【短歌20首】西洋民間伝承を主題とするファンタジア
※句またがり多発につき注意。
色あせた写本を開けば昔日のつかのまの音楽が零れる
すきとおるみどりの翅を震わせて目覚める女王ティターニアの朝
三月の雨は幼きドリュアドの喜び 愛の季節のはじまり
族長の若きむすこの心臓をつらぬいて樫の苗木は芽吹く
羊皮紙とペンとインクを献上せよ 塔にひとり住む姫君のために
水底のガレオン船に囚われた奴隷の骨と金の延べ棒
白熱の光の雨がさしのべたてのひらを灼くコボルトの国
打ち捨てられた円形闘技場を見下ろして立つ一対のガーゴイルども
街中の鐘がふいに鳴り止んで竜の気配が立ち籠める時
シトラスの雲に世界が包まれるサラマンダーのまどろみの午後
時の砂 手からこぼれてさらさらと過ぎ去った日々の記憶を告げる
緑陰の小道をたどれば七月の雨が降りそそぐジュリエットの庭
エオリアン・ハープの響きはすでに絶え すべての歌は忘れられゆく
幻のマスケット部隊の足音が木霊する丘陵のたそがれ
透明な眼の蛇は地の底に棲み太古より光を識らず
凍てついた風の岸辺で石像の娘らは古き神々を待つ
いにしえのイスの都の聖堂の夕闇に燃え上がる薔薇窓
血のごとき赤に染められた手袋を優雅にはずすマクベス夫人
白き手がオルファリオンをつまびいて――これは今宵かぎりの恋歌
妖精の火を囲み踊れ カロデンの地平に明けの光が射すまで




