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第4章 東部支部

カテドナ王国 サーメルの森 ルアス同盟東部支部 クラーティム館

二ノ月二十六日



 カテドナ王国はアルデオ大陸東部に位置し、西にリーガル王国、南にグレミラ大公国と国境を接し、海を隔てた北側にノイズ王国と向かい合う国である。

 その北東部に存在するサーメルの森の中にルアス同盟東部支部の拠点クラーティム館がある。


 支部内のメンバー全員に集合をかけた私は館内の大広間で待機している。普段は夕食時に使う広間だが、それ以外でメンバー全員を集める時にもこの部屋は使われる。

 大広間には代表者が壇上に立って演説等を行うステージ側からその向かい側に設置されている暖炉側にかけてテーブルクロスが敷かれた長テーブルが縦二列で置かれており、それぞれの両側に椅子が30席ずつ並び、計120人分の席がある。私はステージ側の席に座っている。席は特に指定はないが、ステージ側が幹部メンバーで暖炉側が通常メンバーというのが暗黙の了見となっている。まあ、そんなことを気にも留めないメンバーもいるが。

 窓から見える太陽が沈みそうな為、通常メンバーが燭台やシャンデリアに明かりが灯しているところだ。既に支部内にいるメンバーの大半が集まっているため、後はレイラが来るのを待つだけだ。

 メンバーたちは人族、エルフ族、獣人族など、種族はバラバラだが、唯一共通していることはその全員が女性であることだ。皆、他の仲間と会話をしたり自身の武器の手入れをするなどして時間をつぶしている。


「夕食前なのに随分と急な招集だニャ、フィール」


 私に愚痴をこぼしてきたのは、獣人族のエリットだ。

 金色の短髪から動物らしい耳が出ており、その裏の黒と白丸の虎耳状斑は彼女が虎である証拠だ。私以上の長身で少々筋肉質ではあるが、それに比例して豊満な胸部、綺麗にくびれた腰など、美人と呼べる要素は備わっている。腕部と脚部、腹部の露出が多いが動きやすい服装をしていて、エルフの私から見たら少々刺激が強い。

 虎の獣人族ということもあり、戦闘能力は非常に高く、常に前線に立って切り込みを行うことが多い。その反面、頭の回転が悪いという欠点がある。所謂、脳筋というやつだ。

 こんな奴だが、北部にいるフレイアスやその取り巻きの三人とは幼馴染の間柄で、信頼のおける幹部メンバーでもある。

 エリットは私の隣に座った。


「今日は昼飯食べ損ねたから、おなかペコペコだニャ。長ったるい話は勘弁してほしいニャ」

「そう言うな。それほど時間はかからないはずだし、終わり次第料理も並ぶだろう」

「ニャー」

「それから、いい加減語尾にわざとらしく『ニャ』とつけるのはやめろ。お前は虎だろう」

「失礼だニャ!あたしは正真正銘の猫だニャ!猫が「ニャ」と言って何か問題があるかニャ!?」


 エリットは自分が猫だと言って聞かない。なぜ虎だというのが気に食わないのかというと、単に猫の方が可愛いからだそうだ。


「まあまあ、フィールさん。自分を猫だと信じて疑わない虎ちゃんもかわいらしいじゃないですか」

「猫だって言ってんでしょうが!」


 そう付け加えたのは私の向かい側の席に座っている魔女族のキキ・ハイズだ。マントに帽子、黒を基調とした魔女族特有の衣装だが、胸元は自分の物の大きさを誇示するためか中心部分が開いている。

 黒色の髪に整った顔立ち、見た目は十代後半か二十代ちょうどぐらいだが、彼女たち魔女族特有の『成長抑制魔法』で年齢を十九歳で止めているだけだ。実年齢は本人の希望で機密事項となっている。

 キキの隣には彼女の妹二人が並んで座っている。三人は通称『ハイズ三姉妹』と呼ばれている。彼女たちは年齢はバラバラに見えるが、れっきとした三つ子でそれぞれの好みで年齢を停止している。

 三人共、ただの協力者ではなく、正式な手順を踏んで加入した正規メンバーだ。その中でもキキは幹部試験を経て、つい最近幹部メンバーとなったばかりだ。


「それはそうとして、昼食をとらなかったのはエリットちゃんの自業自得でしょ」

「そんなこと言ったって、今日は執筆仕事に駆り出されて頭がパンクしそうなくらいこき使われたんだニャ。めし食う時間なんてとてもなかったニャ」

「『めし食う』じゃなくて、『昼食を食べる』よ。女の子がそんな言葉遣いしちゃダメでしょ」

「そんなことどうでもいいニャ。あたしにはあたしのアイデンティティがあるニャ。どうこう言われる筋合いはないニャ」

「そう。なら、少しだけ再教育してあげようかしら」


 そう言うと、キキはエリットと眼を合わせて短く呪文を唱えた。魔法をかける気だ。

 だが、彼女の両眼から怪しい光が放たれる直前に私がエリットの両眼を片手で塞いだ。私も光を直視しないように眼は瞑っている。

 直後、キキの眼から光は消え、エリットは魔法が中断された反動で頭が少し混乱してふらついている。


「邪魔しないでくださいよ、フィールさん」


 魔法を妨害されてキキは抗議するが、私も魔法を使うものとして先の行動は許容できない。


「魔法にも大中小と数多くの種類があるが、どれ一つとして軽率に扱っていいものではない。魔女である以前に魔法士であるお前がそれを忘れてどうする!」

「そう言われるのは心外ですね。私達魔女族は何時だって魔法の発動には相応の心構えをしていますよ」

「たった今、悪ふざけでエリットに『邪眼イヴィルアイ』を使おうとした分際で何を言う?精神干渉魔法の危険さは承知しているはずだ」

「ちょっとした催眠術ぐらいの威力しか出すつもりはありませんでしたよ。それと、私の腕をお疑いですか?」


 ああ言えばこう言う。優秀なのは認めるが、そんな油断が最も恐ろしいと言うのに。

 魔法は使い方を誤れば相手だけでなく自身にも危害が及ぶこともある。通常は人に害を及ぼさない小魔法でも、発動手順の誤りや発動者の心の乱れ次第で簡単に殺傷能力を持った魔法に変わるのだ。

 キキが今使おうとした魔法は通称『邪眼イヴィルアイ』。精神干渉魔法の一種でキキが最も得意とする魔法だ。自身の眼から出た光を直視した者の精神に入り込み、記憶の書き換えや感情の操作をすることができる。

 しかし、精神干渉魔法は下手をすれば相手どころか自身にも悪影響を与えるリスクが高い魔法だ。最悪、精神崩壊を起こすこともある。それをおふざけで使うなど、魔法を軽視し過ぎている証だ。

 これでも一応、幹部メンバーなのだからその自覚を持ってほしい。


「……せめて身内に対して乱用するな」

「善処します」


 本当はしっかりと説教するべきだが、直ぐにレイラが来るはずであるためここで話を切り上げることにした。

 横のエリットはまだ混乱から覚めていないようだ。眼が焦点が合っていないし、頭もふらついたままだ。


「いい加減に目を覚ませ、エリット。直ぐにレイラが来るぞ」


 私は肩を揺さぶったが、効果がないようだ。


「ボクが起こしてあげましょうか?」


 そう言ってきたのは、キキの隣に座る彼女の妹のミミ・ハイズだ。茶色の短髪と中肉中背な体格で、一見すると少年の様にも見えるが、れっきとした魔女の一人だ。十七歳で年齢を止めている。

 彼女は帯剣魔女と呼ばれる魔法だけでなく剣術も得意とする白兵戦に秀でた魔女だ。その為か、衣装も魔女族独特の雰囲気を残しながらも動きやすいようなデザインになっている。


「起こすのは構わんが、あまり過激な起こし方はするな」

「ボクが……いや、魔女族が女の子にそんなひどいことするわけないじゃないですか」


 そう言うとミミは立ち上がってエリットの後ろに回り込む。

 そして、右手でエリットの顎を持ち上げるとそのまま一気に顔を近づけた。


「……!?んっ、んー!!」


 我に返ったエリットが驚きで何かを叫ぶが、唇が塞がれているため言葉として聞き取れない。

 十秒ほど続けた後、ようやく顔を離した。


「きっ、急になにするのよ!」


 エリットはいつもの猫真似を完全に忘れてミミに抗議した。

 その顔は羞恥心か怒りか、もしくは両方なのか、真っ赤に染まっている。


「気付けの一発だよ。目覚めたでしょ」

「他にやり方がなかったわけ!?」

「ボクなりに配慮したつもりだよ。まさか、頭を叩いたり耳元で大きな音を立てる訳にはいかないからね」

「それは……そうだけどニャ……。寄りにもよってあたしに……き……キスなんて……!」

「でも、舌を入れた時は半分受け入れてた感じだったよ。満更でもなかったんじゃないの?」

「そ……それは……」


 まるで男性が女性を口説くかのような口調で詰め寄るミミにエリットは思わずたじろいだ。

 ミミはよく、こんな風に女性を口説き落とそうとする。メンバーにはもちろん、酒場の女やすれ違っただけの町娘も例外ではない。


「そこまでにしろ」


 これ以上は見ていられないため、ミミに制止を命じた。


「どうして止めるんですか?」

「誰がナンパまでしろと言った」

「ナンパじゃありません。ボクの愛人への勧誘です」

「同じだニャ!」


 私が思っていたことをエリットが代弁するかのように言った。

 するとその直後、


「きゃん!?」


 エリットが何かに驚いて色気がある気色の悪い声を上げた。

 見ると、だいぶ若く見える魔女がエリットの両胸を後ろから鷲掴みにしていた。


「キキ姉もミミ姉もやり方が回りくどいからいけないッス。女の子はダイレクトに体で手名付けるのが一番ッスよ。エリットさんに関しては、ほら、こうすれば……」


 エリットの胸を揉んでいるこいつはリリ・ハイズ。キキとミミに次ぐハイズ三姉妹の末娘だ。十四歳で年齢を止めている。

 金色の髪をツインテールに纏め、姉二人と同様に黒いマントこそ羽織っているが、その下の衣装は魔女というより踊り子のような風体だ。こいつはミミ同様に通常メンバーだ。

 召喚魔法という魔獣を召喚して使役することを得意としていて、実戦ではいざという時に役に立つが、今の様に女性メンバーに手あたり次第にセクハラをするのが欠点だ。


「はっ、離しなさいよ、リリ!」


 エリットが顔を赤らめて止めようとするが、リリは一向に聞く気がない。

 それどころか、至福の時を体感しているかのような満面の笑みで手を動かし続ける。


「あ~、やっぱりエリットさんはおっぱい弱いッスね~。筋肉質だからハーミルさんよりすこし固いッスけど、手のひらに収まらないこの大きさは申し分ないッス~」

「いい加減にしろ、馬鹿者」


 私はリリの頭に拳をお見舞いした。


「痛いッスよ、フィールさん!子供のあたしをぶつなんて非道にもほどがあるッスよ!」

「何年も十四歳を続けている奴は子供扱いせん。さっさと席に着け」


 リリはふくれっ面になりながらも、ミミの隣の席に移動して着席した。

 最近はハイズ三姉妹が揃うことはあまりなかったため、ちょうどいい機会だと考えて三人に説教をする。


「おまえ達はここ最近、他のメンバーにちょっかいをかけることが多くなっているそうだな。少しは自粛しろ」

「それは無理な相談ですね」

「ボク達は魔女族ですよ。魔女族には種族問わずに女性を愛でる習慣があるのをお忘れですか」

「女性の捕虜を例外なく奴隷にしておいて、今更何を言う」

「愛人ッスよ、フィールさん。奴隷なんて人聞きが悪いッスよ。それに、男なんかの奴隷にされるよりは、あたし達の愛人になった方が女の子たちも幸せなんスよ」


 少なくとも、そうは思わない女がここにいるのだが。言葉にするのも馬鹿らしく思ったため、これ以上は何も言わないことにした。

 ここまで聞けばわかると思うが、この三人は女好きだ。こいつらに限らず、魔女族は男嫌いの同性愛者が大多数を占めており、フレイアスのような例外を除いて男性と好んで接することはない。

 しかし、これは彼女たちの過去が大きく関係しているから仕方がない。魔女族は人族でありながらペシオ教から迫害の対象にされ、悲惨な過去を送ってきた。特に男性からは女性として生まれた事を後悔するほどの恥辱を受けたため、男性に対して嫌悪感を持つようになった。

 この三姉妹はその偏見的思考が強いだけでなく、「女は男より優れた存在である」と豪語する程の女性至上主義者である。捕虜をとった際も、男性は例外なく殺害もしくは生贄にし、女性は彼女たちの愛人(愛玩奴隷)にされる。魔法士の素質がある女性は魔女族から勧誘を受けるが、その際も女好きにするという再教育(実質的には洗脳)は欠かさない。

 東部支部に女性しか配属されていないのもこいつらが原因だ。ルアス同盟への加入の際に「仲間が全員女性じゃないと仕事は出来ない!」と無茶苦茶を言ってきたのだ。最初はフレイアスも説得しようとしたが、彼女達の頑なな態度に押され比較的に仕事が少ない東部支部ならと渋々承諾することになった。


「あーあ、エリットさんのおっぱいもいいッスけど、いい加減にハーミルさんのおっぱいが恋しくなってきたッス。あのちょうどいい大きさと柔らかさ、揉んだ時の反応、ハーフエルフは伊達じゃないッス」

「人族とエルフ族の良いとこ取りだものね。おまけに卑怯なくらいに可愛すぎるし。でも、もう半月近く会ってないのよね」

「変な任務に駆り出されたんだっけ。早く戻ってこないかな……」


 キキ達は話をハーミルの話題に変えた。

 三人はハーミルのことを特によく気に入っている。いや、この三人だけじゃない。少なくとも北部や東部の本部支部内でハーミルと親交があったものは皆、彼女のことを好いている。

 ハーミルには良い意味でも悪い意味でも人を惹きつける何かがあるようだ。それがハーフエルフだからなのか彼女の人当たりの良い性格によるものなのかはわからないが、その友人の中には王族も含まれているのだから決して侮れないのは確かだ。


「ハーミルに早く戻ってきてほしいのは同感だニャ。今溜まってる書類仕事、ハーミルがいなきゃ絶対に終わらないニャ……」


 エリットはげんなりとした顔で言った。

 普段のハーミルには基本的に総務部の仕事を任せている。総務の仕事は主に報告書の作成・管理等の執務仕事、外部からの依頼の承諾、支部内の備品のチェック、本部や他支部との連絡などがある。ハーミルは実に優秀でフレイアスからも高い評価を受けていた。今回の任務で抜けたのは痛手だったという他の総務部の話も来ている。

 せっかくなので、ハーミルの件について一足先に連絡することにしよう。


「残念だが、ハーミルの帰還はもうしばらく延びるぞ」

「「「「えぇーーーーーーーーーーーーー!!!」」」」


 案の定、四人は驚愕を顔と声に大きく出した。

 続いて、質問攻めが始まる。


「どういうことッスか!?」

「ハーミルちゃんとまだ会えないだなんて!私達三姉妹を殺す気ですか!?」

「誰かに会えない程度で人は死なん。派遣先の未開の地で結果が出たんだ。詳しい話はレイラが話す」

「せっかくレイリーが出張してる今しかハーミルを愛人にするチャンスがないのに……!あり得ない……」

「フィール……じゃあ、あたしの書類仕事は……誰がやってくれるニャ……?」

「自分でどうにかしろ」


 四人は絶望に染まりきったかのような顔で項垂れた。ハーミルが帰って来ないだけでここまでひどくなるのか。

 私たちの会話を聞いた周りのメンバーも少なからず動揺しているようだ。特に総務部メンバーのショックは大きく見える。

 そんな中、部屋の入り口から一人のメンバーが欠伸をしながら入ってきた。


「ぎゃーぎゃーうるさいですねぇ~。おかげで完全に目が覚めちゃいましたよぉ~」


 挑発的な軽い口調でそう文句を言って私の隣に座ってきたのは、夢魔族のサーシャだ。

 背中には蝙蝠の羽のような翼、赤毛のロングヘアが目立ち、抜群のスタイルを大衆に曝け出すかのような、隠すべき部分が辛うじて隠している夢魔族特有の露出の多い衣装をまとっている。通常メンバーなのだが、当たり前のように幹部格が座る前方の席に来ている。

 彼女は東部支部における拷問役を勤めている根っからのサディストで、誘拐した商人や貴族、敵兵の捕虜に肉体的、精神的、性的拷問をすることを何よりの楽しみにしている。そういう性格面での問題があったため、大規模人員移動が始まる以前から東部に左遷同然に配属された。

 私がまだ支部長だった頃は、ルアス同盟内の問題児はこいつだけだと思っていたのだが、エリットやハイズ三姉妹が来てからはまだマシな存在とすら思うようになって来たな。


「夜勤組のお前にはちょうどいい目覚ましだったんじゃないか」

「それにしたって、もう少し穏便な起こし方してほしいもんですねぇ~。おまけにハーミルがまだしばらく帰らないなんて訃報付きなんて、気分も悪くなりますよぉ~」

「なんだ聞いていたのか」


 サーシャには夜が明けるまでの夜勤を任せている。普通は交代で変わるものだが、夢魔族は夜型の種族のため、日中の活動を省いて常時深夜の活動を行わせている。


「てゆーかぁ、ハーミルが戻らないとなるとレイリーがうるさそうですけど、その点はどうなんですかぁ~?」

「うるさいどころじゃないッスよ。ブチギレて何しでかすか分かんないッス」

「その通りだ。だから、引き続きレイリーにはまだ伝えないままで置くつもりだ」


 今はこの場にいないメンバー、レイリーとは、元は殺し屋だった人族の少女だ。この大陸では珍しい黒髪に整った顔立ち、華奢な体でありながら、驚異的な身体能力と頭脳、そして確実に任務をこなす精密さを持ったエリート中のエリートだ。この道でその名を知らぬものはいない程の腕前で、『冷鉄レイリー』、『黒死蝶』などの異名を持っている。

 あるとき、ハーミルが連れてきてから内のメンバーになったが、はっきり言ってあいつは使いづらい。口よりも先に手が……いや、ナイフが出る気の短さに加え、気分次第でしか動かない自分勝手な性格が目立つからだ。

 まず、あいつはハーミルかフレイアスの指示しか聞かない。その二人の指示ならどんな汚れ仕事でも平気で引き受けるが、それ以外の幹部等の指示では全く動かない。今回の出征もハーミルを介して行ってもらっているぐらいだ。

 次に、あいつはハーミル以外とは友好的ではない。仕事に関する簡単な内容ぐらいなら話を聞くが、プライベートでは何を言っても反応しない。気軽に触れようものなら顔面に拳が飛ぶか投げ飛ばされるかだ。逆にハーミルが相手だと別人のように態度を変える。口数は多くなるし、腕を組んで歩く姿は何度も見た。だが、あれは仲が良いというよりは、ハーミルに依存しているというべきだろうか。二人に何があったかは私もよく知らないが、気にしても仕方がないことだと割り切っている。

 レイリーには、出征中の間はハーミルに外出させるような任務はさせないと伝えてしまっているため、ハーミルが一人で偵察任務に出ているなどと知られたら、今の任務を放棄してハーミルの元に向かうか支部に殴り込みに来る可能性がある。そうなれば手の付けようがないが、唯一ハーミルならあいつを説得させられる。だからハーミルが任務を終えて支部に帰還するまでは、レイリーに伝えないことにするつもりだ。


 やがて、東部支部の支部長であるレイラ・クラーティムが大広間に入ってきた。

 待機していたメンバー達は全員立ち上がり、レイラに向かって敬礼した。

 レイラは敬礼を返すと壇上に上がり、その左右両側を彼女の従者が立つ。


「遅くなってごめんなさい。全員揃っているわね?」


 東部支部のメンバーは全部で157人。そのうち71人が出征に出ているため、残りは86人だ。私も先ほど確認して最後にサーシャが来たことで、この場には出征組以外の86人全員が集っている。

 全員が揃っていることを確認したレイラは簡単な挨拶から入る。


「今から緊急の報告とそれについての方針の取り決めをするわ。本題に入る前に、先程本部から通達があったからそれについて話すわ」


 レイラは従者の一人に命令して全員に一枚の紙を配布させる。どうやら賞金首の手配書のようだ。

 読んでみると、見慣れない顔の少女が異端の烙印や僅かな懸賞金と共に書かれている。名前はミーザというそうだ。


「(ミーザ……どこかで聞いた名だな?)」


 私がそう疑問に思っていると、エリットが反応した。


「あれ?ミーザだニャ」


 エリットはこの少女のことを知っているようだ。エリットの他にも、本部から移動してきたメンバーは同様の反応をしている。

 そこにレイラが説明を入れる。


「本部から来た人は知ってる人も多いけど、この手配書に書かれている子は北部本部で下働きをしていた元メンバー、名前はミーザよ」


 レイラの言葉を聞いて、私もなんとなく北部本部にそんな名前の新人がいたのを僅かばかり思いだした。

 だが、せいぜい下働きのメンバーが指名手配されたぐらいではそこまで騒ぐことでもないのだが、一体どうしたことか?


「この子は本部の場所を軍に密告した反逆の罪があるわ」

「「「!?」」」


 それを聞いた私を含めたメンバー達は衝撃を受けた。

 ルアス同盟では、家臣の裏切りによって捕縛されたルアスの二の舞にならぬために、裏切り者を出さないことに最大限に力を入れている。それでありながら裏切り者を出してしまった事はこれ以上ない屈辱だった。


「……つまりは、リドアスはルアスとほとんど同じ最期を遂げたということか」

「そういうことね……」


 広間に重苦しい空気が漂い始めた。メンバーの中には悔しさを表情や手に出す者も見受けられる。

 レイラはさらに話を続ける。


「このミーザだけど、どうも東に逃げ込んでいるらしいわ。こっちの管轄内に来る可能性もあるから、一応みんなも頭に入れておいてね。生死は問わないから、見つけたら支部に連れてくるように」

「生け捕りの場合、後は私の好きにしてもいいですか!?」


 サーシャが目を輝かせて尋ねてきた。

 レイラはすこし呆れた顔をしながら「好きにしなさい」と返し、直ぐに話に戻る。


「けれど、この件は今ある仕事より優先事項ではないわ。あくまで偶然にも見つけたら実行するって程度に考えてちょうだい」


 ミーザに関する話を終え、続いて本題に移る。


「じゃあ、ここから本題に入るわね。今日の昼頃、未開の地の偵察に出ていたハーミルから報告書が届いたわ。どうやら人魚族の情報は本物だったそうよ。その集団に関することが一部だけ書かれているから全員目を通してちょうだい」


 レイラは再び従者に命じて今度はハーミルの報告書を見せる。

 一枚しかないため全員が報告書を囲んで書かれている内容を読み、まだ文字が読めない者は他の仲間に音読してもらって内容を理解した。


「……どういうことなのかしら?」

「『鉄羽虫』とか『鉄車』とか、どうやって動かしてんだって話ですよねぇ!?」

「信じるのが到底無理なことばかり書いてるけど……」

「ハーミルさんが書いた物じゃあ……ねぇ?」

「ああ。あいつが出鱈目でこんな内容を書くとは思えない」

「確かにそうだニャ……」


 読み終えた仲間は皆、私の想定通り半信半疑な顔をしていた。内容自体が理解不能なことばかりで本当に信じていいのか疑問に思うものの、書いた人物が支部の中でも特に信頼されているハーミルであるため、この内容が嘘だと断定することもできないといった様子だ。レイラはハーミルのそういう信頼の厚さも考慮して今回の偵察に彼女を選んでいた。

 メンバー達が一通り読み終えた頃合いを見て、レイラは話を再開した。


「読んでの通り、未開の地に現れた連中は高い技術力を持っているらしいわ。彼らがペシオ教に接近することがあれば、私達ルアス同盟が受ける影響も小さくないでしょうね」


 その言葉に広間は一斉に静まり返った。

 確かに、読んだだけでも明らかに強大だとわかる連中が敵に回るようなことがあれば、今後の活動に大きな支障を来たすことは間違いないだろう。


「それなら、一回当たってみるのはどうですか?要はこっちの害にならなければいいんですしね」

「威力偵察も兼ねた警告ってわけだね」

「キキ姉、ナイスアイデアッス!」


 ハイズ三姉妹が自信あり気に提案した。周りのメンバーはあまりに無鉄砲な提案に顔を引きつらせている。

 こんな馬鹿げた提案を認めさせるわけにもいかないので、私は反論を出す。


「まだ連中が敵だと決めつけるのは早いだろう。こちら側に抱き込むことができれば、逆に強みになるはずだ」


 先ほどよりは楽観的な意見を出したことで、広間の空気も若干和らぎ始めた。

 幹部メンバーの一人が提案を出す。


「それなら、すぐに使節を送る準備をしますか?」

「いいえ、それもまだ早いわ。この件はフレイアス様の承認も必要になるし、何より私達は彼らに関してまだ分からないことがたくさんあるわ。まずは、彼らに関してもっと知っておかないとね」

「つまり、その連中がいる未開の地の調査は続行するわけですか?」

「ええ、これは決定事項よ」


 まあ、それが一番妥当だろう。新勢力の登場など、一介の支部長が対処できる範囲を超えている。フレイアスの判断も必要になるだろう。

 だが、今回届いた報告書だけでは情報が足りなすぎる。襲撃にしても接触にしても、もっと情報が必要になる。


「その調査に関してだけど、これ以上はハーミル1人にやらせる訳にはいかないから、増員を行おうと思うわ。誰か立候補する人はいない?」

「はい!立候補するニャ!」

「あたしも行きたいッス!」

「いや、ボクが一番ふさわしいと思います!」

「お願いします!ぜひ私をお選びください!」


 エリットと三姉妹が一斉に手を挙げた。他にも立候補しようとした者が何人かいたが、4人の気迫に圧されてかき消されてしまった。

 この4人がここまで必死に志願する理由は大体想像がつく。まず、エリットは今ある書類仕事から解放されるためで、ハイズ三姉妹は数少ないハーミルとの接触時間を手に入れるのが狙いだ。

 いずれにせよ、下心が見え見えのこの4人を行かせたら任務に支障が出る可能性がある。とは言え、性格を除けば四人共メンバーとしては有能ではある。あと必要なのはこいつ等が変な気を起こした時に備えての制止役だ。

 そう考えて私は手を挙げた。


「おまえ達が行くなら、私も行こう」

「あなたが直々に?本当にいいの?」

「構わない。何かあった時、こいつらを止められるのは私ぐらいだ」

「そうね、何かあった時はお願いするわ」


 レイラも私の言葉に納得して了承した。一方で四人は不満げな視線を向けてきている。邪魔な監視役が付くのが納得いかないのだろう。


「フィールは良いとして、エリットは残りなさい」

「えぇー!!なんでだニャ!!」

「あなたが書いた報告書、ミスが複数見つかったから修正が終わるまで外には出さないわよ」

「そんにゃあ……」


 エリットは落胆して頭をテーブルに落とした。


「それから、キキ達も三人まとめて行かせるのはいろいろと問題があるから、誰か一人だけにしなさい」

「連れて行くならミミを選びたいが、構わないか?」

「ちょっと!私とリリの意見はナシですか!?」

「そうッスよ!なんでミミ姉なんスか!?」


 指名されなかったキキとリリが猛反発してきた。逆にミミは勝ち誇ったかのような顔になっている。

 私がミミを選んだ理由は二つある。一つは近接戦闘に秀でたメンバーを連れたいこと。もう一つは女性を見る目が異常なキキとセクハラ行為を懲りず行うリリよりは、女性を口説こうとするだけミミの方が性格的にまだマシな方だからだ。

 レイラもその点はよく理解しているため、二人の反論を無視して承諾した。


「じゃあ、フィールとミミは今晩中に荷物をまとめておきなさい。出発は明日の朝。合流地点は地図に書いてある入り江。この時期は海軍の動きが激しくて海上ルートは使えないから陸上の海岸沿いルートを使うこと。いいわね?」

「「了解」」

「何か他に意見がある人はいる?」


 念のために確認をとるが、周囲は特に反応がなかった。


「……ないみたいね。じゃあ、話は以上よ。夕食にしましょう」


 そう言うとレイラは従者に命じて自分の後ろに吊り下がっているロープを引かせた。すると、鈴の軽い音が鳴り響き、その数十秒後に出入り口の扉から続々と料理を乗せた台車が運ばれた。

 下働きの者たちが次々に料理をテーブルに乗せていく。若鳥の香草蒸しに森で仕留めたイノシシの丸焼き、様々な種類の魚のムニエル、燻製肉入りの野菜スープ、葡萄酒が入ったポットなど、かなり豪華な夕食だ。


「いつ見ても豪勢ッスねぇ。中央の集落でもこれほどの料理は滅多に出なかったッスよ」

「ハーミルちゃん様様ね」

「あたしもそれに関しては、ハーミルと一緒に北部から東部に移動できて良かったと思ってるニャ」

「その代わり、物資や資金を拠点ごと失っている北部は苦しい状況らしいけどね」

「フレイアスはハーミルを手放したのは失敗でしたねぇ~」


 一応は資金難であるうちの組織で、しかも仕事量が少ないはずの東部支部でこれほど豪華な食事が出せるのは、偏にハーミルのおかげだ。

 先ほども話したが、ハーミルは親交が深い。彼女が冒険者時代から知り合った親友は、人族、亜人族問わず幅広く存在し、その中にはルアス同盟の協力者やスポンサーもいる。彼らとのコネクションのおかげで、ルアス同盟は他の組織よりも優先的に支援や仕事を貰え、特に今現在ハーミルが配属しているこの東部支部はその恩恵を他の本部や支部よりも強く受けられるという訳だ。


 しばらく食事を楽しんでいた最中、エリットが妙なことを聞いてきた。


「それにしても、何で今まであの場所は手付かずで残ったのかニャ?」

「あの場所……未開の地の事か。突然どうしたんだ?」

「いや、あそこって中小の国より面積が広いし、となりのノイズ王国辺りが入植を始めてもおかしくないと思うニャ。なのに今の今までほったらかしにしてるなんて変だニャ」

「お前でもそういうことを考えるだけの脳があるんだな」

「どういう意味だニャ!!」


 珍しく学のある問いをしてきたエリットに内心驚いた。

 だが、至極当然な問いだ。私は自分が知る範囲で説明する。


「ノイズ王国は初代国王からの言いつけで未開の地への進出を断念していたんだ。もっとも、10年前にその言いつけを破って派兵して見事に失敗したがな」

「確か、盗賊か魔物の奇襲を受けたんでしたっけ」

「そうだ。正体はまだ分かっていないが、相当な強さか統率が執れた集団があの森にいることは確かだ」


 ノイズ王国の初代国王は「プリミントの森には関わるな」という奇妙な遺言を残してこの世を去った。

 プリミントの森に何があるのか、何故そんな遺言を残したのかは一切不明であるが、ノイズ王国はしばらくの間その言いつけを守っていた。

 しかし、大した資源も名産もない王国は年々悪化する国内情勢を打開する為に現国王が初代国王の言いつけを破って未開の地に兵を送り込んだ。

 プリミントの森の北側には森を通らずに迂回できる道はあるが、崖に面した細い道で1000人規模の軍団を通すのは到底無理なため、真っ先に森を攻略することとなった。

 しかし、結果は大損害を出しただけで終わり、以来ノイズ王国は未開の地への進出には消極的になった。


「でも、敵がいることがはっきりしている訳だし、前より兵の数を増やすとかして対策すれば良いだけだと思うけど」

「襲ってきた連中の正体が未だにわかっていないから、迂闊な行動は取れないわよ。万が一正体が喰人族グールだったら、兵を増やしたら無駄に犠牲が増えるだけでしょ」


 ミミの考えをキキが否定した。

 喰人族グールとは、ゴブリンやオークなど、人間の肉を食らう種族の総称だ。

 軍隊や冒険者に狩られ、現在は個体数も少なくなっているが、複数種族が存在し、中には単独で一個騎士団を壊滅させる程強力な種族もいる。知能が高い種族となれば組織的な行動を取ることもある。真正面からの戦闘になれば大きな被害が出ることは免れない。

 相応の備えがあれば対処できなくもないが、襲撃者の正体がはっきりわからない以上、無闇に派兵することはできないという訳だ。


「ノイズ王国はそれで動けなかったことはわかったっスけど、だったらカテドナ王国は何で動かなかったんスかね?距離も近いッスのに」


 東部支部が置かれているこのカテドナ王国と未開の地の間にジオラ海という海域がある。その海域を通れば3日程で未開の地に行くことができる。その気になればカテドナ王国は海から未開の地への進行が可能なのだ。


「リリ~。この国の腰抜け振りを知った上で聞いてませんかぁ~?」

「えっ?……あー、そういうことッスか」


 リリはサーシャのその言葉だけで納得したように頷いた。

 カテドナ王国は治安や食料生産、資源、人口がいずれも安定している国だが、他国からは国力の弱さで知られている。

 王家が信仰熱心ではないことや聖戦発動時に送る兵の数も少ないことから、ペシオ教からの評価も低い。

 外交も非常に下手で、隣国と何かトラブル(明らかに相手側が捏造したものも含まれる)が発生した時、その責任がすべて自分達に負わされることは度々あり、あまりの弱腰さから他国からは『外交だけでいかに搾り取れるか』の良い練習台にされている状態だ。

 そのため、アリラン皇国や同盟国のライアス王国以外のぺシオ教圏の国家にまで威圧的態度をとるノイズ王国からは度々嫌がらせに近い程の不利な外交をさせられている。

 そのノイズ王国が領有を主張する未開の地に派兵しようものなら、今度は宣戦布告までされかねない。アリラン皇国も信仰心の低いカテドナ王国を庇ってはくれないはずだ。


「この腰抜け国家にそんなことする度胸なんてあるわけないッスよね」

「そういうことだ。それ以外の周辺国だと、まずトリアスタ王国は進攻自体は考えていたそうだがやはりノイズ王国の妨害で断念し、その南、つまりこの国の西隣にあるリーガル王国は内陸国で軍を送れない。さらに南のグレミラ大公国は海に面しているが、距離が遠すぎる上に人口が少ないから領土なんて得てもかえって迷惑なだけだ」

「聖戦を利用して侵攻するには、口実が必要になるけど、亜人族も異教徒もいない空っぽの場所にそんなものないしね」

「プリミントの森で襲ってきた連中の討伐だと、国軍だけでどうにかしろってだけの話になるニャ」

「聖教同盟圏は全部ダメって訳か。じゃあ、エリストア帝国辺りは……いや、そもそもリライアス山脈の防衛で手一杯だったよね」


 こうして聞くと、あの土地を手に入れるのに解決しなければいけない問題がいかに多いかがわかるな。

 だが今、その場所に足を踏み入れて開拓を進めている謎の連中が存在する。

 彼らが何者であれ、ルアス同盟の障害になるならば相応の処置はさせてもらう。


「いずれにせよ、明日からは忙しくなる。物資の方はキキとリリに用意させておくから、ミミは食事を終えたら、直ぐに明日の身支度を済ませておけ。しばらく風呂にも入れないから、未練が残らないようにしっかりと湯に浸かって早めに寝ろ」

「支度の方が時間かかりそうなので、今日はシャワーだけにしときます。」

「用意しておく物資はリストにまとめておきますが、それ以外で必要なものがあったら後で言ってくださいね」

「ミミ姉。ハーミルさんのこと頼んだッスよ」

「早く終わらせて支部に戻してほしいニャ。さもないとあたしが過労で死ぬニャ」


 一先ずの段取りを決め、私達は食事を続けた。





ライアス王国 ルアス同盟北部本部臨時拠点

二ノ月二十八日



 今現在、僕達北部本部メンバーはほぼ全員が憤慨している。


「あーあ、泣きてぇ」

「やめろフレイ。余計に胸糞悪くなる」


 怒りの節を呟いたフレイアスさんにギノルが突っ込みを入れたけど、この人もこの人で怒りですごい形相になってる。熊みたいな体格も合わさって、今のギノルさんを見た子供は大抵泣き出すと思う。

 ネオードさんは指を一本ずつ鳴らすという機嫌が悪い時の癖が出てるし、イリアさんはお酒が入ったボトルを直飲みで煽っている。

 みんながこんなに不機嫌なのは此間実行したネイロード邸の襲撃任務が原因だ。と言っても、任務自体は失敗したわけじゃない。むしろ死者どころか負傷者も出なかった大成功と言えた。

 けど、問題なのは僕たちが囲っているテーブルの上にあるものだ。


「あれから2,3ヶ月経ってたとは言え、まさか報酬のほとんどをこんなことに使ってたとは思わなかったよ」

「ホント、これだから貴族の馬鹿は困るよ」


 テーブルの上に置かれているもの、それは銅像の頭部だ。誰の頭部なのか問われれば、ステファゴス・ネイロードのものだ。屋敷中に飾ってあった自身の肖像画の数から考えて、彼は相当なナルシストだったらしい。

 ネイロードはリドアスさんの懸賞金を自身の銅像の建造費に充てていた事が判明した。おかげで、僕達が手に入れられたリドアスさんの懸賞金は一割に満たなかった。あと手に入れられたものと言えば、奴隷にされていた数人の獣人族と同じく数名の人族の女性、上質の武器が十数点、魔女族に売るために捕らえた屋敷の貴族女性が四人程、そしてこの銅像の頭だ。

 銅像なんて余程名の知れた人間の物でなければ大した値段で売れない。地方警備隊の小隊長でしかないネイロードはその範疇には入らない。僕達からしてみれば、あいつは数百枚あったであろう金貨をどぶに捨てたも同然の事をしたということになる。これで苛立たないわけがない。せめて宝石か金や銀の食器か家具にでもしていれば売却の目途はあったけど、本当に無駄なことをしてくれた。


「若、起きたことを気にし続けても仕方ないですぞ。それよりも、食い扶持が増えてしまったのです。直ぐに新しい仕事を見つけないとなりません」

「……まあ、その通りだな」


 おじいちゃんの言う通りでまた何らかの方法でお金を稼がないと本部がもたない。助け出した奴隷の数も多いから、食糧事情も深刻だ。


「フレイアスさん。やっぱり、ハーミルさんを東部に送ったのは失敗だったんじゃあ……」

「……そうだな」


 認めちゃった。今日までは正しい判断だったと言わんばかりに全く考えを曲げてなかったけど、こうなった以上は認めざるを得ないみたい。

 ハーミルさんがいた頃は、外部組織やスポンサーからの支援や仕事がたくさん入って、本部の運営も今よりずっと楽だった。けど、大規模人員移動でハーミルさんが東部に行った途端、それこそ幸運の女神まで離れて行ってしまったかのように悪いことが続いている。

 当初からハーミルさんの異動には反対意見も多かったけど、結局それは覆ることはなかった。


「大体ねえ、なんでハーミルの東部行きを強行したんだい!」

「あいつはうちに入ってから働き詰めだっただろ。仕事熱心なのは良いが、それで体を壊されたら少し申し訳ないと思って、仕事が少ない東部で楽させてやろうと思ったんだ」

「君なりの配慮だったってことは分かってるよ。でもそこは本人の意思も尊重しないとダメな所じゃないか?」

「は?あいつ、こっちに残りたがってたのか?」

「あのなぁ、フレイ。ハーミルのあの時の落ち込み振り見りゃあ分かんだろ」

「いや……まったく気にしてなかった」

「「「…………」」」


 僕たちは呆れを通り越して絶句してしまった。さっきまでのイライラも吹き飛ぶレベルの衝撃だった。昔からデリカシーのなさと鈍感さが目立つ人だったけど、年齢を追うごとにひどくなってるような気がする。


「フレイ……お前、ぜってー良い嫁さん貰えねえぞ。いや、訂正する。たとえ来てもすぐ逃げられるぞ」

「いきなり何だ?」

「自分の胸に聞きなよ」

「この鈍感男はもうほっとこう。それよりも、これからどうするかの話に戻ろう」


 ギノルさん達はこれ以上この話をするのも馬鹿らしくなったみたいで、困惑しているフレイアスさんをほっといて話を戻した。

 さてどうしたものかと考えている時だった。フレイアスさんの右腕にあるブレスレットの水晶が光りだした。水晶に指を当て、軽くこすってから腕を耳に近づける。


『ヤッホー、フレイくーん。お姉さんだよー』


 ブレスレットから聞こえてきたのはアリッサさんの声だ。


 フレイアスさんは今、ブレスレットの水晶越しにアリッサさんと『魔通信』で会話をしている。

 魔通信とは、特殊な『魔水晶』を用いて同じものを持った遠くの人と会話できる魔法だ。

 非常に便利な魔法だけど、魔通信に使用可能な魔水晶の鉱石の産出量は極めて少なく、更に値段も高額であるため一部の魔法士や有力貴族しか持つ者はいない。

 魔女族は持ち前の魔法技術で、精度の低い鉱石でも通信ができ、尚且つ指輪やイヤリングなどのアクセサリーに変えて持ち運べるほど小型にすることができたけど、その性能は劣悪でただでさえ魔力の消費が激しい通常の魔通信の倍の魔力を消費する上に、長時間使用し続けると魔水晶自体が勝手に砕けることが多いらしい。

 更に、精度の高い鉱石で作った魔水晶は会話内容が第三者に聞かれない様に使用時に特殊な結界が張られるけど、質の悪い鉱石で作った魔女族製魔水晶にそんな優秀なものがついているはずがなく会話は外にダダ漏れになる。おまけにフレイアスさんのそれに関しては自分から通信を繋げず、魔女族の誰かからの発信がないと使えないと来た。

 こういった欠点の多さから、魔力の保有量が多いことで有名な魔女族ですらあまり使いたがらないほど低評価なアイテムなのだそうだ。


「何の用ですか?こっちは気分が悪いので手短にお願いします」

『も―、つれないなー!せっかく良い知らせがあるのに、そんなこと言うんだったら教えてあげないぞー』


 本当にこの人は面倒くさい。

 だが、ここで機嫌を損なわせるのも厄介だ。適当に謝罪する。


「あー、はいはい。どうもすみませんでした。で、用件はなんです?」

『まず聞きたいんだけど、そっちは資金とか食糧とかで困ってない?』

「困ってますよ。正直、ハーミルを東部に送ったのは失敗でした」

『だろうねー。でも、ちょうどいいや。最近こっちで完成した魔法が役に立つと思うよ。一応、機密の魔法で魔通信じゃあ話せないから、レーアイナまで直接来てくれる?』


 任務を終えたばかりで疲れているのに、馬で片道五日はかかるレーアイナまで来いとは、酷なことを言うものだ。

 だが、内容を聞く限り、うちの負担を軽減できる可能性がある話のようだ。とても無視することはできない。


「少し時間をください。任務を終えたばかりでへとへとなんです。そうでなくとも、本部がまだ安定していないので、調整にしばらくかかります」

『うーん、それは困ったなー。フレイくんには即決で「はい」「うん」「了解」「わかったよ」「お姉ちゃんだーい好き」のどれかを言ってもらわないと』

「最後のは絶対に言いませんし関係ないですから。それより、どういうことです?どの道、そっちに着くのはどんなに早くても四日はかかりますし、一日二日延びても問題ないでしょう」

「だって私達、もう迎えに来ちゃってるもん」


 部屋の扉が開いたと同時にアリッサさんが話しながら入ってきた。彼女だけでなく他にも十人程魔女さんがぞろぞろ入ってきた。


「……アポなしで来るなと何度も言っているでしょう」


 意外な人の突然の訪問に全員が驚いている中、フレイアスさんは呆れた様子で吐き捨てる。


「いーじゃん親子みたいなもんなんだからさー。それより、さっきの答えを聞きたいんだけど」

「……来てしまった以上は仕方ない。グリフス、また留守を任せるぞ」

「承知しました――――誰だ?」

「失礼します」


 おじいちゃんが承諾したと同時に、ドアがノックされた。そして一礼してから入ってきたのは、連絡要員の通常メンバーだ。彼は手にした紙の束をフレイアスさんに差し出す。


「ボス、東部から例の未開の地の調査報告の第一報が来ました」

「ご苦労」


 フレイアスさんがそれを受け取ると、彼は再び一礼して退室した。

 フレイアスさんは早速報告書の中身を確認する。読んでいるうちに訝し気な顔になりながらも一通り読み終えて、それを見計らって僕は感想を尋ねる。


「どうでした?」

「どうやら、人魚族の話は本当だったようだ。国籍不明の謎の集団があの土地で開拓や周辺調査を行っているのをハーミルが確認した。それと、その連中は相当な技術力を有しているらしい」

「技術力?どんなものがあるとかも書いてるかい?」

「馬を使わずに走る箱型の鉄馬車。頭と尾に羽のついた鉄の羽虫。短時間で畑を耕す乗り物。非常に整った舗装道を造る機材と実際にそれを造っている現場も確認している。……そのほか多数」

「そりゃまた何とも……。だが、ハーミルが書いたものである以上は出鱈目の可能性はない、だな?」

「ああ。信じられない内容だが、本当だと考えていいだろうな」


 北部にいた頃のハーミルさんをよく知るフレイアスさんは彼女に対して強い信頼をおいている。だから、この報告書の内容を微塵も疑っていないみたいだ。


「オーレンド家の人間としてはどうだい?興味を惹かれる所があるんじゃないかい?」

「全く気にならないと言えば嘘になるな」


 イリアさんに茶化されてフレイアスさんは苦笑しながら肯定した。

 オーレンド家は代々、様々な先進的な物を発明してきた発明家でもある。軍用兵器から生活に役立つ便利道具まで多種多様だ。

 けれど、聖教軍によってライアス王国が堕ちた後はベムラート家の主導で発明品は異教の呪物としてほとんどが使用や製造が禁止されてしまった。それでも軍事転用が可能な技術は残されてるけど、戦嫌いの歴代の王様にとってはさぞかし嘆かわしいことだと思う。

 フレイアスさんやリドアスさんもその名残なのか、それなりの発明品を作ったことがある。本部内に取り付けられてある『通話管』はフレイアスさんの発案で生まれたものだし、リドアスさんは『シャワー』という程良い水量で体を洗える道具を発明した。


「最も望ましいのが、彼等と友好関係を築いて技術を含めた支援を受けることだが、今回の報告だけだと向こうが敵になりそうか味方になりそうかも分からない」

「では、まだしばらくは様子見ですか?」

「ああ。新しい報告を待つことしよう。幸い、増員として派遣されるのはフィールとミミだ。心配はいらないだろう」


 ミミさんがいるのはちょっと心配だけど、フィールさんが一緒にいるなら大丈夫かな。


「フレイくん。おしゃべりが済んだなら早く準備してね。女の子を待たせるのは大罪だぞ」

「わかってますよ。移動はやはり箒や杖ですか?」

「もちろん。フレイくんは私の後ろに乗って、イリアちゃんは適当に一人選んでね」


 魔女族は長距離の移動は箒や杖に乗って飛行する。木の板や広げた布、大きいものでは馬車でも飛ばせるらしいけど、女性である彼女たちにとっては余分な荷物を増やしたくないという考えが一般的なのだそうだ。その点において箒や長杖は持ち運びやすくて飛行には最適らしい。


「了解です。それから、そちらに引き渡そうと貴族の女を何人か捕らえましたが、一緒に連れて行きますか?」

「そうだねー。何人か回すから牢まで案内させて。暴れないように簡単な洗脳……もとい、躾はこっちでやっとくから」


 今、完全に物騒な発言が出てきたけど、聞かなかったことにしよう。


「あのー、失礼ですが僕等はどうすれば?」


 ネオードさんがアリッサさんに尋ねた。確かにフレイアスさんとイリアさんにはどうするかは言ったけど、残った僕たち三人には何も伝えていない。まあ、僕は一度経験があるから予想はつくけど。


「ああ、野郎共はそれね」


 アリッサさんは顎で別の魔女がいる方向を指す。彼女等の手には親指程の太さの縄でできた網があった。


「ちょ、ちょっと待ってくれないっすかね?」


 ギノルさんがアリッサさんに詰め寄った。


「どうしたの?」

「これに入って、飛ぶってことっすか?」

「そうだけど、何か問題でも?」

「いや、おかしくねえか?なんで俺ら、網に入れられた状態で飛ばなきゃならないんだ!?」


 ギノルさんは案の定、納得がいかないようで抗議を始めた。そりゃ、水揚げされた魚みたいな扱いをされるなんて納得いかないのは無理ないけど、以前と比べればこれでもまだまだマシな方なのだ。僕が初めて飛んだときは縄で縛り上げられた挙句、そのまま宙吊りで数時間飛び回されたんだから。


「贅沢は言えないさ、ギノル。飛んでいけるだけでもありがたく思うべきじゃないか?」


 文句ばかり言うギノルさんにネオードさんがフォローを入れる。


「確かにそうだけどよぉ、これが協力し合う仲間に対する待遇だと思うか?」

「男嫌いの彼女たちが僕らを運んでくれるという事実だけでも評価に値することさ。多少窮屈かもしれないけど、それくらいは我慢しようか」

「にしたって網はねえだろ。なんでこんな捕まった動物みたいな……ん?」


 愚痴を止めないギノルさんの袖をアリッサさんが引っ張った。

 何事だと振り返ったギノルさんの表情が凍り付いた。


「そんなに嫌なら歩けよ」


 アリッサさんがさっきまでの明るい声とは真逆のドスの効いた低い声で冷たく言い放った。表情も人懐っこい笑顔から殺人鬼のような形相に変化している。フレイアスさんとおじいちゃんを除いた他のメンバーや魔女の皆さんもあまりの急変に青ざめた顔で引いている。


「……網でいいっす」


 アリッサさんの低い声が流石に聞いたみたいで、ギノルさんが折れた。

 フレイアスさんも怒った時は不気味な恐さを感じるけど、それはやっぱり育て親のアリッサさん譲りなのかもしれない。

 そのフレイアスさんは何事もなかったように指示を出す。


「ネオードたちは身支度を済ませておけ。出発は深夜だ。それまで仮眠も忘れるなよ。解散」

「「「了解」」」

「じゃあ、皆も休憩に入ってね。洗脳魔法が使える娘は新しい子猫ちゃんたちの躾に入って」

「わかりました」


 ネオードさん達と魔女の皆さんが続々と部屋から出て行った。


「さて、俺達も支度するか。ローグ、出発までに俺の剣と荷物を頼む。グリフスは全員分の食糧の手配をしてくれ。俺はついでに持っていく書類をまとめておく」

「はい」「了解しました」


 僕とおじいちゃんは同時に返事をした後、今いる執務室から出た。おじいちゃんはみんなと同じ廊下側の出口から、僕は隣につながっているフレイアスさんの寝室の方に行った。

 部屋に入って早速準備を始めている時、ドアの外からフレイアスさんとアリッサさんの話し声が聞こえてきた。


「フレイくん。ちょっといいかな?」

「どうしました?」

「中央の集落についたら、二人だけで大事な話がしたいんだよ」


 アリッサさんは何時になく真剣な声だ。きっと二人は今、ルアス同盟と魔女族それぞれのトップとして話しているんだろう。


「今回俺達を連れに来た理由とはまた別ですか?」

「うん。割と真剣な話。もしかしたら今後の私達の関係にもかかわるかもしれない話」

「……わかりました。心しておきましょう」


 うっかり聞き耳を立てちゃったけど、なんだか不安になるような内容だった。

 リドアスさんをはじめとする大勢の人の苦難と努力で生まれた僕等と魔女族たちの関係が揺らぐかもしれない。

 でも、あの二人の会話に一介の付人たる僕が口をはさむことはできない。

 中央に着いた後の二人を案じつつも、僕は出発の準備を進めた。

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