真っ直ぐに言いたい言葉があるのです」
「ルーナ!……必ず…必ず叶えてみせる。何度生まれ変わろうとその度にお前一人を妻とする。だからお前も待っていてくれ」
「私は地上で罪を犯しました。月で償ってきます」
「罪などなにも……!」
「いいえ……償ってもう一度……この腕に抱かれたい……」
さらさらと光が薔薇の花弁と共に風に流されていく。
光が流れる方向の蒼穹に上弦の月が浮かんでいた。
目覚めると同時に互いの視線が絡んだ。
「ルーナ……」
「レイル様……」
夢を見ていた。
レイルとルーナの幸せで、とてもとても悲しい恋の物語。
けれど。
二人はふっと微笑んだ。
「ロジエ」 「レクス様」
「愛している」「愛しています」
同時に言って、また笑った。
「真っ直ぐに何度も言っています」
「そうだな。俺もお前一人のことだけ考えていられる。俺のたった一人の妃」
何の迷いも躊躇いもなく唇を重ねられる。
「幸せですね」
「幸せだな」
もう一度唇を重ね笑った。
夜の庭を散歩する。
あの時と同じ薔薇の開花期だ。今宵は満月だが、闇夜だとしてもそこに薔薇があると分かる程に馥郁とした香りが立ち込めている。
「凄いですね。月が明るくて影がこんなに。薔薇の花色まで分かります」
とても大きな銀の月が浮かんでいた。月の輝きが強すぎて今夜は星が全く見えない。
ロジエは天へと左手を伸ばした。
「何をしているんだ」
「月に届くかと」
「何処にもやらないぞ」
レクスは後ろからロジエの手を自分の左手で掴む。二人の環指には揃いの白金の誓いの指環。更にロジエの指には蒼い金剛石の婚約指環もある。重ね付け出来るようデザインしたのだ。レクスは其処に口付けをする。
「ふふ。月は相変わらず蒼い空に包まれています」
「逆だろう。月が輝いているから黒く染まらず蒼くいられる」
「そうなんですか?」
「そうだ」
「じゃあ、守り守られているんですね」
「ああ」
ロジエが振り向いたのでそのままそっと唇を拐った。ロジエは微笑みまた視線を月に移す。
「ルーナ様が罪を償って下さったから私達は出逢えたのでしょうか」
「ルーナに罪は無いだろう。そもそもレイル王が悪いように俺は思う」
妻がいながら悪怯れもせずルーナを自分のものにした。
「ルーナ様は自分でその道を選んだのですよ。レクス様だったら私ではなく王妃様一人を大切にされました?」
ロジエは自分の肩に絡み付くレクスの腕に手を添え、背をレクスの胸に預けた。
「俺もお前に出逢ってしまえば無理だ。愛するのはお前だけだ。だが、俺なら離縁してからお前を迎えに行く」
「また出来もしないことを仰る」
「出来る、いや、するさ。俺はレイルじゃない。お前に後ろめたい思いはさせない」
左手を握ったまま、後ろからロジエの薄い肩を更に抱きしめ米神に口付けを落す。
「う~ん、離縁させたというだけで後ろめたいような気もします」
「離縁するのはこちらの勝手だ。お前がそんな思いをする必要はない。でも、それでもお前はそう思うのだろうな。だから誰とも結婚していなくて良かった。本当はな、政略で妻を迎えることにずっと何処か引っ掛かりがあったんだ。だから俺には成人してからも婚約者がいなかった。王族として相応しい妃を迎える覚悟はあった。でも、本当は何処かで拒否していたんだ」
話をしながらレクスはロジエの頬に口付ける。腕の中の存在が愛おしくて堪らないと言うように。
「なのに何故かルベウスの姫との婚約にはすんなりと頷けた。その時は時期的な事と状況があっていたからと思っていたが、レイル王が教えていてくれたのかも知れんな。間違えるなと」
「私で間違い無いですか? 私はルーナ様のように清らかでは無いですよ」
ルーナは巫女だからか自分以外の罪は全て赦してしまう。ロジエにはそこまでの清らかさはない。その証拠にレクスの浮気を疑って三日も避けた。そもそも妻のいる人の側室にはどんなに焦がれてもならないだろう。何故なら、嫉妬深い自分はきっと耐えられない、そして周りを不幸にすることを何故か知っているから。
「俺の妻はルーナではなくロジエだ。間違えなどするものか」
「私もレイル様ではなく貴方が、レクス様が好きです」
ロジエが差し出した唇をレクスが覆う。
触れるだけで離れて微笑み合う。
二人でレイルとルーナの夢を見るなど、自分達は彼らに関係があるのだろうとは思う。
でも、レクスはレイルではないし、ロジエはルーナではない。
別の人生を歩む別の人間だ。
それでも、レクスとロジエが何にも誰にも憚る事無く愛し合える事をレイルとルーナは喜んでくれているような気がする。
「ふふ。“ルーナさん”がレクス様の浮気相手でなくて良かった」
「まだ言うか。俺はお前に嘘なんて吐かないし、本当にロジエしか抱いたことはないぞ」
サフィラスの閨房術の仕込み方は容赦がないといえる。何しろ建国以来一つの直系の血脈が続いているのだ。勿論実地での教義もあるが、レクスは拒否してきた。たった一度の添い臥しで兄の母は懐胎し側室となった。それが幸せだったとは思えない。何よりもその行為自体煩わしいとさえ思っていた。知識さえあれば、妃となった女性を懐胎させることは出来るだろうと言い張った。そして実際、その知識だけでロジエを翻弄できるほどに手際よく行為に及ぶことが出来ているし、可愛がるのに色々役に立っている。そもそもそういった行為は相手を気持ちよくさせたいと思い、自分勝手なことをしなければどうにかなるものだと思いすらした。
今、レクスは煩わしいとさえ思っていた行為に溺れきっている。相手がロジエだからで、彼女以外とは出来ないことはないだろうが、今でもしたいと思えない。蒼皇の後悔がそうさせてきていたのだろうか。いや、単に自分にとってロジエだけが愛する存在と言うだけだ。
「俺はロジエ以外に欲を持てないんだ」
「じゃあ、仕方が無いから信じてあげます」
「仕方無くか……なあ、初めてと信じられないほどに俺はロジエを満足させられているということか?」
「違っ 違います! 色々知っていると言うことです!」
「なんだ。満足はさせられていないのか。俺もまだそっち方面の勉強が必要らしい」
「必要ありません! じゅ、充分満足です! 満足以上です」
「本当か?」
「だって……あんなに何度も昇りつめさせて……気を失うまでとか……その、やりすぎ……です、よ?」
「嫌か?」
「……嫌、なら……そう言っています……」
そう、嫌なら言っている。
レクスの大きな手は温かく優しくて、触れられ熱を与えられればもっと欲しくなって彼にのみ込まれてしまう。彼が自分に触れて、熱い吐息を溢し、絶頂に昇り詰めるその姿が嬉しくて何度も許してしまう。終わった後も髪を梳いて、頑張ったというように口付けをくれ、大切な宝物のように名前を呼んでくれる。目覚めたときも同じだ。蒼い双眸が優しく自分を見つめて、おはようと言って口付けをくれる。擽ったくて嬉しい。口付けを返せば、ぎゅうっと抱き締めてくれる。全てが嬉しくて嬉しくて幸せなのだ。嫌なわけがない。
「ロジエ、可愛い。好きだ。お前が可愛くて、お前を気持ち良くさせたい、俺に溺れて欲しいと思うと、どうしてもやり過ぎる。単にロジエが欲しいだけだと言われればそうなんだが、兎に角お前が欲しくて堪らない。お前を俺だけで満たしたい。俺もお前だけで満たされたいと思ってしまう。愛しているんだ」
「後で……私だけだともう一度証明して」
「何度でも。喜んで」
立ち込める薔薇の芳香。
髪を肌を撫でる風。
深い深い口付け。
あの時と同じ。
違うのは蒼穹の月と闇夜の月。
何よりも背徳感の無さ。
互いに心行くまで溺れられる心地良さ。
「レクス様。夜のお散歩も楽しいですね。また連れてきてくれますか?」
「夜でも昼でもお前が望めば幾らでも」
躊躇い無く甘えられ、またそれを叶えてやれる。
「ロジエ。部屋に戻ろう。お前に証明したい」
「身体を清めてからですよ」
「一緒にな?」
「……一緒に入るだけですよ?」
「俺は好きな女を前にして聖人君子にはなれん」
「聖人君子になれなくても、貴方はいつも私の願いを叶えてくれます。レクス様、私の事を本当に愛しているなら……お風呂では我慢して……?」
「いつでもお前は本当に狡いな! いいだろう。その代わり寝所では覚悟しろ」
「ふふ。とっくに覚悟しています。貴方を愛しているから貴方もたくさん私を愛して下さいね」
愛していると告げられない哀しい恋物語は終わりを告げた。
儚い月の光は輝きと毅さを増して 澄み切った蒼穹は闇の蒼黒さも知った。
今あるのは迷い無く愛し愛される蜜月の恋物語。
どうかいつまでもこのままで……
外伝 完結です。
読んで下さった方ありがとうございました。