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第5章 吉報と凶報

旧レーアイナ公国 魔女族の集落


 ギノン廃城を出ると城壁の外側に今はすっかり寂れた城下町があり、そこから南に2tm(テスメイル)進んだ先に魔女族の集落がある。

 その集落の中を6人の人物が一列に並んで歩いていた。

 魔女族の族長であるアリッサを先頭に、ルアス同盟首領のフレイアス、同組織のメンバーのローグ、ネオード、ギノル、イリアの順番だ。

 後列の3人は今の状況についての話をしている。


「……歓迎されてねぇな」

「仕方ないさ。魔女族は基本的に男は信用していないんだからな」

「この集落を自由に出入りできるのは、女性メンバー以外だとフレイだけだもんね」


 ギノルの率直な感想にネオードとイリアが相槌を打つ。

 彼らの回りには、何十人もの魔女達が鋭い視線を送っていた。

 道の脇から殺意を隠す様子もなしに睨みつける者、家屋の扉や窓からこっそり見つめる者、杖や箒にまたがり上空から監視する者など、絶えず彼等を……正確にはローグ、ネオード、ギノルの3人を見張っている。

 ネオード達は息苦しさを感じながらもフレイアス達の後に続いて歩く。


 魔女族はルアス同盟と協力関係であるものの、彼女達とメンバー達の交流はそれほど良いものではない。

 女性メンバーとは積極的に友好関係を築いているが、男性メンバーには掌を返す様に敵意をむき出しにした態度で接している。

 男性メンバーがこの集落に入るにはフレイアスか他の女性メンバーが同伴していなければならないし、今こうして一列に並んで歩いているのは、誰か1人でも不審な行動を取っても直ぐに見つけて対処できる様にするためである。

 過去に彼女達がペシオ教(特に男性)から受けた仕打ちを考えれば無理もない態度だが、一応は仲間であるのだからすこしは信用してほしいものだ。

 フレイアスは幼少の頃から族長のアリッサに育てられたことや、捕らえられた魔女達の救出に強く貢献したことで彼女達の信頼を勝ち取っていた。

 ローグは当初、あまりの殺気に顔を真っ青にしていたが、仕事の関係でしばしばこの集落へフレイアスと来る機会が多かったため、今ではすっかり慣れている。

 しかし、今後は彼女達と男性メンバーの関係向上にも力を入れないといけないとフレイアスは考えていた。


 そうこうしている内に一行は、『第3実験農場』と書かれた農場の前まで来た。

 この実験農場は、新種の植物や魔女族が『品種改良』と呼ぶあらゆる農産物の味や生産性の向上を研究するための農場である。

 実験農場は3種類あり、第1実験農場は薬の材料に使う薬草や毒草の栽培を行い、第2実験農場は小麦や大豆を中心とした穀物類や豆類の生産・研究に力を入れ、そして今目の前に建つ第3実験農場は野菜や果物、その他の作物を主に取り扱っている農園である。


「見せたい物ってここにあるのですか?」

「そうだよ。ビックリして腰を抜かさないようにね」


 ローグの問いにアリッサは楽しそうに肯定した。

 そして一行は農場の中に入り、『リンゴ』と書かれた立て札の立つ苗木の前に並んだ。

 苗木は日当たりの良い位置に植えられ、数年後には立派な木に成長すると断言できそうなほど美しい緑の葉を沢山つけていた。


「さあ、みんな。これから面白いものをお見せするよ!」


 そう言うとアリッサは杖を掲げて呪文を詠唱し始めた。

 その表情は先程の気楽そうな笑顔とは打って変わって物静かで真剣な表情になった。


「『大地と水の精霊よ、彼の者に恩恵を。闇の精霊よ、彼の者を贄に我に若さの祝福を与えよ!』」


 フレイアス以外のルアス同盟メンバーはアルデオ語ではない言語に頭をかしげながらその様子を見続けた。

 魔女族は自分達の魔法が外部に漏れることを防ぐために、呪文の詠唱には独自に生み出した魔女語を使用する。

 フレイアスは幼少の頃から他の知識と一緒に魔女語を習得していたため内容を理解できたが、何が起こるかまでは分かっていない。

 しばらくすると、苗木に驚くべき変化が起きた。

 光の粒子が現れたかと思うと、苗木の中に吸い込まれるように入っていった。

 すると、苗木は少しずつ大きくなり、10秒もかからずに立派な木に成長し、更には今にも収穫できそうなリンゴの実が沢山実っていた。


「……これは!?」

「すごい……!」

「まさか……こんなことが!?」

「……マジかよ!?」

「信じられない……!?」


 5人はあまりの衝撃に開いた口が塞がらなかった。

 予想通りの反応をしてくれて満足したのか、アリッサが得意気な顔で感想を聞いてくる。


「どうだった?私達の研究成果は?」


 フレイアスは何とも言えない表情で答える。


「……凄いとしか言いようがないですね。食べても問題ないですか?」

「もちろんだよ。お好きなのをどうぞ」


 アリッサの許可をもらい、フレイアスは取りやすい位置にあったリンゴをもぎ取ると一口齧り付く。

 甘い。

 たっぷりと蜜の篭ったリンゴは噛む度に口全体に甘い蜜を広げていく。

 フレイアスは一口目を飲み込むと、また一口、さらに一口とリンゴの面積を減らしていった。

 あまりにも美味しそうに食べる姿を見て、他の4人も木からリンゴをもぎ取って食べ始めた。

 やがて、リンゴを食べ終えたフレイアスがアリッサに質問する。


「この魔法はどういう魔法なんですか?」

「これは私達が若返りや年齢停止に使っている『成長抑制魔法』の副産物である『成長加速魔法』を応用させた魔法だよ。そのままの状態で使うと土や水の関係で枯れちゃったりしたんだけど、今回はその問題を見事にクリアすることに成功したのさ!」


 魔女族が年齢の維持に使用する『成長抑制魔法』はどんな種族でも半不老状態にすることが可能で、しかも最少で10歳まで若返らせることもできる魔女族特有の優れた魔法だが、その代償として維持する年数や若返る年数の分だけ別の何かを老化させなければならない。これが『成長加速魔法』である。

 相手を最長で100年後の姿にさせられるこの魔法は攻撃魔法としても使うことができ、かけられた人物は一瞬で老化(せいちょう)する。

 しかし、人族の場合は20歳の若者が120歳の老人になるというわけではなく、通常は40〜60年後まで老化(せいちょう)したらその人物は死んでしまう。

 だが魔法をかけられた者が死んでも魔法の効果自体は残るため、死体は肉や内臓が一瞬で腐敗し骨だけとなる。

 魔女族はこれまでは集落に迷いこんだ部外者(主に男性)やペシオ教関係者を生贄にして若さを保っていたが、近年になって対象が人間でなくても良いことが判明した。

 それなら農作物に使えば食料問題が劇的に良くなのではないかという案が出ると、魔女族は極秘裏にその研究を始めていた。

 そして今回、研究が成功したことが発表された。


「この魔法はリンゴ以外でも使えるんですか?」

「小麦や大麦はもちろん。カボチャ、タマネギ、キャベツ、ニンジン、カブ、大豆、レンズ豆、イチゴ、ブドウは検証済みだよ。まだ試してないものもあるけど、今後の結果も期待して良いよ〜。あっ、だけど単独での魔法の効果範囲は限られるね。小麦だと1人で畑一つ分位が限界で、それ以上となると儀式レベルの大掛かりな準備と人数が必要になるね」


 アリッサはそう答えると、フレイアスに頭を下げさせて耳元で小さく尋ねる。


「フレイくん。言わなくても分かると思うけどこのことは……」

「分かってますよ。外部にはもちろん、この4人以外のメンバーには口外したりはしません」

「フレイくんは納得できるけど、あの4人は大丈夫なの?」

「心配いりません。たとえ拷問されても吐くことはないと断言できます」


 実際にそうなのかははっきりさせられないが、少なくともフレイアスにとってこの4人はそれだけ信頼できる仲間である。


「なら良いけど、もし彼らのせいで情報が漏れることになったら、野郎3人は死が慈悲に感じるほどのゴーモンを与えて女の子は私達専用の愛玩奴隷にしてもいいね?」

「どうぞご自由に」


「ちょっと!?」

「何を言っているんだ、フレイ!!」

「そんなあっさりおぞましいこと言うんじゃねぇ!!」

「私の体を何だと思ってるのよ!?」


 さらっととんでもないことを言ったフレイアスに4人がツッコミを入れる。

 小声で話していたはずなのだがとんでもない地獄耳である。

 しかし、そんなことに構わずフレイアスはアリッサに気になっていることを問いただす。


「ところで、『力仕事もある』と手紙には書いてありましたが、一体何をすれば?」

「もう既に収穫した作物が倉庫に置いてあるから好きなだけ持って帰りなよ。どこで手に入れたのか聞かれたら『中央支部が安価で大量に買ったから分けてもらった』とでも言って誤魔化しといてね」

「わかりました。それでは、今日はありがとうございました」


フレイアスはアリッサに別れを告げると未だに不平不満を言う部下達を連れて倉庫に向かった。


倉庫の中を確認すると、そこには小麦やタマネギなどの様々な農作物が大量に入った箱や袋が所狭しと納められていた。


「じゃあ、急いで積めるだけ荷車に積み込んでギノン城に運ぶぞ。そこからはリレーで魔法陣に少しずつ載せて本部に転送するからな」

「はい!」

「「「了解!」」」


そう言うと5人は倉庫の横に置いてあった荷車を出すと、積み込み作業にかかり始めた。


「それにしても、魔法陣が人間の転送もできたらもっとらくなのになぁ」

「古代魔法には生身の人間の転送が可能な物もあったそうだが、流石の魔女族もそこまで再現できなかったみたいだな」

「でも、一度に30tfテスフロムも転送できるんだから、それでも十分にありがたいわよ」

「そうですね」


 部下4人が何度も倉庫と荷車を往復している中、フレイアスは小麦袋を背負いながら本部での仕事のことを考えていた。


「(帰ったら資金調達に拠点探し、そして未開の地への対策。やれやれ、本当に泣きたくなるぐらいの忙しさだ)」


 北部本部は仕事や問題が山積みだ。

 亜人族奴隷の解放任務に加え、救出した彼らを保護するだけの資金と食料の調達の為にどこかの貴族の屋敷か商館を強襲しなければならない。

 食料問題は今回の件でいくらか改善しそうだが、それでも資金不足であることには変わりない。

 今使用している拠点も保護した亜人族を収容するには狭いため、早急に新しい拠点を探す必要がある。

 また、未開の地に現れた集団への対応をどうするかも決めなければならない。

 数日前から度々届く報告書には彼らや未開の地の様子が事細かに書かれているが、肝心の彼らの目的や立場が未だにわかっていない。

 こればかりはハーミルの活躍を待つしかないが、万が一最悪な結果が出た場合のことを考えて色々と準備をしておく必要がある。

 頭が痛くなる問題ばかりでフレイアスは混乱しそうだった。


 しばらくして荷物を詰め終えると、ローグ、ネオード、ギノル、イリアの4人に荷車を引かせた。

 しかし、フレイアスは横に並んで何もせずに歩いている。


「フレイアスさんも手伝ってくださいよー」

「俺は本部でお前達以上に忙しく働いているんだ。すこしぐらい良い目を見させてくれ」

「こっちも十分に忙しい思いしてるっつーの!」

「大体、君はほとんど書類仕事しかしてないじゃないか!」

「頭を使う仕事だって十分疲れるさ。男なら文句ばかり言ってないで体を動かせ」

「女も混じってるんですけど!」


 5人はうるさく騒ぎながらギノン城に向かう。

 その表情には僅かに笑顔が見え隠れしていた。

 忙しい中に訪れた一時の安息を楽しんでいるのだ。

 長い仕事で疲弊していた彼らにとって今の時間は十分な至福のひとときだった。


 そして5人は同じことを考えていた。

 「もうしばらくこの時間が続けばいいのに」と。





ライアス王国 王都ラドエレム郊外 冒険者ギルド支部


 王都ラドエレム郊外に建てられている冒険者ギルドのライアス王国支部。

 情報屋のディオットはその窓口の前に立っていた。

 ディオットは普段からここで冒険者達から各地の情報の収集や依頼仕事の仲介役を行っている。

 今回はルアス同盟が引き受けられそうな依頼仕事を探しにやってきたのだ。

 ディオットは窓口の局員に話しかける。


「よぉ、アネル。今日は一段と綺麗じゃねぇか」


 アネルと呼ばれた窓口の女性局員は面倒くさそうな顔で受け答えをする。


「聞きたい内容だけ言ってとっとと出て行ってちょうだい」


 ディオットはアネルに限らず女性局員が窓口にいる時間帯を狙って来てちょっかいをかけて来るので、支部内では迷惑がられていた。


「やれやれ、相変わらず話が通じないねぇ。それはそうと、何か良い依頼仕事は来てないか?」

喰人族グールの討伐依頼が3件あったけど、他の冒険者たちが持って行っちゃってもう無いわよ」

「そいつは残念だ。しかし、喰人族グールなんてまだいたんだな。最近あんまり聞かないからとっくに滅んだのかと思ったぜ」


 喰人族(グール)は大崩壊以前から人族や亜人族の共通の敵であった。

 かつては大規模な軍団を作れる程の数がいたが、今では極限にまで数を減らしており、ゴブリンに至っては5年前の討伐作戦を最後に目撃情報が途絶えている。


喰人族(グール)も数が減り過ぎたからね。多分、今までは繁殖に力を入れていておとなしくしてたんじゃないかしら。でも、今回来た仕事はオークの集落の破壊とかトロルの洞窟の攻略とかの拠点襲撃系の仕事ばかりだったし、本当に滅びるのも時間の問題でしょうね」

「なるほどな」


 アネルの話に納得したディオットだが、このまま手ぶらで帰るわけにもいかないため代わりに何か良い情報がないか聞くことにした。


「ところで、何か耳寄りな情報はないか?例えば、最近目立ったことが少ない東部で何か特別なことがあったとか」

「うーん、東部じゃ何もないけど南部で嫌な情報が入ったわね」

「嫌と言うと……デルメロア連邦関連か?」


 デルメロア連邦とはアルデオ大陸南部に位置する国家で、亜人族はもちろんペシオ教以外の他宗教の人族を受け入れているため、ペシオ教とは対立関係にある。

 ルアス同盟の南部支部が置かれている国でもある。

 南部と言えば真っ先にそこを思いつくがアネルは首を横に振った。


「ううん。すぐ北のグレミラ大公国で、しかも喰人族グール関連の話よ」


 グレミラ大公国はアルデオ大陸南東部に位置するペシオ教国家で、国土面積は50万平方 tmテスメイルとアルデオ大陸では広い部類に入るが人口は200万人と非常に少ない。

 人口が少ないことが原因で都市部以外の土地は未開発の場所が多く、治安もそれほど良くないことから様々な黒い噂が蔓延している。その中でも有名なのが  「新種族の開発をしている研究機関がある」というものだが、真偽は不明なままだ。

 あの国での黒い噂、しかも喰人族グール関連となると大体の内容は想像がつくが、情報屋として詳しく知る必要があると考えたディオットは話を続けるように要望した。


「その話、詳しく教えてくれるか?」

「そうね……2セルトでいいわよ」


 ディオットは財布から銀貨を2枚取り出すと窓口の机の上に置いた。


 ペシオ教圏で使用されている通貨は銅貨・銀貨・金貨の3種類があり、銅貨はテス、銀貨はセルト、金貨はリオスと呼び方が変わる。

 また、100テスで1セルト、100セルトで1リオスと百進法で成り立っている。

 ちなみに亜人族国家は単一通貨のルアンで、1テス=1ルアンとなっている。


 2セルトを受け取ったアネルは早速話に移った。


「グレミラ公国西部のミト村がラミアとアラクネに襲われて壊滅したそうよ」

「……そりゃあ、確かに嫌な情報だな」


 喰人族グールの一種であるラミアとアラクネは知能と戦闘能力が高いことで有名だ。

 上半身は人族の女性だが、下半身はラミアは蛇でアラクネは蜘蛛である。

 どちらも一体で一個騎士団を壊滅させられる程強力で、彼女らに無謀にも戦いを挑んで命を絶つ冒険者が後を絶たない。

 しかも、魔法で通常の蛇や蜘蛛、人族に姿を擬態させることが可能で、森に迷った少女を装って旅人を襲ったり妖艶な美女に扮して街中で男を人気のない場所へ誘い込んで捕食することもある。

 アルデオ大陸中では隠れた脅威として恐れられている存在だ。

 ディオットはあることに気づく。


「ちょっと待て、一度にその2種族の名前が出たってことは……奴等、手を組んで襲ってきたってことか?」

「その通りよ。村の生き残りの話だと、随分仲良さそうに死体を食べてたそうよ」

「……そいつは本当にヤバイじゃねぇか」


 喰人族グールはこれまで他種族と協力し合うことなど一度もなかった。

 むしろ縄張り争いや捕食のために殺し合い、時には共食いをすることも少ない。喰人族グールが数を減らしたのもこれが原因だ。

 これまでの喰人族(グール)は互いに敵対しあっていたため、人族や亜人族にとっては自然災害程度の脅威でしかなかったが、その喰人族同士が協力し合うなど、況してやそれが喰人族(グール)の中でも強力な部類に入るラミアやアラクネとなると国中の軍を総動員しなければならない程の大事態に発展してもおかしくない。


「とりあえず、今はそいつらが北進しないことを願うしかないわね」

「……そうだな。良い情報ありがとよ」


 そう言うとディオットは荷物を持ってギルドを後にした。

 そして急ぎ足でルアス同盟の拠点に向かう。


「(若頭にもこのことは伝えたほうがよさそうだな)」


そう考えて歩速を速めた。





ニホン国領 ナンヨウドウ南部 やすらぎの入り江


 調査開始20日目。

 これまでの調査であの集団は『ニホン』と言う国の人間であることや、この未開の地はナンヨウドウと呼ばれていることや、今のところは開拓を優先させていて隣国に侵攻しようとする気がないということがわかった。

 ハーミルは今、現在拠点にしている『やすらぎの入り江(ハーミルが勝手に命名)』で水浴びをしている。

 仕事で心身共に疲れている彼女にとってこれが何よりの息抜きだ。

 ルアス同盟の中ではそこそこ自慢できる体を持つ彼女が水浴びをする姿は他者から見ればなんとも扇情的だと思うだろう。

 しかし、そんな楽しそうな姿とは裏腹に、ハーミルは不機嫌だった。


「遅いなぁ。2人送られてくるって言ってたのに、あれから何日経ってると思ってるのよ」


 ハーミルはこれから来る予定の増員が未だに来ないことに苛立っていたのだ。

 東部支部から増員が送られてくるという報が入っていたのだが、どういう訳か遅れているらしく到着予定日を3日過ぎた今もやって来る様子がない。

 到着後は3人でまだ調査していない北部の重要施設に向かうつもりだったが、完全に予定が狂ってしまった。

 気が短いハーミルにはもう我慢の限界だった。いや、3日間待てただけでも頑張った方かもしれない。


「あー、もう待てない!1人で行ってきてやるわよ!」


 ハーミルは海から上がるとイライラした様子で服や荷物が置いてある岩のそばまで歩み寄った。

 そして、まずは岩場に掛けてあった大小2枚のタオルを取ると、小さいタオルを頭にかけ、大きいタオルで体を拭き始めた。

 体を拭きながらハーミルは海水で塩辛くなった口の中を潤そうと真水の入った瓶を取り出そうと鞄の中を漁る。

 瓶を取り出したハーミルはその蓋を開けて中身を一気に飲み干した。

 するとハーミルはその液体の味に違和感を覚えた。


「(あれ?水の味じゃない?)」


 不審に思って手にした瓶を確かめると、真水を入れた瓶とは違う瓶であることに気付いた。

 自分が持っていた荷物の中で真水以外に瓶に入れた液体は一つしか心当たりがない。

 そして今飲んだものが何かはっきりした途端、ハーミルは驚愕した。


「(ヤバイ!『透明薬』飲んじゃった!?)」


 ハーミルは慌てて吐き出そうと口に指を突っ込もうとしたが、その指が既に半透明化していることに気付き、同時にもう手遅れだということにも気付いた。

 ハーミルが飲んだ『透明薬』は名前通り透明になれる薬で、魔女族が開発した物の一つである。

 最大の利点は飲んだ時点で身につけている物も透明化させられることだが、ハーミルが今身につけている物はタオル2枚とサンダルと薬が入っていた瓶だけである。

 飲んだ後では透明化の効果は効かないため、このまま服を着て出歩くと服がひとりでに動いている様に見えてしまう。

 自分の注意不足が生んだ悲劇だった。


「(私……このまま調査に向かえっていうの?)」


 ハーミルは今、ほぼ全裸に近い格好だ。

 いくら他の者には見えないと言っても、この格好で出歩くのは完全に変態行為だ。

 だが薬は10時間経たないと効き目が切れないし、あれ一本しか持っていなかったため、もう後戻りはできない。

 ハーミルはとりあえず小さなタオルを胸元にサラシ変わりに巻き、大きいタオルで下半身を隠した。

 そして必要最低限の荷物を持ち出す。


「(報告書用の紙とペンは絶対必要。食料は現地調達で、武器は……諦めるしかない!)」


 10秒で荷物をまとめたハーミルは一度深い深呼吸をした。

 そして、意を決して走り出した。


「行ってやろうじゃないのぉおおお!!運命のバーカ!!」


 羞恥心で顔を真っ赤にし、目に涙を浮かばせながらハーミルは走る。

 目指すは北にあるニホンの重要施設だ。

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